僕がまだ社畜として第一線(?)にいた頃。。。

ディベートが大人気だった気がする。

 

与えられたテーマに対して、自分の本意に関わらず賛成と反対に分かれてロジックで相手を打ち負かせた方が勝ちってゲーム。。。

今考えたら生産性ないなぁ。。。

 

でも、当時のビジネスマンはそういったレトリックの巧みさがスキルとして重宝されたし、それが成果主義におけるばかばかしい「出世?」のファクターでもあった。

 

そして、時代を経てそういった生産性のないレトリックによる「どんぐりの背比べ」的論法は(世の必然として)消えようとしていて、「ディベート」って言葉自体がノスタルジーを感じるような過去の言葉になってきた。

 

 

 

あ、本題に入る前に早速脱線ですが、最近ユーチューブとかでよく見かける某フランス在住のたらこさん(もしくはパチパチさん?)がもてはやされているのは、ディベート文化遺産を知らない世代、もしくはそれを懐かしんでいる世代にとって観てて気持ちがいいんだろうなって思う。ロジカルな話法は納得しやすいし。で、自分が納得できたことが「正しいこと」だと錯覚してしまう、それ状況をたらこさんは良くしってるんだろうな。

 

 

 

話を戻して、僕のディベート体験を一つ紹介したいと思います。

 

会社員になってしばらく経ったころ労働組合の研修に参加しました。

※僕は組合にどっちかっていうと否定的でしたが当時は労働組合加入が半ば強制でした!今はどやろ???

 

上記の通り当時はディベート全盛期で、労働組合も積極的(無理やり?)に導入しようとしてました。

で、当然カリキュラムの一環としてディベートが。。。

 

 

僕らに与えられたテーマは「年功序列・終身雇用」

このテーマに対し賛成・反対に分かれてディベートする。。。

 

ぼくらのチームは、、、『賛成』派!

 

 

 

・・・当時がどういった年代だったのかを詳しく書いてないので伝わりづらいかもですが、簡単に言うと成果主義って言葉がトレンドになってたころなので、僕たちは愕然としました。僕たちはどっちかっていうと働かない無能老害を排除して能力に応じた給与体系にすることのほうがいいと思ってた世代で、一生一つの会社に縛られるよりも自分の能力を発揮できる場所を渡り歩いていくのを理想と考えるのが主流となりつつある時代だったから。

 

 

 

このディベートには半日の準備時間が与えられました。

その半日のあいだに、ディベートに勝つための材料を探しチームで論議する時間があったのです。

 

僕たちは、研修所の資料室を漁り自分たちに有利になるデータを探し、ディベートに勝つためのロジックについて話し合いました。

その結果。。。

 

詳細は書きませんが、結構まじで僕たちは「年功序列・終身雇用」のメリットを見つけ(というがこじつけ)、ちょっとこっちに考えが傾いてきたかもしれない状況になりました。

 

ディベートの勝敗は忘れましたが、今思い出せばこれってすごくいい研修だった気がします。

 

自分と反対の立場でディベートする、そのために逆の立場のロジックが形成される過程を模索することにより、逆の立場の考えにも共感できる部分を見つけることができる。

これってすごく意味のあることだと思います。

 

例えばコロナワクチンの賛成・反対論争。

これを立場を逆転させてディベートすれば、お互いの主張がものすごく理解できるような気がしたんです。

もちろん、ワクチン論争だけでなく、改憲やジェンダーフリー、もしくは気候変動などあらゆる問題について、このような「ゲーム」をしてみることはとても意味のあることだと思うんです!

 

・・・今日も泥酔状態でブログを書いてるので、誤字脱字や論理破綻があるかもですが、推敲する気力は1ミリもないのでとりあえずうpしますー。

 

 

日本記者クラブ、NHKを含むマスゴミのほとんど、脳みそお花畑のパヨクの面々。

こういう人らを見てると、本当にインターネットがあってよかったと思う。

 

僕もそれなりに長く生きてきたので、世の中の仕組みが部分的には見えるようになってきたと思う。

・・・根っこはほとんどが本当に単純な話。

 

「ハニートラップ」

 

まじ情けない。

 

『パヨク(場合によっては右翼)政治家たちが、某腐敗国家組織にハニートラップにかかり操られている。

その息のかかったNHKや日本記者クラブ及びマスゴミも、当然その老害政治家に忖度する。』

 

・・・そんな話を聞いたりしながらも、これまでは心のどこかでそれは都市伝説に過ぎないと信じている部分もあったのかもしれない。

老害政治家たちもそこまで売国奴ではないと信じたかった。

 

でも、とうとうある程度証拠をつかんでしまった。。。

 

具体的に書けないけど(さすがにちょっと怖い汗)、某腐敗国家のハニートラップ場所のホテルの出資者に詳細の話を聞くことができた。

ちなみにそのホテルのオーナーは、某腐敗国家からも追われる身となり安全と思わえれる国に亡命し、屈強なボディーガードに守られて暮らしているらしい。

 

いや、もうこの際ここで某腐敗国家を非難する気はない。

 

本当にむかつくのは、自分の醜態を隠すために売国奴と化した老害政治家たちと、との影響力を受けているクソマスゴミたちだ。

 

もうそろそろサイレントマジョリティーが「ノイジーマジョリティー」になる時じゃないですか???

ワクチン2回目接種完了!

3日ほど経つけど、ちょっとまだ体がだるい。。。

でもそれほどひどい症状も(今のところは)なくて一安心です。

 

ところで、最近時々ワクチン接種した人がしてない人を馬鹿にするような現場を見かけるように思います。

主に還暦以上のじじいに多い。。。

 

「ワクチン受けへん奴は自分勝手だ!」

「ワクチン受けてへん奴は外を歩くな!」

 

ひどいのは、

「副反応なんてめったに出ない!」

 

・・・自分が副反応が出なかったからって、根拠もなく無責任にそんなことをのたまう輩にも遭遇しました。

 

こうゆうアホな人たちを「ワクチン原理主義者」と呼びたいと思います(笑)

そして、それはワクチン冷凍庫のコンセントを抜くようなエキセントリックな国賊反ワクチン派と根っこが同じ。

 

今の日本では、(幸か不幸か)ワクチンを強要されている訳ではない。

なので、打たないという選択肢もあるはず。

 

例えば血が固まりやすい体質とか、アレルギー体質とかでワクチンの副反応リスクが高い人。

また、心情的に打ちたくないので、極力外出を控え不要不急の外出時には徹底したコロナ対策をするという選択。

 

一度、「ワクチン原理主義者」にそいういったことを言ってみたけど、

 

「そんな奴は自分勝手や」

 

と、恐ろしく自分勝手な返事が返ってきて、それ以上話すのをやめました。

 

で、当然ながら、このようなアホな「ワクチン原理主義者」に対して、同じレベル(場合によってはそれ以上)の反ワクチン派が出現するのです、多分。

 

ポーラリゼーション(両極化)って言葉をだいぶ前に聞いたことがあります。論議の際にたどり着きたい結論が両極化してしまい、相手を否定することにしか論点を持っていけなくなる現象、ダメな論議の例として教えられたことがあります。

 

重ねて言いますが、このようなアホな言い合いをしてるのは(僕の知る限り)老害じじいがほとんどなので、若い人はサル同士の戦いを横目に見ながら、粛々と自己判断しましょう。

 

僕は、もちろんよく分からんけど、それなりに集めた情報と、打った場合と打たなかった場合のメリット・デメリットを考え打ちました。

(本心はできることなら打ちたくなかったです。)

 

ようするに言いたいことは、自分の選んだ(不安な)選択肢を正当化するために、別の選択肢を選んだ人を攻撃するのは、あまりにも幼稚だといいうことです、何事においても(^^;