ここんとこ立て続けに「MMT理論」って言葉を耳にしました。
ちょっと前から話題になってる話で、大した話でないとの認識だったのですが、ちょっと調べてみるとやっぱ大したことないってわかりました(笑)
いや、MMT理論を否定しているのではありません。
そんなの分かりきってた話でしょ、ってこと。
MMT理論ってのは、ようするに「自国通貨建ての国債はどんだけ発行しても財政破綻しない。(でもちゃんと管理してね)」ってこと。
※違ってたらすみません。
僕は、子供のころから「お金って国が刷ってるんだから、国のお金が足らなかいなら刷ればいいやん」って思ってました。
そんなことを言うと、えらい先生たちに「そんなことすると物価が上がるし、日本円の価値が下がるからアメリカとかに相手にしてもらえなくなるよ」と諭されたものでした。
で、結局MMTって同じこと言ってるだけでしょ?
純粋に考えたら分かる話を、「コペルニクス的発想の転換」などともてはやしていることに違和感が。。。
あ、いや、そう言っている人の気持ちもよくわかるんです。
今まで、既得権益老害どもが必死で隠してきた事実を白日の下にさらしたという意味では評価できるし、「王様は裸だ!」と指摘したことに例えるのは面白いと思います。
僕が昔から思ってたことが実現されそうなんで、いいやん。。。
となりそうなとこですが、そうなってないしそうなりそうでないことが問題なんですね。
お金って社会の血液のようなものなので、循環しないといけない。
なのに、MMT推進派の人でさえ、「国債いくら発行しても大丈夫!」「財務省はもっとお金ばらまけるのに、国民に偽りの危機感を植え付け自分たちの利権を守ろうとしている」程度のことしか言わない。
いや、繰り返しになりますが、ぼくはこういったMMT推進派の人たちが盛り上げてくれているおかげで、ちょっとづつ既得権益老害集団の悪行を暴いてくれていることは感謝しています。
が、もうちょっと踏み込んでほしい。
今、(MMTと関係あるか知りませんが)例えばコロナ補助金などで、アホみたいにお金をばらまいている。
その大半は、前にも書いたけど、竹中パソナ・電通などの恥知らず既得権益中抜き企業が吸い取ったり、特にお金を必要としていない「プロ補助金受給者」の懐へ流れいてる。
そして、そのお金は市場へ回らず無駄な投資や、さらにひどいケースでは老害の私欲をみたすことに使われている。
最近の株式、仮想通貨の高騰(今ちょっと下がったけど)や、アンティーク・クラシックカー価格の暴騰などが、行き場を失ったお金の墓場として機能している。
さらにいうと、そういう老害どもは、汚い金には鼻きくので、こんだけじゃぶじゃぶお金が配らられていると、今後円の価値が薄まってくることを予想し(まあインフレのことか)、円を別の形の資産に変えようとしているってこと。
つまり、今の国のアホトップたちがしようとしていることは、国民の間の貧富の差を増大させ、一部の支配層だけが潤う社会にすることで国を分断させ、国家を不安定にさせようとしている。
・・・誰が裏で糸を引いているか、明白ですよね。日本の国力を削ごうとしている外国勢力です。
なぜ政府のアホどもは外国に魂を売るのか。。。?
ハニートラップに掛かってるんです、多分。
そりゃ、田舎からでてきた世間知らずが、東京で偉くなってみんなに持ち上げられる、外国のスパイの恰好のエサですよね。
で、そのアホどもは自分の醜態をばらされることで自分のカネ・権力を失いたくないので、外国勢力の奴隷となるのです、2F。
すみません、ちょっと脱線し過ぎました。
言いたいことはこんな事じゃなくて、お金を配るなら、ちゃんと社会の血液になるように配るということ。
ようするに、みんなに配ってちゃんと使ってもらう、ベーシックインカムです。
(※MMT理論の論文には近しいことが書いてあるそうです、知らんけど)
と、書いているうちに、ちょっとおもしろいことに気付きました。
MMT理論とは「Modern Monetary Theory」(現代貨幣理論)。
「現代」とネーミングするからには過去とは何らかの違いがあることを言ってるのでは?
で、僕なりに最近と昔で(経済に関し)大きく変わったことを考えてみると、経済エコシステムの多様化とそこへの関連性だと思います。
昔、例えば昭和の頃は、国は絶対であったし国には従うものであった。(あ、今でもある程度そうですが)
そして、この考えはピラミッド式に下層へと引き継がれていった。
会社は属している経済団体及びその支持する政党に従うもの、社員は会社に従うもの。。。
それは、支配ピラミッドにおいてマルチレベルで上部組織に「隷属している」状態が生来のものであり、侵すことのできない聖域のように妄信していた。
・・・もちろん、「現代」は変化してきてますよね。
「属すること」の自由度がずっと高くなってきています。
ちょっと場違いな例かもしれませんが、WEB上のゲームを例としてみます。
昔のゲームはパッケージソフトを買って、それをPCなりゲーム機にセットしプレイした。
つまり、すべてはメーカーの手の内でプレイしている状態だった。
しかし、インターネットが普及しゲームの世界観が変わり、ゲーム内でのプレイヤー同士の「化学反応(交流?)」がゲームの成功を左右する要因となり始めると、多くのゲームはまずはプレイヤーを増やそうとした。
そのために、プレイの参加時には費用を取らず、それどころかゲームにログインするだけでポイントを付与し、そのゲームの「コミュニティ」をまず拡大することとした。(全部のゲームがそうだというわけではありませんが。。。)
これは、将来的に利益を生むための戦略に見えますが(いや、実際そうでしょうが)、別の見方をすると、「まずコミュニティを作る、そこに協力してくれた人には報奨を与える。」とも考えられないでしょうか。
で、突拍子もない考えが突然頭に浮かんだのです。
「MMT理論とは、いやMMT理論はよくしらんので、『次世代の貨幣理論』とは、コミュニティに参画する人の相互協力を促進すべきものではないか」と。
またゲームの話に戻りますが、ゲームの主催者はゲーム内の貨幣(ポイント等)はいくらでも自由に付与できますよね。
これってMMTぽくないですか。
でもゲームの主催者も、「貨幣」を誰にでもあげ過ぎたら価値が無くなって来るので、一定の基準を設けて配布する。
例えば、ゲームに参加してくれている人は、それだけでコミュニティ(エコシステム)に貢献している。だから円滑に参加できるために、ログインするたびにポイントをあげる。
実際の社会に置き換えると、日本国民は日本国というゲームコミュニティの枠組みの中で(人生という)ゲームをプレイしているプレイヤーであり、ゲームの主催者としてはコミュニティが盛り上がってくれた方がうれしい。なので、脱落者を出さないためにコミュニティに参加してくれている人に対してはゲームがプレイでき続けれる環境を作りましょう。なので、ゲームがプレイできる環境を維持できるためのお金を配りましょう。
ここで勘違いしてはいけないのは、主催者が「施し」を与えているという意味ではないということです。ゲームに参加しコミュニティに貢献していることにたいする報酬なのです。
この考えって、なんか「現代」的に見えませんか(^^;
だいぶ長くなりましたが、ようするにMMT的な考えはベーシックインカムとセットであるべきと主張したかったのです、あーつかれた(^^;
ここまで書いてみて思ったのは、インターネットやゲームで育った僕より下の年代の人たちは、僕の頭よりももっと先を進んでいると思うので、ぼくの妄想する世界を容易に理解できる(もしくは上の次元から見下せる)はずです。
なので、時間とともに貨幣を取り巻く状況は(いい方向へ)変化していくと信じています。
その世代の台頭のためにも、早く基地外老害アホアホ連中(だんだん言い方がえげつなくなってきたなぁ)を追い払うことが、僕の世代のミッションなのかもしれません。
あと、この話の続きは(当然)暗号資産が関連してくるのですが、それはまた次回に!
(今日の文章だけでも、だいぶ長く書きすぎたので、見直して推敲する気にもなれなれないのでアラだらけ、これ以上書いたらさらにアホがばれる。。。)