1時間20分。文法のみ。気分が乗らないので本日はこれまで。あとは寝るまで読書して明日また頑張ります。

私は記事のアップをほぼ全てiPhoneで行っていたのだが、ここ数日はアメブロ専用アプリを使っている。

リンクを張ったりするのはこのアプリでは出来なそうだったので、敬遠していたのだけれど、そもそもそれ程リンクさせたりすることがないので、使ってみることにした。

書いた文章のプレビューを見るのはもちろん、下書きの保存も出来るのでよい。シンプルなのもいいと思う。

でも、肝心の記事を送信するときにエラーになる割合が高いのが残念な所。毎回送信に時間がかかってあとで送信する、となってしまう。

時間をおいてアプリを見てみるとまだ未送信なので、あわてて送信し直すと、実はもうアップされていて記事が二重投稿されてしまっているので再び急いで削除したり、と慌ただしい。

まだ数日しか使っていないので、うまく使えていないということももちろんあるだろうが、ちょっとスムーズに行かな過ぎる気がする。

けれど、ブラウザで文章を書くことから比べると遥かに便利だ。
2時間15分。文法はちょっとにしてあとずっと瞬間英作文の復習。『Data Base 3000』のLevel1から3までを一気に。まだもう少しこのまま進まない。この連休でさらに復習して、行けそうなら来週にも進めようと思う。

気が付いたら通勤中ずっと音楽聞いてた。ここ数日あまり声に出して英文読んでいない。明日から再開しよう。書き取りもしていない。文法と短文暗唱のみだ。

英語で本を読めるほどのレベルになっていないので、読書はもっぱら日本語。もし英語で読むとしたら、使用単語数の制限されているもので、読んだ事もあるがはっきり言ってつまらない。

簡単な英文を大量に読むのにはいいということはよく分かっているが、内容はよく知られた物語の書き直しで知的好奇心をそそられる要素がゼロ。

まぁ、その程度の読解力で表現豊かな文章など読み解けないのは自分でも百も承知であるが、それにしても物足りなすぎるのだ。

かつて、「いつか読めるようになった時のために」と興味のある英書を買い込んである。日本語の読解力との差があり過ぎる(当たり前)ので、それが日本語で書かれていれば読みこなせるものでも、全く歯が立たない。

この辺りに、成人してから語学を始めた時のもどかしさがある。

前述した、子供向けの様な内容の語数制限本でも、子供であれば面白く読めるであろうに、下手に母国語にそれなりに堪能に(人によっては専門用語でも理解できる程に)なってしまっているので、そういった本は激しく物足りないのだ。かと言って日本語と同等の内容で書かれた英文には全く歯が立たない。そういうもどかしさがある。

購入して積読のままになっている洋書達が、いつその出番が来るのかと部屋の片隅から ー 或いはすでにPDF化されたものはPCの中から ー じっとその時を待っているのだ。

彼らに早く出番を与えなければならない。
1時間30分ほど文法と短文暗唱をしたが、気が散って集中していなかったので、正味1時間もしなかっただろう。

仕事帰りに書店へ寄り、久しぶりに本を買ってきた。本は買ったその日がいちばんよく読めるというが、今日は全く読まなかった。明日以降に持ち越しだ。

300日の10分の1が過ぎたが、進み具合はどうなのだろう?良いのか悪いのか、全く分かりません。理解が進めばそのうち加速も付いてくるでしょう。ケセラセラでやっていきます。

明日は朝早いので今日は早めに切り上げ。これでお終い。
4時間30分。あと2時間はしないといけないよなぁ、休日なんだし。Twitterで知った英語学習用のiPhoneのゲームアプリでちょっと遊んだりしてしまった。

朝、起きるのももう少し早めたい。昔は休みの日というと、昼過ぎまで寝ていた時期もあった。そもそも休みの前日からして、遅くまで起きていたので、翌朝も遅かったのです。今でこそ、そこまで自堕落な生活はしていないけれど。寝過ぎて頭痛くなったりしたものだ。

文法は『Forest』の二周目が終わった。明日以降も三周目で読み続ける。万遍なく読まなくても、理解度の低い部分を重点的に読んでいけばいいのではないだろうか。

あとは瞬間英作文と中学文法の総復習問題集を通した。まだもう少し復習のみで新規にはやらない。

それから、英語とは関係ないのだが私は結構本が好きでよく読んでいたのだが、英語をやっている間というのはそちらに時間を取られてしまい、本を全く読まなくなってしまうのだ。

最近も、少し前にiPhoneに落とした電子書籍で数冊読んだのみで止まっている。気付いたら部屋にある積読状態の未読本の量が全然減っていない。

これはまずい。

確かに英語に関する知識は少しずつ増えているだろうし、それによって将来得られる知識も格段に増すだろう(英語を読めるようになるので)。けれど今、全く読まないのもだんだん空っぽになっていくような気がしている。

そんな訳で、英語を運用するための知識の獲得も喫緊の課題なのですが、ちょっと読書の世界にも戻りたいな、というのが今の心境です。

まぁ、言ってる暇があったらさっさと読めばいいわけだけど。
一日仕事で、夜はジム。勉強時間は30分ほどでした。

私は十年ほど前に韓国へ一年間留学していました。そこでは当然現地の友人が出来、よく一緒に出掛けたり飲み歩いたりしていました。まぁ、一人でふらふらとソウルやその近郊を探索していたことも多かったですが。

日本語を学習していて話せる人もいましたが、ほとんど会話は韓国語で行っていました。すると、韓国語が自分の中に染み込んでくるように馴染んでくるのです。

いくつかの単語は、今でもすっと口から出て来ます。日本語で説明するのがもどかしくなるほど韓国語の意味のみで理解しているものもいくつかあります。そういった言葉は、本当にその言語で理解しているのだと自分でも感じています。(けれどあるいは反対でしょうか?理解していないから、日本語という別の言語では説明できないという。)

似た意味の単語でも、そのニュアンスを理解しているつもりなのに日本語では説明できない、ということもあります。

それが、理解していることの表れなのかそうでないのかは、とりあえずここではこれ以上述べませんが、ひとつ言えるのは、前述したようにそれだけ韓国語が自分の中に染み込んでいるということです。

これは、当たり前ですが生身の友達とその言葉で数えきれないほどの会話を交わしたからです。私が韓国語で話す時には日本語でほど完全にではないにしろ、そこに感情を入れることが出来ます。言われたことも相手の感情を読み取ることがそれなりに可能です。

けれどいま勉強している英語に関しては、過去に英語で会話したことはもたろんありますが、韓国語と比べると微々たるものです。なので、生身の人間を相手にした意思疎通の道具としての言語という理解がよくできていません。まだ何か記号の羅列を読み解いているような感じがしています。

架空でもいいので、英語で言葉を交わす相手を想定しながら学んでいけば習得も早く進むように思っています。韓国語の場合、そのリアルな友達が多数いたために"生きた言葉"として私の中に定着したわけです。

そうすると、英会話スクールの講師やネットの画面の向こうにいるネイティブ、あるいは本当に単なる脳内友人でもいいので、対話の相手を想定しながら勉強を進めている人のほうが進捗状況が良いのかも知れません。

これに関してはちょっと自分も考えないといけないな、と思っています。