『向田理髪店』東京上映を終えて……。 | 森岡利行オフィシャルブログ「監督日誌」powered by Ameba

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脚本家
舞台演出家
映画監督
プロデューサー
文教大学情報学部メディア表現学科非常勤講師

東京上映が終わった。

が、まだ大牟田の上映は続いている。

目指せ10,000人だ。

 

わたしはこの作品の前にも奥田英朗さんの小説『純平、考え直せ』を

映画化しているが、最初に奥田さんの小説を読んだのは『空中ブランコ』だった。

 

その中でもとりわけ『女流作家』という短編に自分の立場もあり、惹かれた。

女流作家・愛子がいつも同じような小説を書いてるのではと疑心暗鬼に陥り、

書けなくなり、精神科の医師・伊良部に診断を受けるが落ち込んでしまい、

出版社で友人の映画ライター・さくらと出会って、

若手映画監督の話をするくだりだ。

一部、抜粋してみる。

 

 

「わたしがずっと応援して追いかけていた映画監督がいてね、

三年振りに映画を撮ったんだよ。それがものすごくいい出来でね。

マニア向けじゃないよ。独りよがりのものでもないよ。

 

洒落てて、高度で、良質な娯楽作品だよ。役者もいい。

カメラもいい。試写室でわたしは泣いたね。そして興奮したよ。

これでこの監督はブレイクする。とうとう日の目を見るって───。

 

それなのに、客が入らないのよ。

 

封切り初日、家でじっとしていられなくて映画館に行ったら、

監督とプロデューサーが閑散とした客席の片隅にいてね、

もうどうしようかと思ったわよ。

 

わたしだって気づかれてるけど、顔を合わせられない。

かける言葉も見つからない。

 

終わったとき、わたしは目礼だけして帰ったよ。

監督、健気に微笑んでたよ」

映画『女の子ものがたり』現場。

 

「まだ可能性はある。

きっと口コミで広がるはずだって思って、

その後も映画館の周りをうろつくんだけど、それでも客が入らない。

 

製作費が安いから、宣伝するお金もなくて、

どうしようどうしようと思ってるうちに、

たった二週間でレイトショー行き。

こんな残酷な話ってある?

 

これが日本映画の現実だよ。

 

入るのはアニメとテレビの焼き直しばっかり。

大手企業が出資して、人気タレントを使って、

大宣伝して、大動員して、目先の金を稼いで作り逃げ。

 

こんなふざけた話ってある?」

 

映画『女の子ものがたり』現場。

 

声が震えていた。見上げると、気の強いさくらが涙ぐんでいた。

 

「あの監督、これからどうやって頑張ればいいのよ。

年明けの『キネ旬』でベストテンに入るくらいじゃ癒されないね。

セールスを残さなきゃ、次のチャンスなんてなかなか訪れないんだよ。

監督の胸の内を思うと、わたしは当分笑えないね。

 

おまけに、わたしには何もできない。

 

せいぜいつてをたよって雑誌に売り込むぐらいだよ。

いまだに近寄れない。電話もかけられない。

せめて、自棄を起こさないでくれって、祈るしかない。

 

映画『女の子ものがたり』現場。

 

関係者にそっと聞いたら、彼、毎日街をふらついてるってさ。

どこも行くとこがなくて、人にも会いたくなくて、

一人でただ歩き回っているんだよ。

 

わたし、それ聞いてどうにもやりきれなくなったよ」

 

映画『女の子ものがたり』現場。

 

「この国で映画の仕事やってると、こんなのばっかだよ。

ここで報われないとこの人だめになる、

だから神様お願いですからヒットさせてくださいって天に手を合わせるんだけど、

それでも成功することの方がはるかに少ない。

 

映画『女の子ものがたり』現場。

 

わたしらは彼らを前にして思うよ。

せめて自分は誠実な仕事をしよう、インチキに加担だけはすまい、

そして謙虚な人間でいようって───」(ここまで抜粋)

 

映画『女の子ものがたり』現場。

 

さくらからその話を聞いた主人公は立ち直る。

書けなかった愛子に伊良部が「もう書けそう?」と声をかけた。

 

(抜粋)

きっと大丈夫だ。そんな気がする。

負けそうになることは、この先何度もあるだろう。

でも、その都度いろんな人やものから勇気をもらえばいい。

 

みんな、そうやって頑張っている。

さくらの昨日の言葉には、本当に励まされた。

反省もした。自分の小ささを恥ずかしく思った。

 

映画『女の子ものがたり』現場。

 

世界のあちこちで起きている激しい出来事に比べれば、

作家の仕事など砂粒のようなものだ。

消えたっていい。風に飛ばされたっていい。

 

そのときどきで、一瞬だけ輝いてくれれば。

愛子は診察室をあとにした。

ここに通ってよかったかな。小さく思い、苦笑いした。

少なくとも、気はらくになったのだから。

(奥田英朗著『空中ブランコ“女流作家”』より)

 

映画『女の子ものがたり』現場。

 

いいでしょ、奥田さんの小説。

みんな読んでくれ。

 

わたしも頑張ろう。

まだまだ『向田理髪店』は終わっていない───