STRANGER -3ページ目

ビコーズ

ふと目を開いた時の世界を皆はどう感じているのだろう。
それはまるで極彩色を集めた花束のようなのかもしれない。
だってそうでしょう?恋話をして、誰と誰がどうなっていて、
そんな未来に憧れて、目を輝かせながら話すんだもの。
とても楽しそう。だってそうでしょ?
私なら見過ごしてしまいそうな小さな幸せを感じられるんだから。
羨ましい。だってそうだよ。私にはこの世界は生きるにはあまりに辛すぎる。
何をしていても落ち着かない。友ちゃんは落ち着いてるって言うんだけど
実際はそうじゃないんだ。朝起きて鏡を見る度に、通学のバスの中でも
携帯を触っても触りたくなくなって、でも触ってないと落ち着かない。
教室の席についてまず思うことは勉強のことなんかじゃない。あなたのこと。
皆は言ってたよ?恋愛って楽しいものだって、でもそうじゃなかった。
ゲーセン行ってプリクラ撮るのが怖かった。自分がそこに映るから。
一人で帰るとき、やっぱり携帯は鳴ってくれなくて。
遠くに見える電信柱の下に、人影が見えると走って追いかけた。
人違いだった。友達が心配してくれて何でもないって振り切った。
ふと目を開いた世界に私はいるのかな。あなたの隣に私はいるのかな。
私にはあなたのいない世界なんて想像も出来ない。
あなたには私がいない世界が想像出来てしまうのかな?
怖くて聞けないけど、でも私がそこにいることを願ってる。そうあって欲しい。
家について、無意識に携帯を放り投げて、その後に壊れて連絡が取れなくなるのが怖くて
そっと拾い上げて胸に抱いたまま、また落ち着かない朝を迎える。
朝シャワーを浴びるとき、いつも胸の下に出来た痣を見てしまう。
あなたに殴られた時のものなんだ。そう思うと何だか落ち着けて、
太ももに出来た痣を見ると、あなたを感じて安心する。
皆が見つけてる小さな幸せってこれなのかな?でも少し違ってることは分かる。
だけどこれが私にとっての小さな幸せ、また私の所に戻って来てくれるって信じてるから。
でも、最近気付いた。あなたが戻ってこないってことに。
そう思うと何もかもがどうでも良くなってしまう。
あなたが撫でた髪も、優しくキスをしてくれた瞳も、抱き寄せた体も。
夜を過ごした唇も、あなたを愛した心も何もかも。
孤独な私に訪れた小さな幸せだった。
皆が話していた憧れの未来が私にもやってきたと思った。
あなたが現れたとき世界が違って見えた。でもあなたがいなくなってまた世界が変わった。
あなたが戻らない今、もう私には世界なんて無いのと同じなの。
あなたが悪いわけじゃない。私が悪いの。だからあなたに会える世界に。

バリアー

少し豪華なオムそばサンドには甘いイチゴオレがよく合う。
10年もしないうちに缶コーヒーにタバコのトッピングへと様変わりする。
禁煙出来そうだと安易に空を仰ぎ、口の中で行われる口内調味にしばし舌鼓を打つ。
緑化が進んだ広い屋上の端、彼女は仲の良い友人と弁当を食べていた。
美しい女性というのは何をしていても絵になるものだ。
「可愛いよな」
そう言って近付いてきたのは佐藤有也だ。
可愛いと美しいの境界線というのは、この年齢では不確定であるのだろう。
「狙うのはやめとけよ?」
ピンポイントな忠告だが、狙う気はない。
「焼きそばパンじゃ釣れないかな。」と冗談を言ってみる。
「最高級国産黒毛和牛ステーキサンドでも釣れねぇよ。」
どうやらコイツには冗談が通用しないらしい。
札束を積んでも動かないだろうと心の中で追伸を送る。
「ってかちなみにそれオムそばパンね。」
佐藤のダメ出しを右側に流して、正面の彼女を見つめる。
何の話で盛り上がっているのか、度々笑みを零しては口元を隠す。
幾度ある談笑の間に、彼女の瞳が俺を捕らえた。
口元の手が静かに下ろされ、固く結ばれた口元が見える。
周囲のノイズが遮断され、視覚だけがクローズアップされる。
少しばかり困って見える顔に油断の二文字は見受けられない。
俺を現実に引き戻したのは、予期せぬ佐藤の拳だった。
「そんなに気になるのか?」
気になる。間違いはない。しかし好きという感情とは違う。
「行こう。次、移動教室。理科室行かないと。」
気にかかっている。という言葉の方が合っている。
彼女は俺が救わなければならない人だからだ。
心に秘めた箱を開き、その中身を交換しなければならない。
固く閉められている箱の中、それは確実に侵食を始めていた。
それは冷たいものだった。
それは複雑なものだった。
それは孤独なものだった。
それは不安なものだった。
それは言えないものだった。
それは隠したいものだった。
それは彼女だけのものだった。
18年という未完の人生は地面という固いベッドインで幕を閉じた。
遺書も日記も残さず、それから5年もせずに事態は風化した。
残されたのは遺族の悲しみと揺ぎ無い友情と悲しい思い出だけだった。
彼女は今から8日の後、この屋上から飛び降りた。

ブリーズ

ふと目を開いた時の世界は、あなたにとって何色に見えるのだろうか。
色鮮やかに咲き乱れる草花とどこまでも続く青空が太陽の光りを吸収している。
校庭には清々しい汗が、教室にはチョークの粉っぽい香りが微かに流れる。
教室には笑い声が絶えず、流行に左右された男女が色恋の話に花を咲かせる。
流れていた空気が一時止まる瞬間をあなたは知っているだろうか。
それはその教室に咲く一輪の花が教室のドアを静かに跨いだ瞬間に訪れる。
人工的な手入れを一切必要としない伸びやかな栗色の髪。
無機質な空気の中心で、スローになった映像は彼女の顔をクローズアップ。
零れる笑みに見える殺人的な必殺技は、男子の心にはクリティカルヒットだ。
黒板の前を通り過ぎ、直角に曲がると、その先にいる俺の前でストップ。
今でも忘れない。彼女の唇、肌の色、
黒目の大きな瞳、胸元にかかる髪の緩やかなカーブ。
彼女は滅多に口を開かない。真っ直ぐな目が、俺にどけと訴えた。

現実を突きつけられた悲しみをあなたは知っているだろうか。
それは底知れない闇の中でふつふつと湧き上がってくる。
それはアナログでもデジタルでもない4次元の世界の話。
ある学者は心が宇宙に繋がっていると説いていたらしいが、
それらは人知れずコミュニティを形成しているのが本当の話。
見えないものを信じようとしないのに神様だけを信奉する人間にはどこか神秘的だろうか。
沸き上がる闇に巻き込まれまいと不敵な笑みを振り撒いて、
何処か悲しげな横顔に、男たちは言いようのない興奮を覚える。
コミュニティを遮断して、一切の関係を持たないようにしているのに。
自分と関わっていては幸せになどなれないと決め付けてしまっている。
彼女の中では、流れるリズムが周囲の波長と合わないのだろう。
それは、春に相応しいヴァイオリンの小刻みな旋律ではない。
ゆっくりと奏でるピアノの鎮魂歌。
あなたは人間の本質がどこにあるかを知っていますか。