りゅうせんけいの「重箱の隅」

りゅうせんけいの「重箱の隅」

知らないことは罪である!

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 最近は、ずいぶんと世知辛い世相になってきている気がします。

 「冷静に」「公平に」「大局的に」「総合的に」といった言葉の下、
また「そんなの甘え」「世の中厳しい」「自己責任」などといった言葉の下、
殊更に他人を「見下す」「鞭打つ」感じの発言が目立ちます。

 しかも「標的」とみなされるや、「弾丸雨飛」のごとき集中砲火。
 特にニュース記事のコメント欄などはそんな感じが非常に強いように感じます。

 もちろん、中には的を得たものもあったり、自分と正反対の意見でも「う~んそれも一理あるなぁ・・・」と考えさせられるものもあるので、一概に否定はできません。

 むしろ、自分とは意見を異にする方の意見をよく拝聴してみたい。
そしてじっくりと考えてみたい。

 「よい」という言葉は、大変に解釈が難しい言葉だと思いますが、
どちらも考えている事柄を「よい」方向にもっていきたいことは同じはず。
では何が違うのか。

 必ずやお互いに気づき合うことがあるはずと思います。


 でも、コメントを色々見ていて、何といったらいいのか、
こう・・・なんか「右に倣え」的な感じがものすごくするのです。

 社会全体(私も含め)に余裕がなくなっているような。
 だから、当事者の立場をわきまえることなく罵詈雑言が飛び交ったり、
攻撃の矛先がパワーバランス的に弱い立場の方にどんどん向いていったり、
「そうだそうだ」の大合唱のような構図になったり。

 自由に発言できるようで、実は何か違うような。
 不思議な感覚のする昨今の世相。
本日で、東日本大震災の発生から4年が経過致しました。


震災、及びその後の事態の中で、命を落とされた方々に対し、
また御遺族の皆様に対し、改めてお悔やみ申し上げます。

 また、未だ行方の分からぬ方々、
そして御家族の皆様におかれましては、
一刻も早くお戻りになれますことをお祈り申し上げます。

 そして、未だ不自由な生活を強いられている皆様におかれましては、
もう4年にも・・・と思う時、
その御苦労の程、想像を絶するものがございます。
心よりお見舞い申し上げます。

 3月だというのに、今年もまた寒くなってまいりました。
 御身体にお気を付け下さい。


 昨年の今日、やはり記事を書いておりました。

 あれからはや一年。

 何もできない自分に
「結局、何にもできねぇじゃねぇか」
と、苛立ちと無力感を募らせ、
そこへちょっとした衝撃の事実(僕にとって)が発覚。

 ほとんど泣きそうになっている自分と、
それを嘲笑うかのように過ぎていく時間。

 被災された方々から見れば「そんなことぐらいで・・・」と言われることやもしれませんが、
自分の今後の人生を大きく左右しかねない事態です(現在進行形)。


 もう歳も歳ですし、
自衛隊や消防、土木等の方々の任務のような過酷なこともできず、
今はただただ幸あることを祈ることしかできないこと、何卒御堪忍下さい。


 最後になりましたが、
被災地の一刻も早い復興と、
被災された方々に、一日も早く笑顔が戻る日が来ますよう、
心よりお祈り申し上げます。


2015年がスタート致しました。


 昨年は、結局終戦記念日より更新なし音沙汰なしの幽霊ブログと化してしまいました。

それにも拘らず、時折覗いてくださっている方もおられるようで、
この場を借りまして、厚く御礼申し上げます。


 今年もやる気があるのかないのか←、
不定期更新の典型ともいうべき姿となるであろうことが想像されております。

 内容は大したこともなく、
また、文章も読みづらいものではありますが、

「たまの暇つぶし」ぐらいになるようならばこれ幸い、というぐらいの気持ちで更新して参りますので、
気が向いた際にはお付き合い下さい。


本年も何卒よろしくお願い申し上げます。



 さて、
先般行われた衆議院選挙の投票率:

52.66%(小選挙区)
52.65%(比例代表)




・・・なんですかこれは?




単純に考えて、国民の半数近くが投票に行かなかったというこの事実、

緊急または突然の用事等、どうしようもないことならばともかく、

「票の入れ先が無い」という思いや、
一種の「抗議」という思いから、
権利を棄てた方もおりましょうが、


「誰に(どの党に)入れても変わらない」

という言葉に代表されるように、
無関心・無力感、そして無抵抗、

もはやここに至りて、
国民の半数近くがマゾヒズム政治的無関心に浸ってしまったか
というような現実。


 いまや情報が氾濫し、政治・経済は複雑怪奇、
私自身も時間を見つけてはいろいろと勉強をしているつもりではありますが、
なかなか見えてこない。

しかし、諦めるつもりはありません。

 以前書きましたが、


わからないことは勉強すればいい。調べればいい。

 わからないからといって、放置してはならない。

 情報が氾濫している現代であるからこそ、忙しいだのなんだの言っているようではいけない。

(自分たちの生活や社会の営みがモロに関わってくるのですから)

何もしないのは、窮極的には

「暴政を敷く為政者に白紙委任状を送りつける」

に通ずる行為ではないか。


 この思いは今も変わってはおりません。


"誰に(どの党に)入れても変わらない"

 今の日本の政治状況を鑑みるに、残念ながらこんな思いは一面、正鵠を得ているとも言えます。

しかし、それを正しいと考えて行動(ニヤリイコール投票といえましょう)した場合、
結果として、

喜ぶのはあなたでしょうか?

あなたに笑顔をもたらしますか?


何か違う人を喜ばせ、笑顔にしていませんか?
その人は、あなたに笑顔をもたらすようなことをして(「言って」に非ず)おりますか?

そういった判断のために、何か自分なりの考えを持っておりますか?


「今の」「あなたの」判断と行動が、自分の子や孫の世代に納得してもらえるであろうものですか?
(私個人としては正直「このままでは自分の世代は恨まれるな」と感じております)


 偉そうなことばかり書き連ねてしまいましたが、

「先を憂いて、今は辛抱」

のつもりが、いつの間にか

生まれてから死ぬまでずっと辛抱」

の道筋を作る片棒を担がされているような感触を禁じ得ない、
そんな年末年始です。


最後になりますが、
今年一年が、皆様にとって、幸多き一年となりますよう、お祈り申し上げます。