AFTERMOD E-PRESS 【vol.0059】 (2012年08月06日号)

=index=
00【巻頭】基準で見るということ
01【鼎談】松岡正剛×日玉浩史×矢萩邦彦『震災と日本のフラジリティ9』
02【特集】安藤理智『ブレードランナー 夢の舞台を駆け抜ける』
03【告知】8月11日 矢萩邦彦 鏡明塾『江戸時代の文化』『平和への怪談~霊と妖の構造と機能』
04【告知】8月29日 安田菜津紀 KnK写真展 2012「岩手 この空の下、明日への道を探して」
05【告知】9月8日 安田菜津紀 トークライブ「All Loving for2012」
06【告知】9月9日 安田菜津紀 トークライブ『写真で伝える世界の“今”』
07【後記】それぞれのアウラ

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00【巻頭】基準で見るということ


 グローバル化、データ、情報・・そういうことがが氾濫
しだしてからどれくらいの時間がたったのでしょうかか。
少なからず僕たちは環境に圧され、つき動かされていると
ころがあるのではないかと思います。そんな中で僕らが道
に迷わないように一種の尺度として「数値」は当たり前の
ように傍に置かれ、使われるようになっています。
 しかし、それは本来さまざまな個々の持っていた性質を
大きく捨象しているわけです。みんなそれは知っているけ
れども、落ち着いて考える暇もなく、日々を生きているわ
けですね。今回の鼎談では、その結果どうなるのか、ふと
気づかせてくれる場面があります。また、普段捨象されが
ちな障碍者がオリンピックの参加基準を満たし世界をにぎ
わせたことは記憶に新しく、安藤は見事に写真に収めます。
今回のE-PRESSが、みなさんにとってのきっかけになれば
幸いです。 

(笠原正嗣)


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01【鼎談】松岡正剛×日玉浩史×矢萩邦彦『震災と日本のフラジリティ9』


(『震災と日本のフラジリティ8 』)


日玉浩史(以下、日玉):ちょうど陸前高田の一番ひどいところを写真を撮っ
てウロウロしていたんですが、ちょうどお寺さんがやられ
ちゃってて、そこにあった色紙だと思うんですけど、それ
が落ちていて、「妙言無古今」って書いてあって、良い言
葉って言うのは過去も未来も残っていくというか。要する
に、ああこれしかないんだって、残せるものって言葉とか。
結局、その廃墟の中で見たときに、なんて根本的になんに
もできない存在なんだって気はしたんですけど、一方で妙
言無古今という言葉自体が残っていたりするのが、、、


松岡正剛(以下、松岡):それは日玉君が着目したこと自体はできていること
なので、それを一個一個伝えていった方が良いですよ。そ
れは他の人が同じようにその場所を通ったとしても見いだ
せないモノなのかもしれないから。


日玉:そうですね。やっぱり何かをつくんなきゃダメだな。


矢萩邦彦(以下、矢萩):小学生とかにもどう伝えたら良いのか微妙で、成績
がトップな連中は家族みんなで西に逃げちゃったり、海外
へ行ったり。


松岡:それね、小学生とか、ボランティアとか、地域の人
とか、そういう大づかみじゃなくて、小学生の中の"この子"
という風に発見していくしかないと思う。それで良いと思
います。一人でも、三人でも構わない。その人たちと、ボ
ランティアと、みんなとが組み合さったものっていうのは
今までにないものだから、、すでに。どのカンパニーにも
ないもの、どの会社にもないものですよ。二人が出会って
作り上げていく、創発的な人の繋がりの何かなわけです。


日玉:ホントに思ったのは、対話から始めないと。対話が
どれだけできるかということだと思うんですね。


矢萩:そうなんですよ、ズレた時に落ち込んでいる場合じ
ゃないんですよ。こないだ小学生が「結局何人死んだの?」
って質問をしてきた。「それはわらかないけども、発表で
は2万8000人くらい」という話をしたら、「じゃあ、自殺し
ている人の方が多いじゃん」というんですよ。


日玉:よく知ってますね。


松岡:10万人超えてるからね。


矢萩:じゃあ、そういう子にどうアプローチするのかとい
うのが僕の中で課題になっています。


松岡:あのね、それもすごく矢萩君にとって大事なことだ
けども、どういう小学生がいるかにもよりますが、矢萩く
んが何かしようとしているものにエリシットされたという
か、エヴォケイトされた側とバンバン、たとえその子が5
歳であれ、13歳であれ、組んじゃった方が良いと思う。そ
れから、難しい子たちもいっぱいいますよね、音がこう
ブぉ~~っとするだけで怖かったり、ドキュメンタリーを
みているだけでは、おねしょをする子がドンドン増えたり、
もちろんそれをどうしたら良いかは大事だけど、そっちで
はなくて、やっぱり矢萩君、日玉君の動きに触発された側
で起こせることを早く作ったことが良いと思う。それが新
しい発見になる。


矢萩:逆の方ばっかりに目がいっちゃうんですよね。

松岡:そうだね、全員そうならざるを得ないと思う。あの
ね、条件を考えると、大手町中なんてパソコン尻拭いしな
いわけだし、持ったこともないし、スタート切れないです
よ。だから、でも、やりたいっていう、そこから始まって
るわけで、だったらそんなことは簡単に教えられます。だ
けど、そこで一回引っ込んじゃった人にはね、中々この時
期新しいものは、少なくとも何か作ろうとすると無理です。
だけど、彼らは観客としてすばらしいものになったり、今
までのオーディエンスではないものを創ったり、新しいワ
キになったり、脇連れになったりする可能性があって、だ
から誰を主人公にするかというのは、メインの問題が深い
ところではないところからスタートしないとダメだと思う。
問題は、騒然と起こったわけだから。


矢萩:そうですね。


日玉:うん。


松岡:歴史的に巨大なものが起こっているわけで、誰も世
界中で体験していないわけです。この後ね、福島がどうな
ったかによるけれども、まだまだありえるわけで、もっと
難問が出てくるから。


日玉:今後、もっと色々出てくると思うんですよね。うん。
そういう意味では、さっきの話に戻りますが、大きなプラ
ン、こうなりうるというリスクをある程度考えた上で、そ
こで何をするべきかっていうのを。


松岡:そうですね。それに対、匹敵しえる部分を作り上げ
ないと。


日玉:そうそう、そうなんですよね。だから、ある程度は
大きく想定して、ここからっていうのをはじめていかない
と。ホント動かないとどうしようもないと思います。


(写真=安田菜津紀)

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02【特集】安藤理智『ブレードランナー 夢の舞台を駆け抜ける』


 南アフリカ代表のオスカー・ピストリウス(25)。先
天的にすねの骨がないという障害を持って生まれ、生後わ
ずか11ヶ月で両足の膝から下の部分を切断した義足のラ
ンナー。トレードマークでもある両足のカーボン製義足が
ルール違反に当たると判定された逆境をも乗り越え、夢の
舞台にやってきた。


 陸上競技に目覚めたのは2003年。ラクビーで膝を故
障し、リハビリにランニングを取り入れたのがきっかけだ。
それからわずか1年後、アテネパラリンピック出場を果た
すと、200mで金メダル。2008年の北京では100m、
200m、400mの三冠に輝き、「ブレードランナー」の
愛称とともにその名は全世界に知られることになった。


 本来は健常者によるスポーツの祭典であるオリンピック
で走りたいという彼の夢に立ちはだかったのが義足の可否。
「義足が推進力を生み出している」として国際陸上競技連
盟が不認可。さらにはスポーツ仲裁裁判所の裁定を経て出
場が可能となったものの、北京では参加標準記録を突破す
ることはできなかった。


それから4年。彼は男子400mの参加A標準(45秒30)を突破
し、夢の地でもあった五輪を駆け抜けることになった。

予選では45秒44で1組2位。8月5日、男子400m準決
勝第2組に姿を現すと場内からは大きな歓声。結果は46秒
54の組最下位となり、決勝進出はならなかったが、彼の健
闘は観客だけではなく、同じレースを走った選手達からも
尊敬を込めて讃えられていた。


五輪終了後のパラリンピックに、また彼は戻ってくる。
200mの三連覇なるか。

(写真+文=安藤理智)


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03【告知】08月11日矢萩邦彦 鏡明塾『江戸時代の文化』『平和への怪談~霊と妖の構造と機能』

鏡明塾

08月11日に横浜で鏡明塾が行われます!

[一般]17:05~18:50『江戸時代の文化』
[中高]19:05~20:50『平和への怪談~霊と妖の構造と機能』


★全ての講座とも先着20名とさせて戴きます。
(単発で受講されても大丈夫です)

・神奈川県民センター(神奈川区鶴屋町2-24-2)
 「横浜駅西口」より徒歩5分
http://www.pref.kanagawa.jp/osirase/02/0051/center/access.html

参加費用は各コースとも一般・大学生2500円、中高小学生2000円(会費・教材費)です。 (※中高生が一般コース、一般の方が中高生コースを受講することも出来ます) (※参加費は当日お持ちください。振り込み希望の方はお申し出ください) 申し込みはメールにて承ります。
タイトル【鏡明塾予約】日付・コース・名前(参加希望者全員分) で
yahagi.sa@gmail.com
までお願いします。ご要望、ご質問等もこちらまで。
では、みなさんの御参加、お待ちしております!


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04【告知】8月29日 安田菜津紀・佐藤慧 KnK写真展 2012「岩手 この空の下、明日への道を探して」


KnK写真展 2012「岩手 この空の下、明日への道を探して」、
8月29日(水)より大阪堺市にて開催です。
9月2日(日)にKnKスタッフさんとギャラリートークをさせていただきます。

詳細・お申込み先はこちら→ http://www.knk.or.jp/ev/12/ev120828.html

日時:2012年8月29日(水)~9月5 日(水) 9:30~17:00 ※入場無料
会場:ソフィア・堺 小ギャラリー
〒599-8273 大阪府堺市中区深井清水町1426 ソフィア・堺内 小ギャラリー
TEL 072-270-8150  【泉北高速鉄道深井駅 徒歩12分】

■ 9月2日(日)ギャラリートーク
□ 10:15~11:50 映画 「すぐそばにいたTOMODACHI」 上映会
             監督:セシリア亜美 北島/ドキュメンタリー 
□ 13:00~14:30 ギャラリートーク 「子どもたちの今を見つめて」
             フォトジャーナリスト:安田 菜津紀、 
             国境なき子どもたち:清水 匡
□ お問合せ 堺市市民人権局人権部人権企画課
         TEL:072-228-7159  FAX:072-228-8070  
         Email:
jinkenki@city.sakai.lg.jp  


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05【告知】9月8日 安田菜津紀 トークライブ「All Loving for2012」


9月8日(土)愛媛県松山市キャメリアホールにて、
安田菜津紀がAll Loving for主催イベントのトークゲストとして参加させて頂きます。
よろしければぜひお越し下さい。

詳細→http://bit.ly/O9dMc8
 
日時:9月8日(土)14:30?
会場:松山市総合コミュニティセンター(愛媛県松山市湊町7丁目5)
   キャメリアホール・センター正面広場・コミュニティプラザ
   
http://www.alllovingfor.com/%E3%82%A2%E3%82%AF%E3%82%BB%E3%82%B9/


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06【告知】9月9日 安田菜津紀 トークライブ『写真で伝える世界の“今”』


9月9日福岡にて、安田菜津紀が『写真で伝える世界の“今”』でトークライブををさせて頂きます。
会場にカンボジアの写真も展示予定です。お時間のある方はぜひお越しください!入場無料です。

【詳細】http://goo.gl/vwgTA

日時:9月9日(日)13時~16時10分(13時受付開始)
会場:西鉄ホール≪福岡市中央区天神2-11-3 ソラリアステージ6階≫
主催:JICA九州  
共催:ラブエフエム国際放送(株)


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07【後記】『それぞれのアウラ』


 安藤理智がタイのオフィシャルカメラとしてオリンピッ
クに行って参りました。日本人である安藤がタイのカメラ
マンとして参加すること自体が全くもって一回性の、比類
無きケースですから、その視点から見る日本選手の写真な
ど僕もとても興味をそそられました。しかし、全てのジャ
ーナリストやカメラマンのそれぞれの体験は、喩え似通っ
ていたとしてもそれぞれに違うわけで、全ての視点は独自
のものだとも言えます。どんな視点だって唯一無二なんで
すね。そこから「私」を切り離して一般化、客観化するジ
ャーナリズムを湯川秀樹氏は無責任だと否定しました。伝
える人間がそのアウラをどう考えるべきなのか。果たして
客観的になど伝えうるのか。そう見せるために何かを犠牲
にしていないか。誤魔化していないか。そういう自問の先
に、ジャーナリズムの未来があるような気がしています。

来週からアフタモードより、安藤理智・笠原正嗣・矢萩邦
彦がロンドンパラリンピックを取材します。環境が許せば
現地より速報をお送りしたいと思います。是非ご覧戴けれ
ば幸いです。

(矢萩邦彦)

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編集  矢萩邦彦 笠原正嗣 佐藤慧
執筆  矢萩邦彦 安藤理智 安田菜津紀 笠原正嗣 佐藤慧 水野清仁
発行  株式会社スタディオアフタモード
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AFTERMOD E-PRESS 【vol.0058】 (2012年07月16日号)

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00【巻頭】『忘れないと思ひ出す』
01【鼎談】松岡正剛×日玉浩史×矢萩邦彦『震災と日本のフラジリティ8』
02【特集】佐藤慧『今を生きる』
03【告知】安田菜津紀『ソトコト9月号』
04【告知】佐藤慧『ザンビアスタディーツアー締切間近』
05【後記】『未来への傷跡』

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00【巻頭】『忘れないと思ひ出す』



 「あの日を忘れてはいけない」。みなさんもこんな言葉をここ1年聞くことが多かったと思います。そして、忘れてしまっていたことに気付き、罪悪感を感じてしまう人もいたのではないでしょうか。でも、人間というのは忘れてしまう生き物です。だから、時々思い出してみる。そして何でも良いと思います。あなたが想い出した時にちょっと3.11の話題を友人にしてみて、もう一人想い出した人を増やしてみる。もうちょっと踏み込んで、今活動している方に寄付などの支援をもう一度してみる。続いてきた過去から今にバトンを送ってみる。今回のE-PRESSが、みなさんにとってのそんなきっかけになれば幸いです。 
(笠原正嗣)


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01【鼎談】松岡正剛×日玉浩史×矢萩邦彦『震災と日本のフラジリティ8』


矢萩邦彦(以下、矢萩):僕がもう一つやらないといけないと感じているのが、「忘れないためのシステム」を作らなければ、ということです。自分たちが経験したことですし、なにより僕たちの時代に起こったことだから、せめて自分たちが生きている間は忘れないことで、漠然とそれが平和につながるんじゃないか…… って言うとちょっと抽象的になるんですけどね。僕はライフワークとして塾や予備校で仕事をしているのですが、授業で戦争について教えようとしたときすごく戸惑ったんですね。自分が戦争を経験していないので。それで、戦争を体験された方にお会いしたり、インタビューしたりしたのですが、それでも漠然としている感があって、それを伝えることはもっと漠然としちゃう。だから生徒にも伝わりきらないところがあるんだろうなと思っていたんですけど、今回この「生きる・死ぬ」という問題が同じ時代にバッと自分たちが生きていることと同時に起こって、これをなんとか記録して忘れないようにしておくことで、社会が良い方向に進む可能性があるんじゃないのかなって考えているんです。そのために何をしたらいいのかって言うことを、今すごく悩んでいます。


松岡正剛(以下、松岡):それはね、やっぱり歴史的現在のめったにない裂け目に我々は立ち会っているんですね。だから、やっぱり僕たちは多重対応者にならないとダメだと思うんだよね、忘れないためにも。


矢萩:多重対応者ですか。


松岡:はい。一つの被災とか、物資とか、救援というものをものすごくたくさん、多重に組み立てたのを、こうアルスコンビネーターとか、メディエイターというか多重解釈力を持った人になっていく以外ないと思う。だからそれは戦争は体験していないけども、ハンニバルもチンギスハーンも、ディアギレフも我々は体験していないわけだから、そんなの別に構わないのよ。だからもっとたくさんにしちゃえばいいわけ、これに合うものを。これに匹敵するものを。ただ、その中に重なれば重ねていくほど東北の持っている掛け替えのない独自性や掛け替えのない負というのも登場するわけで、やっぱりポーランドの復興と東北の復興はどこか違うわけ。だけど、ポーランドの復興を僕も体験していませんが、だからといってそれを持ち出せないわけではないと思うんです。で、これを溢れるように提供できるものになっていかないとダメだと思う。


矢萩:なるほど。


松岡:それは江戸時代のことでも良いし、蝦夷の時代でも良いし、渤海との交渉でも良いし。


矢萩:つまり、「忘れないためのシステム」に自分がならなければいけない。


松岡:そうです。


矢萩:そのシステムを、そういう人を、アルスコンビネーターを増やしていくということですよね。


松岡:そう。で、しかも記憶とか、かけがえのない体験として忘れがたいためのものにするには、どうしても「独自の体験」というものがベトナムにもあったし、第二次世界大戦にもあって、それを体験していない人が外されていくじゃない。それを超えるものに切り替えておかない限りは、やっぱり分裂・分散ばっかりが起こっちゃうんだよね。あなた方は知っていないことがあるでしょう、ってなって、私は今ここを知ったっていうことを持ち出して、常にそこと亀裂が起こっていくから、最初からアナロジーをものすごい増やしておいた方がいい。


日玉浩史(以下、日玉):意味を重ねて、多様化じゃなくって、多重化ですよね。多様な場面をひとつに集めて持って保持していける。


松岡:かつ、二人に期待したいのは、その多重なものを通して、シンプルな、能舞台のような本当にホリゾントに何もないところでそれを演じるというか、プレイする、演出するということを発見して欲しいし、やっぱり今回のことで一局の複式夢幻能に代わるものができたら、それはそれですごいことですよ。救援も大切なんだけど、それを通してそういうものが生まれればね。


日玉:ちょうど京都に行ったんで、楽吉左衛門さんの美術館に行って、奥さんにもお会いしたんですけども、佐川美術館のスペインとかフランスとかで開かれたときに見たモノも、ほんと楽さんが体験してきた人間的な生なものが凄い見えるんですよ。楽家の当主ではないところで作っていて、それがお茶碗だからシンプルなんですがそこにものすごく凝縮されていて、


松岡:あの発見が大きいんだよね、楽さんは。


日玉:だからそういうもの、表現とか文化として何かしら残していく、記憶として何かしら残して良くのは文化だなぁと。何かしら文化的なもの、そこじゃないと芸術とかって意味がないんじゃないのって


矢萩:アリストテレス的ですね。


日玉:図学的というのもあるしね。僕、京都に行く直前に仙台フィルのチャリティーコンサートに行ったんですけど、それがまたすばらしくて、オーガナイズしたマネージャーの方がまた驚いていて、東京のプロの人も入ったんですが、本人も驚いていて、とにかくここまでできるんだ、って。その曲をやりながら、何のためにするのか見直したと言ってました。やっぱり人のためにやっているんだ、自分の技術のため、うまくなるためじゃなくて。やっぱり音楽の方でもいわゆる道徳みたいなものがここで立ち上がったっていう、そこをどう保持するのか、やっぱり人間の根本というか、悲しいところは、忘れちゃうということで、でも忘れないと生きていけないということもあるし、でも結局こういうのを目の当たりにすると、人間の存在を裏打ちしているのは、そういう悲惨なもの、その裏には悲惨さがものすごくあってどう引き受けるかっていうのを、楽さんの焼き物とかで見た感じがして……。


松岡:それを東北の中に発見して、語って、形にして行った方が良いですよ。アウシュビッツのピアノコンチェルトはやっぱり普通じゃないわけですよ。仙台フィルだって違っていたと思うんですよね。それが瓦礫で焼き物を焼くなって言う人がいるかは知らないけど、なんでもありうると思う。それから、ああいう廃墟と化したところというものは、僕らはあんまりみたことがない、阪神とも違うし、スマトラとも違うし、チリとも違う。それで、なんかものすごい千年とか一万年とか十万年の退積がの海浜部にババババッと瓦礫のようになったわけですよね、しかも残るものもあって、使えない船もビルもすべてね。あれって原爆とも違うわけですよね。でも。あれを何かと問うまでの力が我々の方に足りない。


(写真=安田菜津紀)

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02【特集】佐藤慧『今を生きる』


 友人から貰った大切な言葉に「今を生きる」というものがある。


 実際にはラテン語の「Carpe Diem(カルペ・ディエム)」という言葉として耳にした。この言葉は、古代ローマ時代に、南イタリアの詩人、ホラティウス(Quintus Horatius Flaccus)によって書かれた詩から今に残るものである。
「今を生きる」とは、ともすれば、この瞬間さえよければ良いという享楽的、刹那的な生き方を示唆しているようにも響く。しかし、その本当の意味はもっともっと深淵なものであると僕は信じる。


 原型のラテン語を見てみよう。「Carpe」とは、「Carpo=(花を)摘む」の命令形、つまり「(花を)摘め」という動詞だ。この動詞を耳にした時、その目的語に来るものとして普通に想像する単語は「花」だろう。しかし、続く目的語、「Diem」は「日」という意味である。


「その日を詰め」とはどういう意味か。ホラティウスのこの詩は、その全文を読んでみると、生の儚さ、死への哀愁といったものを真正面から詠いあげているように見える。


―――時というものは早足に逃げていく、明日が来るなんて、誰にも確かではない、だからこそ、今日という日を大切に、命という花の、その花弁の色彩、蜜の甘美な香りを楽しむように、瞬間瞬間を心行くまで生きるがいい(詩の後半を筆者意訳)
 ※原文に興味の在る方はネット上、書籍でも多く出まわっておりますのでご確認ください。


人生の日々を一輪の花に例えたその詩からは、遥か過去に亡くなった偉人から、現代に生きる僕たちに対しての、魂を賭したメッセージが込められているように感じる。この文面をそのまま受け取っては、やはり瞬間の享楽を追求し、刹那的に生きるが良しと言っているようにも思えてしまう。だが、ここではその裏にあるメッセージを読み解くことをしたいと思う。


同じく瞬間の切なさを説く「光陰矢のごとし」とは日本にも伝わる言葉だが、その意味するところは、ただ単純に抗うことの出来ない時の経過を嘆いているのではない。そのように、自分というちっぽけな命を越えて宇宙の理(ことわり)というものが存在する以上、その無常を享受し、瞬間の命に意味を見出すことを示唆するものだ。


 人は今を生きている。それは、今この瞬間さえよければ全て良しということではない。過去が「今」の積み重ねであったように、未来もまた、「今」という瞬間が連綿と続き、その糸のようにか細い瞬間の一本一本が織られた末に描き出される模様なのだ。すなわち、「今を生きる」ということは、生体としての個人を越えた、大きな大きな命のサイクルを、宇宙の流れの内を生きることなのではないか。


 未来を搾り取るようにして、この先に続く道から目を背けるようにして、「今を生きる」ことは出来ない。過去から続き、未来を描く模様の一端としてこの瞬間を生きているのだということに気づくことが、今日という日を花開かせるのだ。
あなたは今日、どんな花を咲かせ、摘んだのだろう。そして明日は、明後日は。沢山の豊潤な花束が、世界を埋め尽くす日を願って。

(写真+文=佐藤慧)



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03【告知】安田菜津紀『ソトコト9月号』


『ソトコト』9月号内に掲載されていますソトボラ新聞の中にて、安田菜津紀が東北支援につながるKIプロジェクトの”チョコボ”、東北写真展を巡回させる「みちのくcaravan」立上げ人の島田悠司くんインタビューを担当しています。ぜひ御手に取ってご覧下さい。http://www.sotokoto.net/jp/latest/?ym=201209



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04【告知】佐藤慧『ザンビアスタディーツアー締切間近』



 佐藤慧が担当させていただいておりますアフリカ南部【ザンビア共和国】へのスタディーツアー申し込みの締め切りが迫って参りました。首都、ルサカでの経済発展の影にあるHIVエイズや格差の問題、農村部での深刻な環境破壊など、現在アフリカの抱える様々な問題に目を向けると共に、田舎での素朴な生活から、自然と人間との関わりを学ぶ生活体験、世界三大瀑布のひとつ、ビクトリアフォールズや、身近なナショナルパーク散策。共にツアーに参加する仲間と現地で語る貴重な時間。9月後半に予定の空いている方は是非、お待ちしてます☆ 

詳細→ http://www.jeps.co.jp/africa/satokei_studytour.html



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05【後記】『未来への傷跡』


 アフタモードという名前には、過去への畏怖とリスペクトが込められています。未来を願うことは割と簡単に出来ますが、その時に過去から学び、活かすことが出来るかどうか。それは如何なることにも通じる方法なのではないかと思います。忘れないこと、大切にすること、そのために記録をすることは自分の経験を次の世代の糧にする可能性を生みます。アフタモードプレスでは、そういう記録をインターネット上に残せれば、と願いつつ、また、次号でお目にかかります。
(矢萩邦彦)



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編集  矢萩邦彦 笠原正嗣 佐藤慧
執筆  矢萩邦彦 安藤理智 安田菜津紀 笠原正嗣 佐藤慧 水野清仁
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AFTERMOD E-PRESS 【vol.0057】 (2012年07月04日号)


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00【巻頭】『所属と経験と区別する必然性と』
01【鼎談】松岡正剛×日玉浩史×矢萩邦彦『震災と日本のフラジリティ7』
02【特集】笠原正嗣「マンダラ発光展@gggを見て」(後篇)
03【告知】安田菜津紀 『高校生無料チャレンジ枠の参加者』決定!
04【後記】『境界線は何のため』

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00【巻頭】『所属と経験と区別する必然性と』


「学生か、社会人か」と言う区分は多くの場合それほど意味はないと思いますが、経験値で言うと、学生だった経験があるかどうか、社会人として会社に属した経験があるかどうかでは考えや行動の違いがある程度明確に出てきてしまう気がします。もちろん、一長一短ではあるのですが、どちらも経験しているのは大抵社会人ですから、説得力においてはどうしても分があります。しかし、かつてヒッピー達が「Don't trust over thirty」と叫んだように、経験してしまうことで失われることもあります。大事なことは、どちらにも良いところと問題点があると認め合って、志が同じなら年齢や経験に囚われずに協力し合うことなのだと思います。今回は、引き続きの鼎談『震災と日本のフラジリティ7』と、笠原正嗣による『マンダラ発光展@gggに行って』の後編をお届けします。まさに曼荼羅的に展開し凝縮する鼎談が、皆さんの生活ともリンクして、思いがけない気づきに繋がれば幸いです。部分には全体が宿っています。

(矢萩邦彦)


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01【鼎談】松岡正剛×日玉浩史×矢萩邦彦『震災と日本のフラジリティ7』



日玉浩史(以下、日玉):そうそう、最初めんどくさいなと思ったのは、「こういうような目標へ動かすぞ」っていうことになったとき、あんまりにも経験のない人が入っていると、ボランティアでせっかく集まったお金を被災地の人に全部送らなきゃとか、実際自分たちも経費とか要るにも関わらず、自腹でやらないといけないとか言い出しかねない人が出てくるじゃないですか。それってめんどくさくないですか。


矢萩邦彦(以下、矢萩):散々もめました……(笑)


日玉:そこはそこで早急に動ける体制を作りながら、実働部隊は学生たちも含めて、こんなの経験ない人たちも含めて、というかこれだけの規模で経験がある人を集めることは無理なんだから……。


矢萩:誰も経験なんてないですよ。少なくとも今回の震災は誰もが始めて経験したものです。以前のものとは違う。


日玉:うん、そこで経験していって、スキルも身に着けていくしかないわけですよね。


矢萩:それで難しいなと思ったのは、ボランティア活動に従事するとその分単位を付与すると大学が発表したじゃないですか。そうしたら、僕らの仲間で行っている学生たちも「単位のために来ているんじゃないの」って言われるようになったって言ってました。


日玉:あぁ…… それ、ひどいですね(笑)


矢萩:「君らが来てるのは就職のためなんじゃないの?」ってことですね。確かに就職のためにやっている連中がいるのは間違いないんですね、学生団体の中には。でも、そうでない人達まで言われてしまう。


松岡正剛(以下、松岡):だからさっきのお話と同じで、既存の価値に戻さないで、制度で単位があるだとか、日給があるとかでなく、別の、ポリロール型の新しい価値が発生しないとダメなんですよ。


日玉:そこがやっぱり時間の考え方を変えるべきところで、すぐに何か帰ってくることを期待するのではなくて、行く人間も1週間とかある程度の期間行って、腰を据えてみないとわからないぞ、という姿勢ができていないと難しいですよね。


松岡:二人が、ISIS編集学校みたいに番匠とか別頭とかそういう新しいロールを創ちゃって良いんですよ。既存のものだと、単位とか日給とかになっちゃうから、そういう気になっちゃうし、既存のものの方がなじんでいる分それに負けちゃうんだよね。それしか知らないから。番匠ってなんですか、別頭ってなんですかみたいなもので、それはあなた方が創りだすものだとしか僕は言っていないわけですよ。それが社会の中にちょっとずつ生まれる以外にないんですよ。


日玉:矢萩さんのところにいる若い子といたときに、彼らが言っていたのは「入りにくい」ということで、NPOのバッヂとか付けていくと、売り込みとか、売名行為とかに思われてしまうことがある、やっぱりヒトとヒトとが繋がるにはどうしたら良いのかということに悩んでたんですよね。だから「そんなの外しちゃえば良い」って言うと、戸惑うんだけど、結局のところ人と人のことだから、まず行くことが重要だし、なんかそういうことで障害になっちゃうなら取っちゃって、名前くらいはわかるようにしておけば良い。


矢萩:そうなんですよね。臨機応変に動いてくれて構わないんですよ。こちらも信頼して送っているんですから。


日玉:そうそう、彼らもドンドン経験を積んでいって対応の仕方をわかってくると思うんですが、そういうことがとにかくたくさん起こっているので、ある種のシステムみたいなのができていくと良いと思いますね。


◇◆◇


(松岡さんが別の方と談話のため一旦席を離れる。日玉さん、矢萩さんは現場の状況を編工研の方に伝える。)

◇◆◇


日玉:とにかく現場はすごいですよね。ヒトを現場で育てないといけない感じ。


矢萩:行けば良いというわけではないんですが、行かないとなんにも分からないという所も大事なんですよね。。


日玉:僕はブリュッセルに帰ってやれることをするんだけど、一応矢萩さんとやり取りしながらやろうということになっています。


編:二人が行かれてどういうことを感じられたのか、ぜひ直接伺いたいなと思っていたので、隔靴掻痒の感じとか。なるほどというか。


日玉:ほとんど戦場とか言われますけど…… その通りですよね。


矢萩:ああ、世紀末ってこういう風に来るのかって思いますね。


日玉:ホントに避難所の状況とか、ものすごいやっぱり生な感じのものが出てくるので、若い子はキツイなぁと思いつつも、向かい合っていた方が良いよねって。あと日本の特殊なケースだとは思うんですが、物資がドンドン入ってくるんですね。


矢萩:物資の種類によりますが、陸前は余っているくらいです。


日玉:それで良いのかというと良くないんです。まだみんな避難所にいるし、さっきのはなしでもあったように、炊き出しをやめたらバーッと涙が出てきたというのみたいに、モノと時間ができてくるとそういう気持ちがドンドン出てきちゃう。その時のケアってこわくて、今状況が変にドンドン整っちゃっているんですね。僕はそこが心配で、はやくケアするために、例えば素人の人でも良いからそこにいって、やる気がある人がいけばなんとかなると思うんです。話を聞くだけでもっていうじゃないですか、そういう人たちが少なくとも1週間単位でそこにいられるという状況が必要で、その為には指揮系統がいりますし、それこと単位を認めるような制度も必要なんだけども。


編:ダイレクトな支援が必要になるんですね。


日玉:それも必要なんです。同心円状にというか、中間支援の話も出ましたが、外もあって、物資を中継するといった周りで具体的な直接につながれるような、で今日、京都から帰ってきたんですけど、京都あたりだと距離もあるんで支援したいという人もいるんだけど、自粛はしないで経済回していこうという、でもその人たちがうまくちゃんと何が起こっているのかという連携が取れていれば、自粛やめちゃったってそれをルーティン化してくと忘れちゃうということになる。でも、国難であるからには、そこもつなげていかないと。


(写真=安田菜津紀)

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02【特集】『マンダラ発光展@gggに行って』(後篇)


 前回は、杉浦康平さんの演出は観客がしばらくじっと見つめておかないと「マンダラ発光」というタイトルの意味が分からないということを示唆して終わりました。ではこのマンダラ発光とはなんなのでしょうか?


 いきなりですが「補色残像」という現象をご存知でしょうか? 


ネットなどで検索すればYoutubeあたりで体験できると思いますのでぜひ試してみてください。とても面白いですよ。ゲーテの『色彩論』で指摘されていますが、簡単に言うと、ある色に対する「目の対応」の一種です。人間の目は、同じ色、特に強い色(例えば原色)をずっと見続けていると目の方がその色を嫌がって中和するんですね。目が反対の色(補色)を出して、刺激を緩和してから脳に情報を送るそうです。ネットで体験できるものだと、まず写真のネガみたいな映像の一点をじっと30秒くらいジィ~っと見せられます。そして突然輪郭が同じ絵のモノクロ画像にパッとすげ替えるのが一般的のようです。そうすると、モノクロ画像なのにフルカラーに見えるという不思議な体験ができます。意味が分からないですか? では、百聞は一見に如かず、Youtubeで「補色残像」と検索してみましょう!


[例:補色残像]

http://www.youtube.com/watch?v=FOYDKrq3Auk&feature=related 。

どうでしたか? 面白いでしょう? さて、話を戻します。この現象と曼荼羅の何が関係するのかと言いますと、曼荼羅は補色残像の逆をやっているようなんですね。曼荼羅基本的にとても色がハッキリしています。そして、中心に仏さんがいる場合が多く、大抵の人はそこにいる仏の顔を見ます。中心に目が行ってしまうようにできていると言っても良いでしょう。アフォーダンスです。中心の仏さんと目があったら、チラチラ周りの仏さんや図形を見ない。とにかく、中心を見続けるんです。補色残像の映像もまずは一点を見せ続けます。これは同じところを見ることで、網膜に映像を焼き付けられ、それに対処するために目が補色を出すわけです。太陽のように強い光を目で直接見ると残像ができますが、カメラのフィルムも同じですね。ネガから写真のポジが生まれるのもある意味必然なのかもと思います。マンダラは世界を写したまさに「写真」だったのかもしれません。


 もともと色というのは人間の記憶としてはあんまり大切ではないらしく、どちらかという人間の頭の中で作ってしまうこともあるようです。セピア色やモノクロがなんとなくノスタルジックな印象を与えるのもおそらく色が落ちていく過程と関係があるのではないかと僕は睨んでおります。話が長くなるので、この話はまた別の機会にでも。


 でも、毎日見続けたら細部まで頭に記憶され、まさに網膜に曼荼羅が焼き付くこともあるでしょう。そうなった状態の人がふと、夕方、夜、月灯りの元、曼荼羅を見る。頭の色と目の前にあるマンダラは光の関係で別の色です。そのギャップが補色残像もどきの現象を起こさせたのではないでしょうか。


 僕が杉浦さんの演出で体験したことを書いてみましょう。手元に前回紹介した「マンダラ発光―杉浦康平のマンダラ造本宇宙」があるとイメージしやすいです。
 朝~昼ライトの状態でまずマンダラを直視すると網膜に図像が焼き付いていきます。目に図像が焼き付いた状態でライトの光量が落ちて夕~夜~深夜の状態になっていくのをイメージしてください。このとき、色の勢力図が変わるんですね。黄色と黒は補色です。本来なら踏切や工事現場のように混じることなく遠くからも認識できますが、黒かった円の部分が黄色だけの画面になったりしました。赤い焔に包まれる緑色の不動明王の全身像。緑と赤は補色です。でも、まるで炎が不動明王の身体を焼くかのごとく、炎の赤が不動明王に襲い掛かり、顔以外炎に包まれて見えたり、そうかと思うとさらに光量が段々落ちて、そこがパッと真っ黒になる。ふと気づくと、他の周りの仏の先がが青白く発光し始めていました。最終的に夜のライトのときは、マンダラの色が落ち、紺色ベースの絵(月明かりが差し込む夜の部屋をイメージしてください)となり、昼の時には全く細部なんて見れなかった中心を囲む小さな仏の輪郭が輝き始め、どこにどんな仏がいるのかパッと光るアウトラインで描かれる仏の世界が目に飛び込んできました。否、目の中に広がっていたという表現の方が正確かもしれません。幾何的な図の重なりは太陽光の加減で強調されるものが異なります。昼は平面的な図だと思っていても、夜にはアウトラインが発光した状態になるので、線の方が強調されます。中心に向かう線は空間的な印象を与え、奥行きが生まれます。ボロブドゥールなどは真上から見たら曼荼羅に見えますが、遺跡でもあるのでその間を歩けるようになっているという話を聞いたことがありますが、実は絵画の曼荼羅もそういう仕掛けがあったのかもしれません。


 手元に資料がないと、何を書いているのかさっぱりわからないかもしれません。でも、非常に稀有な体験をさせていただけたことだけは断言できます。展示されていたものは20ほどあり、いくらでも書くことはあります。ですが、言葉では説明しきれません。ぜひ、みなさんも光量を自動調節できるようなライトと、本を手に入れてお試しください。

 本当に、マンダラがこういうことを意識して作られたのかはもちろん謎です。今じゃ画面が勝手に色を出して光るテレビゲームやケータイ電話だけが増えてしまっていますが、昔は目に焼き付けるというようなことも遊びの中にありました。例えば影法師は好例と言えるでしょう。「ちいちゃんのかげおくり」って物語ありましたよね? 今見るととんでもないタイトルですが、僕はふとこの話を思い出します。


 本来こういうマンダラ発光の体験は、長年対峙していないとできない体験でしょう。それをインスタントに体験させてしまう仕掛けを作ってくださった杉浦康平さんに改めて感謝!!
(笠原正嗣)


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03【告知】安田菜津紀 『高校生無料チャレンジ枠の参加者』決定!


たくさんのご応募誠にありがとうございます。
お陰様をもちまして、カンボジアスタディツアー「高校生無料チャレンジ枠」の参加者が決定致しましたことお知らせ申し上げます。

◇福田 純さん(ふくだ じゅん 大阪市門真市 17歳 男子)
◆釜石 望鈴さん(かまいし みすず 岩手県大槌町 15歳 女子)
◆安藤すみれさん(あんどう すみれ 宮城県柴田郡 16歳 女子)

レポートも力作揃いです。
詳細はまた追ってご連絡させて頂きます。
http://ameblo.jp/nyasuda0330


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04【後記】『境界線は何のため』


様々な環境と様々な主体と様々なオブジェクト。この世界の縮図として描かれた曼荼羅には、あらゆるシーンとあらゆる登場人物が象徴的に描かれています。誰もがその中にいて、その物語はすでに描かれています。アンドレ・ブルトンは『シュール・レアリスム宣言』で潜在意識に境界線を引きましたが、それは境界で差別したのではなく、差異をと存在を認める行為でもありました。時を越えて発光する曼荼羅は、僕らにどんな残像を見せてくれるのか。是非どこかで出会った際には、鏡のように覗き込んで見てくださいませ。では、また次号でお目にかかります。

(矢萩邦彦)


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編集  矢萩邦彦 笠原正嗣 佐藤慧
執筆  矢萩邦彦 安藤理智 安田菜津紀 笠原正嗣 佐藤慧 水野清仁
発行  株式会社スタディオアフタモード
     〒220-0072 神奈川県横浜市西区浅間町1-4-4 小泉ビル401
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AFTERMOD E-PRESS 【vol.0056】 (2012年06月18日号)

=index=
00【巻頭】『良き杖を手に力強く足を前に』
01【鼎談】松岡正剛×日玉浩史×矢萩邦彦『震災と日本のフラジリティ6』
02【特集】笠原正嗣「マンダラ発光展@gggを見て」(前篇)
03【告知】6月30日 佐藤慧「まさかの5人が大集合!~行動力のプロローグ」
04【告知】6月29日-7月1日佐藤慧「The Future Times写真展」開催@鹿児島大学
05【告知】矢萩邦彦×松永真樹『自分サイズの平和学?あなたの創造性を開花させる?』
06【告知】7月1日-15日 安田菜津紀『国境なき子どもたち写真展2012「岩手 この空の下、明日への道を探して」』
07【後記】『はじめる誠意とタイミング』

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00【巻頭】『良き杖を手に力強く足を前に』


 何事も、行動なくしては成し得ないものです。足を踏み出すことなくして、次の一歩は踏み出せません。しかし、ただ足を前に伸ばすだけでは、必ずしも次の一歩には繋がらないでしょう。その一歩にはどんな意味があるのか、覚悟があるのか。また、足を降ろしたその場所はどこなのか、どのような質感なのか。見ている景色には何が映っているのか、何を感じ、嗅ぎ、聴いているのか。自分の立ち位置と、向かっていく方向、このふたつの座標に対して、常に自分なりの解釈を求めなければ、闇雲にぐるぐると同じ位置を旋回しかねません。幸い、人間という生きものは先人たちの足跡を数えきれないほど記録し、編纂し、後世へと受け継いできました。その記憶は、あなたの思索の杖となることでしょう。しかし残念ながら、その受け継いだ知識の中には、これから先あなたが進むべき道を記した地図はありません。その未知の領域を切り拓くのは、あなた自身に他ならないからです。それでも、先人たちが悩み、失敗し、苦しんだ道というものを知ることで、その一歩を支える杖は研ぎ澄まされていくことでしょう。芸術、学問、宗教、ありとあらゆる文化は、その杖を逞しく鍛える滋養です。杖に頼りすぎるわけでもなく、自らの足を過信するわけでもなく、良き杖を手に力強く足を前に踏み出すこと、真摯に学び、大胆に行動を起こしていくことが、未来を切り拓いていくことでしょう。今回の記事もまた、あなたの旅のともとなることを願っています。
(佐藤慧)


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01【鼎談】松岡正剛×日玉浩史×矢萩邦彦『震災と日本のフラジリティ5』


松岡正剛(以下、松岡):互酬性というのは資本主義経済で潰されたわけですよね。だから、互酬性とは何かということは、心でもあるし、関係でもあるし、通貨でもあり、それが貯まるところ、置き換わるところの交換価値が分からないので、突然そういう心の中と炊き出しとがバシャーッと出会っちゃうわけでしょ、間がないから。


矢萩邦彦(以下、矢萩):互酬性の文化には、タイムラグみたいなものがすごくあって、貰ったらすぐありがとうではなくて、時間をおいて―― 1週間くらい通って「ありがとう」なんですよね。その違いをもっとみんなが理解して、違うんだぞっていう前提を持って行くのと行かないので全然違うんですよね。


松岡:編集学校ですら、普通の契約関係の話をし出した途端、付いて来られなくなる人が居る。それは、ちょっとした言葉づかいか何だかわからないけれども、そういうものすごく豊かな互酬性がある編集学校の中に普通の言葉を使えばさ、向こうの奥にある噴き出すものが噴き出すのは当たり前のことで、それはこっちのミスでもあるし、その程度で「互酬性を壊すのかよお前は」というその人の問題でもあるんだけども、そういうモノがもっと有事には出ますから。有事って何かって言うと、1つは物資が足りない。2つ目は情報が大きく不足する。それから、3つ目が人材がものすごく極端に沸騰する。4つ目が、時間が沸騰する。この物資、情報、人材、時間という4つの不足が有事の特徴なんですよ。もちろん一個一個クリアされないといけないものもたくさんあるんだけど、この4つを組み合わせた新しい社会モデルってなんだろうって考える。それが全部、今の既存の社会制度の中でものすごく細かくできているから、時間は賞味期限や四半期決算もそうだし、全部が決まっているところに問題があるんですよね。


矢萩:僕が今回関わっている中で、特に情報が軽んじられているな、と見えたんですよ。支援も、要は先に物資がありきだったり、決め打ちで送ってしまう物資がたくさんありました。本来ならニーズ調査をしてから必要なものを送るということを僕はものすごく当たり前のことだと思うのだけれども、でも「先に義援金や支援金を集めておいて、後からニーズ調査をして物資を届けます」ということに納得しくれない人達がたくさんいたんですね。先に使い道がわかってなければ募金はできない、と。本来ならニーズ調査をすることが当たり前です。ニーズが分からないままとにかく早く物資を送ることが当たり前と思ってしまっているこの枠組みは、いったいなぜこうなったんだろうと思いました。情報を仕分けする人が必要だっていう声に対しても、そんなことより瓦礫をどかす人や義援金の方が必要なんじゃないかと言う声がありました。


松岡:ありとあらゆるところで、編集力がズタズタなんだろうね。


矢萩:そうなんですよね。いかに編集力というものをみんなが軽んじていたのかということですね。


松岡:「ある」か「ない」かになっちゃったんだね。物資があるかないか、人材があるかない、時間があるかないか。そうじゃなくて、どうなるか、どう変わるかが描けないんだよね。


矢萩:単純な二項対立があまりに多いなと…… 例えば自粛の話もそうですけど、自粛するかしないかじゃないじゃないですか。何だそれって感じです。自粛って、何をどの程度するのかって話であって、何故「する」か「しない」かで争っているんだろうと。割とみんな真顔でやっているので。


日玉浩史(以下、日玉):そうだよね(笑)


松岡:しなくても物語が作れ、しても物語がね。両方から物語が生成されないといけないですよね。ただ、しないとなくなるんじゃないんですよ。したら負が生まれていくわけだから、そこに物語が生まれていくべきなのに、そういうものが出ない。


日玉:僕は物語の生成とかいうよりも、ずっと思っていたことは、人が動かないと物語は生まれない。


矢萩:そうですね。質が違う物語になってしまいますよね。


日玉:やっぱり情報をただやり取りするだけとか、こんだけのリサーチができましたというのも重要なことだとは思うんですよ。でも、いくつかのケースを見たんですが、リサーチ仕切らないと動けないという人が割と多くて、それは要するにリスクを負えないってことじゃないですか。じゃあ、どこまでリサーチし続ければ良いのっていうのはなくて、ドンドン被災地の状況は大変になっていく。特に避難所なんて……


松岡:逆に言えば、東電がそうだよね。これはリサーチしましたからこれで良かったんですが、あとは想定外ですと、どこかで切っちゃう。そうそう、それ多いでしょう。


日玉:多いんですよ。ここで見えないけど、動けっていう。


松岡:アブダクションがないんでしょう。


矢萩:そうですね。


日玉:はい、アブダクションで動けるかどうかなんです、全くその通りなんですよね。


矢萩:支援活動する人間も、そうなんですよ。自分にまだ実力がないから動けない。逆に、お前なんて今まで支援活動したことないくせに何でそんなに動いてんだ、みたいな批判があったり。そういうことじゃないわけでしょう。やっぱりアブダクションである程度動かないというのは、まさにだと思いますし、アブダクションがなければ編集の発動するタイミングというのがいつまでたっても訪れないと思うんです。


日玉:矢萩さんのところに若い学生が何人かいたんですけど、見てて、ものすごい現場に向き合うわけですよ、お年寄りの閉じた感じとか。今の大学で学生4年間やるよりも、あの場に2,3日いた方がよっぽど勉強になる。


松岡:それも大事です。それが有事が学習だいうのは大きい。


矢萩:最初日玉さんとお会いしたとき、「なんで矢萩くんは学生と一緒にやってるの?」みたいなことを言ってらしたんですが(笑)


日玉:いや、めんどくさいだろうなって(笑)


矢萩:めんどくさいんですけど、絶対に必要なんですよ。今は学生かもしれませんが、未来は学生ではないわけですから、結局年齢だとか学生か社会人かは関係なく真摯な人間が行ってちゃんと活動できる場っていものをもっとたくさん作らないといけないし。学生団体も自分たちが学生であることにこだわりすぎているんですよね。


(次号に続く)
(写真=安田菜津紀)

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02【特集】笠原正嗣「マンダラ発光展@gggを体験して」(前篇)


「曼荼羅を何年も見続けていると動いて見える。」


 こういった話は曼荼羅好きな人の間では比較的有名な話です。僕自身何度かこの手の話を聞いたことがあります。アフタモードのメンバーでも矢萩邦彦や佐藤慧のように曼荼羅好きの人は多く、彼らの周辺にもそういった知識を深く持っている人もいらっしゃいます。かく言う僕はというと、曼荼羅についての知識はかなり乏しいです。そんな中ですが、2011年12月に銀座のggg(ginza graphic gallery:http://www.dnp.co.jp/gallery/ggg/ )にて杉浦康平さんがマンダラ発光展という展覧会をされるということを聞き、それは面白そうだと駆けつけました。この記事はその時に気が付いたことの備忘録のようなものになります。


 都合二度も行ってしまうほど素晴らしい展覧会で、お陰様で色々な驚き、発見に遭遇することができました。もともとgggが行う展示はとても面白く、しかも無料だったりもするので、近くに行ったときよく寄るのですが、この展覧会は格別でした。 


 何が凄かったかって、ボッティチェリの『春』『ヴィーナス誕生』が曼荼羅だという指摘でまずド肝を抜かれました。これは『マンダラ発光―杉浦康平のマンダラ造本宇宙』(DNP文化振興財団)に詳しく書かれているので、ぜひ手に取って読んでいただければと思います。しかし、本だけでは得られない、展覧会に行ってみて初めて気が付くことというのは多分にしてあります。日本は世界有数の美術品を呼び込んで展示してくれるので、本当はもっといろいろな人が足を向けるべきだと思います。大きな展覧会ほど高齢者が多いというのはもったいないです。


 どういうマンダラが展示されていたのかは前述の本を見ていただくしかありませんが、大事なことはそのマンダラを杉浦さんがどう演出したのかということです。大きく分けて二つのポイントがあったと思います。この二つがないと曼荼羅の姿を本当に見たことにはならないかもしれません。では、そのポイントは何かと言いますと、


 ①日光 
 ②経験値


です。私を含め来場した人に経験値はありません。毎日同じ曼荼羅を見続けている人はそんなに多くないはずです。日光はライトアップで調整できますが、経験値は中々難しい。でも、そこにゲタを履かせて見られるようにしてしまったのが杉浦マジックだったのではないかと思います。


 では、杉浦マジックってどんなものだったのでしょうか? 前述のとおり、日光はライトアップの演出を工夫されていました。ライトの光量を、一日の太陽の動向に合わせて深夜~夜明け~朝~昼~夕~夜~深夜というローテーションで強弱を付けていくイメージです。曼荼羅が作成され、曼荼羅に対峙した昔の人間の環境を作り上げるという配慮だったように思えます。夜の闇が左から右に、まるで太陽が昇って下りるかのように移っていく演出が施されていた。大体1日のサイクルが20~30秒(たぶん24秒)で一周するように設定されていたような感じがしました。(さらに言うと、サイクルは1年の日の長さも考慮されていたように思います。夜が短かったり長かったりしていましたので季節の日の長さも加味されていたのでしょう。)


 さて、これでポイントはの1つはクリアですが、それは下地に過ぎません。ここで、冒頭の一文を思い出していただきましょう。そう、曼荼羅を見るということは最低限じっと見続けるということが必要なんですね。このことを知っているかどうかが、来場した人の得られた感動の度合いに影響したと思います。マンダラとは作り手と受け手の照応が求められるものなのだと改めて考えさせられました。もともと修行する人が見るものだから、ある程度の知識や姿勢のようなものが要求されるのは当然と言えば当然です。これは民主主義の中で、選挙に行く国民の姿勢に通ずるものがあります。先に自分の意見や感覚を持っていくというのは大事なことです。そして、相対したときに差異を見出すわけですね。


 さて、大きさとしてはA2の長い辺で造った正方形くらいだったと思います。あの視野にギリギリ収まるか収まらないかの大きさじっと見続ける機会はそうそうないと思いますが、それを先ほどの太陽運行のライトアップと共に行うと何が起きるのか。次回はそれを書いていこうと思います。
(笠原正嗣)


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03【告知】6月30日 佐藤慧「5人が大集合!~行動力のプロローグ」

佐藤慧×松永真樹×葉田甲太×清輔なつき×小川光一が国立オリンピック記念青少年総合センターにて、クロストーク!
詳細→ 
https://ssl.form-mailer.jp/fms/faf14828199301


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04【告知】6月29日-7月1日佐藤慧「The Future Times写真展」開催@鹿児島大学


ご好評いただいております「The Future Times写真展」を鹿児島大学にて開催させていただきます。
6月30日に宮崎、7月1日に鹿児島にてアジカンのVo. 後藤正文さんのライブも行われます(スペシャルゲストにYeYeさんも登場です!)。


宮崎でのライブでは、ライブ前トークに安田菜津紀が、鹿児島でのライブでは、佐藤慧がご一緒させて頂きます。ぜひお立ち寄りください。

詳細→鹿児島 http://www.thefuturetimes.jp/tft_event/#kagoshima
    宮崎  http://www.thefuturetimes.jp/tft_event/#miyazaki


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05【告知】矢萩邦彦×松永真樹『自分サイズの平和学?あなたの創造性を開花させる?』


ヤハギクニヒコ&マツナガマサキのコラボ講演が実現!


歳を重ねるにつれ、いつの間にか、
不思議に思っていた些細な疑問には目もくれなくなる。
便利な誰かから答えを求めようとする。
他人の答えを自分の答えにして、誤魔化している自分がいる。
そんな自分を、変えたいと思うあなたに送ります!

詳細→ http://www.facebook.com/events/377250368998293/

■会場
オリンピックセンターセンター棟
(部屋番号は後日お伝えさせて頂きます)

■アクセス
小田急線「参宮橋駅」徒歩8分
(新宿駅から2駅先のところ)

■料金
学生1000円
一般2000円

■申込
mayoe519@gmail.com
まで「自分サイズの平和学」と表題にお書き頂き、

①お名前、②所属(大学、社会人)をお書き頂き
ご返信下さい。

フェイスブップの場合は「参加する」を押して下さい。
※満席が予想されますので、必ず参加する方のみ申込お願いします。

■持ちもの
筆記用具(ペンがあれば十分)
学生の方は学生証を。


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06【告知】7月1日-15日 安田菜津紀『国境なき子どもたち写真展2012「岩手 この空の下、明日への道を探して」』


お陰様で、名古屋で開催決定です!
7月1日~15日、国境なき子どもたち写真展2012「岩手 この空の下、明日への道を探して」(渋谷敦志、佐藤慧、安田菜津紀)
つながれっとNAGOYA(
http://www.tsunagalet.city.nagoya.jp/ )にて展示させていただきます。
ぜひお立ち寄り下さいませ!



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07【告知】07月08日 矢萩邦彦 鏡明塾『樹木のファンタジー』『江戸時代Ⅰ』

鏡明塾

07月08日に横浜で鏡明塾が行われます!

[一般]12:05~13:50(404教室) 『樹木のファンタジー』
[中高]17:05~18:50(303教室) 『江戸時代Ⅰ』

★全ての講座とも先着20名とさせて戴きます。 (単発で受講されても大丈夫です)

・神奈川県民センター(神奈川区鶴屋町2-24-2)
 「横浜駅西口」より徒歩5分
http://www.pref.kanagawa.jp/osirase/02/0051/center/access.html

参加費用は各コースとも一般・大学生2500円、中高小学生2000円(会費・教材費)です。 (※中高生が一般コース、一般の方が中高生コースを受講することも出来ます) (※参加費は当日お持ちください。振り込み希望の方はお申し出ください) 申し込みはメールにて承ります。
タイトル【鏡明塾予約】日付・コース・名前(参加希望者全員分) で
yahagi.sa@gmail.com
までお願いします。ご要望、ご質問等もこちらまで。 では、みなさんの御参加、お待ちしております!


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08【後記】『はじめる誠意とタイミング』


 準備が出来るまで待っていては、遅いことがある。僕はずっとそう考えて行動してきました。なにか大きなことをするときに万全を期すのは当たり前ですが、完璧を目指してしまうと終わりが見えないどころか、始まりまで見えなくなってしまいます。「アブダクション」というのは仮説推論のことで、いわゆる演繹でも帰納でもないもう一つの方法として、多くの偉大な発見の切っ掛けになっています。二極化して考えることになれてしまうと、どうしても準備が出来たか出来ていないかで考えてしまいがちですが、そこにはグラデーションが在りますし、いつまで経っても完璧に届くことはありません。最低限の準備が出来たら、力不足を自覚しつつ、誠意を持って取り組むこと。そういう覚悟の先に未来が広がっているように思います。では、また次号でお目にかかります。
(矢萩邦彦)


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編集  矢萩邦彦 笠原正嗣(ML) 佐藤慧(EXTRA)
執筆  矢萩邦彦 安藤理智 安田菜津紀 笠原正嗣 佐藤慧
発行  株式会社スタディオアフタモード
     〒220-0072 神奈川県横浜市西区浅間町1-4-4 小泉ビル401
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AFTERMOD E-PRESS 【vol.0055】 (2012年05月27日号)


=index=
00【巻頭】『専門の弱さ』
01【鼎談】松岡正剛×日玉浩史×矢萩邦彦『震災と日本のフラジリティ5』
02【特集】水野清仁『女性』
03【告知】安田菜津紀 「カンボジアスタディツアー(※高校生枠募集中)」
04【告知】6月16日 矢萩邦彦 『鏡明塾風雅~迷宮としての記憶』
05【後記】『編集とマリア―ジュ』

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00【巻頭】『専門の弱さ』


 これもやってるけど、あっちもやってる。一人で複数のことをやっていることを松岡正剛さんは「ポリロール」と表現します。「ポリ-」はポリエステルなどと同じで「複合、多重」などのイメージで解釈すれば良いと思います。「ロール」は「役割」ですね。名探偵ホームズがバイオリンを弾いているような感じでしょうか。僕自身、3.11以降に感じたことに、一つのことしかしていないということの怖さがありました。専門性を磨くということでは良い方法でしょう。しかし一方で、仕事一筋だった方が退職後に何をして良いか分からないといった話も耳に入ってきます。そして、震災のように今まで当たり前と思っていた基準そのものがズレてしまった時、環境の変化に対する耐性が極めて弱くなっていたことに初めて気付かされます。コミュニティでの関係がしっかりしていると互酬性など多様性が環境として身の回りに根付くので対応ができることもありますが、大都会の孤独死のようにそれすらなくなり出してしまうとお金と物しか依るところが無くなってしまうのではないかと思います。買占め騒動はもしかするとそういう所が原因だったのかもしれませんね。
 大好評をいただいております鼎談も5回目を向かえます。そして、アフタモードクリエイティブ担当の水野清仁の作品も初公開です! ぜひ、ご覧下さいませ。


 (笠原正嗣)


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01【鼎談】松岡正剛×日玉浩史×矢萩邦彦『震災と日本のフラジリティ5』


(PHOTO)


松岡正剛(以下、松岡):無名の国家がなくなっちゃったわけよね。


矢萩邦彦(以下、矢萩):そうなんですよね。どうやって無名を取り戻せばいいですかね? それはもう、それぞれがそれぞれにゲリラ的にやっていくことが広がることしかないですかね。


松岡:まずそれが一つですね。それから、日本が犯してしまったというか、気が付かないでグローバルなフラットな社会を作ったこと、賞味期限で世の中を区切ったこと、長きに渡る成長とか、充実とかというものを、簡単に言えば、形式知・数値に置き換えたこと、こういうのを一個一個外していかないと、ないしは、それがあったにも関わらず他のことが可能であるような。つまり、どうしても牛乳が放射能か賞味期限で区切られるなら、それでは区切られない牛乳というものを創る以外にないんですね。だけど、それっていうのはいったん今度は厚生省の方で発酵食品という規定を受けて、最初から酵母菌を持って、そしてチーズなり別の酪乳的なものに切り替わって、今度はまた制度を受けて、別のものになる。常に全部がそういう数値に当てはまるようになっているから、それにズレたモノが対応できない。で、有事って言うのは、全部がズレることなんですよね。それが全部が溢れているのに、持っているモノは全部制度でしかないから、合いっこないんですよね。ここで時限立法とかとりあえず期限付きのことをやろうとしているわけだけども、それもそれをやった瞬間に、メタファー的に言えば次のポリロール的な社会がもう一つ浮上してこない限りは、また元に戻ります。


日玉浩史(以下、日玉):一つには、今すぐではないにしても、今回のことを踏み台にして、やっぱりある種の道徳というものを一回取り戻さないといけないと思います。


松岡:うん。


矢萩:ホントにそう思います。


日玉:というのも、牛乳のことで思い出したんですけども、ある避難所で200人いて、牛乳パックが10パックしかなかったんですが、捨てるんですよ。で、パックで均等に配分できないからって理由で。それって、分ければ良いじゃないですか、開けて。あとは、仙台の「萩の月」ってありますよね。あれも支援物資として来たと。賞味期限が1日過ぎていたという理由で捨てるんですよ。あり得ないでしょ。。


松岡:そうでしょう。そういう社会を作った上で、有事になっているから全部お手上げになってしまうんですよ。


矢萩:有事なのに、例外は例外だって言えないんですよ!


松岡:言えないようにしちゃったね……


日玉:そこが僕がさっき言った道徳みたいなものが、しっかり浮上してこないと、有事でも、そんなことになっちゃって……


矢萩:基準が形骸化したものを足場にするしかなくなってぶら下がっちゃってる感じですよね。


日玉:そうそう、そこで何にも見えていない。


松岡:その道徳のようなもの、それから人が充実したり、雰囲気が面白いと言ったり、というものが大事で、それの次にね、それによってこういう制度にしちゃった方が良いというとこまでを今提案したり、実験をした方が良いですよね。例えば、どういうものかっていうと、東北じゃ六・三・三制をやめますと。賞味期限を切り替えます。切り替えられないものと切り替えても構わないモノに分けますと。次にはもっと深い問題を言うと、地域通貨とかエマージングマネーが必要なのよ。


日玉:それが聞きたかった!!


松岡:やっぱり、グローバリズムな国の制度に基づいているものに対抗にできるものは、一つは意識・心、もう一つは時間を管理している何かなんですね。時間を管理しているモノの中で一番大きなものは通貨で、その通貨が例えば賞味期限が破棄されてもかまわないような牛乳産業というもののコストパフォーマンスを作っているわけだから、結局はある通貨価値が、貨幣価値というものと牛乳の賞味期限と合うように社会を造っているいるものがサプライチェーンとバリューチェーンなわけでしょ。じゃ、そのサプライチェーンやバリューチェーンを築きつないでいる蝶番ってのは、全部貨幣価値だから、ここが時間によってズレたり、ツイストしたり、たまったり、滞留したり、スタンプ貨幣に切り替わったり、バーチャルに置き換わったり、そこで何かが起こらないとダメなんです。


日玉:そうそう、そうなんです。


矢萩:通貨の機能は、貯蔵と交換と資質・情報というお話を校長はされていますが、こういうときにシュタイナー的な考え方というか、通貨をもってメディアとして周りと混ぜていくというような良い方法があればなぁと僕は思っているんですが、そのためには地域通貨みたいなものに分けた方が、間は埋まるんですかね?


松岡:そうですね、二重、多重化した方がいいと思うね。


日玉:それのシステムをどうやったらいいのか、単純な話なんですが、現地に入っている炊き出しの人は、炊き出ししたものを自分たちは助けに来た側だからと手を付けられないんですね。ただ効率的に考えると、支援者も一緒になった方が良い。こっちの持ち出しも減るし、現地とのつながりもできる。僕はここで支援活動、例えば泥掻きしてきましたという場合に、商品券のようなバーチャルで良いから何かしらの対価を支援者に払ってもらえれば、それを別のところで使って何か食べるとき使うと、お店の人とも「今日は何をしてきたの?」って話の切っ掛けになる。そういう地域通貨みたいなものが流通し始めると、一々ここで何をしてきたから食べさていただけませんかという説明が必要なくなって、つながりやすくなる。単純に僕はそこだけ考えていたんですが、それがやっぱりなるべく流通し始めた方が良い。


松岡:そうね。


日玉:そこを考えると、ゲゼルとかの話だけじゃないけど、銀行をどうするかとか、どこが発行するのかという話になるんで考えないといけません。それってすっごい効果があると思うんです。


松岡:一昨日知事にもそれは言ったんだけどね。藩札時代が来てるんじゃない? って。


日玉:藩札!(笑) 吉里吉里の…… でも、そうですよね。


(PHOTO)


矢萩:そう思います。ちょっとだけ話がずれるんですけども、こないだ炊き出しをやろうかやるまいかという話になったんですね。僕らが行っている陸前高田では、現地の人ですでに回ってしまっているんです。その状態で、僕たちが外から手を出すのはどうなんだろうっていう意見が出たわけです。で、炊き出しをしている現地のお母さんたちに話を聞くと、銀行行ったり、市役所で書類をもらったりしないといけないからやってくれると助かるということだったので、まず一日だけボランティアスタッフで炊き出しをやったんですね。そうしたら、今まで炊き出しで忙しくしていたお母さんたちだったので、手が空いた途端、津波の時のこととか記憶が急に吹き出して、今までニコニコとして平気だったにもかかわらず、急にバーッと話されて、泣きだしてしまったりして…… で、現地で動いているボランティアスタッフは、炊き出しをやらない方がよかったんじゃないかと悩んでしまっているんですよ。


松岡:それもまた、色々問題なんだよね。義援金、炊き出し、千羽鶴、こんなことだけではダメですよ。互酬性とは何かって問題だよね。


日玉:ホントにね。そうなんですよ。


(次号に続く)
(写真=安田菜津紀)

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02【特集】水野清仁『女性』

(Picture)


いつどこでなにが爆発するのかも わからない。
いつどこでなにが生まれるのかも わからない。
そして その巨大な存在に吸い込まれ 見えなくなる。


(絵+文=水野清仁)


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03【満員御礼】安田菜津紀 「フォトジャーナリスト安田菜津紀と行くカンボジアスタディツアー」 (※高校生枠募集中)


◆お陰様をもちまして一般枠受付終了致しました!
ありがとうございます。

◆高校生チャレンジ枠は引き続き募集しております!
 ふるってご応募ください!!
「フォトジャーナリスト安田菜津紀と行くカンボジアスタディツアー」→http://bit.ly/pol1nN
★高校生チャレンジ枠→ 
http://ameblo.jp/nyasuda0330/entry-11250274671.html


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04【告知】矢萩邦彦 鏡明塾 『説得と交渉術』『日本史研究:安土桃山時代Ⅱ』

鏡明塾

06月16日に横浜で鏡明塾が行われます!

[国語]17:05~18:50(1501教室) 
    『評論を楽しむⅣ』
[風雅]19:05~20:50(1501教室)
    『迷宮としての記憶~フィールドワーク入門』

★全ての講座とも先着20名とさせて戴きます。 (単発で受講されても大丈夫です)

・神奈川県民センター(神奈川区鶴屋町2-24-2)
 「横浜駅西口」より徒歩5分
http://www.pref.kanagawa.jp/osirase/02/0051/center/access.html

参加費用は各コースとも一般・大学生2500円、中高小学生2000円(会費・教材費)です。 (※中高生が一般コース、一般の方が中高生コースを受講することも出来ます) (※参加費は当日お持ちください。振り込み希望の方はお申し出ください) 申し込みはメールにて承ります。
タイトル【鏡明塾予約】日付・コース・名前(参加希望者全員分) で
yahagi.sa@gmail.com
までお願いします。
ご要望、ご質問等もこちらまで。
では、みなさんの御参加、お待ちしております!


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05【後記】『編集とマリアージュ』


 全てのことは全てに通じている。この鼎談の編集を通じて、そんなことを実感しています。一年以上が過ぎてなお、震災に限らず身辺のあらゆることに関係し、応用出来る話が多く、松岡編集術の幅の広さと可能性に改めて勉強させて頂いております。昨年、NPOで活動を共にし、その後アフタモードに合流した水野清仁は、プレイヤーとしても数々の現場を踏んで来た異色のクリエイティブディレクターです。彼を中心にアフタモードは三つ目の歯車「Art」を回し始めます。全てが噛み合い、連動したときにどんなマリアージュマジックが発動するか、ご期待頂ければ幸いです。
(矢萩邦彦)



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編集  矢萩邦彦 笠原正嗣(ML) 佐藤慧(EXTRA)
執筆  矢萩邦彦 安藤理智 安田菜津紀 笠原正嗣 佐藤慧
発行  株式会社スタディオアフタモード
     〒220-0072 神奈川県横浜市西区浅間町1-4-4 小泉ビル401
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