先日、生活保護の不正受給のニュースを見た。

たしか60代の女性が収入があるにも関わらず生活保護費を約2年間にわたり不正に受給。その総額300万円ほど。女性は清掃業のパートで月2~10数万程度の収入があった。

 

たしかにルール的には不正受給だし、罪となるのはしょうがないかもしれない。

 

でも、なんかやるせない。

 

こんなことよりも非道な搾取が横行している今の菅政権下の日本において、生きるために頑張っているひとが非難されている。

 

ぼくはこのブログでも何回か書いたかもしれないけど、生活保護自体がすでにおかしいと思う。

 

※以下、根拠となる文献も多数あるけど、いちいち引用するのが面倒なので覚えている範囲で記述します。間違いがあった場合はすみません(汗)

 

生活保護は自力で生活する能力のない人に対する最低限の保証。ここではこの対象者を「貧民」と称することにする。(※どっかの文献から引用)。それで、働く能力も意思もあるけど経済的に苦しい人を「貧乏人」とする。(※同)

 

現在、この絶対的要支援者であるはずの「貧民」よりも、「貧乏人」の方が貧乏になるという状況が多数みられている。

なので、「貧乏人」が自ら「貧民」にランクダウンしようとするケースがある。

(もちろん、このランクダウンにさえ特権的なものがあり、例えば某共産主義政党などの利権による特定の人たちへの優先的な適用は重大な問題であるが、ここではそれには触れないでおく。)

 

うまく「貧民」の特権(?)を得たものは、それを必死で手放さないようにする、うつ病のふりをするとか。

そして、もちろん働かない(働けない)。働いたら生活保護費の減額もしくは至急停止となるからだ。

 

つまり、生活保護の仕組みは「貧乏人」をそこから脱出させるどころか「貧民」へと陥れ、その蟻地獄(もしくはぬるま湯)から抜け出れなくなるシステムなのである。(繰り返しになるが、某共産主義政党の傘の元に組織的不正受給しているくそみたいな寄生虫集団はここでは取り扱わないことにする。)

 

以上から、ぼくが今までのブログで散々書いているように、生活保護を廃止もしくは縮小の方向で見直してベーシックインカムを導入するほうが確実にいいと思う。働く意思もあり能力もあるけど、毎日の生活もおぼつかず就職活動も満足にできない人がいるという状況で(これはマスコミの情報なので本当にいるのか知らんけど)、そういう人たちに最低限の支援をするのは必要だと思う。などというと、どっかの首相は「生活保護をうければいいじゃん」的なアホな発言をする。このアホは本当に日本を壊したいのか?単なるアホなのか?

 

余談ではあるけど、アメリカのどっかの州で実験的にベーシックインカムを導入したら、犯罪率が減って、就業率が上がって、治安もよくなったとか。(って記事を読んだ気がするけど詳細忘れました汗)

 

生活保護の存在理由が「健康で文化的な生活を送る権利」のためであれば、それでは対応できなくなっている現在早急に制度を見直すべきではないのか!また、生活保護には確か「経済安定化機能」とかいったものもあった気がする。それは、消費者を増やすことでお金の循環を促進しひいては経済の安定化に寄与するとかいったものだったと思う。(この辺も正確に調べて書けばいいけど、ちょっとめんどくさかったので汗)

 

なので、社会保険・生活保護等の全体を含めた抜本的な社会保障の改革が喫緊の課題のはず!

政府さん、本当お願いします!

 

・・・っていっても無理なことは火を見るよりも明らか。

この期に及んで、竹中パソナや電通そしておそらくは中国のために、オリンピックを強行しようとしている売国首相とその愉快な仲間たちがのさばっている状況なので。。。

 

前にも一回書いたけど、サイレントマジョリティーである国民が立ちあ上って政治を変えていかなければ!

 

・・・っていうのも、時間がかかりすぎて国民が疲弊し時間切れになってしまいそう。

 

そこで、僕は自分たちで新しい通貨コミュニティを作って自分たちのライフ(命・生活)をまもっていける仕組みを模索中です。

僕の妄想にすぎないけど、最近あちこちで吹聴している間にちょっとづつ賛同者が増加中!(たぶん)

ここんとこ立て続けに「MMT理論」って言葉を耳にしました。

ちょっと前から話題になってる話で、大した話でないとの認識だったのですが、ちょっと調べてみるとやっぱ大したことないってわかりました(笑)

 

いや、MMT理論を否定しているのではありません。

そんなの分かりきってた話でしょ、ってこと。

 

MMT理論ってのは、ようするに「自国通貨建ての国債はどんだけ発行しても財政破綻しない。(でもちゃんと管理してね)」ってこと。

※違ってたらすみません。

 

僕は、子供のころから「お金って国が刷ってるんだから、国のお金が足らなかいなら刷ればいいやん」って思ってました。

そんなことを言うと、えらい先生たちに「そんなことすると物価が上がるし、日本円の価値が下がるからアメリカとかに相手にしてもらえなくなるよ」と諭されたものでした。

 

で、結局MMTって同じこと言ってるだけでしょ?

純粋に考えたら分かる話を、「コペルニクス的発想の転換」などともてはやしていることに違和感が。。。

あ、いや、そう言っている人の気持ちもよくわかるんです。

 

今まで、既得権益老害どもが必死で隠してきた事実を白日の下にさらしたという意味では評価できるし、「王様は裸だ!」と指摘したことに例えるのは面白いと思います。

 

僕が昔から思ってたことが実現されそうなんで、いいやん。。。

となりそうなとこですが、そうなってないしそうなりそうでないことが問題なんですね。

 

お金って社会の血液のようなものなので、循環しないといけない。

なのに、MMT推進派の人でさえ、「国債いくら発行しても大丈夫!」「財務省はもっとお金ばらまけるのに、国民に偽りの危機感を植え付け自分たちの利権を守ろうとしている」程度のことしか言わない。

 

いや、繰り返しになりますが、ぼくはこういったMMT推進派の人たちが盛り上げてくれているおかげで、ちょっとづつ既得権益老害集団の悪行を暴いてくれていることは感謝しています。

 

が、もうちょっと踏み込んでほしい。

 

今、(MMTと関係あるか知りませんが)例えばコロナ補助金などで、アホみたいにお金をばらまいている。

その大半は、前にも書いたけど、竹中パソナ・電通などの恥知らず既得権益中抜き企業が吸い取ったり、特にお金を必要としていない「プロ補助金受給者」の懐へ流れいてる。

 

そして、そのお金は市場へ回らず無駄な投資や、さらにひどいケースでは老害の私欲をみたすことに使われている。

最近の株式、仮想通貨の高騰(今ちょっと下がったけど)や、アンティーク・クラシックカー価格の暴騰などが、行き場を失ったお金の墓場として機能している。

 

さらにいうと、そういう老害どもは、汚い金には鼻きくので、こんだけじゃぶじゃぶお金が配らられていると、今後円の価値が薄まってくることを予想し(まあインフレのことか)、円を別の形の資産に変えようとしているってこと。

 

つまり、今の国のアホトップたちがしようとしていることは、国民の間の貧富の差を増大させ、一部の支配層だけが潤う社会にすることで国を分断させ、国家を不安定にさせようとしている。

 

・・・誰が裏で糸を引いているか、明白ですよね。日本の国力を削ごうとしている外国勢力です。

なぜ政府のアホどもは外国に魂を売るのか。。。?

 

ハニートラップに掛かってるんです、多分。

 

そりゃ、田舎からでてきた世間知らずが、東京で偉くなってみんなに持ち上げられる、外国のスパイの恰好のエサですよね。

で、そのアホどもは自分の醜態をばらされることで自分のカネ・権力を失いたくないので、外国勢力の奴隷となるのです、2F。

 

 

 

すみません、ちょっと脱線し過ぎました。

言いたいことはこんな事じゃなくて、お金を配るなら、ちゃんと社会の血液になるように配るということ。

 

ようするに、みんなに配ってちゃんと使ってもらう、ベーシックインカムです。

(※MMT理論の論文には近しいことが書いてあるそうです、知らんけど)

 

 

と、書いているうちに、ちょっとおもしろいことに気付きました。

MMT理論とは「Modern Monetary Theory」(現代貨幣理論)。

「現代」とネーミングするからには過去とは何らかの違いがあることを言ってるのでは?

 

で、僕なりに最近と昔で(経済に関し)大きく変わったことを考えてみると、経済エコシステムの多様化とそこへの関連性だと思います。

 

昔、例えば昭和の頃は、国は絶対であったし国には従うものであった。(あ、今でもある程度そうですが)

そして、この考えはピラミッド式に下層へと引き継がれていった。

 

会社は属している経済団体及びその支持する政党に従うもの、社員は会社に従うもの。。。

 

それは、支配ピラミッドにおいてマルチレベルで上部組織に「隷属している」状態が生来のものであり、侵すことのできない聖域のように妄信していた。

 

・・・もちろん、「現代」は変化してきてますよね。

 

「属すること」の自由度がずっと高くなってきています。

 

 

ちょっと場違いな例かもしれませんが、WEB上のゲームを例としてみます。

 

昔のゲームはパッケージソフトを買って、それをPCなりゲーム機にセットしプレイした。

つまり、すべてはメーカーの手の内でプレイしている状態だった。

しかし、インターネットが普及しゲームの世界観が変わり、ゲーム内でのプレイヤー同士の「化学反応(交流?)」がゲームの成功を左右する要因となり始めると、多くのゲームはまずはプレイヤーを増やそうとした。

 

そのために、プレイの参加時には費用を取らず、それどころかゲームにログインするだけでポイントを付与し、そのゲームの「コミュニティ」をまず拡大することとした。(全部のゲームがそうだというわけではありませんが。。。)

 

これは、将来的に利益を生むための戦略に見えますが(いや、実際そうでしょうが)、別の見方をすると、「まずコミュニティを作る、そこに協力してくれた人には報奨を与える。」とも考えられないでしょうか。

 

で、突拍子もない考えが突然頭に浮かんだのです。

 

「MMT理論とは、いやMMT理論はよくしらんので、『次世代の貨幣理論』とは、コミュニティに参画する人の相互協力を促進すべきものではないか」と。

 

またゲームの話に戻りますが、ゲームの主催者はゲーム内の貨幣(ポイント等)はいくらでも自由に付与できますよね。

 

これってMMTぽくないですか。

 

でもゲームの主催者も、「貨幣」を誰にでもあげ過ぎたら価値が無くなって来るので、一定の基準を設けて配布する。

例えば、ゲームに参加してくれている人は、それだけでコミュニティ(エコシステム)に貢献している。だから円滑に参加できるために、ログインするたびにポイントをあげる。

 

実際の社会に置き換えると、日本国民は日本国というゲームコミュニティの枠組みの中で(人生という)ゲームをプレイしているプレイヤーであり、ゲームの主催者としてはコミュニティが盛り上がってくれた方がうれしい。なので、脱落者を出さないためにコミュニティに参加してくれている人に対してはゲームがプレイでき続けれる環境を作りましょう。なので、ゲームがプレイできる環境を維持できるためのお金を配りましょう。

 

ここで勘違いしてはいけないのは、主催者が「施し」を与えているという意味ではないということです。ゲームに参加しコミュニティに貢献していることにたいする報酬なのです。

 

この考えって、なんか「現代」的に見えませんか(^^;

 

だいぶ長くなりましたが、ようするにMMT的な考えはベーシックインカムとセットであるべきと主張したかったのです、あーつかれた(^^;

 

ここまで書いてみて思ったのは、インターネットやゲームで育った僕より下の年代の人たちは、僕の頭よりももっと先を進んでいると思うので、ぼくの妄想する世界を容易に理解できる(もしくは上の次元から見下せる)はずです。

 

なので、時間とともに貨幣を取り巻く状況は(いい方向へ)変化していくと信じています。

 

その世代の台頭のためにも、早く基地外老害アホアホ連中(だんだん言い方がえげつなくなってきたなぁ)を追い払うことが、僕の世代のミッションなのかもしれません。

 

あと、この話の続きは(当然)暗号資産が関連してくるのですが、それはまた次回に!

(今日の文章だけでも、だいぶ長く書きすぎたので、見直して推敲する気にもなれなれないのでアラだらけ、これ以上書いたらさらにアホがばれる。。。)

 

まず初めに書いておきますが、僕のブログは(いつもどおり(笑))暗号通貨の最先端の情報や活用事例をお伝えするものではありません。僕の妄想で思いついてことを無責任に書いているだけなので、暗号通貨についての正確な情報を知りたい場合は別のサイトを見てください(^^;

 

最近、夜飲みに行かないので時間を持て余し、昔書いたブログや適当につくったWEBサイトを見直したりしているのですが。。。

 

約10年前に作ったサイトを発見!

その内容は。。。

 

とほんど「ジ●ティー」そのもの!

 

時期的にはジモ●ィーとほぼ同時期なのですが、その当時●モティーに認知度は低く僕もその存在を知らなかった。

なので、場合によっては僕のサイトがジモティ●的存在になってたかも!

 

・・・いや、まあ技術がついていかなかったので無理でしたけどね(汗)

そのサイトもブログの機能を出来る限り活用し作っただけのものだったので。。。

(でも、それなりの見かけ&機能はありましたよ)

 

そんで、久しぶりに自分の作ったサイトにたどり着き、これも何かの縁だと思い、それを発展させてなにか新しいものを作ってみたくなりました。作ってみたくなりましたとはいえ、最近の技術には到底ついていけないし、地道にプログラミングする体力にも自信がない。。。(年なんで目が疲れる。。。)

 

なので、「どういうシステムを作ったらいいか」って妄想してみることにしました。

 

やっぱ「暗号通貨」を絡めるしかないでしょう(笑)

 

でも数個前のブログでも書いた通り、「暗号通貨」ありきの考え方はあまり気がのらない。

で、これまで夢想しなしえなかったことについて再度考えてみることにしました。

 

以前、僕は漁師見習をしていました。その時に思っていたことが、獲ってきたきた魚を地域の人々と直接物々交換できないかということでした。実際、隣町の「産直市場」的な場所では、知人の漁師がそこに納品する際に農家の人と魚と野菜の物々交換を行ったりしていました。これをもっとシステマチックにできれば、地域も盛り上がりコミュニティーも活性化し循環型の社会ができるのではと思ったのです。

※今までの僕のブログを注意深く読んでいただいている方は感づいたかもですが、裏の(本来の)目的は商取引による課税の回避です(^^;

 

物々交換の難しいところは、等価のモノ同士でしか成り立たないということです。

 

まあ、本人同士が納得すれば価値が違うものでもいいかもですが。。。

(※厳密な話では、物々交換においても価値の違いがある場合は差額に贈与税が課税される可能性があるようです、しらんけど。)

 

ならば、その差額分を補うためのトークンを渡すという仕組みを作ればいいのでは?

これが発展すると地域通貨的な発想になりますね。

 

物々交換の際に、自分が交換するものに地域トークンに換算した価値を設定しておけばいいのです。これで等価でなくても物々交換できるし、交換するものが無い場合は地域トークンを入手すれば、この「地域トークン循環コミュニティ(以下コミュニティ)」に加わることができるのです。

 

(なお、上記にはおそらく課税上の何らかの問題が生じます。そこらへんは詳しくないので、とりあえず無視して僕の妄想「コミュニティ」論?について書き進めていきます。)

 

このコミュニティの実現にはブロックチェーンが不可欠!

 

・・・ではないかもしれません。

それどころか、地域の自治会の発行する紙ベースの「地域クーポン」で事足りる話です、インターネットすらなくても実現可能。

 

が、しかしですよ、ブロックチェーンを使うことで利便性、透明性、信頼性が数段倍増します。

 

例えばイーサリアムのブロックチェーン上で、地域トークンの機能をもつオリジナルコインを作って、地域のみんなに何らかの基準・方法で配布する。それを媒介として地域で「物々交換」経済が動き出す。そしてそれは、しだいに漁業・農業などの第一次産業の枠を超えていき、例えば手作りグッズ、太陽光発電による電気、もしくは何らかの作業のお手伝い(労働力)などなんにでも適用できるようになる。

(とりあえず現時点では「仕入れの発生するもの」については考えないようにします、課税関係が発生しそうなので。)

 

あと、月並みだけどバーチャル居酒屋(バー)ってのも考えてみた。(僕の住んでいる地域は緊急事態の対象地域で飲みに行けないもので。)もちろんズームなどを使った同様のサービスは山ほどあるのは知ってますが、せっかくなのでやはりダラダラしたコミュニケーションの場も設けたい。

 

まあ、「居酒屋(バー)」がバーチャルだと実際の酒の出しようもないので単なるリモート飲み会になってしまうかもだけど、例えばカウンターバーを訪れる人の目的の一つは店主(マスター)と話すことだと思います。なので、ネット上の来店者に対し店主(マスター)が話しかける、客は酒を注文する。。。酒の代金はトークンで支払い、バーチャルな酒が提供される。

 

そのバーチャルな酒とは、、、もちろんNFT酒(笑) まさに 「8月12日の三河屋のコーラ※」ですね。 ※ご存じない方は検索してみて下さい。

 

そして、そのNFT酒は実際の店舗で実際の酒に交換してもらえるようにするとかすれば面白いと思います。

はたまた、NFT酒を転売するとかも可能!

 

 

 

やがてコミュニティが広がって多くの人の目に触れるようになると、そのコミュニティは物理的な地域を超えて興味を持つ世界中の人たちが加わっていくことも当然可能でしょう。

 

・・・それって既存のインターネット商取引と何がちがうの???

 

全然違うんです!

 

参加者がそれぞれpeer to peer的に繋がりあい、自分が「誰と取引しているのか」を感じながら、別の言い方をすれば「自分のライフ(生活・命)はどこと繋がっているのか」を感じながら取引ができる、これは状来のクラウド型ネット商取引とは別次元のものだと思います、たぶん(^^;

 

世の中のクラウド化が進み、合理化の中で社会のpeer to peerの関係性が失われている現在、実社会から離床した経済をコミュニティに埋め戻す大きな転換期は来ているのです。

 

それをかなえるための道具の一つがブロックチェーンであり暗号通貨なのです。

 

通貨は道具なのです、決して目的ではありません。別の言い方をすれば、「経済」という生命体に流れる「血液」なのです。通貨にマーケット的価値を求めてはいけません、通貨バブルという虚像から目を覚まし、コミュニティに基づく新しい社会をつくるべきです!

 

・・・僕の悪い癖ですね、調子に乗ると思ってること、思ってないこと大げさに書いてしまう(^^;

先々月くらいは「パイソンでアービトラージやって儲けたい!」とか書いてたのに(汗)

 

まあ、それはいいとしてブロックチェーンの未来に以前より興味がわいてきたのは本当です。

ブロックチェーンの活用で、すっごく面白いコミュニティがつくれそうな気がしてきました!

 

繰り返しになりますが、気がしてきただけで実現のためのロードマップは真っ白のままですが(汗)