心を込めた親の言葉が、どうして響かないのか? | 中学生の勉強法と親の心得 ~塾長直伝! 高校受験対策と反抗期の対応法~

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「どんな言葉かけをしたら心に響くのか」
 



 まず、お子さんへの上手な「伝え方」ですが、これはなかなか伝えるのが難しいテーマです。

 と言うのは、ちょっとした言い回しや言葉選びの問題だけで無く、根本の「説得力」や「コミュニケーション力」の有無、さらにはその人の「人間性」「生き方」「人格」の部分までもが問題になってくるからですね。
 そのため、仮にここで「私が言えば効果的」な言い回しをお伝えしたとして、誰かが全く同じように言ったとしても、話し手が別の人に変わった瞬間に、もう効果的では無い言い回しになってしまります。
 「言霊」の言葉もありますように、言葉は生き物であり、話し手の魂を届けるもので、字面だけを整えれば良いものではございませんから、言い回しだけをお考えになっていても、問題は一向に解決しないでしょう。

 ですから、根本的な点を言いますと、本気で思いを伝えるためには、親だろうと教師だろうと、恥も外聞もかなぐり捨てて、本音でぶつかるのが一番です。
 そのためには、相手の本心を理解してやり、親としての建前や理想論はいったん横に置いて、相手を1人の大人として扱い、自分も同じ道を通ってきた1人の人間として真正面から話をしてみることですね。
 ここのところが抜けたまま、口先だけでどんな内容の話をしても上滑りをしてしまいますから、その点だけは踏まえて読み進めてくださいませ。

 それでは、今回はメッセージの中の具体的な言葉を拾いながら見ていく形でお答えしたいと思います。そこで、まずは現在の言葉かけについて見てみましょう。
 



「勉強の意味」という娘の疑問について「将来自分が本当にやりたいことを見つけるため」と話したり、「苦手な教科や難しい事は誰でもやりたくないなあという気持ちがあると思うけど、それでも自分のために必要だとわかっているから皆頑張っているんだよ。」とか「たとえ自分の好きな道に進んだとしてもどの道でも自分のやりたいことだけやっていられない。やりたくないことや自分では意義が見出せないこともいっぱいやらなければいけないんだよ。」という話をしますがどうも納得できないようです。きっと大人目線なんですね。うまくアドバイスができません。

 



 そうですね、これでは大人目線過ぎて、子供の心には響きません。
 ただ、親御さんなりに心を込めて口にした言葉のはずですから、決して「不正解」と言うわけでもございません。
 そうです、問題は親にとっての正解が、子供にとっての正解では無いことです。つまり、正解はいくつもあるのですね。

 そして、まずは何がまずいのかが分からないと、お子さんの気持ちを理解することができません。ですから、「どうして響かないのか?」を、ここで少し考えてみてください。学校の問題のように「たった1つの答え」はありませんが、考えてみることが相互理解につながるはずです。


「将来自分が本当にやりたいことを見つけるため」

  • 「本当にやりたいこと」は、勉強しないと見つからないものなのでしょうか?
  • 今の時点でやりたいことがある人は、それは「本当にやりたいこと」では無いのでしょうか?
  • 「本当にやりたいこと」に、学校の勉強が直接的には必要無かった場合、勉強をする必要性が無くなりはしないでしょうか?
  • そもそも、「本当にやりたいこと」とは何なのでしょうか?


「苦手な教科や難しい事は誰でもやりたくないなあという気持ちがあると思うけど、それでも自分のために必要だとわかっているから皆頑張っているんだよ。」

  • 苦手な教科や難しい事に取り組んでいる人は、本当に皆が「自分のために必要だと分かっているから」やっているのでしょうか?
  • 実際に、苦手な教科や難しい事から逃げている周囲の子供が大勢いる中、どうして自分だけが逃げてはいけないのでしょうか?
  • 親も含めて、社会を見回しても、苦手な事や難しい事から逃げている大人が大勢いて、それでも何とかなっているのに、本当に頑張らなければならないのでしょうか?
  • 建前では無く、本当の本当に皆が頑張っているのでしょうか?

 


「たとえ自分の好きな道に進んだとしてもどの道でも自分のやりたいことだけやっていられない。やりたくないことや自分では意義が見出せないこともいっぱいやらなければいけないんだよ。」

  • 自分の好きな道に進んだ人は、本当にやりたくないことや自分では意義が見出だせないことを、「少し」ならともかく、本当に「いっぱい」やらないといけないのでしょうか?
  • 「本当にやりたいこと」を見つけてその道に進んだ人が、「自分で意義が見いだせないこと」をやるのでしょうか? そもそも、意義が見いだせないことなど存在するのでしょうか?
  • そもそも、自分の好きな道に進むことは必要なのでしょうか?


 さらに、上記の話を、本当にやりたいことや自分の好きな事が見つからない子供が聞いたらどう感じるでしょうか?

 これらを子供目線で考えて見ながら、次を読み進めてみてください。


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