老健介護士になったアラサー中卒ひきこもり(10年目) -24ページ目

老健介護士になったアラサー中卒ひきこもり(10年目)

いじめ、高校中退、ひきこもり等を経験し介護士になりました。私の経験が誰かの役に立てばと思いブログをしております。

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④ひきこもり中期


この時期の始まりは禁煙を開始したタイミングでした。

禁煙の理由は、少しでも貯金が減る速度を遅くしようと考えたからです。


ニコチンの離脱症状に集中力の低下、めまい、疲労、睡眠不足がありますが、この影響なのかボーっとする頭。

家でネットをしてばかりで変化のない毎日。


二つが合わさって今が夢か現実か分からない。そんな状態になります。

数日間は頭が半分寝ていて半分起きているような感じでした。


この状態は3日をピークに回復していったものの、そこから現実に対して一枚壁を隔てたような感覚が続きました。



無感情になったというよりも、離人感や現実消失感の方が近いでしょうか。(診断が下りているわけではありません。)

この時の感覚を正確に表すと、苦しさも悲しさも感じはするものの、どこか自分事ではない気がする。というイメージです。


そんな状態だったので、この時期のことははっきり覚えておらず、曖昧なことも多いです。


上記に挙げた以外で覚えていることは

「どこか遠い町にボランティアに行きたいな。」

という具体性もなく本気度も低い『誰かを救いたい願望』を抱いていたこと。


いわゆるメサイアコンプレックスというやつでしょうか。



他には、今が夢か現実か分からない状態と似ている『昨日の出来事が本当に起きたことか夢の中のことか分からない』という時が何日もあったのを覚えています。


ある種現実離れしていたこの期間は、少し将来への不安を感じにくくなっている期間でした。



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前の話は昨日の記事をご覧下さい。



③ひきこもり前期


仕事をバリバリこなす同級生、メディアで輝く年下のスポーツ選手、みるみる内に減っていく貯金。


ひきこもりニート、中卒、資格なしで『将来が全く見えない自分』を直視する機会はそこら中にあります。


いくら必死に現実逃避をしても、目の前でどんどん大きくなる不安からは逃げ切れませんでした。



この時期から外に出るのが億劫になりました。

外に出ると心臓がドキドキするようになったり、頭が真っ白になって何も考えられなくなったりすることが増えていきます。


元からインドア派で外出が得意ではなかったのに、ひきこもり生活で自身を失っていったからでしょうか。


現実逃避したい+インドア派=ネット漬け生活 の始まりでした。


そしてネットで見つけたセンセーショナルなニュースや過去の事件ばかりが心に残り気持ちが落ちていきます。
センセーショナルなものは大体がネガティブなことに加えて、無意識に自分で暗い情報ばかり集めていたからです。

本当に『お先真っ暗』という気分でした。

そんな暗い生活の中で、少しでも明るい気持ちになろうとやっていたことがあります。

それは自分と同じ中卒で成功した人物や、自分より上の年齢で成功した人物を探すことです。

同じ部分がある人も成功している。ということだけに焦点を当てて「俺はまだ大丈夫だ。」と言い聞かせていました。
ただ、それも焼け石に水で不安は増していくばかりです。

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②ひきこもり初期


ひきこもり出して最初に感じたことは『将来に対する不安』ではなく『自由に遊べる嬉しさ』でした。


自分は将来に関わる重大な決断を正しい形で下せたし、就職に向かって一歩踏み出せたのだからこの先も大丈夫!何とかなるだろう。

そんな現実逃避多めでお気楽だった時期です。



ゲームを一日中したり、テレビや動画をずっと観たり、しょっちゅう飲みに行ったりしていました。


飲みに行くのはバイトの元同僚たちです。

今思えば私のことを心配して誘ってくれていたのだと思いますが、この時はそんなことも分かっていません。


「飲み会や買い物で家を出ているから自分はひきこもりじゃない。」

そうやって自身を偽り自分を保ちます。


実家暮らしだったお陰で貯金はそれなりに有ったので、遊ぶためのお金も、買いたい物を買うお金も自分で出していたことが「自分の面倒は自分で見られている」という間違った認識に拍車をかけました。


本当は親に甘えまくって生かして貰っているだけです。

そんな事実は心の奥では気づいています。

でも見て見ぬふりをしました。



現実を直視すればとても生きていけないからです。


同じ理由で「一生就職できないのではないか?」「世間が怖くて仕方ない。」という思いからも目を逸らしていました。


現実から逃げ続けて将来から目を逸らすことで得た仮初の自由。

逃げ続けるためのゲームや飲み会。


そんなハリボテの生活はすぐに終わります。



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ちょくちょくブログで言っていますが、私はひきこもり経験が2回あります。

15歳の時に数ヶ月(定義としては不登校)と20代中盤での約1年のひきこもり期間のことです。


正直ひきこもりだった頃のことを細かく思い出そうとすると辛くなるので、これまで余り向き合ってきませんでした。



ただ、社会に出てから約10年が経ったこのタイミングで、改めて自分の過去と向き合いたいと思います。


今回からは「ひきこもりの365日」というタイトルで、1年間ひきこもっていた時の詳細な記録を書いていきます。

あくまで私の場合に限った話にはなりますが、ひきこもりのリアルな感情、気持ちの変化と就労に至るまでを順を追って記事にします。


ひきこもりの方、その家族や関係者の方、もしくは今が辛い方のうち誰か一人でも、慰めになったり、反面教師になったり、希望になったり、助けになったりすれば嬉しいです。


シリーズものになります。

もし宜しければお付き合い下さい。



①ひきこもるきっかけ(ひきこもりの前段階)


きっかけについても何回かブログで触れているかもしれません。

シンプルに言うと「現状のままでは自分は一生就職しないだろう」と思ったからです。


いじめや不登校などが要因で「世間の人は怖い」という偏った認識を持ってしまった私は「そんな世間の代表のひとつ『会社』で働くなんて怖すぎてできない。」フリーター時代にそう感じていました。


そのままフリーターを10年近く続けた時にやっと「このままではダメだ、自分を追い詰めて就職への道を踏み出さねば。」と焦りだし、焦った結果選んだのがバイトを辞めることでした。



当時はバイト仲間や家族などあらゆる人に止められましたが、反対を押し切って辞めます。

止めてくれた人達に本来なら感謝するところですが、愚かにも当時の私は何とも思っていません。

「これは自分のためになるんだ。」という根拠なしの確信があったからです。
そしてここからひきこもり生活が始まります。

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8/15は終戦の日です。

介護士という仕事柄、戦争を経験された高齢者の方と接することが多く、介助中やふとした時に戦争体験を話して下さる利用者様もおられます。


武勇伝のように戦争体験を語る人、古い記憶として淡々と語る人、恐怖を分かち合うように語る人……。

その話し方は様々です。


話しの内容も疎開した話や食糧に困った話、空爆の話や徴兵検査の話など様々で、戦時中の痛み苦しみが伝わる話が多いです。



内容も話し方も様々ですが、皆さんが共通して言われるのは「戦争は絶対にしたらあかん」ということ。

リアルなエピソードと共に言われる戦争反対は特に心に響きます。


そんな貴重な話も戦後79年ともなると戦争経験者の方が少なくなり、聞ける機会も減っていきます。

戦争に行っていた経験があるご存命の方は90代以上になっておられるはずです。


また、ご存命の方でも認知症の進行や疾患等により戦争体験を語ることが難しくなるケースもあります。


私が介護士として働き出した頃、約10年前でも「戦後に生まれた」という利用者様がおられました。

そして最近はそういう利用者様や「戦時中に生まれたけど幼すぎて記憶にはない」という利用者様がかなり増えました。


もっと前、私が小学生の時には「自分のおじいちゃん、おばあちゃんに戦争の体験談を聞いてみましょう」という宿題が出るほど戦争経験者は身近におられました。



戦争経験者が少ない=長い間戦火に見舞われていない という証なので、平和を喜ぶべきかもしれません。

その一方で今後も平和な世の中が続くように、私が聞いた話を子どもや孫に語り継ぎたいと思います。


※ブログ更新休止中ですがタイムリーな話なので記事を上げました。

今後の更新は未定です。


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