今となっては、だいたいどうやって待ち合わせの
連絡をしたのか、それすら奇跡に思えてくる。
僕が学生のころには、下宿に電話のあるほうが
少数派だったのだから。悪名高い電話債券を
買ってまで電話をひこうという学生は少なかった。

京阪三条の駅で待ち合わせたことがある。当時
北口と南口と二つ出口があった。僕は南口で
待っていた。彼女は北口で待っていた。
今なら「何してるねん。こっち。こっち」と
言えるのだが、当時はこういう状況になると
もう絶望的である。

30分ほど待ったが来ないので、これはひょっとして
北口で待っているのかなと、さすがにうつけものの
僕も気がついた。
ついでに彼女の下宿に寄って行こうと、南口から
東にまわって彼女の下宿を訪ねるともう出かけたと
いうことだった。
やっぱり間違っていたんだと急いで北口に行ったんだが
彼女も今度は同じ発想で南口に来ていたので
会えないということがあった。

大体デートにこぎつけるまでもが大変なことだった。
電話にはむこうの親父が出る、お袋が出る、今のように
ダイレクトに誘えるなんてことはまずない。たぶん

団塊の世代はそんな苦労を乗り越えてデートを

してきているはずだ。

無意識のうちに嘘をついてしまう人がこの世にはいて
「狼少年」が長じて「狼おやじ」や「狼おばさん」になって、
その果てには「狼じいさん」や「狼ばあさん」になって
死んでいく。僕は、本当の話、嘘をつく人とは基本的には
付き合わない。けっこうそのへんはシビアに分類している
のである。
じゃあお前はつかないのかと言われると、もちろん
つくんだけどね。(笑)でも僕の嘘はついたほうが良いだろう
という嘘に限定されている。

僕の勤務先はミスには寛容だが怠慢は許さない。
仕事の上で、若い社員が怠慢をやらかした。大きなミ怠慢であるが
実害はどこにもない。しかし会社がそれを知ることになれば
たぶんその社員は怠慢ということで首になるだろうと思えた。
それは仕方が無い。管理責任で僕も給料が減るかも知れないが
それも仕方ない。ただ、困ったのはもう一人社員がからんでいて
その社員は怠慢を見過ごした罪に問われて、同じく首になる
可能性が高いと思われたことだ。その社員は若い独身の
社員であったが、両親と弟をその安い給料で養っていた。
それが困る。特にそいつは前途が有望なような気がしていたから
余計にそう思った。

時間がなかった。必死になって辻褄のあう嘘を考えた。
一つだけ絶妙の嘘を考えた。それを怠慢社員に言わせようと
した。これならお前は怠慢ではなくてミスをしたということに
なるから思い切り怒られるが首にはならない。嘘がばれたら
今度は3人とも首である。さすがに緊張したが何とか逃れる
ことが出来た。怠慢社員はやめたが、怠慢見過ごし社員は
出世している。そういう嘘なら今からでもつくつもりだ。

典型的なつまらない嘘と言うのはこういう嘘だ。宴会を
ドタキャンする社員がいる。あるとき、幹事が「また
ドタキャンをされたので本当に困ります。連絡の一つも
入れるようにきつく言って下さい」というので、そいつの
管理責任者にこうだから連絡くらい入れろと言っておいて
くれと伝えた、折り返し、「いやあ連絡したと言っているん
ですがねえ」。幹事に再度聞くと絶対に電話もメールも
なかったと言い切る。段々腹が立ってきて、いったいいつ
どういう方法で連絡したのか確認しろと、仕事の上の話の
ようになってしまった。
ところが、今度は連絡はしませんでした、ときた。勘違い
でしたと。それでいいんだと思ったのだが甘かった。実は
一応宴会場には行ったんですということを言い出した。
そこで○○さんにちゃんと風邪で欠席と口で告げて帰りましたと、
言うことが変わってきた。もちろん○○さんは寝耳に水の
話で憤慨していた。もう馬鹿らしくてそのへんで追求は
やめたが、こういう嘘が一番救いの無い嘘なのである。

昔のドラマを見ていた。こんな状況設定である。
東京のガソリンスタンドで働く青年とピザの配達を
している少女が知り合って関係をもつ。青年は
北海道の貧しい農家の息子で、娘は鹿児島の警官の
娘で今は東京で豆腐屋をしている叔父の家にいる。
少女は妊娠をするが青年が手をこまねいている間に
自分で堕胎を選択する。少女が相手を思うほどには
青年はその娘を愛してはいない。
少女の保証人の叔父は事実を知って激怒して青年を
殴りつけ、北海道から出てきた青年の父親に
「責任を取れ」と迫るのである。

状況設定は今とはかなり違う。今なら処女がどうの
こうのと言う人はまずいないけど、当時はまだその
言葉も多少の意味を持っていた時代だ。結婚は
今よりは憧れを持って語られていた。

すこし考えてしまったのである。この場合の
責任って何だろうということである。愛情は
薄いけど、妊娠した娘のために結婚を選択
することだろうか。それとも金だろうか。ドラマの
中では青年の父親はなけなしの金を用意するが
それは受け取ってはもらえない。また堕胎したあと
少女も青年に結婚を迫ることなく別れる。

「責任を取れ」と人は簡単に言う。「責任を
とって辞任します」と人は簡単に辞めていく。
しかし本当に責任をとるというのはどういう
ことなのか、これを考えると意外と難しい
ものなんだと改めて思った。