AFTERMOD E-PRESS 【vol.0009】(2010年11月2日号)



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00【巻頭】『投影する世界と偶然と必然』
01【連載】佐藤慧『カルチャーショック』vol.3

       .いまこの瞬間に:Central America
02【対談】ヤハギクニヒコ×小川光一 

       『それでも運命にイエスという』対談(前篇)
03【告知】11月 3日 UFPFF国際平和映像祭

04【告知】11月 4日 毎日新聞夕刊グラフページ「eye」
05【告知】11月 7日 鏡明塾 ~象徴と心理学~
06【告知】11月13日 『カンボジア、ザンビアの今を伝える』取材報告会
07【告知】安田菜津紀 オリンパス写真展「She Has A "PEN"」
08【後記】運命のモナドロジー




00【巻頭】投影する世界と偶然と必然


 今週は佐藤慧によるカルチャーショック第三弾、そして『それで

も運命にイエスという』で映画監督デビューをされた小川光一さん

とヤハギクニヒコの対談です。物質的な繁栄を謳歌する表舞台の

都市。美しく、クリーンに見せるために、グローバリズムは都合の

悪い部分を見えない奥へと追いやるよう仕向けているようです。そ

の追いやられた部分に佐藤慧と小川光一さんは直接触れます。

どちらもまず現地で経験し、それを自身にreflect(投影、反映)す

ることで差異を見つけ、感じたことを文章や映像で表現しようとして

います。人づての情報ではなく、地に足を付け、一歩一歩踏みしめ

進み汲みあげてきた彼らの軌跡を、紙上で共に歩んで戴ければと

思います。
                                  (笠原正嗣)


01【連載】佐藤慧 カルチャーショック vol.3.

   いまこの瞬間に:Central America


三つ目の国境を越えた頃から、だいぶスペイン語も流暢に喋れる

ようになってきた。USAのNGOからザンビアに派遣されていた僕

は、その後メキシコでのスペイン語留学二カ月を経て、そのNGO

で教師として働くことになった。そこで僕は中南米に向かうボラン

ティアたちに、世界経済や時事、中南米の歴史、地理、スペイン語

などを教えていた。彼らの訓練期間を終えると、僕は生徒たちを連

れて車で旅だった。中米各国を視察し、最終目的地であるベリーズ

で彼らを降ろして帰ってくるという仕事だった。カリフォルニアの北

の端からメキシコ最南端の国境まで、昼夜走り続けて7日かかっ

た。メキシコは経済圏としては北米に分類されるが、その歴史、文

化、言語は中米諸国と非常に近い立場にある。国境という見えな

い線を跨ぐだけで、とたんに英語は聞こえなくなり、スペイン語の

陽気なざわめきが耳に飛び込んでくる。メキシコでスペイン語を

勉強していたとはいえ、僕のスペイン語は英語と比べると非常に

稚拙なものだったが、国境を越える度に、否応なく上達していくの

が分かった。カリフォルニアナンバーをつけた車で中米を走るのは、

「私はカモです」と言っているようなものだった。何の障害も無く越

えられた国境はひとつも無い。路上で何度も警察に止められる。

至る所で賄賂を要求される。中米を旅している目的は何だ、と訝し

げに聞かれるたびに、僕は拙いスペイン語で必死に応戦した。ま

た、NGOからは「なるべく金を使わずに旅を済ませよ」との通達も

あったため、その日出逢ったばかりの、地元の人の家にお世話に

なることも多々あった。良くも悪くも毎日が新鮮な交流だった。



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      メキシコでお世話になった原住民の家族


そんな旅を続けてエルサルバドルへ入った頃、ある青年と一夜を

供にした。仲間内以外で英語を喋る機会などほとんど無かった旅

の中で、その青年は流暢な英語で話しかけてきた。聞くと彼は、幼

少期に内戦に巻き込まれ親を亡くし、親戚のいたカナダに逃亡して

いたとのことだった。エルサルバドルの内戦の話は知っていた。隣

国、ホンジュラスとの戦争後の不安定な社会の中で、その内戦は

始まった。ニカラグアで起こったサンディニスタ革命の衝撃は、中

米各国に波及していた。エルサルバドルにも新しい風が吹き始め

ていたのだ。しかし、革命評議会による暫定政府は、USAの支援

を受けた勢力にことごとく壊滅させられていった。「死の部隊」と呼

ばれる闇の組織が動き出したのはその頃だ。軍部内の極右勢力

からなるこの部隊は、知識人や反体制派などを日々暗殺し続け

た。8年の間に7万人近い人々が殺され、その中には一般人も多

く含まれていたという。「社会浄化」という名を借りて、死の部隊は

多くのかけがえのない命を奪っていったのだ。中米史を勉強し、

また、教えていた僕にとって、その事実は何ら新しい情報ではな

かった。しかし、目の前の同じ年頃の青年たちから直接その話を

聞くと、自分は何かを知っている気になっていただけだということ

が痛烈に身に染みた。「今も死の部隊は活動しているよ。殺され

るのは反体制派だけじゃない、夜の街でホームレスや悪ガキた

ちを連れ去って、人目の届かないところで消しているんだ」。その

話が事実かどうか、当時の僕には知りようもなかった。それでも、

その青年がそういう不安定な社会に生まれおち、大切な人を失っ

たのは確かな事実だった。屈託の無い笑顔の中に、どこか寂し

げな瞬間がある理由がわかったような気がした。僕がのんびり暮

らしていた幼少期に、彼は命からがら外国へ逃亡していたのだ。

今、この瞬間にさえ、圧倒的な暴力に晒されている人々がいる、

そんなことを感じる想像力、共感力に気づいた旅だった。



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     エルサルバドルの海の彼方には日本がある


(文/写真=佐藤慧)



02【対談】ヤハギクニヒコ×小川光一『それでも運命にイエスという』対談前編


ヤハギ: こんにちは、今日はよろしくお願いします。
光一  : こちらこそ、どうぞよろしくお願いします。
ヤハギ:実は、まだ一対一でちゃんと話してないですよね。いつも

周りに誰かが居たりすることが多くて。
光一  : そうですね。たまに周りがいなくなって数分ほど話すこと

があるくらいですね。
ヤハギ:はじめてお会いした日は、後に僕らがエックスデーと呼

ぶ、貴重な日になりました。
光一  : はい、あのエックスデーが後にアフタモードに加入した佐

藤慧や僕の人生を大きく突き動かしました。
ヤハギ: その時から、映像をやっているという話は聞いていました

が、こんなに早く作品を見せていただけるとは思いません

でした。大器晩成型って言ってましたしね(笑)。
光一  : はい。大器晩成を目指しながら草の根活動をしていくつも

りが、草の根が思わず芽を出した形ですかね(笑)。
ヤハギ: 根からいきなり花が咲いたら、ラフレシアになってしまい

ますね(笑)。


◆伝える方法と、マルチであること。


ヤハギ: さて、初の監督作品『それでも運命にイエスという。』試

写会で見せて頂きましたが、とても初監督作品には見え

ませんでしたよ。以前から、映像には興味を持っていた

のですか?
光一 : ありがとうございます。よく好んでドキュメンタリー映画は

見ていましたが、制作の視点からの興味は全く持ってい

ませんでした。
ヤハギ: では、今回の作品までは、自分が映画を作ることは考え

たこともなかったと。
光一 : はい、一切なかったです。
ヤハギ: たとえば、映画以外の方法でも、何かを創作しようとか、

そういうことはなかったのですか?
光一 : 以前から音楽は作詞作曲していました。今も発展途上国

などに行く度に1~2曲作り、思ったことを伝えるためのツ

ールにしています。ただ、あまり上手くはありませんが(笑)。
ヤハギ: ご自分でレコーディングまで全てやるんですよね、凄い

ものです。僕も音楽を作りますが、一人でレコーディング

は色々な意味で辛いです(笑)。『それでも運命にイエス

という。』のテーマ曲も光一さんの作品ですね。あれはど

ういう想いが込められているんですか?
光一 : そうですね、挿入歌と主題歌を作らせていただきました。

挿入歌の『FLOWER IN HEART』という歌には、国際協力

に対して人生懸けようと決意した時に、その想いを込めて

作りました。迷った時に聞くと勇気の出る曲にしようって。

主題歌の『Maryknoll』という歌には、今回の映画を作るに

あたり取材させていただいたAIDS病棟への想いが詰まっ

ています。
ヤハギ: 光一さんにとって、とても大事な曲ですね。自分で歌おう

とは思わなかったのですか?
光一 : 当初僕が歌って、ナレーションは女性が行う予定だったの

ですが、仮映像を作った時僕が適当に入れたナレーション

を共同監督の葉田が凄く気に入って、急遽僕がナレーショ

ンを担当することになりました。そこで、挿入歌を歌ってナ

レーションもしてではミュージカルになってしまうので、自然

と、歌は女性に歌ってもらおうということになりました(笑)。
ヤハギ: なるほど、そういう事情があったのですか。でも結果オーラ

イでしょう。特にナレーションが素晴らしかったです。とても

シロートとは思えない、ニュートラルで落ち着いたナレーショ

ンでした。
光一 : 恐縮です。ナレーションをここまで色々な方に褒めていただ

けるとは想定外でした。
ヤハギ: 音楽を「伝える」ツールだと捉えているところは、僕と同じで

すね。僕の場合は、全てのアートは伝えるツールだと考え

ています。少なくとも、アーティストの動機は「伝えたい」で

あることが多いと思うのですが、その辺どう思われますか?
光一 : そうですね。逆に「伝えたい」を動機にしている方をアーティ

ストというのだと思います。僕にとってもサッカーや語学、手

品も映像も音楽も文章も全部が「伝える」ためのツールになっ

ています。
ヤハギ: 僕も「伝える」ために方法は問わない。授業も音楽も写真も

詩も全て同じですね。しかし、なかなかそういう思想は理解

されにくいでしょう。中途半端に見られるというか、専門性を

感じないというか。本来、伝わるのならば、プロだろうがアマ

チュアだろうが、そんなことは関係ないはずなんですけどね。

もっと言ってしまえば、発信者は自分でなくても良い。
光一 : そうですね。ツールという捉え方を軽く見られるのかもしれま

せん。やはりヤハギさんのように色々やられていると、理解を

示してもらえないこともよくありますか?
ヤハギ: ほとんど理解してもらえないですよ(笑)。一番多い意見が

「ようするに何をやる人なんですか?」ですね。
光一 : なるほど。けれど、ヤハギさんの場合、自分の志につながる

ように、全ての活動がありますよね。
ヤハギ: 本来、肩書きはどうでも良いと思っていたのですが、それで

は伝わらないことがあります。かといって自分で名乗るのも

なんか手前味噌で苦手なんですね。で、困った僕は師匠で

ある松岡正剛師に、僕に肩書きを作ってくださいとお願いし

たんです。で戴いたのが「アルスコンビネーター」という称号

です。その松岡さんの周辺の方々でさえ、「ヤハギさんはよ

うするに……(略)?」と良く聞かれる始末です(笑)。
光一 : なるほど(笑)。僕には、ヤハギさんの詩や音楽はもちろん、

塾の講師も、会社の代表取締役も、全部が1つにつながって

いるように見えます。それも「アルスコンビネーター」といえる

要因ですよね?
ヤハギ: これは僕の見解ですけど、古今東西本質的な活動家はみ

なマルチなことをやっていたと思います。ダヴィンチやシュ

ヴァイツアーなどは有名ですが、ピタゴラスだって音楽家

でしたし、プラトンに至ってはレスラーでした。
光一 : プラトンがレスラーだったとは知りませんでした!!
ヤハギ: あまりに良い体だったので、ソクラテスに見初めら

れたんですね。きっと(笑)。1つのことを突き詰めることは

もちろん大事なのですが、結局繋がっていると思うんです

よね。もともと一なる世界を分節化したのは人間ですから。

だから越境することが、本質を捉える近道な気がしていま

す。色々やらなきゃ、統括も集約も出来ない。
光一 : そうです。だから僕も周りにそういう方がいなくて、そういった

マルチな偉人ばかりを尊敬して、ここまで育ってきました。考

古学者のH・シュリーマンなど。
ヤハギ: いいですね! 僕もシュリーマンに憧れて、中学高校では遺

跡研究部に所属していました。
光一 : すごい!! 僕は語学の面で憧れていました。
ヤハギ: アインシュタインは台所でヴァイオリンを弾いていたときに相

対性理論を思いついたという話があります。マルチに視座を

持つというのは、1つのキーワードですね。決して1つのことを

やっているからプロフェッショナルではないですよね。マルチ

で全てプロフェッショナルを目指すことは可能です。だから最

終的には、肩書きがなくても通用する人間になりたいですね。
光一 : なるほど。僕は肩書きってやつがずっと嫌いで、わざと早慶を

受けなかったり(笑)、意地になってました。それと同時に、肩書

きなしでどうするんだという不安もありました。実際自分の周り

に自分が理想とする尊敬できる人なんていませんでしたから。

そんな中、あのエックスデーにヤハギさんに会いました。ありが

とうございます(笑)。
ヤハギ: ははは。嬉しいですね。僕なんてまだ言っているだけで何も出

来てはいませんが、素晴らしい仲間には恵まれています。これ

から頑張っていかないと(汗)。


◆「最低」を見ると言うこと。


ヤハギ: で、そんな光一さんが、映像を撮ることになった。そのきっ

かけは何だったんですか?
光一 : 元々、共同監督の葉田甲太がずっとカンボジアで活動を

行っていました。僕自身はアフリカのウガンダ共和国など

に支援を行っていた人間です。
ヤハギ: はい、葉田さんの活動は安田菜津紀を通して色々と知っ

てはいました。僕らのイベントにも来て頂いて。
光一 : ちょうど2010年2月に活動を休止していた時期がありまし

て、ここぞというタイミングで葉田から、映画制作に誘われ

たのがきっかけです。
ヤハギ: なぜ「ウガンダ」に?
光一 : 元々語学が好きで、学んだことを現地で試したくなって。実

際に自分の目で見ると想像とは全く違う世界でした。結局テ

レビで流れる海外の映像は誰かの主観でしかないですもん

ね。そこから色々な行動を経て、アフリカの貧困も自分の目

で見なければという感情になりました。そして、友人の紹介

などの縁があり、世界で一番最初にHIVが発祥したと言われ

る、ウガンダのとある山奥に行って支援をするようになりまし

た。とにかく自分の目で「最低」を見たい、という想いがウガン

ダに僕を向かわせた形です。
ヤハギ: なるほど、では、最初からHIVとは関わりがあったのですね。
光一 : はい。ウガンダでHIVの現状をいたましく思っていた僕が、こ

うやって些細なきっかけで、カンボジアのHIV問題に対する

映画を作ることになったのも何かの縁だと思っています。
ヤハギ: 「最低」を見たいですか。それを見ることで、自分が変わると

思いましたか?
光一 : 「最低」という言葉はちょっと差別的に聞こえてしまうかもしれ

ませんが、僕は日本の便利過ぎる環境に嫌悪感が人一倍

強いのかもしれないです。どちらが「最低」かは見る視点で

変わりますが、とにかく物質的な面で目を覆いたくなる光景

と、自分の目で向き合いたかったんです。それを見ることで、

無力感が増しました。
ヤハギ: なるほどね。ローアングルからものを見ることは、時に大事

だと思います。そのためにある視点から「最低」と思うことに

触れてみるのは意味がありますね。実際は全然「最低」じゃ

ないかもしれない。僕は、カンボジアに行って、支援なんて

とんでもない、と思ったんです。僕らよりも、よっぽど精神的

に豊かだと感じました。
光一 : 精神的な豊かさで言ったら本当その通りだと思います。ウガ

ンダの山奥で、親をAIDSで亡くし、泥水を飲みながら生きて

いるような子供たちが、毎晩「Weare happy today」と踊りなが

ら歌っていました。電気がないので、もちろん暗闇の中でです。
ヤハギ: それは、現代の日本人にとっては衝撃的ですね。
光一 : なので、僕の中で、途上国に対する物質的な豊かさの創出、

日本に対する精神的な豊かさの創出。この2つでお互いの格

差を縮めたいというのが志になってます。
ヤハギ: うん、よく分かります。その感覚。
光一 : それが、現地の人が自分たちの足で、心で、立ち上がるため

のBOPビジネスと、日本を活発化させるための国際協力カフェ

という「大器晩成の国際協力団体FLOWER IN HEART」の思想

です。


[小川光一さんプロフィール] 
アフリカの孤児院支援、東南アジアの学校建設、映画制作など、活動

は多岐に渡り、2011年夏には国際協力カフェをOPEN予定。世界を“心”

から変えていくために、人と人、想いと想いを?いでいく存在、たくさんの

人を優しく照らす“光”のような存在を目指し日々邁進中。

国際協力団体FLOWER IN HEART代表、NPO法人MUKWANO第3期正

会員、NGO LIVEonWIREクリエイティブディレクター、映像制作集団LUZ

FACTORY共同代表、NPO ラフトレード第1期メンバー。


03【告知】UFPFF国際平和映像祭


11月3日(水・祝) 『UFPFF国際平和映像祭』にて、安田菜津紀が今年
の2月から巡回をしておりますカンボジア写真展『「緑の壁」HIVと共に
生きる』を展示させて頂くことになりました!お時間がございましたら、
お立ち寄りください!

HP: http://www.ufpff.com/program/


●UFPFF 国際平和映像祭に関するお問い合わせ:

ユナイテッドピープル株式会社 関根 健次
〒231-0023 横浜市中区山下町74-6 ロクマルビル502
電話:045-212-5559 ファックス:045-212-5772
URL:http://www.unitedpeople.jp/ EMAIL:film@unitedpeople.jp
映像祭WEB: http://www.ufpff.com/
お問い合せフォーム: http://www.unitedpeople.jp/contact/



04【告知】11月 4日 毎日新聞夕刊グラフページ「eye」


11月 4日 毎日新聞夕刊グラフページ「eye」にて安田菜津紀の記事、

カンボジアHIV感染者の村の写真と記事「あれから1年」を掲載していただきます。

ぜひご覧下さい。


05【告知】11月7日(日)鏡明塾 ~象徴と心理学~


◆11月7日(日) 神奈川県民センター(横浜駅西口徒歩8分)

 [一般] 13:05~14:50  『象徴と心理学』 (先着20名様まで)
 [中高] 17:05~18:50 『資本論』他   (先着20名様まで)          

参加費用は一般2500円、中高生2000円です。
申し込みはメールにて承ります。

☆ [タイトル]  【鏡明塾予約】日付・コース・名前 ★
【mail】yahagi.sa@gmail.com           

までお願いします。ご要望、ご質問等もこちらまで。
確認次第ご返信させていただきます。
(ケータイからのご利用の場合、「@gmail.com 」を受信できるようにご設定ください)
では、みなさんのご参加、心よりお待ちしております!


06【再掲告知】『カンボジア、ザンビアの今を伝える』取材報告会


11月13日(土)、東京竹橋にあります(株)毎日エデュケーション(毎日新
聞本社ビル)のフリースペース「グローバルひろば」をお借りしまして安
田菜津紀/佐藤慧両メンバーが取材報告をさせていただきます。お時間
がございましたらぜひおこしくださいませ。


◆studioAFTERMODE presents

『カンボジア、ザンビアの今を伝える』

2010年11月13日(土)毎日エデュケーション 
フリースペース「グローバルひろば」にてフォトジャーナリスト安田菜津紀、
フィールドエディター佐藤慧の取材報告を行います。両氏の活動の現場
であるカンボジア、ザンビアの様子を現地の写真を交えながら伝えます。


■ 内容 :安田菜津紀、佐藤慧による取材報告とクロストーク。

カンボジア、ザンビアの今を伝えるとともに、
その出来事がどう私たちの生活に結び付いているのか、
何を想い活動を続けているのかを伝えます。
日本から遠く離れた地で生活を営む人々を伝えることで、
参加者と共に相互理解というものについて考える場を創り上げていきたい
と思います。

【出演】
インタビュアー:今井紀明
スピーカー:安田菜津紀(スタディオアフタモード所属フォトジャーナリスト)
     :佐藤慧  (スタディオアフタモード所属フィールドエディター)


■ 会場 :(株)毎日エデュケーション フリースペース「グローバルひろば」

〒100-0003 東京都千代田区一ツ橋1-1-1 パレスサイドビル西コア9F   
東京メトロ東西線「竹橋駅」徒歩0分  

■ 日時 :2010年11月13日(土) 19:00~21:00  開場18:30
■ 料金 :500円 (アフタモードオリジナルポストカード付き)
■ 定員 :30名を予定(当日参加も可能ですが立ち見となる可能性もございます)
■ 主催 :株式会社スタディオアフタモード http://www.aftermode.com
■ 協力 :毎日エデュケーション(会場提供) http://www.myedu.co.jp/
     :NGO Live on Wire (記録、協力) http://lonw.com


●お問い合わせ、お申し込みは、angletry@gmail.com まで。

件名を「11月13日:報告会参加希望」とし、下記を記載のうえお送りください。
--------------------------------------------
お名前:
Eメールアドレス:
所属:
--------------------------------------------

(写真) http://ameblo.jp/nyasuda0330/


07【再掲告知】安田菜津紀 オリンパス写真展「She Has A "PEN"」


☆安田菜津紀がオリンパスギャラリー主催のグループ展
「日本カメラ社主催、7人の写真展」に参加させていただきます。
お時間があいましたら是非、足をお運び下さいませ。

◆2010年11月11日(木)~17日(水)  オリンパスギャラリー東京
  (AM10時~PM6時/最終日午後3時/日曜・祝日休館)
◆2010年12月2日(木)~7日(火)   ギャラリー古都(旧コンタックスサロン)
  (AM11時~PM7時/最終日午後3時/日曜・祝日休館)
◆2011年1月20日(木)~2月2日(水) オリンパスギャラリー大坂
  (AM10時~PM6時/最終日午後3時/日曜・祝日休館)


08【編集後記】運命のモナドロジー



運命というのは、考えれば考えるほど不思議で、考えなければ

するりと通り過ぎていきます。出逢ってから活動を共にするまでに

は、確実に因果関係があります。しかし、出逢ったこと自体はどう

なのだろう。たまに立ち止まって、ふと考えることがあります。ライ

プニッツに言わせれば、それはあらかじめ決まっていたことなの

かも知れませんが、それでも僕らは出逢えない運命すら感じて、

無い窓を必死に開けようと足掻いたりしています。


 佐藤慧と小川光一、この二人に出逢ったのは2010年5月8日で

した。三人が三人とも、初対面でした。しかし、ああきっと一緒に

活動することになるのだろうな、と言うことはすぐに分かりました。

そういう意味では、出逢うべくしてであったのかも知れませんが、

その間に安田菜津紀という存在があったこと(そしてそれに気づ

き、記憶し、記述すること!)が、とても重要なのです。もちろん、

その他にも沢山の方が関係を繋いで下さいました。


 上手くいっていないときには「プロセスが大事だ」と声を張り上げ

ておきながら、成功という結果の陰で消されていったプロセスが数

多あります。原因やきっかけは一つではありません。全てを把握

するのは不可能ですが、だからといって現象の表層だけ見ていた

のでは、大切なことを見失ってしまいます。それは、自分の人生で

も、世界で起きている解決すべき様々な問題でも同じことだと思い

ます。繊細に洞察をした上での、大胆な行動。その先に「運命」の

未来が開けているような気がしています。では、また来週お目にか

かります。

(ヤハギクニヒコ)


AFTERMOD E-PRESS 【vol.0008】(2010年10月26日号)


=INDEX=
00【巻頭】『過去という礎上に』
01【特集】ヤハギクニヒコ『過去と向き合う――カンボジア、虐殺から30年目の覚悟』
02【連載】笠原正嗣『北斎流:江戸のイメージアップ奮闘記 vol.2』
03【報告】佐藤慧『アフリカンフェスタ』
04【告知】UFPFF国際平和映像祭
05【告知】『カンボジア、ザンビアの今を伝える』取材報告会
06【再掲告知】オリンパス写真展「She Has A "PEN"」
07【編集後記】『過去からの導線と虹の彼方へ』


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00【巻頭】『過去という礎上に』


こんにちは。秋も深まり、冬の到来を感じさせる日々ですね。今回は笠

原の連載記事に加え、ヤハギが伺った講演のレポート記事も登場しま

す。両者共に「過去を見つめること」で見えてくる価値をとても大切にし

ています。未来とは、突然目の前に降ってくるものではありません。多

くの複雑に絡み合った流れが、現代に収束し、そして未来へ流れてい

くのだと思います。人は過去を継承し、未来を築くための礎とすること

の出来る生き物です。先人たちの経験した辛い出来事や、悲しい事実

を正面から見つめることはとても勇気のいることですが、それを受け継

ぐことで、僕たちは新しい未来を切り開いていけるのではないでしょうか。

studioAFTERMODEは、NEWではなくAFTERであることに価値を見出し

ます。過去から続く未来へのベクトルを忘れずに、今を大切に過ごして

いきたいです。

(佐藤慧)



01【特集】ヤハギクニヒコ『過去と向き合う――カンボジア、虐殺から30年目の覚悟』


ポルポト政権下で15000人以上が虐殺されたというトゥール・スレーン強

制収容所。その中でたった7人生還した内の一人で、現地では安田菜

津紀もお世話になっているチュム・メイ氏が来日した。その貴重な講演

を聴きに、10月23日、立教大学へ足を運んだ。主催はAIICという平和研

究ユニットだ。


僕がはじめてトゥール・スレーンを訪れたのは、2008年だった。同行した

安田菜津紀は、何度も入りたい場所ではない、といって外で待っていた。

実際に拷問に使われた部屋に、拷問器具が無造作に置かれている。そ

の、絶望が染みこんだ壁には幾つもの叫びがそのまま反響しているよ

うで、何度も胸がつかえた。錆び付いたベッドの骨組みには、穏やかな

光が射し、何とか時間を食い止め、過去を照らし出そうとしているように

見えた。


        AFTERMOD E-PRESS
        現代の穏やかな日光が、凄惨な過去を照射する


1975年4月17日、プノンペンにポルポト軍が侵攻し、チュムさん一家は

強制移動させられる。ポル・ポト軍が探していた船の修理工に立候補

して採用されるが、家族とは引き離されてしまう。1978年、突然CIA・K

GBのスパイ容疑がかかり、仲間3人とトゥール・スレーンに連行され、

拷問を受ける。背中を殴打され、爪を剥がれ、指を折られた。CIAとい

う単語の意味も知らなかったチュムさんは、電気ショックの拷問で朦

朧とする中、誰かが「自白」という言葉を言っているのが聞こえた。と

にかく自白しなければ殺されてしまう。12日目の朝、意味も知らない

組織のスパイであることを自白した。



        AFTERMOD E-PRESS
      独房では繋がれた鎖が音を立てただで、200回も殴られたという。


集団房に移されたチュムさんは、修理工に積極的に立候補した。集

団房に移された後は、キリング・フィールドに運ばれて、撲殺される。

同じ鎖に繋がれた仲間が毎晩12時前に連れて行かれた。ポル・ポト

軍に必要な技術がない者は2、3日で処刑された。何とか生き延び

るために、虐殺の記録を取るために酷使されたタイプライターを直し

続けた。


        AFTERMOD E-PRESS
        損傷した頭蓋骨の形相は、激しい撲殺を今に伝えている。


1979年1月7日、カンプチア救国民族統一戦線によりプノンペンは解

放された。収容所から逃げ出したチュムさんは奇跡的に生き別れに

なっていた奥さんと一人の子どもと合流することが出来たが、束の

間二人はポルポト軍に銃殺されてしまう。銃弾を受けた奥さんは「逃

げてください」と一言を残してこの世を去った。


チュム・メイ氏は現在79歳。カンボジアにおける最初の犠牲者組織

「Ksaem Ksan(クセム・クサン)」の会長として、語り部ボランティアを

している。公演後、束の間お話をすることが出来た。今、教育に必要

なことは何か、という僕の質問にチュム・メイ氏はこう答えてくれた。

「とにかく、有る「資料」をちゃんと子どもたちに伝えて欲しい。あれだ

け凄まじい現実だったことを、今は知らない人ばかり。先生や大人が、

資料について話すことで、興味を持つ子どもが増えると嬉しい。誰か

から聞いて、日本から来てくれるのが本当に嬉しい。ポル・ポトのこ

とを、日本でも伝えて欲しい」。



       AFTERMOD E-PRESS
 15000人の大人だけでなく、2000人の子どもまで「スパイ」の容疑で虐殺されたという。


2009年2月、解放から30年を経たカンボジアでは、ようやくポル・ポト

派を裁く特別法廷が開かれた。トゥール・スレーン強制収容所の所

長だったドッチは、懲役35年の判決を受けた。続いて開かれる最高

幹部4人の判決が同じようなものだったらショックだ、とチュム氏は

語る。「私の気持ちでは死刑になって欲しい。若い人が怖くて真似し

ないように。二度と繰り返さないように。ポル・ポト時代の問題は、カ

ンボジアだけでなく世界人類の問題だと思っています。みなさんと

平和と正義のある世界を作りたいと思います」。


全てを受け入れて覚悟を決めた瞳は、驚くほど澄んでいた。経験は、

言葉は違えど、飯田進さんと同じことを伝えようとしていらっしゃるの

だろう、とその目を見てすぐに感じた。「Ksaem Ksan」とは、虹という

意味だそうだ。虹は嵐や豪雨の後にあらわれて、天と地を繋ぐ。僕

らは虹を待つのではなくて、共に虹を作り、いや、僕らが虹になるこ

とが平和への近道なのではないだろうか。


(文+写真=ヤハギクニヒコ)


 
02【連載】笠原正嗣『北斎流:江戸のイメージアップ奮闘記 vol.2』


前回は1860年代に出された『諸人入れ込み』という幕府からの御触れ

を中心に書きました。今で言うところの企業の本社(本店)を強制的に

京や大坂から江戸に移動させたイメージですね。実際にこれで江戸

に日本の文物が集まるようになり、やがてマルチプレーヤーの平賀源

内(1729-1779)が活躍できる時代の素地が固まっていったんですね。

今回は源内の話ではないので、これはまた別の機会に。


さてさて、そんな文物が集まりだした1760年、のちに天才と呼ばれる一

人の画家が生まれ落ちます。葛飾北斎(1760-1849)その人です。な

んと約90歳まで生きます。超高齢社会の今でもそんなに生きる人はあ

まり多くないわけで、当時としても長寿というレベルではありません。し

かしあと5年、北斎が生きていたら北斎画『黒船』なんてものが見られ

たかもしれないとついつい思ってしまいます。


……と北斎のお話の続きを書こうと思っていたのですが、今回は北斎

と同時代人であり、ある意味先輩という感じの円山応挙(1733-1795)

について書きたいと思います。なぜかと言えば、現在三井記念美術館

http://www.mitsui-museum.jp/ )で円山応挙展をやっているためです。

今回の三井記念美術館の出品目録

http://www.mitsui-museum.jp/pdf/mokuroku100921.pdf )を覗かせて

いただくと「眼鏡絵」という文字が目立ちます。応挙は画家と思われてお

りますが、正確には“眼鏡絵師”という商売をしておりました。眼鏡絵とい

うのは当時江戸が交易をしていたオランダから仕入れた“vue d'optic”(

ビュードプティック)というちょっと変わったレンズ越しに見る絵のことです。


当然ヨーロッパ絵画ですので、遠近法なども見ていれば学べるはず。し

かし何よりも大事なことは、応挙がレンズを使う、つまりモノの見方が肉

眼とは異なる絵で商売をしていたということです。結果的に彼は“自分の

目で見て”目に写ったモノを描いていく、言い換えるなら“リアルに”描い

ていくことを目指します。「自分の目で見て絵を描くのは当たり前だ」と思

われるかもしれませんが、当時としては画期的であり、また異端ともいえ

るやり方だったんですね。それまでのやり方は粉本主義と言って、例え

ば狩野派では、元信や永徳といった過去の天才画家が描いた絵が最高

の絵なんだから、それを真似して描くのが一番いいという姿勢でした。要

するに、偉人達の先例を真似て描くことがベストであり、自分たちでいら

んことはしない方が良いということです。


ところが、円山応挙は違っていたんですね。自分でしっかりと観察し、

例えば人間の裸体の筋肉の動きをまず描き、その下絵に服をかぶせ

ていくという描き方をしています。つまり、身体がこう動いているのだか

ら、着物を着たときこの辺にシワが出てくるだろうという描き方、徹底し

たリアリズムですね。リアリズムは外人さんからしたら見飽きているの

でたぶん斬新さはあまり感じられないかもしれません。ですからフェノ

ロサは「円山(えんざん)派はただ写実的に描くだけで凡庸。それよりも

日本画の神髄は狩野派にある」といったようなことを言ったそうですが、

僕はそうじゃないと思っています。江戸日本当時からすると革命的な視

点だったと思います。そして、応挙は、粉本主義に対してちゃんと自分

の目で見て描く態度を『真意』と表現したようです。さて、今僕は「リアリ

ズム」という言葉を使ってしまいましたが、円山派はどのように表現して

いたかご存知でしょうか?


これはカメラマンの人は答えられないといけません。


それこそが「写真」なんですね(他には「真写」「写生」というのもあります)。

ここから言えることは、どうも日本での写真のハシリは江戸時代の応挙

にありそうだということです。眼絵の性質上、フレームというものがどうし

ても絡んできます。応挙はレンズを使って描いたとアピールするかのよ

うに丸いフレームで切り取ったような絵を残しています。フレーミングの

感覚はこの辺から出てきているようです。それまでは洛中洛外図屏風の

ように大きさも角度もバラバラだったりしたわけです。それがいきなり写

真です。当時の江戸からすると非常に大きな衝撃があったのではない

かと思います。皆さんはどう思いますか?試しにリアリズム、写真など

の単語頭に浮かべつつ、三井記念美術館に足を運んでみてはいかが

でしょう? 11月28日までやっているようです。


【補足】
都合のいいことに、アルブレヒト・デューラーの展覧会も国立西洋美術

館でやるようですね。(http://www.nmwa.go.jp/jp/exhibitions/durer201010.html )。

写真家の方はこちらも個人的には見ておくといいと思います。デューラ

ーは『メランコリア』で有名ですが、実はカメラマンの方にとってちょっと

気になる実験をしていた人です。1525年に出版された『測定論』という本

の挿絵にPerspective(遠近法)の実験をしている木版画があります。が、

これは見方をちょっとずらしてみると今でいうカメラのグリッド線じゃない

かと僕は思っています。参考程度に見てくださいませ。この絵が来てい

るかどうかはわかりませんが、視覚の見え方を絵(2次元)に定着させよ

うと研究した人物です。見ておいて損はないように思います。


ということで、気が付けば今回は写真家に見ておいて欲しい展覧会特集

になりましたが、応挙のやったことを多分北斎は気にしていたことでしょ

う。個々の並びも考えつつ、次から次第に富嶽三十六景の話に入ってい

きたいと思います。


(参考資料掲載サイト)
http://www.site-andoh.com/durer.html
http://www.tanken.com/sogan.html


(笠原正嗣)



03【報告】佐藤慧『アフリカンフェスタ』


10月16日は朝から築地本願寺で、スマイルアフリカプロジェクト主催

のアフリカンフェスタでした。今回僕が撮影してきたザンビアの写真も

展示させていただき、多くの方に出逢った素敵な一日になりました。女

子マラソン金メダリストの高橋尚子さんや、ソウルオリンピック銀メダリ

ストのダグラス・ワキウリさんら、豪華メンバーが参加したアフリカンフ

ェスタ。製作運営の月刊ソトコトのスタッフの方々にも大変お世話にな

りました。今後もアフリカ関連のイベントがどんどん活発になって欲し

いと思います。小さな子どもたちが、僕の写真に写っている同じ年頃の

ザンビアの子どもたちに興味を持って、色々と話しかけてくれたのが何

よりも嬉しかったです。やはり写真は、見られて初めて完成するものな

のだとつくづく感じました。


(佐藤慧)


04【告知】UFPFF国際平和映像祭にて写真展示


11月3日(水・祝) 『UFPFF国際平和映像祭』にて、安田菜津紀が今年

の2月から巡回をしておりますカンボジア写真展『「緑の壁」HIVと共に

生きる』を展示させて頂くことになりました!お時間がございましたら、

お立ち寄りください!

HP: http://www.ufpff.com/program/


●UFPFF 国際平和映像祭に関するお問い合わせ:

ユナイテッドピープル株式会社 関根 健次
〒231-0023 横浜市中区山下町74-6 ロクマルビル502
電話:045-212-5559 ファックス:045-212-5772
URL:http://www.unitedpeople.jp/ EMAIL:film@unitedpeople.jp
映像祭WEB: http://www.ufpff.com/
お問い合せフォーム: http://www.unitedpeople.jp/contact/



05【告知】『カンボジア、ザンビアの今を伝える』取材報告会


11月13日(土)、東京竹橋にあります(株)毎日エデュケーション(毎日新

聞本社ビル)のフリースペース「グローバルひろば」をお借りしまして安

田菜津紀/佐藤慧両メンバーが取材報告をさせていただきます。お時間

がございましたらぜひおこしくださいませ。



◆studioAFTERMODE presents

『カンボジア、ザンビアの今を伝える』


2010年11月13日(土)毎日エデュケーション 
フリースペース「グローバルひろば」にてフォトジャーナリスト安田菜津紀、

フィールドエディター佐藤慧の取材報告を行います。両氏の活動の現場

であるカンボジア、ザンビアの様子を現地の写真を交えながら伝えます。


■ 内容 :安田菜津紀、佐藤慧による取材報告とクロストーク。

カンボジア、ザンビアの今を伝えるとともに、
その出来事がどう私たちの生活に結び付いているのか、
何を想い活動を続けているのかを伝えます。
日本から遠く離れた地で生活を営む人々を伝えることで、
参加者と共に相互理解というものについて考える場を創り上げていきたい

と思います。


【出演】
インタビュアー:今井紀明
スピーカー:安田菜津紀(スタディオアフタモード所属フォトジャーナリスト)
     :佐藤慧  (スタディオアフタモード所属フィールドエディター)


■ 会場 :(株)毎日エデュケーション フリースペース「グローバルひろば」

〒100-0003 東京都千代田区一ツ橋1-1-1 パレスサイドビル西コア9F   
東京メトロ東西線「竹橋駅」徒歩0分  

■ 日時 :2010年11月13日(土) 19:00~21:00  開場18:30
■ 料金 :500円 (アフタモードオリジナルポストカード付き)
■ 定員 :30名を予定(当日参加も可能ですが立ち見となる可能性もございます)
■ 主催 :株式会社スタディオアフタモード http://www.aftermode.com
■ 協力 :毎日エデュケーション(会場提供) http://www.myedu.co.jp/
     :NGO Live on Wire (記録、協力) http://lonw.com


●お問い合わせ、お申し込みは、angletry@gmail.com まで。

件名を「11月13日:報告会参加希望」とし、下記を記載のうえお送りください。
--------------------------------------------
お名前:
Eメールアドレス:
所属:
--------------------------------------------

(写真) http://ameblo.jp/nyasuda0330/



06【再掲告知】オリンパス写真展「She Has A "PEN"」


☆10月20日発刊の「日本カメラ」口絵のページにて、「7人の作品」として

カンボジアの写真を掲載致していただいております。


☆安田菜津紀がオリンパスギャラリー主催のグループ展
「日本カメラ社主催、7人の写真展」に参加させていただきます。
お時間があいましたら是非、足をお運び下さいませ。


◆2010年11月11日(木)~17日(水)  オリンパスギャラリー東京
  (AM10時~PM6時/最終日午後3時/日曜・祝日休館)
◆2010年12月2日(木)~7日(火)   ギャラリー古都(旧コンタックスサロン)
  (AM11時~PM7時/最終日午後3時/日曜・祝日休館)
◆2011年1月20日(木)~2月2日(水) オリンパスギャラリー大坂
  (AM10時~PM6時/最終日午後3時/日曜・祝日休館)


07【編集後記】『過去からの導線と虹の彼方へ』


「本気で謝罪したのなら、許そうと思う」。チュムさんは、そうも言ってお

られました。その葛藤こそが戦争と、過去と向き合うと言うことなのだろ

うと思います。円山応挙が眼鏡を通すことで向き合った現実は、感情の

ピークに時間を止め、フレーミングして切り取ることで「写真」になったわ

けです。それは、向き合うための過去の「資料」という機能も同時に持ち

合わせました。過去と現在は違います。でも、地続きなことは忘れては

いけない。僕らは虹の前の嵐を、すぐに忘れてしまいます。目の前の明

るい未来を、ちゃんと現実の物にするために、僕らは過去に、写真に、

そういう気持ちで目を向けても良いのかもしれません。では、また来週お

目にかかります。


(ヤハギクニヒコ)



==========
『AFTERMOD E-PRESS』いかがでしたでしょうか?
今回の記事についてご意見・ご感想など、
お気軽にドシドシと書き込みください。
アフタモードメンバー一同、心よりお待ちしております。

編集  ヤハギクニヒコ 笠原正嗣
執筆  ヤハギクニヒコ 安藤理智 安田菜津紀 笠原正嗣 佐藤慧
発行  株式会社スタディオアフタモード/ studioAFTERMODE Co.,Ltd.
    
http://www.aftermode.com/

本WEBサイトの内容の一部または全部を無断で複写(コピー)することは、法律で定められた場合を除き、著作者および出版社の権利の侵害になります。記事の使用をご希望される場合は、タイトル「AFTERMOD E-PRESS係」にて下記アドレスまでご一報をお願いします。取材もこちらで承ります。
info@aftermode.com


AFTERMOD E-PRESS 【vol.0007】(2010年10月19日号)


=INDEX=
00【巻頭】『境動する社会へ』
01【特集】佐藤慧『カルチャーショック vol.2.生と死の狭間で:India』 
02【対談】ヤハギクニヒコ×安藤理智『海外で生活するということ・下』
03【告知】安田菜津紀 掲載情報
04【告知】オリンパス写真展「She Has A "PEN"」
05【後記】ここから世界へ接続するために。


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00【巻頭】『境動する社会へ』


今回は佐藤慧の連載カルチャーショックPart2と、ヤハギクニヒコ×安藤

理智による対談後編です。安藤・佐藤両名ともに電車感覚で飛行機に乗

り世界を飛び回る国境無用のメンバーなのですが、やはり二人が注目す

るのは文化のようです。日本の義務教育ではかなり雑な扱いになってい

ますが、歴史を眺めると常に、それまでの文化を揺るがすような発見・発

明が政治・経済に波及しています。いわゆるParadigm Changeというやつ

です。最近濫用されている言葉ですが、火薬・羅針盤・活版印刷を筆頭に、

キリスト教においてはガリレオが月や太陽を見た望遠鏡、現代でしたら世

界をつないだインターネットなどもそれまでの世界観を一気に広げた

Paradigm Changeでした。二人の感覚に触れることで、みなさんの感覚的

境界の動き、その世界観を拡張するトリガーになれば幸いです。
                                   (文=笠原正嗣)


01【特集】佐藤慧『カルチャーショック vol.2.生と死の狭間で:India』 


        AFTERMOD E-PRESS

様々な価値観を知りたい―― そう思い始めた一番のきっかけは家族の

死だった。弟を小児がんで、姉を自殺で亡くした僕は、死というものがあ

まりに理不尽で理解し難いものに思えた。まるで自分が世界で一番不幸

であるかのように錯覚し、生きることへの意味も見出せずに過ごしていた。

そんな時、ふと思った。死とは全ての人に与えられている運命であり、何

も自分だけがその得体の知れないものに戦(おのの)いているわけでは

ないと。

「キサーゴータミー」という仏教の逸話がある。ある時釈迦は、キサーゴー

タミーという女性に息子を蘇らせて欲しいと頼まれた。釈迦が彼女の家に

行くと、既にその男の子は死後数日経っていた。唯一の家族であった息

子を失ったキサーゴータミーは釈迦にすがりつく。そこで釈迦はこう言っ

た。「かつて一度も死者を出したことのない家で取れた護摩を焚けば、そ

の子は蘇るだろう」。彼女は必至に町中を駆け回り、そのような家を探す。

しかし、当然ながらそんな家は見つからない。9日間必至に駆け回ったキ

サーゴータミーは、安らいだ顔で釈迦のもとに戻ってきた。彼女は死とい

うものが受け入れるしかないものであるということを悟ったのだ。


僕は仏教徒ではないし、特定の宗教に属しているわけではないが、仏教

の持つ死生観には共感するところが多い。縁起の中で生まれ、死に行く

人の生涯を大きな流れの一部として捉える感覚には気付かされるところ

が多々あった。そんな仏教の発症の地であり、釈迦の思想を育んだイン

ドという地への憧れがあった。実はいわゆる"途上国"と呼ばれる国を旅

するのはこの時が初めてだった。真夜中のデリー(インドの首都)でオー

ト三輪に囲まれたり、詐欺まがいの絨毯売りに拘束されたり、列車が牛

の昼寝で止まってしまったりと、様々な固定観念をぶち壊してくれる旅だ

った。香辛料の効きすぎたカレーで腹をくだしながら、聖なる河、ガンガー

(英語ではガンジス)を訪れた。現在のインドではヒンドゥー教徒が8割を

超え、仏教徒はわずか0.8%しかいないらしい。それでも、縷々と流れる

死生観には、その土地が育んできた空気が深く寄与しているのだろう。

広大な河のほとりで焼かれる人々や、町はずれで野良犬が人の死体を

食む光景を見ていると、自分の持っていた死生観が如何にちっぽけなも

のであったかを考えさせられる。人は、死ぬのだ。それは、全ての人に生

まれながらにして与えられた運命であり、逃れようのない事実なのだ。死

とは何であるか。それが単に無に帰することであれば、生きるということに

どれだけの意味を見いだせるだろう。しかし、死とは無ではなく、生から続

く流れの形態に過ぎないのではないか。夕日に赤く染まるガンガーの流

れを眺めながら、深遠な宇宙に溶けていく。気付けば腹が鳴り、明日の一

日を生きるために他の命を我が身に頂く。相変わらず香辛料の効きすぎ

たカレーだったが、ガンガーの流れは格別なスパイスとなり、生きる意味

を考えさせてくれた。                  (文+写真=佐藤慧)



02【対談】ヤハギクニヒコ×安藤理智 『海外で生活すると言うこと・後編』


◆「物価格差」が抱かせる夢

安藤: バンコクはねぇ、アジアの吹き溜まりなんですよ。とんでもない輩

がたくさんいます。
ヤハギ:なるほど。どんな風にとんでもないんですか?
安藤: 指名手配犯が潜伏中なんて言うのはよく聞きますよ。
ヤハギ:昔の九龍ですね。映画や漫画では、確かにそういうイメージがあ

ります。『闇の子どもたち』を観て、やけにリアルだと感じました。
安藤: ちょっと誇張されている感はありますけどね。実際には少年・少女

買春はかなり取り締まられているようですし。それよりも一番厄介

なのは、「仕事をしない」でも生活できてしまうこの環境なんですよ。

日本でそれなりに貯金を貯めてくれば、数年は生活できますからね。

生活費が安いというか「物価格差」ですよね。
ヤハギ:この間バンコクに行ったときには、そんなに安い気はしませんでし

たが……。
安藤 :カンボジアから比べれば高いですよ。
ヤハギ:家賃や光熱費が安いんですか?
安藤: 家賃安いですね。電気代は物価から比べると高いかな。 細かい事

を書くと大変なので割愛しますが、安く生活しようと思ったら、生活で

きる。逆に超セレブな生活をしようと思ったら、それもできる。もちろん

お金はかかりますが。
ヤハギ:たとえば、僕がお邪魔した安藤さんの部屋の家賃や電気代は日本円

にしていくらくらいですか? たぶん、家のスペックも使っている電気量

も、僕と変わらない気がするのですが。
安藤 :家賃と電気代を合わせて月に2万円ですね。
ヤハギ:ちなみに横浜にある僕の部屋は、合わせると10万円。およそ5倍ですね。
安藤 :昔、7万円ぐらいの部屋に住んでいた時は、100平米あって、プールや

フィットネスもついていました。
ヤハギ:それは、うらやましい! 一度住んでみたいですね。
安藤 :僕も最初は嬉しくてそういう場所に住んでいましたけど、結局、馬鹿らし

いんですよ。
ヤハギ:まあ、一人で100平米は持て余しますね。
安藤 :家に余り居ないし、マンションのプールで泳ぐよりも、海に遊びに行く回

数の方が多いですからね。なにより掃除が大変です。
ヤハギ:こういう話をすると、また海外に夢を抱く人が増えちゃうんだろうなぁ。笑
安藤 :まぁ、でもそういった高めのマンションは1年契約ですからね。少なくとも

家賃だけで80万円ぐらいは年間かかりますから、それ以上の貯金が無い

と、まぁ、海外に来てはいけませんよ……。
ヤハギ:ちなみにタイの平均年収はどのくらいですか?
安藤 :タイ人の大卒初任給が3万円弱です。バンコクの平均世帯収入が8万円

ぐらいですね。僕が今住んでいる部屋は、タイ人なら誰かとシェアするの

が普通のサイズですね。普通2、3人で住むかな。
ヤハギ:なるほど。適当に貯金があれば、確かに暮らせますね。
安藤 :ですが…… その後は? と考えると怖いですよね。
ヤハギ:それは、日本のフリーターも同じでしょう。
安藤:日本に帰って、社会復帰できるのか?
ヤハギ:みんな、老後のことは考えてないですよ。なぜか「何とかなる」と思っている。
安藤:何ともなりません。老後は。 自分で頑張るしかない。


◆森に住む覚悟、子どもを育てる覚悟


ヤハギ:そういった意味で、安藤さんは「ベーシックインカム」についてど

う思いますか?
安藤 :「働かざるもの、食うべからず」が基本ですけど、ちゃんと一定

の税金を納めた場合には、将来の保証を国がするというのは

良いですよね。
ヤハギ:僕もそれは同感ですね。
安藤 :スイスとかオランダみたいに、税金が高いけど社会保障がしっ

かりしている国は良いと思いますよ。
ヤハギ:どうもね、まったく苦労することもなく、ベーシックインカムを求

める意見に出会うことが多くて。
安藤 :厳しい言い方かもしれないけど、楽して生活はできませんから。

どこかで犠牲を払わなきゃいけない。格差のある社会が本当

は正常なんじゃないかって思います。努力した人間と、努力し

ていない人間を同じ扱いにするのはおかしいと思う。
ヤハギ:僕もそういう意味での格差は正常だと思います。しかし「社会に

対する我慢」という犠牲を払っているんだから、働かなくても生

活を保障しろ、という主張があるんです。
安藤 :独りで生きられないから、我慢するのは最低限でしょう。
ヤハギ:まあ馬鹿馬鹿しい屁理屈なのですが。
安藤 :別にそういう人は我慢しないで、どっか森の中で暮らせば良い

んですよ。自給自足で。学校もない、法律も無い、治外法権地区。
ヤハギ:そうですね。そういう「森」のような場所を、政府もつくればいい。
安藤 :それこそ「地獄」だと思いますけどね。
ヤハギ:体験すれば、森から出てくるでしょう。『北斗の拳』の世界ですね。
安藤 :そうですよ。そんな世界で生きるぐらいなら、僕は努力して、我慢

して、生きる世界を選びますよ。
ヤハギ:しかし、香山リカ氏が言うように「我慢できない、頑張れない人も居

る」という意見に対してはどうですか?
安藤 :病気とかを除いた場合ですが、「甘ったれ」と言います。
ヤハギ:たぶんその辺が、現代における「病気」の境界線を危うくしているん

だと思うんですよね。
安藤 :これは経験則ですけど、小学生までに「我慢」を身につけなかった

人間は、一生「我慢」ができないと思います。
ヤハギ:それは、分かる気がします。僕が、中学受験業界にずっと居る理由

の1つです。
安藤 :我慢は本能ではないものですから、親が教えなければいけないも

のです。教えられない親は人間失格。ニートになった子どもの老後

まで責任を持たなければいけません。
ヤハギ:なるほど。それは面白い。
安藤 :子どもを育てるって、それだけ「覚悟」がいる事ですよ。親になるとい

うことは、その覚悟をする事。
ヤハギ:何にしても「覚悟」が大事だと言うことですね。
安藤 :別に勉強が全てではないですけど、「何かに一生懸命になる時間」を

子どもに伝えることが親の役目だと思います。子どもの自主性に任せ

て子どものやりたいように、と一見物わかりが良さそうな親が何と多い

か……。実際はただの「放任」なんですけどね。子どもは楽な方しか選

択しませんから。今の日本人、『論語』をもっと学習すべきですね。
ヤハギ:ほっぽらかすことを自主性に任せていると勘違いしているんですよね。
安藤 :人間としての、根本的な立ち位置を見直さないと、大変な事になります。
ヤハギ:仁・智・礼の要素は本当に足りない気がしています。
安藤 :結局は「人間としての根本的な力」を鍛錬しておかないと、海外はもちろ

ん、日本でも生活できないんですよね。
ヤハギ:その通りですね。
安藤 :自分の事は自分でやる。その最低限の事ぐらいは身につけて社会に出

てもらいたいものです。
ヤハギ:場所や環境はさておき「生きる」とはどういうことなのか、もっと考える機

会をつくるべきなのかも知れませんね。年齢にかかわらず、そういう場

をつくっていきたいですね。


◆「人間としての根本的な力」を鍛錬する場


安藤 :僕は15歳で1年間、徴兵すべきだと思うんです。もちろん、日本

の場合は軍隊がありませんから軍隊のような防衛のための部

隊ですけど。
ヤハギ:ほほう、また凄い意見が出ましたね。
安藤 :別に右とか左とかじゃなくて、社会に出る前に 社会の規律に従

う事、働く事とはどういうことかを体験する事が必要だと思うんで

す。中学でたら、そのまま行ける高校、なんとなく大学 じゃあ意

味が無い。一度厳しい環境に身を置いて、その上で高等教育を

受ければ、その意味が何倍にもふくれあがると思うんですよね。

恵まれた環境は人間をダメにします。
ヤハギ:それは、本来、学校教育の中にあるべき機能ですね。
安藤 :不自由と不便こそが人間を強くします。残念ながら 学校教育で

やろうとすると「体罰」と呼ばれます。辛い事は生徒にさせてはい

けない。そんな事をさせる先生は教育委員会にチクられる……。
ヤハギ:でも、専守防衛機関であれ、やっぱり体罰は許容されないでしょう。
安藤 :体罰と教育の境目ですよね。親が手をあげられないなら、第三者

が手をあげるべきだと思います。
ヤハギ:それが許容される社会なら、学校でも問題ないと思います。
安藤 :僕は今まで生徒に手をあげた事はありませんが、保護者会で「親

の役目」として話しています。ペットをしつけるとき、悪い事をしたら

叩きますよね? 人間だって同じだと思いますよ。最初のしつけは

痛みが無いと意味が無い。
ヤハギ:なかなか難しいところですね。でも、手を上げることなく、教えること

もできるはずだと思っています。それに言葉だって暴力になり得るし、

無視だって痛い。
安藤: かといって、最近は“躾”と“暴力”の違いを認識できない親もいるの

で、また問題ですが。
ヤハギ:そうそう。結局それがシッカリ区別できている親なら、ちゃんとやって

いるんですよ。
安藤:そうなると、次のテーマは「親力」ですね。
ヤハギ:では、それについては次の機会に話しましょう。



03【告知】安田菜津紀 掲載情報


◇10月20日「日本カメラ」口絵のページにて、オリンパス写真展「She Has A "PEN"」
 (詳細は下記04)「7人の作品」としてカンボジアの写真を掲載致していただきます
◇10月24日発売「GetNavi」にて、使用機材及びカンボジアの写真を掲載して頂きます。

お時間がありましたら、ぜひ目を通していただけると幸いです。よろしくお願いします。


04【告知】オリンパス写真展「She Has A "PEN"」


☆安田菜津紀がオリンパスギャラリー主催のグループ展
「日本カメラ社主催、7人の写真展」
に参加させていただきます。
お時間があいましたら是非、足をお運び下さいませ。


◆2010年11月11日(木)~17日(水)  オリンパスギャラリー東京
  (AM10時~PM6時/最終日午後3時/日曜・祝日休館)
◆2010年12月2日(木)~7日(火)   ギャラリー古都(旧コンタックスサロン)
  (AM11時~PM7時/最終日午後3時/日曜・祝日休館)
◆2011年1月20日(木)~2月2日(水) オリンパスギャラリー大坂
  (AM10時~PM6時/最終日午後3時/日曜・祝日休館)


05【編集後記】ここから世界へ接続するために。


巻頭で笠原から「境動」というキーワードが提示されました。コミュニティー

であること保持しながら、グローバルへ接続していこうという感覚が重要な

のだと思います。言うは易く行うは難しですが、どちらも入れ子構造として

成長させていく世界観を持つことが第一歩になると感じます。虫の目と鳥

の目を同時に持つこと。それは多様性を知り、受け入れることと近い感覚

だと思います。それは、家族や地域と世界を繋いでいく感覚とも重なるは

ずです。そんな気持ちを持ちつつ僕らは活動をして参ります。では、また

来週お目にかかります。実りある一週間を。


(ヤハギクニヒコ)




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『AFTERMOD E-PRESS』いかがでしたでしょうか?
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お気軽にドシドシと書き込みください。
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編集  ヤハギクニヒコ 笠原正嗣
執筆  ヤハギクニヒコ 安藤理智 安田菜津紀 笠原正嗣 佐藤慧
発行  株式会社スタディオアフタモード/ studioAFTERMODE Co.,Ltd.
    
http://www.aftermode.com/

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info@aftermode.com


AFTERMOD E-PRESS 【vol.0006】(2010年10月12日号)



=INDEX=
00【巻頭】融解する境界線
01【特集】安藤理智 『海外生活の心得』
02【対談】ヤハギクニヒコ×安藤理智『海外で生活するということ(前編)』
03【告知】LIVEonWIRE『飯田進さんとの座談会映像』配信!
04【告知】安田菜津紀トークライブin 島根県
05【告知】オリンパス写真展「She Has A "PEN"」
06【再告】連句、茶道、箏曲、香道の融合イベント

07【後記】もう一度世界を捉え直すために



00【巻頭】融解する境界線

みなさま、こんにちは。現在ザンビアから持ち帰った記事をまとめる作業に追われている佐藤慧で

す。連日の雨の中、空を見上げるとどこまでも曇り空。この空があの、ザンビアの乾いた青空と繋

がっていると思うと不思議な気がします。
 今回のE-PRESSにはアフタモード取締役の安藤理智が登場です。タイ在住の彼による「海

外生活の心得」を読むと、内部と外部といった問題に考えが及びます。人は古くから境界線を引き

、その内外で争いを続けてきました。外部ではないという安心感、それを得るために、人は想像上

の線で自らの世界を囲い込みます。国境を超え、様々な価値観に身を置き、それを理解していく工

程は、その閉じた境界線を融解させていく作業ではないでしょうか。想像上の線の消えた跡には何

も残らず、ただ、目の前のあなたが浮かび上がってくる、そんな地平を目指して前に進んで行きた

いと思います。
                  (佐藤慧)



01【特集】安藤理智『海外生活の心得』


AFTERMOD E-PRESS
 2006年ドーハ・アジア大会 開会式より


◆1999年の12月からタイに住み始め、気がつけば人生の3分の1をバンコクで過ごしている。

なぜバンコクなのかを説明すると長くなるので、またの機会にとっておくとして、今回は海外で

生活をしたい人に向けての簡単なアドバイスをしたいと思う。


学生時代から海外生活に憧れる人は多い。旅行でタイへ遊びに来た大学生たちに「どうやった

ら海外で生活できるのか」と質問される事も多い。


私の答えは簡単。
「その国の人間として生きていく覚悟があるか。日本を捨てる覚悟があるか」。


○○通を自称したり、「○○は第二の故郷だ~」、「心のふるさとだ!」と言いたくなる気持ちは

良くわかる。でも、その前に少しだけ立ち止まることが必要ではないだろうか。

実際に生活する(仕事をする/税金を納める)こと。長期旅行の延長程度の滞在から脱皮し、

その国に根を下ろして生活することは簡単なようでいて、ちょっと難しい。


その国で、その国の言葉を話し、その国の文化の下、日本を捨てる覚悟。これが長期滞在と

の大きな違いだ。


異なる法制度のもと、外国人というハンデを乗り越えて仕事をし、税金を納め、政治に関心を

寄せる。外国人が、その国の中で本当に受け入れられるようになるには、その国の誰よりも

その国に対して貢献できなければいけないし、誰よりもその国を愛さなければいけない。
わかりやすい例を一つ上げれば、「国家が歌える」というのは一つの目安だと思う。


説教臭くなってしまうかもしれないが、海外で生活をしたい人たちへの具体的なアドバイスを。
 ①現地では即戦力が求められる。自分の専門を持つ事。(大卒新人では仕事が見つけにくい)
 ②計画をしっかりたてておく。貯蓄は安心材料。(どうしても帰国せざるをえなくなる条件とは?)
 ③言葉の壁より文化の壁。日本の風習にとらわれてはいけない。(郷に入っては郷に従え)
 ④現地の人を尊敬せよ。自分が外国人である事を忘れてはならない。(日本の常識は世界の非常識)
 ⑤長期滞在を迷うぐらいなら日本から出てはいけない。(勇気は何事においても重要)


要するに覚悟と思い切りさえあれば、誰でも海外生活はできる。在タイ10年なんてまだまだ若

輩者。日々学ぶ事だらけ。そんな私だが、3年前に「タイの心を持った日本人」としてタイの新

聞にコメントが掲載された。私のちょっとした誇りだ(笑)。
                                                    (文+写真=安藤理智)

02【対談】ヤハギクニヒコ×安藤理智『海外で生活するということ・上』


◆海外に住む覚悟


ヤハギ安藤さん、E-PRESS初対談です。どうぞよろしくお願いします。
 安藤:こちらこそよろしくお願いします。
ヤハギ:せっかく記事も書いて頂いたので、海外生活について話したいと思います。
  安藤:改めて自分の原稿を読み直して思いましたが、これ、ちょっと喧嘩売りすぎかも。

      もうちょっとソフトにしないとマズいですね……。
ヤハギ:そうですねぇ。でも本心な訳ですし、良いと思いますよ。
 安藤:バンコクで会う日本人に苦い思い出がありすぎるんです。
ヤハギ:まあ、特定の誰かに喧嘩売っているわけではないですし。
 安藤:私情に流されてます……。
ヤハギ:これくらい厳しい方がリアルですよ。覚悟して参りましょう(笑)。
  安藤:ほら、最近、やたら海外旅行が簡単じゃないですか。
ヤハギ:そうですね。
 安藤:言いたいのは「旅行」と「生活」は別物で、覚悟が必要だという事なんですよ。
ヤハギ:その通りだと思いますよ。石垣島のタクシーの運ちゃんも同じことを言ってました。

      夢を描いて引っ越してしてくるのは良いけど、本当に仕事がないし、あっても給料

      が安いのを分かっていないと。僕が行ったのは2007年、タクシー初乗り380円でした。
 安藤:そうそう、現地人と同じ給料で生きる覚悟。「国歌」というのは一つの例ですけど、

      その国で生きる覚悟って、日本を捨てる覚悟と同じなんですよ。
ヤハギ:捨てる覚悟は、みんなしていないですよね。
  安藤:あと現地人の伴侶と家庭を作る覚悟。絶対に日本の呪縛からは逃れられない。
ヤハギ:結局想像力の問題だと思うんですけど、「夢」を描いて移住している時点で、危ないん

     ですよね。
 安藤:「捨てる覚悟ができないと海外では生活できないよー!」って言いたい。


◆誰かの役に立つ人間であり続ける事


  安藤:良く「言葉の壁が大変でしょう」とか言われるんですけど、言葉の壁なんてたいした事

      無いんですよ。
ヤハギ:文化の違いですよね。
安藤:おなじ日本人同士だって、会話が成り立たないことってたくさんあるじゃないですか?
ヤハギ:そう! おなじ日本語だって、大変なもんです。習慣とか、常識の違いが大きいような

      気がします。
  安藤:文化の違いもそうですが、バックグラウンドの違いを大きく感じます。
ヤハギ:なるほど、バックグラウンドですか。
  安藤:結局僕らは日本人として生まれてきたから、どっかで「日本だったら……」って考えちゃう。

      でも、その日本というバックグラウンドも共通ではなくて、地方によってかなり違うんですよ

      ね。そこで初めて「日本」という幻影を実感するんです。
ヤハギ:そうですね。それに加えて世代間のギャップもあります。「日本の幻影」は、日本にいなが

      らにしては感じないですからね。
 安藤:突き詰めて行くと「国家」とか「人種」とか「民族」とか「文化」とか「言語」って、どうでも良い

      んです。自分と、その周りにいる人たちの「関係」「関係性」だけが重要。そこに気がつけた

      のは、海外で生活して得られた一番の宝物だと思います。
ヤハギ:なるほどね。どちらにしろまず身近なところに関係線を引かずに、いきなり地域や国家と関

     係ができる はずがないですからね。
  安藤:肩書きも何も通用しない世界に飛び込んで行くと、最後は「自分の資質」が勝負なんですよ。

      それまでの経験と教養と、そして情熱。それらが繋がって他者との関係ができ、やがてそれ

      を国家という単位が包括する。
ヤハギ:安藤さんのいう価値観ならば、覚悟と誠意があれば、どこにでも行けますね。まあ言うのは

      簡単です けど、しかし、実際は大変なことでしょう。
 安藤:「誰かの役に立つ人間であり続ける事」 これがカギだと思います
ヤハギ:自分の国で、周囲と上手くいかず、海外へ、という話を何件か知っていますが、それで上手く

      いくはずがないですね。
  安藤:それは無理ですね。サッカーでもそうでしょう。日本で通用しないのに、海外で活躍はできない。
ヤハギ:それはそうですね。
 安藤:誰かの役に立つように、自分の力を使っていれば、それをどこかで誰かが見ていてくれるん

      ですよ。最初から対価を要求したりするような態度では、すぐに切られます。逆の立場に立っ

      て考えてみれば分かりますよね。
ヤハギ:誰かが見ていてくれる、という感覚を、持っていない人が増えているような気がしています。

      でも本当は、見ていなくたって、ちゃんとやっていれば、いずれ注目されるんですよね。その

      ことを、分かっていないのは、親や学校の教育にも問題がある気がしています。
  安藤:外国人が日本に来て、日本が好きだという。日本人より日本の事を勉強し、日本の文化を理

      解しようとし、一生懸命に動く。そんな人なら、「信頼」を勝ち取るのは難しくないですよね。そ

      の一方で「自分の国はこうだ」と主張ばかりして、「いくらもらえるのか」と聞かれたら、その人

      と関わって行きたいと思いますか? ちょっと立場をかえて考えればわかるはず
ヤハギ:それも、想像力ですね。


◆海外で職を持つと言うこと


  安藤:あと、海外に出る前に身につけなければいけない事が一つだけあります。「専門技能」です。
ヤハギ:ほほう、どんな専門でもOK?
  安藤:新卒で就職しても、即戦力が求められる世界ですから、思ったように結果を出す事ができませ

      ん。逆に自分の専門があれば、それでOKですよ。国は違えど、人間が生活する事にはかわり

      ありませんから。
ヤハギ:即戦力にならないと、クビですか?
  安藤:クビというより、仕事が無いんですよ。誰でもできる仕事だったら、外国人がやる意味ないでしょう?
ヤハギ:日本で言う中途採用と新卒の待遇の格差のような問題はありますか?
  安藤:駐在員と現地採用の差はありますよ。現地採用は、自分の意志でその国にすんでいる訳です

      から、駐在員より待遇はかなり下です。
ヤハギ:なるほどね。確かに、あえて外国人に任せる、というのは特殊な状態ですよね。
 安藤:それでも、タイ人よりも高い給料を得られるのが現地採用ですから、それなりの専門技能が無

      いと仕事が無い。ただ日本語を話せるだけなら、タイ人でもたくさんいますからね。日本留学経

      験者は皆、高学歴ですよ。乱暴にまとめちゃうと「日本で通用しない人間は海外でも通用しない」

      「日本を捨てる覚悟が無いと海外では生活できない」なんですよ。
ヤハギ:厳しいですねぇ。
 ・・・次号へ続く


03【告知】LIVEonWIRE『飯田進さんとの座談会映像』配信!

以後、アーカイヴで視聴可能にする予定です。

≪こちらから↓≫
☆オンラインレディオステーション【LIVEonWIRE】
http://lonw.com/

☆Ustream≪LIVEonWIRE≫
http://www.ustream.tv/user/liveonwire



04【告知】安田菜津紀トークライブin 島根県

◆10月17日(日)13時より
 島根県奥出雲の「びいどろギヤマン瓶耀舎」にて
 安田菜津紀がトークライブをさせて頂きます。
 お近くにお住まいの方、またお時間のある方、ぜひお立ち寄りくださいませ。 

 テーマ:「カンボジアの素顔~子どもたちの目線から~」

 場所詳細:http://www.jalan.net/ou/oup2000/ouw2001.do?spotId=32342cc3290030571


05【告知】オリンパス写真展「She Has A "PEN"」

☆安田菜津紀がオリンパスギャラリー主催のグループ展
「日本カメラ社主催、7人の写真展」
に参加させていただきます。
お時間があいましたら是非、足をお運び下さいませ。

◆2010年11月11日(木)~17日(水)  オリンパスギャラリー東京
  (AM10時~PM6時/最終日午後3時/日曜・祝日休館)
◆2010年12月2日(木)~7日(火)   ギャラリー古都(旧コンタックスサロン)
  (AM11時~PM7時/最終日午後3時/日曜・祝日休館)
◆2011年1月20日(木)~2月2日(水) オリンパスギャラリー大坂
  (AM10時~PM6時/最終日午後3時/日曜・祝日休館)



06【再掲告知】連句、茶道、箏曲、香道の融合イベント


来る10月24日(日)に日野市立新選組のふるさと歴史館と、ヤハギクニヒコが理事を務める俳諧団

体、NPO法人其角座継承會が、イベントを開催します。江戸の文化である俳諧や連句に参加してみ

たい方、是非お問い合わせ下さいませ。


≪江戸文化に親しもう ~連句、そして茶道、箏曲、香道~≫
主催/日野市立新選組のふるさと歴史館
協力/NPO法人其角座継承會

日野市「高幡不動尊」のお茶室にて歌仙の座を持ちます。
募集定員/7名(定員になり次第〆切ます)
参加費/300円


http://www.takahatafudoson.or.jp/

午前10時~12時  募吟の表彰式
お香 練香の実践
午後1時~ 茶室にて
1)連句体験 半歌仙を巻いてみよう 2座
2)香席   二上貴夫ほか
3)茶席   黒須秋桜ほか
4)箏演奏


07【編集後記】「もう一度世界を捉え直すために」


今回は特集・対談に安藤が登場して、これで本編記事もメンバー全員分が揃いました。安藤は学習塾の経営、現場での授業に携わりながら、タイ国オリンピック委員会オフィシャルカメラマンも務める多才なメンバーです。しかし、様々なロールを持つ人と出会い、また自分自身が多様なロールを越境していくほど、根底で繋がっていることは多いのだと感じます。元来、分かるために一なる世界を分節化した果てで、僕らは迷走しているような気がしてなりません。アフタモードは、もう一度世界を捉え直すために、境界線を捉え直したいという理想から始まりました。それは、分裂してしまった僕らの何かを、結合する旅なのかも知れません。では、また来週お目にかかります。

                                                 (ヤハギクニヒコ)



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『AFTERMOD E-PRESS』いかがでしたでしょうか?
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アフタモードメンバー一同、心よりお待ちしております。


編集  ヤハギクニヒコ 笠原正嗣
執筆  ヤハギクニヒコ 安藤理智 安田菜津紀 笠原正嗣 佐藤慧
発行  株式会社スタディオアフタモード/ studioAFTERMODE Co.,Ltd.
    
http://www.aftermode.com/

本WEBサイトの内容の一部または全部を無断で複写(コピー)することは、法律で定められた場合を除き、著作者および出版社の権利の侵害になります。記事の使用をご希望される場合は、タイトル「AFTERMOD E-PRESS係」にて下記アドレスまでご一報をお願いします。取材もこちらで承ります。
info@aftermode.com

AFTERMOD E-PRESS 【vol.0005】(2010年10月05日号)



=INDEX=

00【巻頭】メンバーから創刊のご挨拶 ~佐藤慧~
01【連載】安田菜津紀『12歳の母の顔~カンボジア緑の村より②』
02【特集】佐藤慧『アフリカレポート selection 9月編』
03【告知】オリンパス写真展「She Has A "PEN"」
04【告知】連句、茶道、箏曲、香道の融合イベント
05【後記】光の射す方へ



00【巻頭】メンバーより、創刊のご挨拶。


◆現在アフリカ南部、ザンビアの空港にてこの文章を執筆しています。

着々と準備を進めてきた『AFTERMOD E-PRESS』。僕がアフリカ取材に出ている間に勢いよく創刊さ

れましたね。代表取締役のヤハギと出逢ったのは今年の5月でした。たった一回の出逢いで、彼の

進む道と僕の進む道が重なっていることに気づき、6月にはスタディオアフタモードの一員として

前に進むことを決意しました。

本気で世界平和を願うことは戯言に過ぎないのでしょうか。
僕はこれまでに、自分が理想ばかりを語っているのではないかという葛藤を抱え、アフリカや北米

、中米でもがいていました。しかし今は、理想を語り続けることの出来る人間にしか、理想は達成

し得ないと考え、行動しています。あらゆる境界線が融解しつつある今、僕達はひとつの大きな村

に生きてるようなもの。「実力を待っていたのでは遅いことがある」というヤハギの言葉の通り、

世界は今、まさにこの瞬間にひとりひとりの行動を求めているのではないでしょうか。『AFTERMOD

E-PRESS』が、あなたにとって何かの切っ掛けに成り得たら幸いです。
                   
                      studioAFTERMODE フィールドエディター 佐藤慧



01【連載】安田菜津紀『12歳の母の顔~カンボジア緑の村より②』


◆カンボジア首都プノンペン郊外、トゥオールサンボ地区にあるHIV感染者の村。ここに足を運

ぶようになって、1年半ほどが過ぎた。相変わらず元気な子どもたちが、毎回駆け寄って迎え

てくれる。いつも他の子どもたちから少し遅れて、遠慮がちに近づいてくる女の子がいる。彼女

の名前はトーン(13)。ほっそりとした、背の小さな女の子だ。


トーンの朝は、両親に薬を飲ませることから始まる。父親は軍隊にいた頃に注射器の使いまわ

しでHIVに感染、母親は父親から感染した。父親に仕事はなく、昼間から村の一角で賭け事をし

ている。母親が村の一角で小さなカキ氷屋を出して生計を立てていた。

家族と一緒にいるとき、「本当に彼女は13歳なのだろうか」と考えてしまうほどに、大人びた表

情を見せる。今年2歳になる弟のモニラの世話をしているときは、弟をあやす姉の顔というよりも

、むしろ一家を支える母の顔のように見えた。友達と一緒にいても、やんちゃ坊主たちの喧嘩をい

つもなだめているのはトーンだった。



              AFTERMOD E-PRESS

AFTERMOD E-PRESS AFTERMOD E-PRESS

彼女の中には、何か失われてしまった子どもの時代が眠っているように感じる。甘えることのでき

ない環境の中で、彼女はどんな「大人」へと成長していくのだろう。トーンの瞳を覗き込み、そんな

ことを考えた。ある日の午後、子どもたちが散歩に行こうと言い出した。雨季に入ったばかりの6月。

村をぐるっと囲む田んぼのあぜ道は、様々な色の花で溢れていた。

「ねえねえ、花束をあげる!」


声をかけられて振り返ると、溢れんばかりの笑顔のトーンが、集めてきた花を手に、息をはずませ

て立っていた。


              AFTERMOD E-PRESS


その顔は輝き、13歳の少女の表情をしていた。「私もっとキレイな花とってこれるもん!」と、

一斉に走り出した他の子どもたちを追ってトーンも走り出す。花束を受け取り、彼女たちの

後姿を見ながら、何か少し、ほっとした気持ちになった。

                                        (文+写真=安田菜津紀)




02【特集】佐藤慧『南部アフリカレポート selection 9月編』


【南部アフリカの政治と官僚】
Sep 06 2010 21:23:52
ザンビアの新聞の国際欄には本当に世界中のことが乗っている。「我々はもはや大きな村に

一緒に住んでいるんだよ」。ザンビアの田舎で世界について語ったとき、彼はそう言った。


Sep 06 2010 21:27:03
日本の世界史ではアフリカ諸国の独立に触れることは稀だろうが、その闘争は今でも続いて

いる。ザンビアは南部アフリカ地域でいち早く独立し、周辺諸国の独立運動を支援した。その

解放の戦士たちはいつしか片隅に追いやられ、巨大資本の手駒になった官僚たちが富を

牛耳っている。


◆「コンゴの紛争」がなぜ、日本のメディアでは報道されないのか?WWⅡ後最悪、最大の悲

劇であるとまで言われるのに。武力衝突による死者に加え、紛争による飢えと疫病による死

者を加えるとその被害者数は530万に上る。


Sep 09 2010 17:12:21
コンゴ北東部の紛争地域ではレイプは日常的に"戦略"として用いられているという。


Sep 09 2010 17:39:06
ザンビア初代大統領ケネス・カウンダもまた建国者の例に漏れず長期政権の座にいたが、そ

の政権を奪ったMMD(複数政党制を支持する政党)が今や長期政権になっている。来年の

選挙では野党連合が与党の座を奪う可能性が大きい。


Sep 09 2010 17:44:29
来年ザンビアの与党がひっくり返ったら周辺諸国との関係も激変するだろう。特に対中政策は

大幅に変わる可能性もある。南部に接するジンバブウェではイランとの核エネルギー構想の話

が進んでいる。北朝鮮からの技術提供もある。中国を切れば、ザンビアはそちらに肩を寄せて

いく可能性も孕んでいる。


◆首都のルサカとサンフィアでは圧倒的に経済レベルが違う。そしてサンフィア内でも、中心地と

農村では大きく格差がある。サンフィアでの平均日収(*)は3ドル以下、農村では1ドル程度だが

、ルサカでは2ドル、3ドルするようなファーストフードが消費される。ザンビアの地方では基本的に

医療費は無料だが、農村では病院に行くための1ドル以下の交通費が払えずに亡くなる人も多

いという。≪(*)正式な統計データに基づくものではなく、個人的な調査に基づく数値≫


◆活動の地はチンサリ。初代大統領カウンダ氏、副大統領サイモン氏の故郷でもある。両氏はザン

ビア独立当時(1964年)から農業国としての可能性を見つめ、植林を施す政策や、肥料購入の助成

金制度などもあったが、91年の政権交代で政策は大きく方向転換。初代政権のシステムは白紙に

戻った。新政権は外貨獲得のためにメイズ(とうもろこしの一種)の栽培を促進し、盛んになった。

その後経済状況が悪化し肥料そのものが高騰。肥料を買えない農家はメイズの栽培が困難となり、

メイズだけを育ててきた地域では、他の農法の知識・技術も途絶え、土地も疲弊してきた。自分

たちの食物を自給自足出来なくなった農村では、他から食物を得るために、新たな現金収入を求め

るようになる。その時、もっとも身近にあった資源、それが"森"だった。



AFTERMOD E-PRESS


【先進国と南部アフリカ】
Sep 06 2010 21:30:17
ルワンダの悲劇はツチ族とフツ族の間での民族紛争が原因で起こった...としばしば説明されるが

、そんなものではない。西洋の利権の争いの口実に、民族紛争がでっちあげられたのだ。


Sep 06 2010 21:35:22
今後数年間に新たな紛争の火種がこの地域に持ち込まれるのは必至。アフリカには膨大な資源が

あり、もしザンビアに大規模な油田やレアメタル鉱山が発見されたらこの国は一瞬のうちにかき回さ

れてしまうだろう。正義の名のもとに。


Sep 09 2010 17:27:24
南部アフリカの現状を見ていると今後10年ザンビアが平和でいられる保障はどこにもない。この

国は周囲から削られたあげくに今の国境線に至っている。「アフリカンケーキ」とはよく言ったも

ので、貪欲な経済はアフリカ大陸を包丁で切り刻む。


◆南アフリカ資本のショッピングモールが次々と完成し、中国の支援によるインフラの整備も次々

と進んでいる。仕事を求めて押し寄せた労働者は郊外にスラムを形成する。職の供給は需要に追い

つかず、そこには圧倒的な貧困層が生まれた。職も無く、絶望に打ちひしがれた人々は麻薬に走る。

だが、世の中が歪んでいくとき、その影響を最も受けるのは子どもたちだ。


◆有名なルワンダの虐殺の時と同じく、大抵は"民族紛争"というプロパガンダで括られるこの紛争

が、人間の持つ強欲、修羅の闇に根ざしたものであるのは明らかだ。錫、タルタン、タングステン

、金...これらの金属は先進国の生活を支えるためには不可欠だが、コンゴ国内ではそれらの利潤

は武器へと変わり、利権を求める闘争へと還元される。



AFTERMOD E-PRESS


【南部アフリカのHIV事情】
9月25日
ザンビアの首都、ルサカの路上に暮らし、体調の不良を訴えて孤児院の扉を叩く子供のうち、90

%はHIVエイズに感染しているという。無知故の、無防備なセックス。エイズで亡くなった両親

からの感染。現状は悪化している。


◆最後の2日間は、ザンビア最大規模の孤児院、「カシシ子供の家」で過ごしていた。
シスター・マリオーラの好意で施設に寝泊りさせてもらいながら、250人以上の孤児たちの写真

を撮るという素晴らしい機会を頂く。半数近くがHIVエイズに感染し、先の長くない子も多い。

250人の孤児のうち、60人はHIVと共に生きていて、40人は既にエイズを発症し、ARV

トリートメントを受けている。実に40%もの子供がHIVエイズに感染しているのだ。


◆ストリートチルドレンの支援をしている「Fountain of Hope」(希望の噴水)というNGOを訪

ねた。貴重な学習期を路上で過ごす彼らには、HIVエイズの知識などはなく、無防備なセックス

による感染の被害は後を絶たない。この施設の調査では、体調の不良を訴えてこの施設に駆け込ん

でくる子供の実に90%がHIVエイズ陽性だという。

                                              (文+写真=佐藤慧)


03【告知】オリンパス写真展「She Has A "PEN"」

安田菜津紀がオリンパスギャラリー東京にて開催のグループ展

       「日本カメラ社主催、7人の写真展」

に参加します。お時間があれば是非、足をお運び下さいませ。


2010年11月11日(木)~17日(水)  オリンパスギャラリー東京
  (AM10時~PM6時/最終日午後3時/日曜・祝日休館)
2010年12月2日(木)~7日(火)   ギャラリー古都(旧コンタックスサロン)
  (AM11時~PM7時/最終日午後3時/日曜・祝日休館)
2011年1月20日(木)~2月2日(水) オリンパスギャラリー大坂
  (AM10時~PM6時/最終日午後3時/日曜・祝日休館)




04【告知】連句、茶道、箏曲、香道の融合イベント


来る10月24日(日)に日野市立新選組のふるさと歴史館と、ヤハギクニヒコが理事を務める

俳諧団体、NPO法人其角座継承會が、イベントを開催します。江戸の文化である俳諧や連

句に参加してみたい方、是非お問い合わせ下さいませ。


≪江戸文化に親しもう ~連句、そして茶道、箏曲、香道~≫
主催/日野市立新選組のふるさと歴史館
協力/NPO法人其角座継承會

日野市「高幡不動尊」のお茶室にて歌仙の座を持ちます。
募集定員/7名(定員になり次第〆切ます)
参加費/300円
http://www.takahatafudoson.or.jp/

午前10時~12時  募吟の表彰式
お香 練香の実践
午後1時~ 茶室にて
1)連句体験 半歌仙を巻いてみよう 2座
2)香席   二上貴夫ほか
3)茶席   黒須秋桜ほか
4)箏演奏




05【後記】光の射す方へ


◆安田がカンボジアツアーから帰って参りました。今回は10日間という短い日程でしたが、いつもの

ように日焼けしつつ、新たな経験と問題意識を得て来たようです。今回で巻頭挨拶にメンバー全員

が揃いました。佐藤との出会いは実に印象的でした。僕が渡した名刺を見てまず彼は「シュールパ

シフィズムってどういう意味ですか?」と聞いて来ました。書いてある言葉を受けて、その中から

何を聞くかというのは思想やセンスが出るものです。飯田進さんが「鏡明塾」から思想に気づいて

下さったことも有り難いことでしたが、僕にとってこの「シュールパシフィズム」言葉に最初に引

っ掛かってくれたのはとても嬉しいことでした。何しろもう10年もこのコンセプトを掲げています

が、最初にこのことを聞いてきたのは、佐藤が初めてでした。アートは瞬間の爆発だけれども、そ

れでも、爆発させる方向性を僕は考えたいんです。例え現実はその通りにならなくて構わないから

、理想を持ってアートに携わりたい。その方向性は、昔も今も変わっていません。「人の中に潜在

的にある(はずの)平和的願望を喚起する」ということです。株式会社スタディオアフタモードは

、今月から第2期を迎えることができました。準備も活動も走りながらですが、精一杯やっていき

たいと思っています。では、また来週お目にかかります。
                                            (ヤハギクニヒコ)




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編集  ヤハギクニヒコ 笠原正嗣
執筆  ヤハギクニヒコ 安藤理智 安田菜津紀 笠原正嗣 佐藤慧
発行  株式会社スタディオアフタモード/ studioAFTERMODE Co.,Ltd.
    http://www.aftermode.com/

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