僕も人のことは言えません。パジャマにネクタイして
会社にいったこともあります。しかし最近の新入社員は
もうそんな領域をはるかに超えています。(読んだ本からの
お勧めキャラ)

・悩みを聞いて欲しいと言うので、上司が終業後に聞いて
 やった。約1時間かかった。すると新入社員が言った。
 「今の分、残業つけて良いですか?」

・電話を取ったが内容がつかめない。
 「すみませんが、あとで別の人に電話してください」

・上司あての電話を受けたが、上司は忙しそう。
 「ただいま、上司は取り乱しております」

・「君、この書類B4でコピー急いで」
 しばらくたって
 「このビルにはB2までしかないんですが」

・メールを顧客に出すのだが「このたび」の字が
 わからない。
 「温度の度だよ。度」
 「この℃」

・「部長。器用貧乏さまからお電話です」
 「なんだ。そりゃ。失礼しました。あほ。紀陽銀行だ」

ここまでくると黛ジュンなんて可愛いものでしたね。
NHKの生番組で
「人のことを悪く言ってばかりの人を毒・・なんというでしょう」
「はい。毒べろ」

「連想ゲームです。電動といえば」
「こけし」

あの時代がなつかしい。
最近は物珍しさが消えてきたが、最初から裁判員
制度には反対である。素人に人を裁くことなんか
出来ない、というのがもちろん最大の理由であるが、
この制度自体が何故実現したのか、その意味が今でも
さっぱり読めないのだ。

まさか「12人の怒れる男」の影響ではないと思う。
あの映画は実に立派な映画だが、あの映画のようなことが
実際の陪審員制度で起きていると思う人はさすがに
いないだろう。あれはあくまでも作り事である。

じゃあ現実はどうなんだ。どんぴしゃの例を新聞で
見つけた。殺人事件の殺人現場の写真を、カラーでは
どぎついので、白黒にして裁判員に参考資料として
見せたのだが中には目を真っ赤にして涙ぐむ女性も
いた・・・ってこんな人に裁かれるわけ?
カラーでは直視できないからわざわざ白黒にしたんだけど
それもちゃんと見ることが出来ないというのが、証拠を
扱ういやしくも裁判員という名前のついた人がとるべき
態度だろうか。審理に加わる資格なんてないことを
証明しているようなものではないか。今からでも遅くない。
さっさとつまらない制度はやめて元に戻すべきである。

検察審査会というのも実に怪しい。捜査権を持たないで
起訴を提言する?これもいかにも素人ぽいなあ。

京橋のJRの駅ビルの2階に、とてもおいしいコーヒーを
出す店があったのだが、この前行ったら、もう他の
業種の店に変わっていた。純喫茶がどんどんと
無くなっていくのは、時代の流れだからしょうがないのかな。
今は、スターバックス(も収益が悪いとか)やミスド、マクド
などで簡単にコーヒーを飲めるし、味も良いし安いので
そちらのほうに流れてしまうのはしょうがないと思う。
純喫茶というのは、コーヒーもそうなんだけど、一緒に
入った人との会話がおかずみたいなもので、学生時代は
「フロリダ」とか「マイアミ」とかいうアメリカ系の名前の
喫茶店で「自由とは」とか「人生とは」とかについてわあわあ
語ったのを覚えいている。でもこれってミスドではできないよね。
あるいは、ひとりでコーヒーを飲んでいて、隣の席のカップルの
別れ話につい聞き入ってしまい、「お金は返してね」という
女性の言葉にいたく同情したりもした。これも純喫茶だから
できる話で、スタバで別れ話をしているカップルはいないのでは
ないだろうか。それを考えると、いったいそういう類の話は
どこでしているのかとつい気になってしまうのだった。