中学のころは放課後に教室に居残りしようが、全然
うるさくなくて、下手すると半分くらいの
男子生徒が残っていることもあった。よく
やったのが、座布団を手首に巻いてのボクシング。
座布団を巻いていても大きな生徒がひ弱な生徒を
殴ると吹っ飛んでしまう。しかしそんな中でしか
学べないこともあるのではないかと今でも思うのだが。
恋愛を避けて通るのが決して賢明とは言えないように。

さて、仮にHさんと呼ぶその女生徒は、人気者でも
あったから5年生では一学期の級長だった。僕は
2学期の級長で接点はなし。しかも先生がたびたび
水泳で僕と彼女を競争させたのだ。自慢じゃないが
一度も勝った事がない。惜しいところまではいっても
必ず負けた。

6年は別で、中学の1年でまた一緒になった。そのときは
年間を通じての級長の選挙だったが、彼女とペアを組む
ことになった。しかし何しろスーパーガールだと思って
いるからこちらの態度がぎこちない。普通は絶対に
呼び捨てなのに、彼女にだけは「H・・・さん」に
なってしまう。
夏休みを過ぎた頃から彼女に変化が現れた。なんとなく
体が丸みを帯びてきたと思うと、なんと足も快足では
なくなってきたのである。運動会でもリレーには
出ていたが、かつての活躍を思えば嘘のようなごく
普通の女生徒に変化してしまいつつあった。

それかあらぬか、秋になるとこちらが何か相談しても
生返事が多くなってきた。級長同士だから二人で相談
することがたまにあるのだが、「まあそっちで良いと
思ったらそうして」みたいなやる気の無い返事が多く
なってきたのだ。しかもこっちを見ようともしない。

僕は親友に相談した。
「あいつ俺をなめとんのと違うか。返事もせんと」
しかし彼の見解は違っていた。「いやHはお前の
ことが好きなんと違うか。たまにぼーとお前の
ほうを見てるで」
それが本当ならこんな嬉しいことはない。なにしろ
小学校の頃から憧れていたのである。
何とか彼女の気持ちを確かめる方法はないだろうか。

大阪と言う町の持つ明るさというのは他の
町に行ってみないとわからない。僕は
東京の大学から大阪の勤めに戻ったときに
本当にそれを感じたので二度と大阪は離れまいと
決意した。もちろんろくでもないところも
いくらでもある町なんだけど。

たとえば・・・中学の授業でわやわやと騒いでいて
「こらっ。そこうるさいぞ。聞いているのか。
ひでまつ、この半島は何ていう?」
いきなり指名されて「えー」と間をあけたときに
「たこしゃん。たこしゃん」とささやく声がする。
「はい。たこしゃん半島です」
「あほ。積丹だ。立っとけ。」となるのだが
たこしゃんだから笑えるので、それをとっさに
言えるのが大阪なのである。

「スピーディ・ゴンザレス」という歌が流行っていた。
その中で、メキシコ語か何かを早口でいうところが
あって、それを絶妙にいいかげんに真似するやつが
いてよく笑い転げたが、そういうやつがたくさんいるのは
大阪以外には考えられない。

まあ大阪賛歌は今まででも実際に散々にしてきたし、
それに反感を持つ人も多いだろうが、住んでみると
おもろい町なのである。ちょっと文章には出来ないのだが
「あっつい(熱い)コーヒー頂戴」と真面目にどなる
(しかも一人で来て)おじさんがいるのが大阪なのである。

5年生のときに、大阪の北区から郊外の都市に転居した。
そこにはまさにスーパーアイドルのような女生徒が
いたのである。勉強が出来て、スポーツが万能で
面倒見がよいから人気者で、というまさに3拍子そろった
女生徒だった。僕は足の速い人には弱い。小学校1、2、
3年と連続して徒競走は最下位だった。たぶんそれが
影響しているのかもしれない。その後普通に早くなって
リレーとかには出ていたが3年連続どべたんこという
記憶は強烈だったのではと思う。

いかに足の速い人に弱いかというと、40代の
後半のときに、町対抗の運動会の男女混合リレーに
出たとき、僕の前を走った女性がごぼう抜きに
5人ほど抜いてトップでバトンをくれたときに
ほとんどその人に惚れてしまうような感情を
持ったくらいに弱いのである。
だからその5年のときのスーパースターにも
大きな憧れを持っていた。


昔の友人で、誰に対しても、その人の欠点を
見つけては罵るというあまり上等でない
人間がいた。しかし気がよいところもあるので
僕はその男が好きだったし、(たとえば、田舎に
帰るひとがいて、誰も送別会をしないというような
場合に、やろうかと声をかけると、その人の
悪口は言いながらも必ず来るとか)、ユーモアの
感覚もあった。

いつからか、そいつがSだけには悪口を言わない
ということを誰かが指摘した。
「ひでまつさん。なぜ、あの人はSさんの悪口は
言わないんでしょう」と後輩に聞かれてもわからない。
Sは同期で真っ先に課長になった男で、真面目だし
優秀だし、たしかに言うことのない男なんだけど、
それの悪口を言うのが、その友人の真骨頂だったと
思えたからだ。

「じゃあな。今度の宴会のとき、君はSの悪口を
言え。何でもええから。そしたら、その反応で何か
わかるかもしれん」と僕は一計を編み出した。
宴会の当日、後輩は口を極めてSの悪口を言った。
「あんなゴマすりを課長にするなんて、だから
どんどん売り上げが下がるんです」
すると、なんと友人は怒り出した。Sはそんなやつ
ではないというのだ。

後輩と僕は絶句した。悪口のデパートが人を庇う?
「ははは。なんか弱み握られとるんや」
「絶対そうですね。あの人が人の悪口を聞いて
怒るなんて」
こんどは、その弱みが何かについて話は尽きないので
あった。