いつもと変わらない大学の風景。嫌なことを切り捨て新しい日を迎えるのは何度目だろうか。忘れたことにする、我ながら嫌な癖がついた物だと思う。上滑りする友人との会話、耳を通り抜けるだけの講義。意味のない日常、いつも通りの日常。
あの日、俺は何かが弾けたようにその場を逃げ出した。何か。その何かを確かめるのが怖い。恐ろしい。そ今まで自分が抱いたことのない何かが蠢いている。心の中にある違和感。恐怖の存在。俺はそれが怖い。

大学で偶然顔を合わせた彼女は一昔前、居酒屋で飲む前の彼女に戻っているような気がした。話しかけられる機会もなかったし、話しかける度胸もなかったので本当はどうかを確かめる事は出来なかったが、彼女の醸し出す雰囲気、何かを突き刺すような冷たい視線は図書館で感じた彼女のイメージとは違った。
彼女は彼女の方でこちらを一別するわけでもなく、視線を投げかけるわけでもなく、ただその他の大勢と同列として扱っているようだった。ただの景色として、ただの偶然同じ講義を取った学生として、ただのその場に居合わせた人間として。その振る舞いは自然さしかなく、敢えてそうしているようには感じられない。ただ、時折見せる彼女の寂しげな瞳が俺を締め付ける。心が痛い。


いつもと変わらない大学の風景。辛いことは自分の中にしまい込み、周りには迷惑をかけず生活をする。我ながら嫌な癖がついた物だと思う。いや、昔に戻っただけと言うべきか。昔通りの自分、昔通りの大学、昔通りの生活。私と彼だけが知っている、私の罪悪。
あの日、私の心の中に私の罪悪をしまい込んだ。昔からよく行ってきた事。そう、私は罪深い。罪深いというとまるで悲劇で彩られた戯曲の世界だが、そんな良い物ではない。周りは私を冷静、などと言ってくれるがそのような時に私はどうして良いか判らない。別に冷静にすごそうと思っているのではなく、子供の頃から染みついた悪癖だ。
全ての事に一歩引いき、深く関わる事を拒絶する。私が社会に不適合だと言う事は自分で重々承知している。だから関わらない。私の心ない仕草、言動は周囲の人を傷つけ、痛めつける。だから関係を拒絶する。私が関係しなければ、周りが傷つく事もない。そのことを忘れ、身の丈に合わない行動を起こしたからこそ彼は傷ついた。だから拒絶する。そうすれば親しくしたい人を傷つける事もない。私のスタイル。私の処世術。


いつもと変わらない大学の風景。嫌なことを切り捨て新しい日を迎えるのは何度目だろうか。忘れたことにする、我ながら嫌な癖がついた物だと思う。上滑りする友人との会話、耳を通り抜けるだけの講義。意味のない日常、いつも通りの日常。
あの日、俺は何かが弾けたようにその場を逃げ出した。何か。その何かを確かめるのが怖い。恐ろしい。今まで自分が抱いたことのない何かが蠢いている。心の中にある違和感。恐怖の存在。俺はそれが怖い。

大学で偶然顔を合わせた彼女は一昔前、居酒屋で飲む前の彼女に戻っているような気がした。話しかけられる機会もなかったし、話しかける度胸もなかったので本当はどうかを確かめる事は出来なかったが、彼女の醸し出す雰囲気、何かを突き刺すような冷たい視線は図書館で感じた彼女のイメージとは違った。
彼女は彼女の方でこちらを一別するわけでもなく、視線を投げかけるわけでもなく、ただその他の大勢と同列として扱っているようだった。ただの景色として、ただの偶然同じ講義を取った学生として、ただのその場に居合わせた人間として。その振る舞いは自然さしかなく、敢えてそうしているようには感じられない。ただ、時折見せる彼女の寂しげな瞳が俺を締め付ける。心が痛い。


いつもと変わらない大学の風景。辛いことは自分の中にしまい込み、周りには迷惑をかけず生活をする。我ながら嫌な癖がついた物だと思う。いや、昔に戻っただけと言うべきか。昔通りの自分、昔通りの大学、昔通りの生活。私と彼だけが知っている、私の罪悪。
あの日、私の心の中に私の罪悪をしまい込んだ。昔からよく行ってきた事。そう、私は罪深い。罪深いというとまるで悲劇で彩られた戯曲の世界だが、そんな良い物ではない。周りは私を冷静、などと言ってくれるがそのような時に私はどうして良いか判らない。別に冷静にすごそうと思っているのではなく、子供の頃から染みついた悪癖だ。
全ての事に一歩引いき、深く関わる事を拒絶する。私が社会に不適合だと言う事は自分で重々承知している。だから関わらない。私の心ない仕草、言動は周囲の人を傷つけ、痛めつける。だから関係を拒絶する。私が関係しなければ、周りが傷つく事もない。そのことを忘れ、身の丈に合わない行動を起こしたからこそ彼は傷ついた。だから拒絶する。そうすれば親しくしたい人を傷つける事もない。私のスタイル。私の処世術。

大学で見かける彼は、まるで何事もなかったかのように振る舞っている。私が彼を傷つけた事を忘れているかのような振る舞い。それは私を気遣っての事か、そうでないかは判らない。彼は私にとって触れがたい存在だ。そう、触れてはいけない、先日と同じ轍を踏む事はない。私がいつも通り過去をしまい込めば済む事。私がよけいな事をしなければ済む事。私が大切にしたい存在。だから触れない。
彼と目が合いそうになる。無意識に彼を追う視線が恨めしく、自分の動作に気づいたとき視線を敢えて外す。私は彼に触れてはいけない。彼が視線の片隅にちらりと映る。彼は私を見つめている様に映る。気のせい、そう気のせいだ。私が彼を想ってはいけない。そのまま視線を外さなければならない。声をかける事などもってのほか。彼は私とは違い繊細で、粗暴なこの指で触れる事は出来ない。私は意識の外に彼を無理矢理追い出す。いつもと同じ筈のいつもの生活。心が痛い。

私の心は何で出来ているのだろう。これほどやわな心だとは思ってもいなかった。
彼を遠ざけていると、一日が長く感じる。大学にいる時間が苦痛に感じる。彼と同じ場所にいることが辛い。
彼とのことは忘れ、毎日を過ごすはずだった。少し前までの日常が戻るはずだった。周りの人間はいつもと変わらない日常を過ごしている。いや、ひょっとしたら彼らはそれぞれの非日常と戦っているのかもしれない。ただ、彼らにとっての私は、日常通りの人間に埋もれ、言の葉にもあがらない。彼が休んでいた少しの間、私の心が激しく動いたとき、彼らは揃って私のことを持ち上げ、何があったかを事細かに聴こうとした。そんな彼らも、先日の私たちの雰囲気から近寄るのを止めたのか、唯でさえ面白みのない私に話題の元が無くなったと感じたのか、彼らの雰囲気は以前の私に対する物に戻っていたような気がする。
私のこの感情は何なのだろう。表面上の日常は戻っても私の中は戻ってはいない。
今まで辛いことなど沢山経験している。その度に私はその辛さに慣れ、自分を維持してきた。
だが、自分を維持できない。彼を視界の端で認めると、私の顔はほころびそうになる。大きな声を上げ、彼に話しかけたい。彼と同じ早さで一緒に歩きたい。彼と一緒に…
これが彼を傷つけた原因、現状の大本。何度となく自分を戒めるのは何回目だろう。
彼を忘れる事は出来ない。頑張ってみたがだめだ。ならば、私の頭の中だけでも。私の中での譲歩、妥協。
これ以上は同じ事、いや、これまで以上にひどいことを繰り返すことは目に見えている。

止めよう。彼を想ってはいけない。


一度は遠ざけたはずの彼女。自ら拒否した彼女。
彼女は何も話しかけてくることもなく、その過去すら本当にあったことかどうかも疑わしくなるほど、彼女は俺に対して何もリアクションを取らない。
大学で彼女の姿を目で追っているのを自分で気付いたのはいつだろう。早足に中庭を歩く彼女を昼休みに見つけてからというもの、同じ時間に毎日同じベンチに座っていた。「ストーカーみたいだな…」独りごちた私に答えてくれる物はおらず、ただ、割れながらの虚しさが私の中を通り抜ける。
友人とは変わらずつきあい続けているが、前と変わらず話している阿久の話だと、俺が彼女のことについて聞く事が多くなったという。自分でも気がつかないが、最近自分の行動を認識し、そうだったかもしれないと思う事が増える。
彼女が視界にはいると心がざわめき、何気ない図書館の日々が思い起こされる。嫌な過去は忘れ、無かったことにするというポリシーを頭では分かっているはずなのに、彼女の姿を目で追ってしまう。
まだ抱いたことのない感情、怖がっていた感情。正体は言われるまでもなかった。ただ、認められなかった。
彼女は周りに気がつきもせず、大学の中庭を闊歩する。俺の目は彼女を追う。
声に出すことが怖かった。俺程度の人間が他人に関わることが怖かった。だから自制していた。自らに課した鎖。お互いを守れるであろう鎖。鎖は俺だけに巻かれていればいい。
しかし頭では分かっているはずなのに、俺の目は常に彼女を捜している。
何故だ。答えは分かっているが答えは敢えて出せない。しかし答えはもう出ている。

俺は彼女に惹かれている。

彼に視線を向けたくて仕方がない。同じ講義を受けるとき、廊下ですれ違うとき、学食で彼の姿を見つけたとき、そして彼が友達と楽しそうに話すとき。私は彼に視線を向けたくて仕方がない。
幾分彼と距離を取ることに慣れなければならない、と頭では分かっているはずなのにいつも視線の端で彼を捜すこの癖が憎い。最後に彼と話してからどれだけ経ったのだろう。正確にはまだ一週間も経っておらず、今週のことなのにもかかわらずまるで一ヶ月、一年、いやそれ以上に感じる。我ながら、この短い間になんとまぁ大きな部分を彼に奪われているのかと呆れるほどだ。
呆れる。そう、私は心に決めたはずなのにもかかわらず、表面上は冷静を装い彼と距離を取ると決めたはずなのに。自らの愚かさに呆れる。消さなければいけない火がまだ自分の中にくすぶっている。毎晩ベッドに入るとその事を痛感する。もう考えない様にしよう。もう終わりにしよう。何度そう思ったことだろう。
「もう私は彼を好きではない。昔のことだ。」
布団の中で組んだ腕に自分の指が強く食い込む。ここ最近毎日繰り返される儀式。自己暗示。
しばらくしても眠れず、混乱する頭の中を整理している時携帯無機質な音を立て着信を告げた。


彼女をいつも目の端で追いかけるようになったのはいつからだろう。彼女が講義に向かう姿、颯爽とスカートをなびかせながら廊下ですれ違うとき、一人で読書をしながら学食でサンドイッチを食べるとき。彼女がいないと分かっているゲームセンターの中でも彼女を捜し、ファミレスにはいると店内を思わず見渡す癖がついた。
彼女とは俺が冷酷な言葉を告げ一方的に終了させた。その俺がどの顔をしてその様な事をしているのか、その滑稽さは自分でも分かっているつもりだ。なのに、体は常に彼女を捜している。視線の端に彼女を見つけると、常に彼女の視線に入らないように彼女を見つめる。世が世なら、いや俺はもう既に危ない人かもしれない。わかってはいても彼女を捜すのは何故だろう。

危ない。もう一歩進めば耐え難い苦痛とトラウマに覆われた世界が待っているかもしれない。お前は過去に痛い思いを経験したはずだ。止めろ。もう十分だ。お前には高嶺の花だ。お前は屑だ。屑が人並みに夢を見るな。夢は寝て見ろ。深手を負うぞ、致命傷だ。お前の持つエロゲ、エロ漫画、ギャルゲー、MMO、そのどれを持っても癒すことの出来ない傷が出来るんだぞ。現実から逃避してもその傷の痛みはお前を逃さないぞ。よく考えろ。現実のぬるま湯ほど居心地の良い物はない。戻れ、今なら間に合う。

自分の声が頭の中で響く。
俺は声を振り払うように力強く指で押した。ここ最近、押そうと思っても躊躇し結局押せなかった指。声に耳を傾け押せなかった指。
携帯電話から呼び出し音が聞こえる。

彼からの電話は、公園まで来てほしい、との事だった。なぜ?と聞いても答えは返してくれない。ただ、対面で話したい、と告げられる。話の内容を想像するのは容易だ。私が今まで彼にした仕打ち、それに対して彼が遂に審判を下したのだろう。またその事から、最近彼と距離を取ろうとしたのにもかかわらず、その試みに失敗している事に気づく。
「あぁ、また知らない内に彼の事を傷つけていたのか…」
何をしてもまともに出来ない人間、一度決めた事すら出来ない人間。私は私自身に常に失望するのは何度目だろうか。常に自分の愚かさで周りに迷惑をかけたくない、そう思いながら生活をしてきているのにままならない。何より、この愚かさのおかげで彼を深く傷つけた。傷つけ続けた。彼から何を言われても仕方がないと思うし、また当然の事とも思う。受け入れよう、何が待ちかまえていようと自業自得だ。そう覚悟を決めるのとほぼ同時に公園が見た。

「悪かったね、こんな時間にさ。」
「いや、別に眠れなかったし構わない。」
いつも感じる沈黙とは違ってまるで指すような痛みが流れる空気にはあった。沈黙を打ち破るかのように彼は口を開く。
「いきなりだけど、俺勝呂さんのことが好きだ。愛している。今まで抱いたことのない感情だけど、多分この感情に間違いはない。俺と付き合ってくれ。」
いきなりの告白に面食らい、次の言葉を探す内に彼が二の句を告げる。
「気がついたらいつでも勝呂さんの姿を追っている。勝呂さんの何気ない仕草、何気ない言動。みんなは勝呂さんのことを冷静、落ち着いてるなんて言うけど、ただみんなが勝呂さんの表情を読み取れないだけで、勝呂さんは感情を表している。その感情一つ一つに俺の心は激しく揺さぶられたよ。」
同じだ、私が彼を好きになり、彼の姿を常に目の端で追い、その行動一つ一つに別の意味があることを私は知った。彼のことを知れば知るほど私は彼に惹かれていった。しかし何故?彼が何を考えているのか分からない。
ただ、答えはすぐに思いついた。いや、既に用意してある結論、私は彼を常に傷つける。
「大変ありがたい申し出だが、慎んでお断りする。」
「なぜ?勝呂さんが初めて俺に対して告白してくれた、あの言葉は嘘だったの?」
「嘘ではない、あのとき私が君に伝えた事は真実だ。誓ってもいい。」
「俺も今伝えた言葉に嘘偽りはないよ。」
「…っ」
「前に勝呂さんが家に来たとき、俺は色々恥ずかしいところを見せたけど…でも、もう吹っ切れる。そう思えるんだ。それは勝呂さんに聞いてもらったからかもしれないし、慰めてもらったからかもしれない。ただ勝呂さんが居たから、俺は今まで肩に乗っかっていた物を一気におろす事が出来た気がする。」
違う、私はそんな事を出来ない。何も出来なかった。むしろあなたを傷つけた。
「もう一度言おうかな。俺は勝呂さん、あなたの事が好きです。あなたの気持ちが変わっていなければ、俺と付き合ってください。」
答えに窮し、再び沈黙が流れる。私の気持ちが変わるはずはない。その証拠に、君をいつでも見ていた。君をいつでも想っていた。そう答えられればどれだけ楽なのだろうか。仮に付き合ったとしても調子に乗った私は彼を更に痛めつける。目に見えるようだ。好きなのに、付き合いたいのに、彼を傷つけてしまう、彼の傷ついた姿を見て辛くなる、彼を思いやって更に彼を傷つける。
腕を組み、静かに告げる。
「私の気持ちは既に変わっている。だから君とは付き合えない。」
「嘘だね。」
「何故そうと?」
「君が嘘を付くときの癖、この前見つけたんだ。」
そう言うと彼は腕を組むポーズをする。何故かその姿は滲んで見える。俯き、恥ずかしげもなく嗚咽を漏らす私を彼は優しく抱きかかえるようにして囁く。
「もう言わないよ。俺はあなたの事が大好きです。付き合ってください。」
私は何も言わず、ただ彼の胸の中で頷いた。

翌日、私たち二人は大学をさぼり、お互い初めてのデートを楽しんだ。
映画、散歩、古書店巡り、そして夕ご飯を外で食べる。そのどれもが一人でやっていたときとは違う、新しい楽しみを発見する。隣に好きな人がいるだけでこんなにも幸せな気分になれる。それは私にとって大きな驚きであり、大きな喜びであった。
趣味のこと、何気ないこと、普段のこと、お互いのこと。そしてお互いがそれぞれついこの間まで自分の中で思い違いをしており、すれ違っていたことなど色々と話す。まるでそれまで無為に過ごしてきた日々を取り戻すかのように、会話を貪った。
彼はテーブルに並べられた料理の数々を楽しそうにほおばっている。
「名成君、私はとても幸せだ。君と今日一日過ごしただけで、私は新しい体験をいくつも経験した。改めて私も言っておくと、貴方のことを私も愛してる。」
彼は口に入れていた青島ビールを軽く吹き出しむせだした。顔を赤くしているので、気管にでも入っているのかと思い彼の背中をさすると、「…勝呂さん、いきなりその、愛してるとか言われると…照れるよ…」
「昨日は君の方からあんなにはっきり言ってくれたじゃないか。私は心底ドキドキしてたんだぞ。」
昨日のことを思い出したのか、彼は顔だけでは飽きたらず耳まで赤くした。
「昨日の男らしい君とのギャップ…かわいいな。」
彼は一層耳を赤くした。


いつか誰かが歌っていた。恋は恋愛に、恋愛は愛に、愛は愛情に、愛情は情に。情はいつしか真っ白な灰に風が吹くだけで崩れて消えると。だが、私と彼には当てはまらない確信がある。
最近こり始めたカメラを彼に向ける。彼は写真を撮られることが恥ずかしいのか、そっぽを向いたが、「カメラに向かって微笑んでくれないと君が私に告白してくれたときの台詞を一言一句間違わず君の耳元で囁き続けるぞ」というと、一気に顔を赤くして諦めたようにこちらを向いた。
「こんなかんじ?」

ファインダー越しに映るこの微笑みがある限り、決して灰になることはないと私は確信できる。