ドラマ「ビーチボーイズ」
マイク眞木 「俺はさ、波乗りがしたくてよ、この海に住みついたんだよ。だけどな、いつの間にか波に乗るの忘れちまってよ。ただの民宿のオヤジになっちまってよ。なっちまったんだよな」
竹野内豊 「いいじゃないですか社長」
反町隆 「そうですよ。それで十分社長は格好いいですよ!」
マイク眞木 「それでいいかどうかは俺が決めることだ!違うか?」
素晴らし過ぎて20回は見たと思います。このドラマは本当に素晴らしいと思います。
こんな日本でよかったね
- こんな日本でよかったね―構造主義的日本論 (文春文庫)/内田 樹
- ¥660
- Amazon.co.jp
内田樹氏のバランス感覚や洞察力にはいつも感服していますが、本書も期待を裏切らない素晴らしい内容でした。
格差、少子化、学力低下、社会の抜本的改革、生きる力等々、世間をにぎわすワードにも目を向けています。社会やマスコミの問題の立て方に対する鋭い指摘には、はっとさせられることがいくつもありました。
読み終えた時、頭の中の電球を3つくらい増やしてもらえた感じがしました。
時を超えた場所
与野は今、大きく変化している。
小学校では教室が足りなくなり校舎が増設され、新たな小学校の建設も要望されている。かつてあった化学工場や自動車部品工場は郊外へ移転し、代わりに大型マンションやショッピングセンターが建設された。さいたま新都心駅も徐々に活気づき(かつてはお正月のオフィス街のように閑散としていた)、土日にはさいたまスーパーアリーナでのイベントや、駅に連結する映画館(movix)へ出入りする人でごった返す。
八幡通りで視界を遮るように垂れ下がっていた電線も、地下に埋設されたことによって景色が一変した。マンションの世代交代も顕著で、かつては街を見下ろすように立っていた6~10階規模のマンション群も、それを超える新世代大型マンション群によってその地位を譲り渡した。さらには首都高が与野まで延長されたことで、交通の要衝にもなった。
そうした故郷の発展が嬉しい半面、かつて慣れ親しんだ場所が跡形もなく消え去ることに若干の寂しさを覚える。こうも周辺環境の変化が著しいと、変化しないものの存在感が際立ってくる。その存在感の筆頭は、やはり神社であると思う。
神社はかつて、信仰や祭礼の中心となることで人心に安寧をもたらしたはずだが、生活が豊かになり住環境の変化が著しくなると、神社との関わりは明らかに薄らいだ。しかし不思議なことに、当たり前にそこにある神社の存在が、変化が激しい場所においては異様な超越性を帯びてくる。
神社の超越性は、土や樹木によって守られていると思う。土や樹木は、匂い・湿気・明度までをも保存する。それが我々の五感に深く根づき、常に一定の安心感を与えてくれる。
「神社って何で必要なの?」と聞かれて、きちんと答えられる人は少ないと思う。しかし、「何となくあった方がいいと思うなぁ」と思わせる力を秘めている。そう思わせることが神社の威厳であり、さりげなさであり、存在感であると思う。「なんとなく」が結集されると、そこはある種の聖域となり、時空を超えた場所になる。
そんな不思議な場所が、この国には無数に保存されている。
これはきっと、すごいことだと思う。
学校の先生
組織や社会で一番エライのは、目標と現状の帳尻を合わせるために努力している人だと思います。長時間労働に耐える医療関係者、列車遅延の際にお客さんに謝る駅員さん、バイトシフトを管理する店長、家計をやりくりするお母さん、企業の主任や課長クラスの社員、そして学校の先生。
塾をやっていて感じるのは、「小学校・中学校の先生は本当にすごい!」ということです。ケンカやいじめが起きないように注意しなければならないし、ふざけて怪我をする子はいるし、先生の揚げ足とりや悪口が大好きな奴もいる。ウンコをもらしたりゲロを吐いたりガラスを割ったり給食をひっくり返したりする。授業だって「そこもう塾でやったー」なんて言われたらやりづらいだろうし、文科省や教育委員会が要求する無意味なペーパーワークが山積している。さらには、一部の教師が起こした不祥事が大々的に報道されることで世間から厳しい視線を受け、教師の指導力不足を喧伝するマスコミにモチベーションを下げられる。
今の学校の先生は、学校制度が始まって以来最も負担が重くなっていると思います。先生達を苦しめている一番の原因は、世間からの感謝・尊敬が少なくなっていることだと思います。「給料をもらってるんだからそれぐらいの仕事をするのは当然だ!」と言うのは、消防士に向かって「給料をもらってるんだから(命を落とすかもしれない)火の中に飛び込むのは当然だ!」ということと、同種の配慮の無さを含んでいると思います。
学校の先生に敬意を払わない社会が、教育立国・技術立国を目指し、世界に貢献できる国をつくることはできないと思います。子ども手当などの意味不明のお金をばらまくくらいなら、教員の数と給料をもっと増やし、夏休みは先生も一ヶ月完全休暇にして、旅行や自己啓発に充てる時間を確保した方が教育の質は上がると思います。給料UPが無理でも、JR職員のように電車などの利用料を無料化すれば、教員という仕事を社会が尊重しているというメッセージになり、先生達もその信頼に応えようと更に頑張ってくれると思います。
手厚い待遇が無理だとしても、社会の帳尻を合わせてくれている学校の先生方には、最大限の敬意を払うべきであると思っています。
11/11
生徒「先生、今日はポッキー・プリッツの日なんですよ!」
自分「ポッキー・プリッツあるから休み時間に食べよう!」
生徒達「!? ポッキー・プリッツあるんですか!??」
自分「ポッキー・プリッツの日だからね」
生徒達「わーい!ウギャー!△♀☆×♨★◎ω▼π!!!」
今日も我が塾は平和でした。