勉強好きになる!繊細な子の学習サポート【札幌/オンライン】 -16ページ目

勉強好きになる!繊細な子の学習サポート【札幌/オンライン】

勉強めんどくさい!
子どもにイライラするあなたへ
元看護師、現役塾講師の知識と経験から、
HSCがチャレンジできる子になる
学習法をお伝えします。

●【まとめ】マイストーリー「三日坊主を卒業、自由に私らしくなれるまで」

こんにちは。勉強好きな子どもを育てる HSCちゃん専属はるっち先生こと中村千春です。

私のブログを読んでいただき、ありがとうございます^^

アラフィフで「生きづらさの原因はHSPだ」と気づいた私が、

認められたい欲求から解放され、自由に私らしくなれるまでを、つづっています。

過去記事を読みたい!という方のために、まとめ記事を作りました。

私の誕生から、全25話予定で書き進めています。

はじめから、または、気になるところから、どうぞお読みください。

マイストーリーをはじめたきっかけ






#1.過保護のちぃちゃん誕生

#2.はじめての迷子

#3.箱入り娘、入院する

#4.憧れのサンタさんは来なかった

#5.小学校入学そして登校拒否

#6.やりきった学芸会

#7.勉強したとウソをついた家庭学習

#8.電話で泣きたくないのに涙が止まらない

#9.わかってくれる人がいた!

#10.からかうのが面白い人なんじゃないの?

#11.私はカウンセラーじゃない!

#12.叶わなかった放送部の夢











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● 【マイストーリー】#12.叶わなかった放送部の夢

こんにちは。勉強好きな子どもを育てる HSCちゃん専属はるっち先生こと中村千春です。

アラフィフで「生きづらさの原因はHSPだ」と気づいた私が、認められたい欲求から解放され、自由に私らしく行動できるようになるまでを、つづってまいります。

2018年に書いたマイストーリーを、HSC視点でリニューアルしてお届けしています。

マイストーリーをはじめたきっかけ



前回は、実家にいる間ずっと、母のカウンセラー代わりだったお話しでした。

#11.私はカウンセラーじゃない!



* * * * * * *

▶︎#12.叶わなかった放送部の夢

家の中はゴタゴタしていましたが、無事希望の高校に合格しました。

そして、高校へ入学したら、絶対やってみたいことがありました。

それは、放送部へ入部すること!




中学3年生の時、体育館で行われた学校行事で、アナウンスを担当したんです。

なんの行事だったのか、それは全く覚えてないけれど、とにかく、すっごく楽しかった!!

体育館が暗い中で行う、裏方感♡

私の顔は、ほかの人から見られない!恥ずかしくない!

アナウンス用の機械にさわれる!←機械マニア♡

担当の先生が、「声がこもって聞こえるよ。」とか、ていねいに改善点を教えてくれて、さらにやる気アップ!!



高校でも、やってみたい♡と願っていました。

部活紹介をいろいろみて、やっぱり放送部がいい!と思いました。

そこで、放送部に入りたいと母へ伝えると、かえってきた言葉は…

ダメ!あなたには、夕飯を作って欲しい。



両親の離婚後、部活を引退し、塾は夏休みだけだったので、夕方から家にいたんですね。

それで、気が向いた時だけ、私が夕飯を作っていました。

いわば、気分転換でした。

それを、母は、高校生になったら、部活はせず、毎日夕飯を作って欲しいと言うのです。

どうしても、放送部に入りたい!!

私の想いを泣きながら伝えたけれど、母は自分の考えを曲げず、

部活はダメ!

の一点張りでした(。>ω<。)

母自身、親の反対で高校進学できなかったので、娘も部活くらいはあきらめるべきって、考えていたのかもしれません。



私が高校生だった約30年前、近所にコンビニがありませんでした。

専業主婦をしてきた母にとって、家での食事は、しっかり手作りするべき!という考えが強かったのでしょう。

また、母は料理上手でした。

レシピを見ずに、パパッと作れるタイプ。

一方、私は、レシピ通りにしか作れないタイプ。

母みたいに料理できない!というのがコンプレックスでした。

母の得意料理である、煮物の作り方を聞くと、

適当にやればいいのよ

と返ってくる。

そして、

適当にやれるようになるには、まだまだね。

って、母の自慢が入る。

だから、毎日母の代わりに料理をするのは、毎日自分の欠点を見つめないといけない。。。

そんなのイヤだ!という思いもあったんです。



せっかく希望の高校へ入学できたけれど、やりたいことができない。。。

世界はバラ色♡だったはずが、一気にグレーに変わってしまいました。

母は、ずっと専業主婦だったのに、私のために働きに出て、疲れているから仕方ないんだ。

私ばっかり、わがまま言っちゃいけない。

私が、ガマンすればいいんだ。

 


そう自分に言い聞かせて、放送部入部をあきらめました。

そうしたら、いろんなことが、色あせて見えてしまって。



中学校の親友とは別の高校になり、

中3で同じクラスだった友達も、お父さんの転勤で、入学前に転校してしまった。

新しい友達との出会いに期待したけれど、中学の親友ほど、なんでも語りあえる人には、めぐり逢わなかった。

グチを聞いてくれる友達もなく、自分の気持ちとの向き合い方もわからなくて。

心にぽっかり穴があいてしまったようでした。

そして、母の言うことを聞いて、部活には入らなかったけれど、結局、夕飯を作っていた記憶もないんです。

高1と遅い反抗期のはじまりでしたね。

反抗するなら、放送部へ入っちゃえばよかったのに。。。

なんでできなかったんでしょうね。

ちーちゃん、放送部に入れなくて、悲しかったんだね。

好きなことができなくて、くやしいよね。

お母さんが、一方的に部活はダメって決めちゃったから、納得できなかったんだね。

ちーちゃんも、お母さんが大変だったことは、わかっていたんだよね。

気持ちを聞いてもらえる人がいなくて、つらかったんだね。

誰にも話せない時は、ノートに思いっきり書き殴るといいよ。

全部吐き出したら、楽になるよ。

ノートが、あなたの味方になってくれるからね。


 










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● 【マイストーリー】#11.私はカウンセラーじゃない!

こんにちは。勉強好きな子どもを育てる HSCちゃん専属はるっち先生こと中村千春です。

アラフィフで「生きづらさの原因はHSPだ」と気づいた私が、認められたい欲求から解放され、自由に私らしく行動できるようになるまでを、つづってまいります。

2018年に書いたマイストーリーを、HSC視点でリニューアルしてお届けしています。

マイストーリーをはじめたきっかけ



前回は、中学校デビューしようとして、友達を傷つけてしまい後悔しているお話でした。

#10.からかうのが面白い人なんじゃないの?


* * * * * * *

▶︎#11.私はカウンセラーじゃない!

私の生い立ちをつづっている「マイストーリー」

幼少期のエピソードが詳しく書かれていること、父が全く登場しないことにお気づきでしょうか?

気づいたあなたは、スゴイ!!

幼少期のエピソードは、母がくり返しくり返し、私に話して聞かせていたから、私の記憶ではないのかもしれません。

超人見知りだった私は、友達が少なかったので、家で、母と話すのが好きでした。

だいたい、話好きな母が、マシンガントークするのを、うんうんって聞き役でしたね。



ウチの母、話し出すと1、2時間しゃべります(苦笑)

毎日、母の話を聞いていた私って、スゴイかも?!

今日あったことから始まり、私の幼少期の思い出話になったりするのです。

私のオムツが、2歳ではずれた話とか、小1で登校拒否を未然に防いだ話とか、何度も何度も聞かされています。


それから、母の幼少期の話。

母は、戦前の生まれ、兄1人、弟1人の3人兄弟です。

母の母(私の祖母)は、厳しい人で、朝4時に母をたたき起こして、家事手伝いをさせていたとか。

男尊女卑の時代、家事手伝いで起こされるのは、女の子だった母だけ。

ずっと、不満だったそうです。

よく自慢していたのは、運動会の計算コンテストで、1位だったこと!

運動会なのに、計算∑(゚Д゚)

そして、成績優秀で、高校進学を勧められたけれど、田舎だったのもあり「女に学問はいらない」と進学できなかったこと。

要するに、母が言いたいことは、いかに自分がすごいか!ということ。

こんな話を、何度も何度も聞かされていました。




そして、物心ついた時には、両親はすでに不仲でした。

父と2人で会話をしたことが、ほとんどないんです∑(゚Д゚)

苫小牧時代は、父のお休みが、月3日しかなかったのもあり、接触の機会が、ほぼなかったですしね。

2〜3度、近所の公園に連れて行ってもらった記憶はあります。

運動会で「写真撮るよー」って言われて撮った、やらせ写真。

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ふだんは、こんな風にくっついてたことは、ありません。

両親の離婚が決まった時、

あー、やっと離婚するんだ。

これで、お父さんの愚痴を聞かなくて済む

って思いました。

父性の欠落

これが、私達母娘が、共依存となった原因の一つだったかもしれません。










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● 【マイストーリー】#10.からかうのが面白い人なんじゃないの?

こんにちは。勉強好きな子どもを育てる HSCちゃん専属はるっち先生こと中村千春です。

アラフィフで「生きづらさの原因はHSPだ」と気づいた私が、認められたい欲求から解放され、自由に私らしく行動できるようになるまでを、つづってまいります。

2018年に書いたマイストーリーを、HSC視点でリニューアルしてお届けしています。

マイストーリーをはじめたきっかけ



前回は、本当の私に気づいてくれた、小学6年の担任の先生のお話でした。

#9.わかってくれる人がいた!

* * * * * * *

▶︎#10.からかって笑いをとらないで!

私が通った中学校は、マンモス校でした。

人数が多いということは、同じ小学校出身者の人が多いということ。

親友も一緒だったし、人見知りな私も安心して入学を迎えました。

毎朝、親友が迎えに来てくれて、2人でもう1人を迎えに行って、3人で登校していました。

楽しかったな〜♪

同じクラスのなかよしもできて、女の子5人で交換日記を始めました♡



これでもかっ!!というくらい、カラーペンをたくさん使いましたね。

目がチカチカするくらい!

女の子特有のまる文字で!

カワイイまる文字が書けるように、勉強そっちのけで、一生懸命練習しました。

のちに、元の字に戻すのが大変で、まる文字を書いていたことを、後悔するハメに…




当時、メンバーの1人が、同じクラスの男の子と付き合い出して!

恋に恋するお年頃♡

興味本位で、2人の関係をからかったりしていました。

でも、私、ちょっとしつこかったみたいで、

もうその話はやめてよー!

って、その子に、直接言われたんですよね。

それで、私は

彼女が嫌がっているってことは、この話は、面白いってことだ!

と思い、さらに2人の関係をからかう日記を書きました。

え?! 小学生男子かよ!

と思いますよね。

でも私、本当にからかうのが面白い話題なんだと思っていたんです。




それは、私がそうされてきたから。

運動会の練習がイヤで登校拒否したこと

泣きながら電話をかけたこと

母が、面白おかしく人に話して笑いをとっていたから、それができなきゃいけないのだと。

私がイヤだと言うと

冗談のわからない子ね。

と言われて。

私は、冗談がわからない、つまらない人間なんだ。

冗談がわかる人になりたい!


と願っていたのです。




中学生になって、ちょっと変われる気がしていたのかもしれません。

冗談がわかる人になろうと頑張った結果、友人を傷つけてしまいました。

交換日記は、ノートの終わりとともに、終了しました。

その子は、グループからフェイドアウトしてしまったのが、心苦しかったな。

それから、友達との距離感がうまくつかめないなぁ、女子のグループは苦手だ。。。と感じるようになりました。

小学校時代とおなじく、自分の意見は言わないようにして、ニコニコしてやり過ごせばいいか。。。


ちーちゃん、話を面白くしようとして、お友達を傷つけちゃったんだね。

思ってもみない結果になって、悲しかったのかな。

どうしよう、悪いことしちゃった…という罪悪感があったんだね。

どうしていいかわからなくて、自分の気持ちを見ないフリしちゃったのかな。

グループの友達も一緒にからかっていたから、それでいいと思っちゃったのかな。

お友達がイヤがっているのに、からかい続けたのは、お母さんのせいじゃなくて、自分の責任だよ。

ちーちゃんの気持ちを伝えるといいよ。


 


ひどいこと言って、ごめんなさい

それから、自分の気持ちも無視して、自分にもごめんなさい


 









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●毒親に悩んでいるあなたに読んで欲しい本



こんにちは。勉強好きな子どもを育てる HSCちゃん専属はるっち先生こと中村千春です。

今日は、私が読んだオススメ本をご紹介します。

中野信子先生の『毒親 毒親育ちのあなたと毒親になりたくないあなたへ』です。




中野先生ご自身が、毒親持ちであると公言されているのを聞き、ぜひ読みたかったのです。



私は今、HSP人生50年をふり返るマイストーリーを書いています。

今まで、母は一生懸命子育てしてくれていたことは、わかっていました。

なのに、どうして母のことを毒親だと感じてしまうのか、ずーっと疑問だったのです。


だから、中野先生はどんなことがイヤだったのか、それをどうやって解決したのか、知りたいと思いました。

読んでみると。。。

視点が180度ひっくり返りました!!

毒親という言葉は、親を責めるものではなく

自分の傷の深さを知るため

癒すために必要なことを知るためにある



*読書すごろくに書き留めたキーワードなので、原文とは少しちがうと思います。


そうだったんだ!!

ひといちばい敏感な子どもで、ママにべったりだったから、

母の愛情が深すぎるところを、受け取り過ぎて、深く傷ついてしまったんだ。

だから、毒親と感じていたんだ!


読みながら、目がうるんでくるのを感じました。



母が毒親かもしれないと思った時、スーザンフォワードさんの『毒になる親』を読んだんですね。

母は、「コントロールばかりする親」に当てはまっていて、やはり毒親なのだとわかりました。

そして、本の最後に、親と対決するよう書いてあるのを見て、

無理だ。。

とあきらめたんです。

なんでも思い通りにしようとする母に、かなう訳がない。

でもね、母を変えなくてよかったんです。

私が、私の気持ちをわかってあげるだけでよかったんですね。


人生のふり返りのタイミングで、中野先生の本と出会えたことに、感謝の気持ちでいっぱいです。









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