アルバム「カサノバ・スネイク」のラストを飾るのが、この「ドロップ」という曲だ。
胸が張り裂けそうなほど痛い。
それくらい、痛切なまでに苦しい、生々しい痛みがある曲だとわたしは思う。
アベのギターからして、どこかくるしい。
メロディアスなナンバーでありながらも、最早、救いようのない苦しさが伝わってくる。
チバの、いまにも張り裂けそうな叫び声が、耳の中でこだまするのだ。
いまさら、チバの歌詞の才能だとか、ミッシェルというバンドの、ありえないほどプレイ面での秀逸さを、語る気はない。
しかし、 「なめつくした ドロップの気持ち」と、唄ってしまえる彼ら。
もはや、どうしようもないではないか。
それはもう、理屈や時空や環境や性別を越えて、ひとのこころを鷲掴みにし、ねじきれそうな痛みを、体感させようとしているとしか思えないくらいなのだ。
そして、それをミッシェルというバンドは出来てしまうのだ。
とめることのできない無常感と、それでも、それから眼を逸らすことなく、激しく叫ぶミッシェル。
ドロップを、なめつくしたり、逆に、ドロップとしてなめつくされたりする、人間という生き物すべてを、ロックンロールで包容するかのようだ。
狂おしいほどの無常感をも突き抜けて、痛みを絶叫にかえて、かなしみをメロディーにこめて、怒りと絶望をマイナーコードにこめて。
もう、理屈もなにもかも要らない。
この「ドロップ」は名曲なのだ。それだけだ。






