あと6週間
土曜日。ローラーの8段階目を久々にこなす。きつかったが何とかできた。
日曜日。ジムでローラー30分。サドルの位置が自分の自転車と違うため漕ぐのに難儀した。9段階目(最終段階)のメニューを半分こなし、トレッドミルでジョグ。体調があまり良くなかったので10分で中断してしまった。最後にバランスボールで体幹トレーニングをして終了。市のジムは300円で使えるのでありがたい。
ちゃんとやった
さぼったことを後悔した日の夜、帰宅して自転車ローラーをやろうと思ったらなぜか後輪がパンクしていていきなり出鼻をくじかれる。タイヤを交換して諸準備をして自転車にまたがったのが21:30。この時点でやる気はほとんど失われている。そして久々のローラーはとんでもなく重たくなっていた。7分インターバルを4セットやるつもりだったが2セットがやっとだった。足と心肺の退化以上に、モチベーションの低さがペダルを重くしていたのかもしれない。更にスピードセンサーが作動せず何度かいじってみたが結局最後まで動かなかった。いやいや30分回して終了。22時過ぎだったがランを開始。ローラーで重たくなった足でヨタヨタ走った。ランは3日連続。モチベーションはとんでもなく低く、常に帰りたい気持ちがあった。時間も遅かったので5km走って終了。2種とも短時間ではあったが、モチベーションが低い状態でもちゃんとやれたことに満足。
そして翌日。風邪を引いた。鼻水が出て体がだるい。昨日のやる気の無さは体調不良からくるものだったらしい。仕事後にすぐに寝たところ、翌日にはかなり回復した。今日からまたがんばります。
そして翌日。風邪を引いた。鼻水が出て体がだるい。昨日のやる気の無さは体調不良からくるものだったらしい。仕事後にすぐに寝たところ、翌日にはかなり回復した。今日からまたがんばります。
サボった
この1週間、練習がほとんどできていない。9kmと5kmのRunをやっただけだ。完全にサボってしまった。自宅でローラー用に使っていた扇風機を塾に持ってきてしまったので、「クソ暑い中ローラーなんかできないよー(>_<)そんなことしたら熱中症で死んじゃうよー(>_<)」と思いながら新しい扇風機を用意する等の対策も取らずにローラー練からどんどん遠ざかったり、久々にサッカーをやってとんでもない筋肉痛になったため2日間動けなくなったのはまだ良いにしても、疲れが癒えた3日目以降もグズグズと練習に取り組まなかったり、朝トレをやると授業の後半戦で疲れ過ぎて集中を欠いた授業になってしまう(すごい人たちは仕事前にもしっかり練習しているという事実には目をつむり)ので夜トレにしようと思っていたけれど、仕事が終わって家に帰るとぐったりと疲れてしまってトレーニングをやる気が起こらず、だったら疲労回復のためにすぐに寝ればよいものの、「寝たらすぐに明日になってしまう!明日が来る前にビールくらいは飲むべきだ!」という意味不明の理屈でトレーニングの代わりにビールを飲んでしまう等々、言い訳と逃避に満ちた一週間、ダメダメな自分のフルコースを味わった一週間だった。
夏期講習が始まり1日13時間を塾で過ごす毎日を送っていると、トレーニングをさぼってしまう自分に対して「やばいなぁ」と思うこともなく、その日の仕事をこなすこと以外はどうでもよくなりつつあったが、夏期講習の生活サイクルに慣れ、ふとトレーニング日誌を見直していた時、これまでの(といってもたかだか2ヵ月くらいのものだが)努力が水の泡になっていく過程がはっきりと見て取れて、ようやく、「これじゃイカン!」と思えるようになった。「これじゃイカン!」に至るまでに貴重な1週間を浪費した。
今日からローラーがんばります。
夏期講習が始まり1日13時間を塾で過ごす毎日を送っていると、トレーニングをさぼってしまう自分に対して「やばいなぁ」と思うこともなく、その日の仕事をこなすこと以外はどうでもよくなりつつあったが、夏期講習の生活サイクルに慣れ、ふとトレーニング日誌を見直していた時、これまでの(といってもたかだか2ヵ月くらいのものだが)努力が水の泡になっていく過程がはっきりと見て取れて、ようやく、「これじゃイカン!」と思えるようになった。「これじゃイカン!」に至るまでに貴重な1週間を浪費した。
今日からローラーがんばります。
魑魅魍魎
「月200万円以上稼ぎたいあなたへ!」、「最近コッチに引っ越してきてお友達いなくて寂しいよ~。だれか暇な人遊んでくださ~い」などのコメントがブログについていたので消した。人間は欲望の塊で、日々の行動は欲望によって決定されるが、それぞれの生まれ育ってきた環境や経験によって、欲望の形態はねじったりひねったり色付けされていたりする。そのいびつさゆえに、誰一人として自分とまったく同じ欲望を持った人間はいない。というのは細かい部分を見た場合の話で、大きな視点で見れば欲望の種類は金とか性とか権力とか名誉など、数える程度しかない。
世の中にはこれらの欲望から解き放たれようとする人が少なからずいて、崇高な精神を得るために厳格な規律に従った生活を求め、その受け皿として様々な宗教があったりするが、その中核であるべき教祖が酒池肉林の生活に溺れていることも少なくない。信者は蒸かしたイモと自家栽培の無農薬野菜に少量の塩をかけた食事で痩せ細っているが、教祖は1kg数万円のマグロやステーキを食べて昼寝をしている。欲望から解き放たれたい、という思いも一つの欲望であり、その欲望のために金を払って講釈を聞きに行く人もいるが、何が立派で何が立派でないのかよく分からない。じゃあ宗教も講釈も必要ない、等身大の自分で思った通り自由に生きていけばいいんだ、人生一度きり、楽しくてストレスのない毎日を送ることが一番だ、と考えて渋谷のマンションの一室で売られているハーブの精製粉末を吸引してウイスキーをラッパ飲みして車の運転をすれば最高の気分を味わえるかもしれないが、それは社会的な倫理観に大きく反する行動であり、社会に抑圧されながら日本で生きてきた人間にとって、そのような形で社会から逸脱し、解放された自分を決して受け入れることができないので、やはり現行の世間のルールに従って生きるほかない。法律では書かれていないが、多くの分別ある大人たちが共通理解として持っている価値観を実践している人が人格者であるとされ、他人への気遣いとか、マナーとか、気の利いた正論を即座に思いつく人が賢いとされる。だからこそ発言小町には暇を持て余した説教欲の塊のような人間たちがとぐろを巻き、自分の賢さや正しさの証明となるような質問を探し、質問者に痛烈な批判を加えて悦に入っているのだろう。
こんなことを長々と書いてきたのは、ポテトチップスを腹いっぱい食べたいだけであり、その気持ちを紛らわすために立派そうなことを考えたり書いたりして、深い洞察を持った人間のふりをしてみたかっただけなのだが、結局は自分の食欲すらコントロールできない哀れな動物だということを再認識しただけだった。その後、ニッコリしながらビッグエーで買った240gのポテトチップスを食べた。
世の中にはこれらの欲望から解き放たれようとする人が少なからずいて、崇高な精神を得るために厳格な規律に従った生活を求め、その受け皿として様々な宗教があったりするが、その中核であるべき教祖が酒池肉林の生活に溺れていることも少なくない。信者は蒸かしたイモと自家栽培の無農薬野菜に少量の塩をかけた食事で痩せ細っているが、教祖は1kg数万円のマグロやステーキを食べて昼寝をしている。欲望から解き放たれたい、という思いも一つの欲望であり、その欲望のために金を払って講釈を聞きに行く人もいるが、何が立派で何が立派でないのかよく分からない。じゃあ宗教も講釈も必要ない、等身大の自分で思った通り自由に生きていけばいいんだ、人生一度きり、楽しくてストレスのない毎日を送ることが一番だ、と考えて渋谷のマンションの一室で売られているハーブの精製粉末を吸引してウイスキーをラッパ飲みして車の運転をすれば最高の気分を味わえるかもしれないが、それは社会的な倫理観に大きく反する行動であり、社会に抑圧されながら日本で生きてきた人間にとって、そのような形で社会から逸脱し、解放された自分を決して受け入れることができないので、やはり現行の世間のルールに従って生きるほかない。法律では書かれていないが、多くの分別ある大人たちが共通理解として持っている価値観を実践している人が人格者であるとされ、他人への気遣いとか、マナーとか、気の利いた正論を即座に思いつく人が賢いとされる。だからこそ発言小町には暇を持て余した説教欲の塊のような人間たちがとぐろを巻き、自分の賢さや正しさの証明となるような質問を探し、質問者に痛烈な批判を加えて悦に入っているのだろう。
こんなことを長々と書いてきたのは、ポテトチップスを腹いっぱい食べたいだけであり、その気持ちを紛らわすために立派そうなことを考えたり書いたりして、深い洞察を持った人間のふりをしてみたかっただけなのだが、結局は自分の食欲すらコントロールできない哀れな動物だということを再認識しただけだった。その後、ニッコリしながらビッグエーで買った240gのポテトチップスを食べた。
サッカーをした
昨日は夏期講習後に中3の生徒たちとサッカーをしました。サッカーをするのは数年ぶりでとても楽しかったです。我々講師たちは生徒たち以上にはしゃぎ回り、全員汗みずくになりました。武南高校と浦和西高校のサッカー部の高3生も参戦し、ゲームは大いに盛り上がりました。特に武南は全国常連の強豪ですし、そこのAチームに入れるような先輩なので、中3のサッカー部の子たちなどは「ぶ、武南Aチーム…。やべえ…」と言っていました。
今日はものすごい筋肉痛に見舞われています。