4年目看護師のアタマとココロ -10ページ目

我が子

私のプリの子の受け持ち患者は皆様すこぶる順調です。

術後であればある程度の率で必ず起こる発熱や嘔吐も起こしません。

それはもちろん嬉しいことではあるのですが、

プリセプターという立場から考えると、

今、こうやって目をかけてあげられる間に

ちょっとイロイロ起きてくれた方がいいのになぁ、、、

なんて思ってしまいます。


まあ、生活の変化に慣れる、

仕事をするということに慣れる、

という意味ではこれくらいでもいいのかもしれないですけどね。

正直、ぬるま湯環境ですが。

夏休みの計画

相変わらず精一杯の毎日ですが、

今日明日は久々の2連休。

仕事のことなんか全部忘れて、夏休みの計画を練っています。


今年は嬉しいことに10日間夏休みをもらえるということで、

前々から行きたかったマチュピチュへの夢を現実にします。

一般企業で働く友人と3人で行くため、

日程は彼女たちの夏休みに合わせて8月上旬と

夏休みシーズン真っ盛りのため多少高くつのが玉に瑕ですが、

やはりマチュピチュに行ける喜びの方が大きいです。


なんとかチケットも取れそうで

いろいろリサーチをしているところなのですが、

なぜか、私のPCでペルー(特にリマ)の関するHPを開こうとすると、

インターネットエクスプローラの画面が強制的に消えてしまいます。

特定の1つのページだけではなく、何度かそういうことが起こります。

病院の図書館のPCで試すと普通に見れたので

きっと私のPCの問題だとは思うのですが、一体ナゼ???

連勤

世の中はMAX9連休。

悪くても、谷間の平日2日を挟んで3連休+4連休、

なんて人は多いと思いますが、

私の場合は4日勤+1オフ+4日勤。

今日はその谷間の1日です。


4連勤、ホント疲れました。

特に1年生が付いてる時に使うエネルギーは半端なく膨大で、

新人を帰した後にやらなければならない残った仕事もろくに進みません。

そんな日が続くと完全にガス欠状態になってしまいます。

改めて、先輩たちに脱帽です。


そんな中、ふと思ったことは、、、。

病棟ナースの世界で「3連勤、4連勤はキツイ」というのは

わりと共感できる話だと思うのですが、

多くの仕事は月曜から金曜まで5連勤が普通なことですよね。

4連勤でキツイなんて言ってたら他の仕事できないんじゃないかなぁ…なんて。

しかも週休2日が浸透する前はみんな月曜から土曜まで働いていたのかと思うと、

正直、信じられない思いです。

4月の振り返り

プリの子との関係を振り返ってみると、、、

 4月第1週 全体オリエンテーション。

    第2週 私が病欠。

    第3週 復帰。手探り状態。

    第4週 連勤。


ここ数日になってやっと、

今、彼女はどんなことがどのくらいできるのかという状況と

彼女自身のキャラ的な側面などが掴めてきました。


4月は環境に慣れるというのがテーマのひとつでもありました。

まあ1ヶ月やそこいらで完全に順応できるとは思いませんが、

それなりに落ち着いて病棟内に存在することはできてるかなと思います。

ただしあくまで「存在する」であって、

処置や看護ケアの実践、患者と話すなどといったこととなると話は別ですけどね。


あっという間にもうすぐ5月。

そろそろ1人でできることを少しずつ増やしていければなと思っています。

(もちろん陰で裏できっちり見守っていくつもりですが、

 ただ実はそれって難しいということに気づき始めました。

 なんとか上手くやれるようにガンバリマス。)

あと、看護記録の立案や評価もそろそろやりたいところです。

どうしても時間が足りなくってそこまで手が出ていないのが現状なのですが、

まだ全然そういうことは教えていないのはさすがにちょっとマズイかなと思い始めてきました。

私の4月がようやくスタートしました。

お陰さまで、声の方はとりあえず回復しました。

新年度という忙しい時期に加え

ちょうど患者数も多い時でもあり、

病棟の人にはかなり迷惑をかけてしまいましたが、

とりあえず、また精一杯働かせてもらおうと思います。


こんなアクシデントのせいで

プリセプティの子と一緒に働くのが遅れてしまいましたが、

まあこの遅れは徐々に取り戻せばいいかなと思っています。

先は長いですからね。


私のプリの子も含め、新人君4名、

皆、まだまだ緊張した面持ちながら、一生懸命頑張っています。


うちの病棟は、私が就職した年から「ゆとり教育」をテーマにしていて、

4月は新人を6時に帰すことを原則にしています。

まずは環境の変化に適応することは優先で、

その中で6月の独り立ちまでに

とりあえず種種の業務をフォローを受けながらできるようになること、

そして何より、精神的・肉体的なことを理由に辞めることがないことが目標です。


今も教えたいことはたくさんありますが、

ただ詰め込んでも消化不良になるだけなので、

何から伝えるべきかの優先順位に悩みながらの毎日です。


とんだ門出

新年度が始まったばかりだというのに、カゼひきました……。

しかも最悪的なことにやられたのがノド。

声が出ません。

大抵の仕事がそうだと思いますが、

看護師にとっても声は商売道具。

喋れなければ仕事になりません。


週末から何か変な感じはあったのですが、

とりあえずノド飴で誤魔化していました。

それでなんとかなっていたのですが、

おとといは新人が始めて病棟での業務を始めた日で、

普段の2.5倍くらいは喋っていました。

患者さんとの会話に加え、

隙さえあれば私のプリセプティの子に

病棟での約束事や院内の仕組みから雑談まで。

夕方の時点で声はかなり潰れていたのですが、

翌日も日勤なのでノド飴のペースを上げて、早めに就寝。

朝になって起きてみると……、

ほぼ完全に声がでませんでした。


本当は医者にかかるのも好きじゃないし、

薬なんかにも頼りたくないのですが、

さすがに堪忍して、外来を受診。

その声じゃ患者の前に行かせられないということで、

私の受け持ちは他のスタッフで分担してもらい、

私のプリセプティの子は2年生の子に託して、家に帰されました。

はぁ。溜息しかでません。

黙っていればノドが痛いわけでもなく、

咳が止まらないわけでもなく、

熱が出てるわけでもなく、

倦怠感があるわけでもなく、

ただただ声が出ないんです。


今日はもともと休みだったので家でおとなしくしていますが、

声はまったく回復の兆しがありません。

明日は日勤の予定なので、

あとで病棟に電話しなければなりません。

声がまともにでるまで働かせてもらえないなら、

明日も休まないといけないような気がします。


病棟の他のスタッフへ迷惑をかけ申し訳ないのは勿論ですが、

はっきりいってそれ以上に悔しくって仕方ありません。

カゼなんて小学生の時以来ひいたことないのに、なぜ今?みたいな。

しかも熱があったり何かキツイ症状があれば仕方ないとも思えますが、

声以外何の症状もないのに働けないなんて。


新年度早々いけてない、とんだ門出です。

3年目

今日はこれから夜勤へ行きます。

いよいよ3年目初勤務です。

まだ新人は全体研修なので病棟には来ませんが、

やっぱりちょっと身の引き締まる思いです。


よく考えてみると、ブログを始めたのは国試の勉強をしていた頃なので、

このブログも丸2年半くらい経つことになります。

私が看護師という仕事に真面目に向き合い始めてからの

様々な気持ち・考えの変化の記録でもあります。


去年や一昨年の記事を読み返してみました。

大して変わりないようにも思いますが、

節々に緊張や不安が染み出ています。

そして期待やヤル気が感じられる気もします。


新たな一年、初心忘れず、精一杯頑張っていこうと思います。

2年目最後の日

今年度の最後の勤務が終わりました。

つまり、2年目として働くのが最後だったことになります。

ブログのタイトル変えなきゃ…、なんてことはどうでもいいことですが。。。


年度が変わるということは

組織の中身がまたちょっと変わるということで、

それぞれの立場が少しずつ変わるということでもあります。


私もいよいよ3年目。

4月からはプリセプターです。

ちょっとした節目の年かなと思っています。


今年の1月、2月くらいの頃は

もうすぐ無事に3年目になれそうなことを単純に嬉しく思ったこともありました。

私が新人の頃プリセプターをやってくれた大好きな先輩がいるのですが、

出会った頃の先輩に少なくとも経験年数が追いつけることに喜びを感じたこともありました。

でも、いざ4月の勤務表を手にし、

新人の名前が加えられていたり

私の名前の位置が微妙に上の方へ移動していたりするのを見ると、

なんとも言えない不安が湧きあがってきます。


新人との初顔合わせは、ちょうど一週間後です。

オートプシー

autopsy――病理解剖。


簡単に言えば、病院で患者が亡くなった時に

死因やそれまでの診断に対する確認のために行われる解剖のことです。

必ず行うべきものではなく、

遺族の承諾のもとで行われます。


うちの病棟で亡くなるのは大抵がガンの末期の方で、

それなりの期間闘病生活を送った末に亡くなることが多いようです。

患者さんが亡くなった場合、

主治医もしくは担当医が解剖を行うかの意思確認を家族にしなければならないのですが、

多くは「一応お聞きしなくてはならないことなので、」と前置きした上で話をし、

解剖しないことを選ぶ家族が断ることを負担にさせないようにしています。


大切な人を亡くすというだけでも、家族にとっては大変なことです。

死んでまでメスで傷つけるなんてことされたくない、という気持ちは当然のことと思います。

まして、それまでに苦しい過程を経てきた人であれば尚更です。


ただ、最近ちょっと疑問に思うことも出てきました。

本当に今行っている治療がこの患者にとってベストなのか?

患者が一番大切にしたいことに即した治療なのか?

この人の体の中では一体何が起きてなぜこうなっているのか?

このような疑問を持ちながら、治療を続け、看護にあたることがあります。

そんな時も、主治医は解剖しない方向で家族に話をします。

解剖には死因の特定だけでなく、

生前に診断の確認ということも行われます。

自分の診断・方針が間違っていたかもしれないという思いから、

解剖は避けたいだなんて思っているのでは?と勘ぐってしまうことがあります。


医者であれば、事実を知りたい、解剖をさせてもらいたい

という気持ちがあっても不思議ではありません。

実際、若い医者たちが

「この人は解剖させて欲しかった」と言っていることは時々あります。


「家族の気持ちを大切にする」という隠れ蓑を使って、

事実と向き合うのを避けているのではないか?

そんなことを思っているのは私だけではないようですが、

こんなことを主治医に面と向かって言える人はいません。


こんなことばっかりじゃ、病院が腐敗していきそうな気がしてなりません。


私も、全ての人に病理解剖が必要とは思いません。

でもやるべきだと思う人も多々います。

どちらの場合でも家族にとって解剖なんてとんでもないと思うのは当然かもしれません。

ただ、解剖は事実を知る手段でもあります。

死んでから事実を知ることに意味なんて無いという考えもあるだろうとは思います。

でもそれは、今後多くの人がより適切な治療を受けるために

大切なものを残すことに繋がる可能性があると私は思います。

最近の私

なんだか最近まともな記事書いてないですね、、、私。

1月中ごろに久しぶり勉強する気になって

「ふと出てきたやる気」なんてタイトルでそのことを書いたりもしました。

その後少しの間はいい感じにやっていたのですが、

リーダーの仕事をこなすことに精一杯になったり

くだらないことで嫉妬してふて腐れたりして、

なんだかウダウダとやる気のでない日々が続いています。


大して頑張らなくてもそれなりに仕事をこなしている、

そんな自分がちょっとイヤだったりします。

なにかモチベーションとなるものがあれば、

少しは変わるのかもしれませんが。。。


まあ精神的なものに多少の波があることは、

決していいことではないとは思いますが、

私みたいな未熟者にとっては

ある程度は仕方がない部分かもしれません。

そんな風に思いながら、とりあえず日々を過ごしています。