昨日の続編です。


中央線沿線には高校や大学が多く若い人がたくさん乗っています。学生といえば昔も今もGパンにTシャツがお決まりのスタイルであまり変わりは無いようですが電車の中で大きな違いを見つけました。

マンガを読んでいないのです。


一昔前の車内は週刊のマンガ雑誌を読む学生やサラリーマンが必ず一人や二人は居たように思うのですが今はほとんど見かけません。あまりカッコイイ姿とは思えませんし最高学府の学生が読んでいるのがマンガというのでは国際的に少し恥ずかしい感じもしますしね。そういう面では良い傾向だとは思います。


でもどうして車内でマンガを読む姿が少なくなったのか気になるので、まずはそのマンガの発行部数を調べてみました。代表的なマンガ雑誌は「少年ジャンプ」でしたね。

私の子供の頃は「少年マガジン」か「少年サンデー」、もっと遡って小学生の低学年のころは「少年画報」や「冒険王」などの月刊誌を読んで育った世代ですから正直言って「少年ジャンプ」に馴染みはありません。

学生時代には「別冊マーガレット」と「りぼん」を読んでいましたので「少年ジャンプ」の硬派の世界には入っていけませんでした。(誤解の無い様に言っておきますがそれがその当時の健全なノンポリ学生の姿なのです?)


さて、その「少年ジャンプ」ですがWikiに依れば1995年初頭に653万部と発行部数の史上最高記録を作ってからは減少が続き、2007年3月時点は280万部に落ちているそうですから6割減という所でしょうか。

「少年マガジン」と「少年サンデー」も調べてみましたが2000年頃から比べると発行部数は半減しています。

つまり10年前に車内でマンガを読んでいる人を3人見かけたとすると今は一人居るか居ないかという計算になりますね。


発行部数の減少だけでなく対象年齢も年少者の方へシフトしているような記事もありましたし、マンガが好きな人は自分で買うのではなくマンガ喫茶へ行って好きなだけ読むという話しも聞いたことがあります。


いずれにしろ電車の車内でマンガを読む若い人が減ったのは良い事かも知れませんがその若い人たちが電車でしている事は携帯電話かi-Podなどの携帯型プレーヤで音楽を聴いているんですね。


時代と共に車内の景色も変わっていきます。

あと10年経ったとき若い人たちは電車の中で何をしているのかと考えると面白いですが私には全く想像がつきません。


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都心へ出かけるのには車で行くよりもJRや私鉄を使うのが便利で早い。


私の住む所は東京都下でJRと私鉄が通っていますが都心へは中央線に乗って出掛けます。

最近は便利になったもので切符を買わずにカードや携帯電話を改札口の機械にかざすだけでどこまででも行けます。しかも私鉄や地下鉄も同じですから乗換えがあっても切符を気にする必要がありません。

こんなことは今の若い人には当たり前なんでしょうが日本の暮らしに長いブランクがある我が身には時代が変わったということを実体験として感じる瞬間です。


私は携帯電話を買ったときにSuicaとEdyとiDの契約をしましたので改札口では携帯でピッとやっています。改札口ばかりではなく駅の売店でも自動販売機でも携帯電話を近づけるだけで何でも買えてしまいます。コンビにでも同じですね。便利なのでピッ、ピッと使っているとお金の価値だとか有り難さが薄れてくるようで少し怖い気がします。


電車に乗って思うのは携帯電話を触っている人が多いということ。若い人も中年のサラリーマンもおばさんも電車の中で携帯を取り出して覗き込んでいます。何をしているのか気になるので横から盗み見たいと思うのですがそうも行きませんね。でも多分メールを打ったり、i-Modeでどこかのサイトを見たり、中にはゲームをしている人も居るんでしょう。

私は良く携帯をメモ代わりにしていろいろなことの観察記録をつけたりしています。電車で前の席に座ったおばさんの特徴をあれこれメモしていても周りの人はメールでも打っているんだろうなと思っていることでしょう。


そういえば最近は携帯小説なるものが流行っていると聞いてサイトをチェックしてみましたが女子高生の日記みたいなものが多かったです。その感想は別な機会に書くとして、そういった携帯小説を電車の中で書いていたりもする人も居るかもしれませんね。もしかすると知らない間に自分が観察されて携帯小説の中に登場しているかも知れないですよ。


もう一つ電車の中で気がついたのは居眠りをしている人が少なくなったことです。ドイツでは電車で居眠りするひとはあまり居ませんでしたから居眠りしている姿は私には少々奇異に映るのですが昔と比べるとずいぶん少なくなったように感じます。

皆さん生活にゆとりが出来て睡眠時間を長く取れるようになった、というようなことは無いでしょうからどうしてかなと考えてみるとこれも携帯電話のせいかなと思います。


つまり電車に乗っているときにすることが無くて居眠りでもしようかという人も携帯があれば時間が潰せます。逆に電車に乗っている時間も無駄にすることなくメールをしたり何か調べたりしているのかも知れません。

何だか携帯を持つことで余計忙しくなっているのでしょうか。


携帯電話が普及したことで電車の中の風景も変わってしまったような気がします。



もう少し書きたいこともあるのですがそれはまたの続きにします。


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ここのところ世界中で株が暴落しています。


今日の東京株式市場は一日で874円も値を下げてしまい2000年4月のITバブルが終わったとき以来の下げ幅で終わりました。874円の下落というと日経平均が16,000円程度でしたから約5%下げたことになります。また、水曜日から金曜日までの3日間で1570円下がりましたので10%近く下がる異常な事態です。しかし、これは代表銘柄225社の平均ですから銘柄によっては2割3割と下がっているものもあります。


私も(今のところ)株式投資で生きているので市場が混乱するのは大変な問題ですが実質的な損害はそれほどありません。今、個人投資家で一番危機的な状態になっている人は信用取引といって持っているお金の3倍程度まで株を買うことが出来る制度を利用していて、しかも買った株を長い期間持っている人です。


例えば7月の始め頃に日本を代表する企業の一つである新日鐵を買ったとします。その当時は一株870円程度でしたから最小単位の1000株も信用取引を使えば3分の一の29万円で買えました。しかし、今日の終値は714円ですから株価はこの間に 870-714=154円下がったことになります。問題は信用取引の場合、3分の一の資金で買えますが損失は100%負担しなければいけないということです。この場合、損失は15万4千円ですから元手の29万円は13万6千円と半減してしまったのです。


株価が下がっても時間とともに再び上昇することもありますのでそのまま持ち続けることも出来ますが、問題は信用取引の場合には常に持ち株の価値の3分の一以上の資金を証券会社に預けておかなければならないということになっています。

今の持ち株が714円の1000株分で71万4千円ですから23万8千円が証券会社になければなりませんが、資産は減ってしまっていて13万6千円しか残っていません。こうなると証券会社に資金を追加して入金するか、それが出来なければ持っている株を強制的に売られてしまうことになるのです。


ここ数日間の株価下落でこういう状態になってしまった個人投資家がたくさん出ているようです。強制的に株を売られるケースが増えると株価は更に下落していきますのでこの問題を抱える投資家が更に増え、それが雪だるま式に膨れ上がってしまったのが今日の東京市場だったのです。


個人の話をしましたが大きな金融機関でも同じような状況でしょう。損失が拡大するとそれ以上の損が出ないように強制的に株を売ってしまいます。そして売れば売るほど株価が下がり更に売りが増えるのです。それがピークに達するときがセリングクライマックスと言って暴落の終わるときなのです。(今回の暴落も来週から徐々に回復すると思います)


前置きが長くなりましたが私は信用取引の場合は株を買っても長く持ちません。朝に買ってお昼には売ってしまう、いわゆるデイトレードです。それは長く持てば持つほど利益が出る確率も上がりますが損失を抱える確率も高くなるのでなるべく早く売ってしまうようにしています。仮に朝買ったとしてもお昼休みに何か悪いニュースが出れば午後から暴落してしまいますのでそれもリスクなのです。


日本では株は長期間保有してこそ利益が出せると信じられ、それが株の基本だとも言われますがそれは高度経済成長のときの話しで現代では全く通用しません。それどころか長く持っていた人が今回のような暴落で損を出してしまうのです。あるいは保有している間にその企業に不祥事が起こったり破綻したりして企業がなくなってしまうこともあるでしょう。ライブドアもそうでしたし山一、雪印、カネボウもそうです。最近では上場企業ではありませんがミートホープの例もありますし白い恋人を製造販売する石屋製菓もあぶないですね。


何が起こるかわからない世の中です。企業も潰れれば株も暴落します。何があっても個人が潰れないように気をつけましょう。

連日暑い日が続いています。


昨日は群馬県で40.2度の最高気温を記録したそうですし、暑さで電車の線路が歪んでしまった所もあったようです。私の居るところは東京でも内陸部にある街なので都心の気温よりも1~2度は高いようです。

今日はお昼頃に少し外出したのですが、あまりの暑さに近所ですが車で出かけました。その時、車の温度計は41度を表示していました。車の温度計ですから正確ではないと思いますが、今まで暑いという日でも35度ぐらいを示していましたからそれからすると今日は最高に暑いのかも知れません。


最近、天気予報やニュースで猛暑日という言葉を良く耳にします。真夏日というのは昔からありましたが猛暑日という言葉は聞きなれないので調べてみると、気象庁が今年から新しく設定した言葉だそうで気温が35度以上の日のことを言うのだそうです。ちなみに25度以上で夏日、30度以上で真夏日、そして35度以上で猛暑日だそうです。

こんな定義をしなければならないのも地球温暖化のせいなのでしょうか。考えてみると子供の頃は30度を越えるとものすごく暑い日だというイメージを持っていましたから何十年かの間に気温が数度上がっていると言えるかもしれませんね。そういえば昔は異常気象という言葉を良く使いましたが最近では聞きません。異常が当たり前になってしまったのでしょうか。


我が家では今朝はもう朝起きたときからエアコンを入れてしまいました。暑くて何もする気がしませんし、熱中症に気をつけましょうとも呼びかけていますからこういう日はエアコンに任せたほうが良いですね。

でも一方で新潟の地震で原発が止まっているため節電を呼びかけるチラシが東京電力から入ってきました。暑い日の午後はエアコンの温度設定を高目にしましょうと。しかしこう暑いと自分のことで精一杯で人のことまで考えられません。停電になったらみんなで我慢すればいいじゃないか、それまでは少しでも涼しく居たいという捨て鉢な考え方も生まれてきます。ハイクオリティじゃないなと思いながらも暑さには勝てません。


ここまで書いてネットのニュースを見ていたら今日は岐阜で40.8度を記録したとの事です。これは75年前の山形での日本最高記録とタイ記録だそうですが、山形のときはフェーン現象による暑さですから一時的なもので気象による暑さではないといえるかもしれません。


こうなると猛暑日の更に上のレベルの言葉を作らなければいけませんね。



軽井沢に行ってきました。

説明するまでもなく軽井沢は日本で有数の避暑地ですが最近は若い人たちにも人気があるようです。子供の頃は何度か行った事があるのですが20年以上は行っていませんのでお登りさんのようにあちこちキョロキョロしてしまいました。

旧軽井沢周辺を散策してみましたが地元の産品を扱うお店やおしゃれなレストランやカフェ、それにギャラリーなど文化的なレベルの高さを感じさせるお店が並んでいます。タイの産品を売る店やアメリカのウエスタンスタイルのお店、それに沖縄のものを売るお店など個性豊かなお店もたくさんありました。手作りソーセージを売るお店や鶏の丸焼きを売る古い店構えのお肉屋さんなどは外国人も多かった軽井沢としての日常なのでしょうがその非日常性が軽井沢らしい所なのでしょうね。

それと地元産のジャムや蜂蜜もたくさん売っていましたし、ワインや地ビールなどこの地でしか手に入らないものにはどうしても手が伸びてしまいます。


避暑地とは言えお天気が良いので気温は30度を越えていていました。軽井沢銀座などの通りにはたくさんの人出て都会の商店街とあまり変わらない賑わいを見せていて、ここが避暑地だということを忘れてしまいそうな賑わいです。しかし大きな通りから逸れて森の中へ入っていくとひんやりとした空気と森の木々の匂いが心地よく、広い敷地を持った別荘が並ぶ道を歩けばどこか日常から離れた別世界があるように思えました。

熊が出たというニュースにもびっくりしましたが、この森の奥には大きな自然が連なっているのだなと感じさせてくれました。

日本でも静かで質素な暮らしを送りたいとは思うものの、雑踏と喧騒の都会に居れば日々は自分の意思とは違った速さでどんどん進み、溢れ返る日常の出来事や情報の中に全てが埋没してしまい、ただただ流されるばかりの暮らしとなってしまいます。流れる川に時折できる小さな淀みの淵でふっと一息つくことだけが個人や家族との小さな楽しみであるような暮らしを重ねていくことが人生であれば少し寂しい。

夏の間、あの森の別荘に住むことができれば精神的にも豊かな人生が送れるに違いありません。
それはハイソだとかセレブだとか言う表面的な見せ掛けの暮らしではなく喧騒の日常から明確に隔離するひっそりとした森が間にあるからだと思います。


何年か後の夏は軽井沢の別荘で静かに質素な暮らしを送りたいと夢見ながら帰って来ました。