A Cheap Log. -35ページ目

A Cheap Log.

Kei

今日は仕事を早々に片付けて家内と映画の試写会に行った。


会場は去年できたミナミの丸井のシネコンで、めちゃ綺麗やけど最近の大阪の新しい建築物はだんだんらしくなくなってきていて少々残念な気がする。


映画のタイトルは「バブルへGo」。映画館に入ったらハンディやマイク持って待機しとる一団がおって「誰か舞台挨拶来るで」と家内に言ったら「大阪なんかにけえへんよ」と一蹴されたが、関テレの女子アナの挨拶始まりその後突然会場は女の子のキャーキャー言う声で騒然となった。馬場監督と主演の阿部寛がやって来た。いきなりやった。今日の試写会に来とった人らも殆ど知らんかったようで、家内も舞い上がっとった。夜の7時に登場してこの後どないしたかは分からんけどちょっとビックリやった。


阿部寛はデカイ。そやけど顔は遠目にもすごく小さいのがよく分かった。やっぱカッコええ。バブルと呼ばれた時代は丁度阿部さんや僕らが大学から社会人なった頃やったから映画はそれなりに面白かった。個人的には「ビギナーズ」見た時に近い印象やけど、阿部寛は去年のドラマ以降ええ感じで今後も楽しみな役者になりはった。広末涼子も流石やなと改めて感じた…

今日から仕事に出た。普段に比べ電車は空いていた。挨拶等で梅田界隈を歩いたが、普段の大阪とは少し空気が違う。東京の街中を歩いてるような感じがした。


本町で繊維会社経営の旧友と久々にメシを食いながら話した。もう25年の付き合いになる。日頃は中国上海等への出張が多く、日本には殆どいない。半年ぶりに会ったが物凄く痩せており、日頃の激務が覗える。「また時間があったら一杯行こか」新地でゆっくり飲んだのも2年前になる。


帰宅後、夕食時にテレビをつけるとキャンディーズのドキュメンタリーをやっとった。再放送みたいやった。


最近のテレビでは「泣きながら生きて」の次に良かった。キャンディーズがステージ上で解散宣言し号泣する様は感動した。そこには今の芸能界に蔓延る予定調和なんか全くなかった。直向に生きた3人の女性の姿、この時代の日本が垣間見えた。遠退いた昭和という時代の熱さがあった。


ステージ上の3人のMCは、情感のこもった非常に丁寧で綺麗な日本語やった。


「美しい国」という言葉が頭を過った。なんで今更こんな言葉なんやろ。そこには現代日本が失った全てがあるんやないかと感じた。言葉遣いひとつとってもそうやと思う。関西弁もほんまはは綺麗な言葉やのに若い子らはあんまり喋らなくなってる。こうした風潮はアメリカ村崩壊の頃から兆しはあった。


キャンディーズの時代、日本は今より豊かでなく総中流と言われとったけど、生きる喜びや楽しさはもっとあったように思う。「頑張っとったらそのうちええことあるよ」と思える空気があった。今はそれが足らんのや…とつくづく感じた。


新しい年は家内と二人で迎える事になった。


昨年は家族の雌猫と3人で御節をつまみながらゆっくり過ごしたものだが今年は二人だけ。

若い雄猫は朝から出掛けたままである。


昨年はとことん落ち込む事が年初から続いた。


1月に母が大怪我で4箇所骨折の重症で二ヶ月入院した。


母が退院して間も無く家内の父が末期癌で亡くなった。


その後1ヶ月程後に僕の義父も他界した。


そんな中自分自身が暫くの間無職になった。


漸く年の暮れ近くになり、会社の経営やら何やらでバタバタ動き始めた矢先に、10年以上一緒に暮らしたみいこが逝ってしまった…


これが一番堪えた


新年明けてめでたい(一般にそういう事みたいやから)筈なのに寂しい正月になってしまった。




気がついたらここに辿り着いた…という感じで何となく書いてみよかと…


きっかけは「アメーバ」敬愛する稲盛さんの言葉でやって来ました。


僕はあんましブログとか見ないんでみんなどんな事書いるんやろと思いながら徒然と思った事や昔の事でも書いてみよと思います。


最近急に寒なりました。大阪は紅葉は色づかんまんまに終わってしまいました。


大阪駅前の宝くじ売場も例年の如くいやぁもっと人が多いような気がします(不景気やから神頼みしかないんやろな…)が紅葉は枯れた黄色のまんまでした。


と、書き始めましたがどんな感じなんでしょな…何か実感湧きませんがまた気が向いたら綴ってみます。