A Cheap Log. -8ページ目

A Cheap Log.

Kei

風薫る五月の長期休暇も終わり明日から多くの日本人が日常生活に戻る。

昨年の連休は天候不順だったが今年はまずまずだった。

TVニュースで連休中の帰省ラッシュや道路情報が映る度に呆れる。

関西でも自動車事故が多発しトンネルで炎上していた。普段クルマに乗らない運転レベルもマナーも未熟な連中が大挙して道路を占有する。一旦クルマに乗ってしまえば運命共同体。敢えてクルマで遠出する気には到底なれない。

「どこ行っても混んでるから家でユックリしたい」カミさんが云うからノンビリ過ごした。衣類の入れ替えや片付けなんかしてたらアッと云う間だった。


昨夜の第3戦ヘレスは多少物議を醸すレースとなった。

もう誰一人マルケスをルーキー扱いしない。歴としたチャンピオン候補の一角だ。

レースウィークは快晴で路面温度も50度近くとなりタイヤに厳しい状況で予選から転倒者が続出した。ブリジストンワンメイク後のレース体制で選択肢が殆ど無い。全クラスでスリップダウンの連発だった。

MotoGPクラスは漸くホンダのエースペドロサが今季初勝利を掴んだ。新人マルケスの後塵を拝し辛酸を舐め続けたが勝てなければ存在価値は一瞬で消え失せる厳しい世界だ。



ラストラップのマルケスとロレンソの接触は何事も無く片付けられた。あの程度で騒ぐ方がどうかと思った。

お互いの「読み違い」が生んだアクシデントだが問題視される程のアタックではなかった。


あれが問題なら1998年の250ccチャンピオンはロリスカピロッシではなく原田哲也になる。

アプリリアイヤーの締め括りはGP史に永久に残る「最も薄汚いチャンピオン」の誕生で幕引きとなった。


https://www.youtube.com/watch?v=s3oN_hAUWEU


曰く付きのシーンだけに見つけるのに時間がかかった。当時テレビで見ていて「ぁあッ」と大声上げたのを覚えている。

この後にイタリアのメランドリなんかも無謀な「体当たり」をやった。他のライダーも同様のアタックが目立ち始めた。「勝つ為なら何でもあり」GPに不穏な空気が暫く漂った。

カピロッシのアタックをFIMが容認したからに他ならない。アプリリアの内部取引もあった。ロッシは我関せずと知らん顔していた。


ロレンソもセッティングを出せず必死だった。ルーキー相手に王者のプライドも当然あっただろう。

然しながらロレンソも昔は強引だった。四輪のチームオーダーは現在の二輪界には無いがエースがロッシだった時代にルーキーで抜擢されたロレンソはロッシに無茶な事を頻繁にやった。それを思えば今回のマルケスは問題にならん程度だ。

カピロッシは引退し歳月が流れ今は己の悪行を正当化する弁が目立つ。人間は手前勝手な生き物だという典型的な奴だ。


ライダーは基本的に「良い人間」では勝てない。仕事でそんな話を数多く聞いた。一般的な常識なんか全く関係無い。「速いヤツが偉い」ただそれだけの世界だ。

スペンサーがキングに引導を渡し王者を勝ち取ったレースもスペンサーを知る人々から「らしくなかった」と聞いた。


「世界最速の男」の栄冠はそれ程の価値なんだと今更ながらに思いながら表彰式の煮え切らない表情のマルケスとロレンソに挟まれ少々神妙な顔付きのペドロサが印象的だった。

Moto2は中上が表彰台は逃したが健闘した。故若井選手の不慮の事故死から20年が経つ。一時期に比べ低迷の日本人ライダー、頑張って欲しい。




今年も既に1/3が経過し早皐月、GWも前半が終了した。

先週予定していた東京行きは風邪が一向に回復せず断念した。
3月末の約束の際も東京ドームの野球観戦と飲み会の段取りしてくれたが先の交渉が長引き急遽中止となった。
親しき仲にも何とやら。電話で平謝りで詫びた。
「度々でホンマに申し訳無い、ゴメンな…」
新年度で皆忙しい中、迷惑を掛けてしまった。自己の体調管理の杜撰さを反省した。

先週は禁煙治療で御世話になった先生に二度点滴注射と処方箋薬を頂き安静にする事に徹し日曜に漸く少し楽になった。

年の半分以上を出張で国内外跳び回った30代の勤めに戻った頃は近隣のご高齢の先生に頻繁にニンニク注射を打って貰い凌いでいた。即効性があり多忙だった当時は助かっていた。

四十代後半に入り体力低下が著しい。禁煙後に体重が85kgを超え少々運動しても簡単にウェイトが落ちない。

心掛けて日頃の不摂生から脱却しないと状況は改善できない。


漸く体調も回復した日曜に昼からカミさんと「うめきた」へ出掛けた。


10年程前「大阪北ヤード」の名称で始動した日本最後の大都市中心部の大規模再開発計画。

再開発開始当時は関係者から様々な話を頻繁に聞かされた。

定例飲み会で開発絡みの外郭団体のエライさんの見通しの甘いヌルイ絵空事にキレて罵声を浴びせた事もあった。

多少なりとも建設業に携わっていたから様々な話をあちこちから聞いた。
今度しくじれば大阪は本当に終わる。

花博で空前の好景気に沸き後のバブル崩壊や震災、ベイエリア開発の大失策、オリンピック招致の決定的敗北等で貯金は使い果たし財政再建団体寸前まで落ちた。

大阪発祥の大手企業も多数が東京本社になり商都大阪は今や単なる国内の地方都市となった。甘い汁は全て首都に吸い尽くされた。

開発当初に関係者から入手した計画書に愕然とした事を今も覚えている。求心力が皆無となった関西政財界がこの大開発を持余していた実情を計画書が如実に物語っていた。

様々な紆余曲折を経て「大阪北ヤード」は「うめきた」として漸く開業の運びとなった。

グランフロント大阪は汐留再開発を想起させる極めて「大阪的ではない」商業施設となった。

かつての大阪は70年の大阪万博で驚異的に飛躍し昭和末期の花博では誰もが失敗すると予測したにも関わらず空前の動員を記録し大規模都市博を二度とも成功させた。

然しながら永続的な求心力のある都市開発に関しては永らく失策を繰り返した。

今回の一期開発はグランフロント開業から3日で100万人を突破し順調な滑り出しとなった。

館内は近年の大阪に見られなかった活気に溢れ猛烈な混雑だった。30歳以下の世代はかつての大阪の活気に溢れる本当の賑わいを知らない。


結果的には当初計画から商業施設が大幅に拡充し現時点では予想以上の来場者となったが、今後の二期工事の西側開発がどうなるか?
ここまで練り込まれ良い形に進化した大阪駅前に最も必要なコンテンツは何か?

新幹線を直結させないと意味がない。リニアを新大阪に繋げる話が早々に公表されたが或る種の力が働いているのは明白だ。

再開発も漸く一段落し一昔前に比べ飛躍的に伸びた東京駅。

大阪駅に新幹線を通す計画は大昔に実在し地下に通す構想で路線確保も完了していたのに新大阪に計画変更された。

新幹線が中心部に直結しなかった都市は結果的に没落した。大阪、神戸、岐阜…

大阪の復権を本気で考え今後の若い世代に我らの街を託す為に新幹線を通す事から逃げてはいけない。

想像以上の再開発に昇華した大阪中心街が更なる発展を可能にする為この最大の懸案事項と真っ向から対峙しないと真の発展は有り得ない。

ひかり/こだまを新大阪駅停車、のぞみを大阪駅停車とし、途中下車可能にする等の施策で人の流れは劇的に変えられる。

非常に長いスパンで考えれば費用対効果が最も高くなる事は間違いない筈だ。

自分が死ぬ迄にJRや阪急の間を新幹線が駆け抜ける大阪駅を見てみたい。東京に行く時の有楽町に差掛る辺りのダイナミズムが大阪中心部で実現すれば一変する。


そんな期待を抱かせる「うめきた」…大阪の逆襲の牽引となる事を切に願う。




http://www.grandfront-osaka.jp/

今日は予報通りに天気が崩れ昼から生暖かい空気が立ち込め夜半から降り出した。今日は終日ユックリ過ごし昨夜の闘争の疲れを癒した。

昨日の交渉は予想外の決着だった。

夜半の開始早々に金銭解決を提示し初回の交渉時と一転し平身低頭の構えを見せたが最後まで正式謝罪は無かった。

今回でケリつける覚悟で交渉に臨んだ。軽く酒も喰らい隙あれば怒声を浴びせ追い込む手筈もカッチリ仕込み予定通り中盤から先方は黙り込み更に声を荒げた。
昔から第一印象は穏かに見られる事が多いがキレた時の豹変ぶりを知ると態度が変わる。初回交渉時との落差に面喰っていた。相手方担当者や弁護士の顔を見据え結構楽しめた。

最初に咬み付いた時は身の程知らずと完全に舐めていた。公的機関から追及が入りそれが俺の人脈で手が及んだ事に気付いた途端に態度を翻し早期の金銭解決で一気に鎮静化に動いた。正直これ程アッサリ引き下がる腰抜け企業と思わなかった。

個人会社の一匹狼のチンピラが東証一部上場の最大手企業相手にケンカ売って馬鹿な奴だ位にしか思ってなかった様だ。
出方次第で先方社長を民事法廷で吊るし上げ刺し違える覚悟だったが呆気無かった。

何で俺がこんな企業ゴロみたいな真似をしなければならないのか…ただ虚しかった。


第2戦初開催となったアメリカGPは歴史に残るレースとなった。

前日の予選で最年少記録のポールとなったマルケス。トップクラス2戦目の初勝利、ポールトゥウィンの完全優勝だった。凄まじい鬼気迫る激走だった。


まだ二十歳…昨シーズンまで下のクラスで無敵だったとはいえトップクラスで即通用したライダーは数少ない。
ビアッジの鮮烈なデビューウィンは印象的だったが結果的にトップクラスのマシンを乗りこなせず消えて行った。

1000ccにレギュレーション変更の10年前、鈴鹿で日本の希望だった加藤大治郎が事故死した。前日に鈴鹿に入っていて大阪に戻り翌日この訃報をメールで知った時の衝撃は今もハッキリ覚えている。

94年の八耐、パドック上で観戦していた。彼の早さは尋常ではなかった。転倒してヘリコプターで運ばれたと記憶するが将来を誰もが期待した本物の天才だった。

今回のアメリカGPは故加藤大治郎の追悼も随所に見られた。丁度10年前の事だが誰も忘れてはいない。今も皆の記憶の中で彼は生き続けている。



マルケスが今回のレースで最年少優勝の記録を31年ぶりに更新した。

それまでの記録はスペンサーだった。改めて流石だと思った。当時の弱かったホンダでなければスペンサーはもっと早く優勝出来た筈だった。

92年の八耐で突然復活したスペンサーと仕事で出会った。中学の頃からの神様だった。故アイルトンセナと記者会見で同席した時よりスペンサーとパドック上でレース後に握手とサイン貰った事の方が嬉しかった。


本物の天才はそう簡単には現れない。皆が期待するが滅多には出て来ない。

久々に「伝説」という言葉に相応しい天才が登場した。

本当に凄い奴はいつも突然現れる。そして最初から凄い事を軽々と遣って退けてしまう。

31年ぶりに記録を塗り替えた異次元の走りの天才児は、実はスペンサーと瓜二つのライディングだ。

今シーズン、奇跡が起こるかもしれないと予感させる記念碑的レースだった。



http://www.motogp.com/ja


この数カ月の闘いもこれで一応ケリがついた。

明後日から久々に東京に行く。木曜の夜は祝杯かねて飯田橋で皆で騒ぐ予定だ。






穏かな陽光に始まった卯月も残り10日となり来週末は早くも連休だが今週は春疾風が吹き荒ぶ寒い日が続いた。

先週土曜の明け方、ブログを綴り就寝した矢先に大型地震が発生し長い揺れが続いた。
ここ最近の各地で頻発する地震に我々が残された手段は「備え」しかない。

最近なかなか時間を思う様に使い切れない。今日も午前中から弁護士の相談等に忙殺され仕事どころではなかった。

来週月曜は二回目の交渉。決裂なら訴訟も検討せざるを得ない。契約不履行の損害賠償、今回は徹底的に叩く。長期化は臨む所ではないが間髪入れず追い込みをかけて行く。
一部上場の大企業相手に何が出来ると舐めてるんだろう。
相手が何れ後悔する事になるまで手段を選ばず応酬する。俺は間違っていない。

平和ボケの日本に於いて何時から厚顔無恥な怖いモノ知らずのバカな一般市民がこれ程増えたのか。

自己の不手際と非を素直に認め真摯な謝意の態度を示さない。

ちっぽけな下らん自尊心が結局は己の人生の幅を狭めている事すら気付かない。

中学の頃に平穏な普通の生き方が出来なくなった。何事も無くスンナリ進めば或いは古いツレと同程度に社会的地位も望めただろうが残念ながら真逆の生き方を選択する事になった。

蒸発した親父の様なクズに絶対ならん様に相応の学歴と企業を選択し社会に出てからアッパークラスの道を歩み自由奔放な若い頃の生き方を捨て保守を選択したが今度は実母に足を掬われ結婚後は身内の尻拭いや後始末に追われ気が付けば己の人生はボロ雑巾の様になっていた。

ここまで何とかやって来たのは俺の意地だ。到底カタギとは云えない生き方になった。

東京に行く予定も大幅に狂い来週の出張も難しくなってきた。

FaceBookで大学のツレも木曜でみんな集まれると連絡入った。他のツレも会って一杯行こうと誘って来る。残念ながら月曜の交渉が終わるまで何とも云えない。

ここ暫く面倒な厄介事に関わり楽しめていない。それでも身近な人の相談でヤカラ相手のモメ事の解決や仲裁に走る。つくづくお節介な性格だ。

「お前な、無駄な事にパワー遣いすぎや。自分の人生もうちょい考えろや」と先週も飲みながらツレに説教された。

ガキの頃から考え方や生き方は然程変わって無い。良くも悪くも自分の限界かもしれない。

幾許かの鷹揚さがあれば少しは変われたのかもしれないが後悔はない。

思えば去年の今頃は暢気に構えていた。仕事も順調に推移し秋には久々に家内をイタリアに連れて行こう等とヌルイ事を考えていた。
年の後半の失速は想定外だった。思わぬ所で足を掬われた。

借金残し押し付け消えた弟も音信不通で早2年が経つ。全てを清算し一人勝手に田舎に引き揚げた実母も3年近く顔を会わせていない。

「許してあげたら」カミさんに言われる。今は到底そんな気にはなれない。

明日は取敢えず久々のオフ。先週の土曜に散髪してから風邪を拗らせ長引いている。

心身共に暫しユックリ休めここ暫くの煩わしさを多少は断ち切らないといけない。





3月中旬に逆戻りした様な寒い一週間、今日も風は強かった。

今日は所用で谷町まで出掛け久々にITの若社長の事務所にも顔出した。その後もバタバタと急ぎ足で用事を片付けたが気が付けば夕暮れ時になっていた。

先月から多少厄介なトラブルで結構時間を喰われている。これが足枷で出張の段取りも進められず結構イラついている。
昔みたいにどつき倒してカタつく様な単純な案件じゃない。場合によっては法的措置も検討せざるを得ない。
端的に云えばこっちは「チャンと謝らんかい」という事だが非は認めるが正式な謝意を示さない。
少々手荒な手段を行使し早々に決着させたいとも思うが最近は色々と面倒になってきた。

「ゴメンな」をチャンと云える人が本当に少なくなった。先の震災の際の公共CMでも連日放映されたにも関わらず効果は皆無と思われる。幼少期の躾が如何に大切かという事か…


春の交通安全週間が始まった。

昨夏の免停明けから無事故無違反で何とか凌いできた。残り4ヵ月弱で前歴0に戻る。
残り僅かだが精々気を付けたい。

最近になって漸くチャリに対する取締強化が本格化し始めた。

本来は家庭の躾と同レベルの事の筈だが個々の判断に委ね責任放棄してきた国や管轄機関等が杜撰であった事は否めない。

今も「一体どこ走ればエエんや?」という公道は至る所に存在する。国の成長エンジンだった自動車業界だけを優遇した道路整備に邁進した戦後の自民党長期政権下、歩く人や自転車に乗る人の「道」は軽視され続けこれに起因する交通事故も後を絶たない。

今回の取締強化は致し方無い面は多々あるが、道路整備の在り方を再検討する機会でもある。

道路は自動車だけのものではない事を現政権は認識を改め道路行政を刷新していく責任がある。


http://www.youtube.com/watch?v=5jRcvERrwm4&feature=youtu.be

http://www.keishicho.metro.tokyo.jp/kotu/spring2013/spring2013.htm