STRANGER -2ページ目

ボウエント

油川、最近暗い感じに見えるけど、何かあったのかな?
「さぁ?そんな風に思ったことないけど、なんで?」
「いつもと変わんないよ?何?気になってんの?」
「分かりません。油川さんとは、あまり話しませんので。」
「そういえば最近下向いてばっかだもんね。また、何か分かったら教えてよね。」
「あの子にはあの子なりの悩みがあるんだよ、きっとね。」
「どうなんだろう?あなたは、どう思う?」
思考回路を辿って、相手の言葉の裏を解釈する。
脳裏をよぎる「どうでもいい」という言葉を一秒足らずでキャッチに成功。
探偵ごっこをするのは開始三十分も経たずに終了を迎えた。
向こう三軒両隣。遥か昔、長屋が軒を連ねた時代からある人との繋がり。
そのつながりに高度なデジタル化が見えない壁を作っている。
大人たちはそれを誤った客観視によって「身勝手」だと判断した。
でも違う。今、子供たちは一人で生きている。
一人で生きなければならないと判断してしまっている。
「孤独」の定義を知らず、自ら孤独になっている子供たち。
「理解」の定義を知らず、手を出せずにいる大人たち。
構築された固定観念は、容易に取り払うことは難しい。

周辺から情報を収集し、協力者を探そうと考えた。間違い。
頭の中で巡るシングルループ。歯止めを掛けなければならない。
「お前、さっきからなにぼぉ~としてんだよ。」という声と共にドンと頭を押された。
佐藤はいつも気配なく現れ、五分の一の割合で頭を押してくる。
「部活は?」
「休む。最近面白くないんだ。俺が強すぎるからかな?」
ちなみに佐藤は剣道部で、全国大会で上位にまで上り詰めている有段者。
「冗談だよ。最近面白くないんだ。」
そういって座った椅子を前後に揺らし始める。
「あと少しで終わりだろ?最後まで行けよ。」
「俺、やったらイケるんだけど、教えんの下手クソみたいで、口で説明出来ないんだよ。」
佐藤は揺らしていた椅子を止めると「ってか帰宅部のお前に言われたくないな。」
とにんまり笑ってみせた。悪知恵が働いたようで少し恐い。
有能な選手ほどコーチには向かないというジンクスは、どのスポーツにも共通のようだ。
「何かこう強い相手でもいてくれたら張り合いがでるんだけどな。」
そういって立ち上がると、素振りの真似をして俺の頭に面を入れた。
とここでストップ。
にやりと笑う俺に佐藤は少し動揺したようだった。
脳内で開始されたダブルループ。
再び流れ始めたシナプスへの電力は少しばかり強めだ。

バインド

家に着くと真っ先に自分の部屋へと向かう。「ただいま」は言わない。
整頓された部屋の端、ぬいぐるみが一周するベッドに身を投げる。
訪れた静けさの中、ベッドに染み込む香水の匂いを堪能する。
香水と共にやってくるのは脳内に保存されたいくつもの思い出の写真。
容量オーバーを知らないピクチャーフォルダーをスライドショーで再生する。
しかし人間の脳は機械ではない。そこに投入される感情というプログラム。
このプログラムは時として恐怖となって人間の脳にウィルスを送信する。
堪えようの無い恐怖が現実と共に押し寄せ、その細い身体を自分の腕で抱えるのだった。
泣いても泣いても止め処なく流れ出す泉。感情のコントロールは本当に難しい。
朝が来て光りを浴びるとフォルダーが自動で最小化されていることも忘れている。
気付くと空腹に覚えの無いお腹がなっていて、目覚まし時計のようにポンと叩く。
壊れた時計を抱えたままシャワーを軽めに浴びて昨日と同じ制服に着替える。
部屋からは寄り道もせずに家を出る。「いってきます」は言わない。
毎日が同じことの繰り返しで、刺激も無ければ変化も無い。
そんな時、朝の通学路を歩いていると、昨晩与えた快感を身体が欲していることに気付く。
電柱の脇に身を寄せて、静かに目を閉じて昨晩のことを思い出してみる。
学習能力があるはずの脳は、この後に恐怖が待っていることを覚えていなかった。
何も無いはずの身体から、これでもかと汚物が吐き出されてくる。
飛び散って汚れた靴や洋服が自分をまるで獣のように思わせてくる。
こんな時のコンビニはとても便利だ。「かります」の言葉も出さずにトイレへ向かう。
口をゆすぎ、顔を洗って、暫く鏡に映る自分の顔を眺める。
まるで幽霊にでも出会ったかのような顔に嗚咽して、また吐き戻すのだった。

本当の恐怖をみんなはどう考えているのだろう。
それは幽霊を見ること?虐められること?戦争が起きてミサイルが飛んでくること?
違うわ。本当の恐怖はもっと身近にあって、目では見えないものなの。
みんなも知っているはずなのに、そうならないようにしているだけなの。
だから気付かない、だから分からない。
私の気持ちなんて分かるわけもない。勘違いしてるんだよ。
私は勉強も出来て、キレイで、何も不自由なことなんてないってね。
そんなことない。勉強が出来ても、どれだけキレイでも勝てない。
いつまでもどこまで行っても追いかけてくる。環境や自分の感情さえ味方をしてくれない。
わたしはひとりぼっち。

バーデン

遠い空の下で今も生きて働いている彼を想像してみる。
大好きなドーナツ屋さんを通り過ぎて香ばしさと甘さの同居した香りを堪能する。
入り混じるコーヒーの苦い香りを横に流して、欲の無い顔をして真っ直ぐ歩く。
フィットしたスーツが洗練された筋肉によって見事なフォルムを描き出す。
1つのショーを模したかのように、革靴がリズミカルな音を奏でる。
微かに香る香水は、季節ごとに色を変え、夏の今は清々しい水色の香り。
海と南国の甘みをブレンドしたかのような香りは腕を抱くとより一層流れてくる。
アイロンが行き届いた青いボタンダウンシャツは広く胸元が開かれ、
お揃いの金のネックレスが見え隠れし、掛かる小さなダイヤのトップが揺れている。
とここでストップ。
遠退いていた感覚が現実へと引き戻してゆく。
少し高めの声が理科の教師のものであることは容易に理解できた。
アルコールと金属製の香りが想像していた香りを打ち消し、
周囲の状況が幸せな情景を記憶の中へと流してゆく。

目の前には4色の異なった粒と爪楊枝の3分の1程の棒がいくつか用意されている。
これは教科書という名の組み立て解説書を参考に作る高度なレゴブロック。
「それぞれの物質と結合した後の名前を教科書で調べておくんだ。」
理科が生徒に嫌煙されるのは、教師の自己満足的な授業が原因の一つであると思う。
「なんであいつあんなに楽しそうなんだ?」と佐藤がぼやく。
無限に広がる確立の世界で浮かび上がる一つの係数。
二重に重なり合う鎖はしっかりと組み合わさる螺旋を成して駆け上がる。
まるで子供のように楽しんでいる周囲の状況は、一言で言えば勉強そっちのけだ。
その中で、ただ一人魂の抜けたように呆然としている生徒がいた。
気付いた隣の女子が大丈夫?と問いかけ、何でもないと何事も無いかのように振舞っていた。
無理に作ったからだろう。大丈夫というその笑顔は不自然に引きつっている。
無意識だったのだろう。握った胸元は自分を安心させるためのサインだ。
居心地が悪いといった感じで、釈明した後に普段よりも口数が多い。
彼女は嘘をついている。油川、お前は何を隠しているんだ。