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A Cheap Log.

Kei

久々に更新…勝手が変わってて何回も書き直しとなった。

 

年末迄例年にない悪天候やったのに、元旦からずっと晴れてて何か嬉しい。

 

昨年は骨折入院やら一事業打ち止めやら踏んだり蹴ったりやった。前厄で厄除けせんかったのが悪かったんやと家内に言われて厄除けのお祓いにに天神さんに初詣に出掛けた。

今日は三日やのにえらい人やった。繁盛亭やNHKのちりとてちんの影響ちゃうかと思うほどの人だかりやった。

天満宮の本堂に入ったのは初めてやった。流石に厳かな気持になる。左膝はまだ金属入ってて正坐は正直キツイけど頑張ってちゃんと座ってお祓いして頂いた。




帰宅後、第61回ライスボウルを見た。久しぶりに試合をずっと見ていた。

関西勢同士の対決は、所謂噛み合ったええ試合やった。関学は昔僕のおった会社に28-6で完敗しよったけど、今回はほんまによう頑張った。社会人優位やったけど、下手したら逆転勝ちのチャンスもあった。

 

高校の頃、母が喫茶店やってて朝店を開けて準備するのが日課やった。正月明けのある日、殆ど全てのスポーツ新聞が「京大日本一」の一面見出しで、部活行ったらその話になり逆転TD決めたんが同級生のトップの兄貴やった事を自分一人だけ知らんかったのを覚えてる。

 

社会人になってから関西リーグでその兄貴と会うとは思いもせんかった。

サッカーと掛け持ちで肋骨折ってから一切運動しなくなって15年…今年は良い年になりますように。

赤とんぼを見ることなく秋も年々短くなる折、ヤクルトの古田選手が引退表明した。何となく寂しい気がする。


学生の頃、同立戦を連れと見に行った。優勝争いの大一番で、どっちの応援席も満杯でごっつい盛り上がりやった(ネットで調べたら1万5,000人も入ってたらしい)。


こっちはピッチャー杉浦、立命は長谷川に古田…今考えたらすごいメンツやった。どっちのピッチャーもすごいから(当時は知らんかったが)点があんまり入らずやったけど、野球好きな人はたまらんかたやろな…と思う。


学費は自分で稼いどったから体育会は入られへん。何の心配もせず学校行ける子らはええな~と思っていた。


現在の新卒の就職は09で遂にバブルピークの就職者数を凌駕するに至った。現在その手の仕事に関わっとって色々な話を聞くが、数年間の不遇な若者達や50代以上の年配の方々への対策は不十分にしても若者が社会に希望を抱いて飛び出せる状況が戻ってきた事は、とにかくええ事やと思う。


阿部典史(ノリック)さんが他界されました。貴方とビアッジの壮絶やったバトルは生涯忘れないでしょう。ご冥福をお祈り申し上げます。





めっきり涼しくなってきた。漸く酷暑も一段落。異常気象やなく人災やとつくづく感じる今日この頃…


盆前にバイクで事故して救急車で病院に運ばれた。膝の皿が真っ二つに割れとった。終戦の日に手術し先週漸く退院したが、現在もリハビリを続ける毎日。


初入院で車椅子も初めてやったけど、色んな事があって結構楽しかった。見舞いも仕事の関係やら旧友やら一杯来てくれた。中には11年ぶりの部活の連れも来おった。


毎日同じ部屋のおやっさんんらとタバコ吸いに外に抜け出しては色んな話をした。朝はスズメに餌をやるのが日課になっとった。病院には実に色んな人が入院してくる。観察してると結構面白い。本もかなり読めた。


最初の頃は動くのも一苦労やったのが段々動けるように回復してくると、不自由やった事はすぐ忘れてしまってた。気がつけば約二ヶ月の長い休暇になった。

今日は午前中仕事して午後から空いたので行きつけの整骨院に行った。

疲れが溜まると顎の噛み合わせが悪く口が開かなくなる(昔試合で右耳の下あたりに肘テツ喰らってから調子悪い)


順番待ってる間に新聞読んどったら、アイルトンセナ13回忌の記事が載っていた。


もう13年も経つんや…月日の経つのはほんまに早いと思った。


僕は昔モータースポーツのチームウェアー等を企画製作していた。


F1から二輪GPまでかなり手広く手掛けていたので大半のチームは面識あった。バブル崩壊前の最後の宴の頃で、サーキットも華々しかった。


セナと会ったのはその頃だった。


丁度ホンダが撤退する年の鈴鹿、僕らはいつものように週末から現地に入っとった。


その日特設ブースでプレス発表があり、僕らは会場最前列右端に陣取っていた。


個人的には四輪は興味がなく専ら二輪派やった僕は、記者会見が始まってもあまり楽しくもなく睡魔と戦っとった。


右隣端の一席だけ空けとくように言われとったが、そこから次々に監督やらドライバーが壇上に上がる控えの席とは知らず、寝るに寝られずかなりの時間苦痛やった(アレジとか次々やって来た)…


今は監督してはる日本人ドライバーが、英語でスピーチしない事をプレスから指摘され「日本なんだから日本語で何が悪い」云々と喚いて顰蹙を買っとった。現在彼のチームのドライバーは英語を話してはる。後で後悔しはったんやろな…と。


その後遂に寝始めた矢先、左隣の先輩から足を思っきし蹴られ目覚めるとセナが隣に座ってはった。

こちらを見て笑っとったが、こっちは寝起きでバツ悪くひたすら恐縮していた。テレビで見た時と違って優しそうな感じやった。

その後のセナの記者会見を聞いとって、セナと宗一郎さんはやっぱし縁があったんやと感じた。


僕はその後仕事を離れ最初の社長業を始め日々忙殺される毎日でレースは身近な日常やなくなった。



或る日家でF1見ながら鈴鹿で買ったままやったホンダS800のジグソーパズルを作ってたら暫し転寝してしまい目が覚めた瞬間、セナが大破した…

寝ぼけてたがその時「嗚呼、駄目だ」と瞬間的に感じた。


あれから憶測含め色んな話をあちこち聞いたけど、やっぱし人の巡り合わせはあるんやと感じる。ほんまに一期一会やった。



昨日テレビで第30回日本アカデミーショーをやっていた。


何故か南海キャンディーズの山チャンがインタビュアーでめっちゃ緊張しとった(キャブの女性タレントと熊本のお笑い芸人もサブの司会をしとったが起用する意味が全く分からん。「権威を重んじる」授賞式の番組やったらせめて日本語ちゃんと話せる人を使わんと…)


南海キャンディーズは先日ミナミのNGKで見たが、彼らより知名度の低い関西ローカルの若手の方が上手かった。個人的には今の吉本は岡村さん以外はほんまにおもろい人間はおらんと思ってるので、帰宅後に地上波の番組を見ると「笑われ」タレントが山ほど出とってほとほと嫌になる(局も局なんやけどほんまに幼稚になりましたな…)

プロと呼ぶに相応しくない子らが幅利かし過ぎで内輪受けを押し付けとる身勝手さを少しは反省しなはれ。

年明けに毎月集まっている関西の面白い方々で繁昌亭に行った。改めて上方落語の「格式」を思い知らされた。桂三枝サンが長年夢見た定席の復活、柿落としに感極まって涙された意味が分かった…


落語の席は文字通り話し手の「腕」一本で決まる。下手なもんはお客さんに笑って頂けない。文字通り「笑わせる」んで「笑われる」事は一切許されない。舞台は所謂「ガチンコ」やから必死に芸を磨かんと上には上がれない。芸とはこういうもんなんや、笑いってこういうことなんやと勉強になりました。「笑う」事は頭で考えるもんとちゃう、自然に顔がほころぶもんなんやと…


先日NGKで吉本の漫才を見た際に、周りで一緒に見とった若い子らの笑い方が気になった。自分と笑てるところが違う。暫くしてやっと分かった。「ここは笑うとこや」的なスリコミ、つまり頭で考えて笑てんのやな~と…

繁昌亭はほぼ毎日やってて前売り券やったら2,000円。一回騙されたと思って行って見て損しまへん。