りゅうせんけいの「重箱の隅」 -4ページ目

りゅうせんけいの「重箱の隅」

知らないことは罪である!

 本日は、長崎に原子爆弾が投下されて六十八年となります。

 あまりテレビを見なくなったからかもしれませんし、
女子高生が失踪するなど、事件等が発生しているからかもしれませんが、

広島にせよ長崎にせよ、
今年は、例年に比して、マスメディアでの「原爆投下の日」の扱いが小さく感じるのは、
僕の視野が狭いからなのでしょうか?

 先日の記事にて「なんかキナ臭い」というような旨を書きましたが、

憲法改正論者にせよ、軍備拡張論者にせよ、

いくらなんでも

あのような惨劇が再来することをを望むほど狂気ではない


ということぐらいは、いくら僕でもわかることです。

僕は、少なくとも現段階においては、

どちらかといえば「護憲派」に近いでもちょっと「右寄り」

ですが、
いわゆる「改憲派」の方々の考えも、きちんと傾聴すべき

と考え、
色々と調べながら、自分なりに勉強しているつもりです。

 重要なのは、
何らかの意見の対立があった際、

それぞれの主張を聴き、調べ、自分なりの考えを持つこと

であり、
またその結果として、自分の考えはどうであるか、ということであり、

必ずしも

「自分と考えを異にする=敵」ではない

という自覚を持つことだと、ことあるごとに自らを戒めております。


 ただ、昨今の世界情勢、殊に日本の近隣諸国の言動には、
いろいろな意味で驚かされることもあります。

 正直言って「カチンとくる」こともあります

「天空の城ラピュタ」(宮崎先生、いつも素晴らしい作品をありがとうございます)の一場面ではありませんが、

「貴様、正気か?」

と言いたくなる時もあります。


 ただここは、終戦の詔勅(いわゆる「玉音放送」)の一節ではありませんが、

一時の感情に流され、中長期的視野に立った考えを見失い、
結果として、世界の信用を失うようなことがあってはならない


という観点の下、
いちど立ち止まって、自らの考えを振り返ってみることは、
決して無駄ではない
とも考えます。


 いつもながら最後になりますが、

情勢が情勢であったとはいえ、
科学技術の発達の過程で道を踏み誤った(結果的にそう思えてしまう)結果、

命を奪われた方々、
また、今もなお苦しみに堪えておられる方々に、

大袈裟ではございますが、科学技術の一端を担う者(いわゆる「理系」)として、

心よりお見舞い申し上げます。
 
 いつもながら、更新が滞り申し訳ありません。

 このところの著しいモティベーションの低下により、
記事を書く気になれずにおりました。

 加えて、他人の所為にはしたくないのですが、
先日、やっとやる気を出して書いていたところ、突然エディタがフリーズ・・・

こまめに「下書きを保存」しなかった自分の所為であるとはわかっているのですが、
それまで書いてあったものが全て消失してしまいました。


 さて、
本日は、広島に原子爆弾が投下された日から六十八年目に当たります。

 惨状につきましては、昨年も少し書きましたので、今回は割愛致しますが、

言いたいことがひとつ。

 昨今「憲法改正」「ナショナリズム」「TPP」といった中に、

なにやらキナ臭い動きを感じます。

 こんなことを書くと「過剰反応」「現実を見ていない」などといった言葉を浴びることがありますが、

「本当にそうなのかな?」

というのが偽らざる感想です。


「過ちは繰り返しません」
広島に刻まれたこの約束が反故にされはしないか?

 戦争を未体験であるからこそ、不安なのですが、
果たしてどうなのでしょう。


最後に、

自分独りではいろいろと力不足ですが、
犠牲となった方々に、どうか安らかにお眠り頂けますよう、
お祈り申し上げます。
いつものことながら、

いつ更新するのやら・・・

の状態になってしまっており、

御無沙汰致しております。


 さてこれまで、
諸事情がらみで数年前に「うつ病」となって以来、
定期的な通院と投薬を受けておりました。

 一時は症状が悪化し、度重なる投薬量増加で、肝機能までも悪化し、
肝臓の薬も追加、という、際限のないかのような状況に陥りました。

 症状の悪化は仕事にも影響し、
かろうじて解雇は免れたものの、
原因不明(その当時)の仕事中の睡魔が絶えず、
長期にわたる休職を余儀なくされました

仕事中に睡魔が襲ってきて居眠りをしてしまうことが頻発したため、
デスクワークであるため、危険性は少ないと思われますが、
周囲からは「やる気がない」かの如き視線を浴びまた後ろ指を指され

会社の産業医は

「まだだめだねぇ・・・(嘲笑)」

ということで、復職しようにもできず、

歯痒い思いと同時に、

「このままクビになるのかねぇ・・・」

という不安もあり、先の見えないことの苦しさを思い知らされました。


 そんな中、
紹介されて行った病院で「任意入院」という形で薬を減らす、
いわば聞こえは悪いですが「薬を抜く」ことを勧められ、

不安があったのは言うまでもありませんが、

「こんな『薬漬け』はもう嫌だ」

との思いで入院し、
投薬量を大幅に(15錠くらい)←減らすことができました。

 結果としてではありますが、
あれほどひどかった睡魔はピタリと止み
周囲からは
「顔つきが良くなったねぇ」
と言われ、
(悪かったな、顔つきがひどくて・・・)

3か月ほどで、血液検査の結果が急速に改善されていきました。


 その後も引き続き、この先生にお世話になっていたのですが、
この先生は、

「薬というものは、必要がなければ飲まないに越したことはない」

という大変ありがたい考え方をお持ちで、
その後も症状が改善されていくにつれて、バッサバッサと投薬量を減らしていくので、

あくまで患者であり、医療従事者ではないとはいえ、少しばかり薬と医学の知識を個人的にかじった
僕のほうが心配するほどでした。


 その後症状が安定してきたので、
月に一度であった通院が2か月に一度となり、
先月末まで2か月に一度、精神科に通院しておりましたが、

「メンタル面での状態は安定しているし、薬も内科で処方できるものであるから、
ここしばらくの課題は、内科的問題となる(肝機能が未だ少し改善の余地あり)ので、
ここ(精神科)の診療はこれでいったん
終了としましょう」


と言われ、紹介状を書いて頂き、
感謝感謝の気持ちで深々と頭を下げました。


(続)
(いつになるかはわかりませんが・・・←)