[7]Respect to John Mung/ジョン万次郎にもしも会えるなら… | スタジオハーミットサテライトBLOG

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【ジョン万次郎のお墓参りへ】

 

ジョン万次郎は東京都豊島区南池袋にある「東京都雑司ヶ谷霊園」の墓地に静かに眠っている。

 

雑司ヶ谷霊園は、都電荒川線(都内唯一のチンチン電車)の「都電雑司ヶ谷」駅を降りて眼の前だ。

 

駅から万次郎のお墓参りに歩く途中、夏目漱石のお墓もある。

霊園の案内看板に万次郎のお墓の位置が掲載されている。

霊園なので撮影画像は最低限に控えさせていただく。

お参りの方は実際に現地で調べてほしい。

 

ジョン万次郎のお墓は、中濱家のお墓、親族のお墓もある。

親族ではない限り、お花を添えたりお線香をたてたりすることも遠慮するべきだ。

観光地ではないので、墓碑や墓石のある敷地内に入ることも、墓石の眼の前に立つことも控えた。

大人しく、静かに、他の墓参者の迷惑にならないよう配慮をして、通路から手を合わせてお参りをした。

 

人様のお墓である。

霊園の規則に沿い、万次郎墓地の案内パネル板と記念碑のみ掲載している。

また画像背景に写り込む他の墓石などにもぼかしを入れている。

 

今回のジョン万次郎に会う旅はひとまずこの東京のお墓参りで幕とする。

 

ここまで読んでくれた方に、敬意を表する。

 

記事に掲載している画像はすべて今回の旅で自身が撮影したものだ。

イラストなども、すべて自身で描いたものだ。

万次郎肖像画も個人の視点・着想から描いた想像画であることをご理解いただきたい。

画像の中には、著作権などが含まれる場合もある。

資料館では撮影OKと言われたが、だからといって撮影画像の乱用は避けてほしいと思う。

ジョン万次郎を一人でも多くの方に知ってもらうことに役立てたい意思をもって掲載している。

 

 

【万次郎肖像画】

 

さて、この記事作成にあたって、とくに必要以上の資料や参考文献を調べたわけではない。

というか、ジョン万次郎の資料はネットで検索してもそれほど多くはないからだ。

ジョン万次郎のオフィシャルな肖像画も数えるほどしか無い。

肖像画は大きく分類しても7種類しかない。

 

[1]Type-A:足摺港公園の万次郎少年像(一番若い)

[2]Type-B:ジョン万次郎の似顔絵(唇が厚く、つばの大きな帽子の)、27歳の肖像画

[3]Type-B:ジョン万次郎の似顔絵(唇が厚く、チョンマゲ仕様)、27歳の肖像画

[4]Type-C:足摺岬の万次郎像(年齢不詳、髪型からして40代〜50代)

[5]Type-C:髪の毛がふさふさしている40〜50代くらいの濃い和服姿の肖像画

[6]Type-C:万次郎48歳の肖像画(版画のようなもの)

[7]Type-D:お坊さんのような印象の古い証明写真(年齢不詳、正面顔)

 

[3]のチョンマゲ仕様は、幕府取り調べ中のイラスト肖像画だ。

[7]は微妙に顔の向きが異なる3パターンがある。

おそらく[7]が晩年の肖像画だろう。

晩年の万次郎の肖像画はホイットフィールド船長の肖像画よりも老けて見えてしまうのが残念だ。

ネットで調べれば多数見れるので、ここではあえて引用しない。

興味があれば調べてみてほしい。

 

なんとかしてジョン万次郎の他の肖像画をもっと見てみたいものだ。

しかし存在しないものは仕方ない…。

そこで、今回、意を決して、

 

ジョン万次郎にリスペクトしつつも少年時代からの表情を個人の想像力で描いてみた。

 

AIなどは一切使っていない、フリーハンド画だ。

DNAの基本は、上記の[7]Type-D、僧侶万次郎である。

この肖像画から、年齢、そのときの環境によって想像してみた。

 

骨格の基本

 

骨格から幼年期を想像

 

こんな調子で、いざ、万次郎肖像画を復元!

 

{ 万次郎想像画 }

 

・中の浜での万次郎9歳

父を亡くしたばかりの9歳。

貧しいので栄養不足の万次郎。

貧しい漁師町にどこでもいそうな子供だ。

それでも眼光だけは強く、がんばるぞと言いたそうな表情だ。

 

・宇佐出漁坊主頭14歳

漁師の見習いを始めた14歳。

家計を助けるために自分がやらねばと強い意思を持っている表情だ。

「口を動かす暇があれば、先に手を動かせ」と親方ならぬ筆之丞に厳しく言われてそうだ。

決して泣き言を言わずに、なにくそ、と歯を食いしばって黙々と働く万次郎少年。

しかし、まさか、この後、あんなことになるなんて…。

 

・鳥島サバイバル長髪14歳

坊主頭の頭髪も143日間のサバイバル生活で伸び放題。

陽焼けした肌も真っ黒だ。

もはや餓死寸前、身も心も絶体絶命状態だったはず。

それでも生き抜くための生命力にあふれた眼光だけは衰えない。

決してあきらめない!

ジョン・ハウランド号に救助を呼びかけ叫び続ける万次郎。

こうして想像だけで絵を描くのも大変だ。

あの、足摺港公園の万次郎少年像の完成度には脱帽だ!

 

・アメリカ留学生活開の17歳

フェアヘイブンに着いた当時は16歳。

アメリカ留学生活を開始した万次郎。

慣れないシャツを着てどこかぎこちない。

毎晩、鯨油のランタンで勉強をしていた万次郎。

学校で勉強を続けて2年後の18歳。

もうすっかり健康な肌艶を取り戻した万次郎だ。

どんな青春時代を送ったのだろうか。

 

・フランクリン号捕鯨航海ヤングセーラーマン20歳

再び捕鯨航海の乗船チャンス到来に喜ぶ万次郎。

海に出れば怖いもんなし。

女子に「かわいいわね!」と言われることもしばしば。

 

「ジョン、大きな捕鯨船に乗るんだって? スゴイわね!」

「まあね〜、サクッと世界一周してくるさ、しかも二回目だから楽勝っ!」

「ジョーン、お土産ほしいな」

「い、いいよ、な、なにがいい?」

「わたし南の島の素敵な色の鳥がほしい」

「鳥!(ト、トラウマが…)」

「ほら手に乗るかわいい鳥」

「あれね、いいよ、南の島できれいな色のインコを捕まえてきてあげるよ!」

(実際に万次郎は南の島でオウムだかインコだかを持ち帰っているのだ)

 

一番のモテ期だったか?

今や立派な好青年に成長。

若さと、希望にあふれるヤング万次郎、ジョンマンだ!

 

・カーボーイハット肖像画23歳

万次郎27歳の有名な肖像画(絵)がある。

赤いシャツにつばの大きい帽子をかぶった唇のぶ厚い万次郎だ。

この頃がすべてにおいて絶頂期の万次郎。

フランクリン号乗船経験も大成功。

ひと皮も、ふた皮も向けて成長した万次郎だ。

ゴールドラッシュに単身乗り込み帰国資金をゲットした万次郎。

すっかり頼もしい大人に成長した万次郎。

年齢よりも貫禄のあるオーラを漂わせる万次郎だ!

 

・咸臨丸乗船、渡米スーツ姿33歳

咸臨丸乗船時は和服だったのか。

いや、船員として久しぶりにセーラー服だろうか。

いずれにしても外洋に出てからは動きやすい服装に着替えたにちがいない。

実はポパイみたいに、こっそり腕に錨のタトゥーとか入れてたりして…。

 

しかし無事にサンフランシスコに着いてからはどうだろう。

すぐに慣れ親しんだアメリカ生活スタイルに戻ったことだろう。

シスコのオーダーメイドスーツ屋さんでビシっと決めたスーツ姿に衣装チェンジ。

ネクタイは自分のサインをオーダー刺繍。

 

勝海舟も福沢諭吉も、ビシっと決めた万次郎のスーツ姿にビビったことだろう。

木村摂津守など、ぽかーんと口が開きっぱなしだったかもしれない。

こ、これが自分たちと同じ日本人なのか?

本来のジョン・マンを目撃して、かの偉人たちはどう思ったのだろうか。

 

・Type-Cの肖像画48歳

この肖像画は、どこかで見たことがありそうな絵だ。

版画のような万次郎肖像画を参考にして描いた一枚だ。

48歳というと、時代でいえば1875年。

長男・東一郎と実家、中の浜に母を訪ねた年でもある。

すっかり父親の顔になったようにも見える表情だ。

母を訪ねる親孝行は、ホイットフィールド船長の愛情教育のおかげだろう。

少し平穏な表情をしているようにも見える。

 

・鎌倉で好物のうなぎを食す53歳

53歳時に、鎌倉のうなぎを食べていたか、正確なところわからない。

しかしだいぶ和服姿が板についている。

まだ眼光は衰えず、鎌倉の海岸ビーチで遠い海の先を見ているような表情だ。

よく見ると、家紋が鯨の尾ひれのデザインだ!

 

・Type-Dの晩年の肖像画60歳代?

還暦も越え、60歳代後半の万次郎。

よく普及されている万次郎肖像画を参考に描いた一枚だ。

さすがに鯨の家紋ではなく、万次郎の紋付き袴を着ている。

あんなに得意な英語も忘れてしまうほど、日本に根付いた万次郎。

やることはすべてやった…いや、まだ…という少しさみしい眼光だ。

晩年は京橋・弓町(今の銀座)に住んでいたとのこと。

このような和服姿で近所の甘味処におやつを食べに散歩していたのだろう。

もう…和菓子をいただいても「デリーシャス」とは言わなかったと思う。

 

当時の万次郎は、日本で一番あか抜けていただろうと、勝手にリスペクトしている。

あくまでも個人の見解で描いた肖像画にてご理解いただきたい。

リスペクトしすぎたせいか、少し美化している部分もある。

そこはファンゆえと思って、ご理解いただきたい。

 

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