そう好きな女優でもないのだが、生まれついての
女優だという気は前からしていた。
藤山直美にも、同じような匂いを感じる。

再放送されたドキュメントを見ていて、
これはすごいと感嘆したことがある。
舞台の初日、大竹しのぶは直前までスタッフと
談笑している。まったく普段どおりだ。
時間が来る。ブザーがなる。談笑の
笑顔のままにステージに出て行くのである。

唖然とした。エルビスでも震えていたのを
映画を見た人なら記憶しているだろう。
記憶の中でも世界のナルシソ・イエペス
でも真っ赤な顔をして緊張の極にあった。
ステージの直前って大体そうなのだ。しかし
彼女はコンビニに弁当を買いに行くように
ステージに上がっていった。驚嘆。

彼女の男性観も面白かった。才能の
ある人が好き。でも、最初は金平糖のように
ぎざぎざがあるのに、私と付き合うと丸く
なってしまうので面白くなくなる。
そんな女性もいるだろうなと納得する。

誰ですか、私と付き合ったら、丸い人でも
ぎざぎざが付きますよって言う人は。
あかんがな。
「な、ないって。ただのカツどんやで。ほんまにないの?」
「ありません」
「ほな。カツは?」
「トンカツならございます。」
「それを刻んでごはんの上に乗せるねん」

「わかりました。カツどんというのはあ・・」
「ごはんにカツをどんと乗せるという誰かの
洒落は言わんでええよ」
「なんでわかったんですか」

「わかりました」
「またわかったんかいな」
「じゃあ、ご飯の上にキャベツをばら撒いて
その上にトンカツを置いたらいいんですね」
「あのねえ。それいかにも不味そうでしょう」

「しゃあないなあ。雪平なべある?」
「ございますよ。食堂なんですから」
らちがあかないとみた二人は、そのまま奥さんを
連れて調理場に踏み込んだ。そこにはやはり
カツどんを知らないご主人がいて、目を丸くして
二人を迎えた。

「そうそう。たまねぎを刻んで。はいそこに
カツを入れる。ここからが勝負やで。卵を
とくやろ。そんなに仇みたいに混ぜたら
あかんねん。ふわーと。ふわーと。もう
火い。とめい」

まあ。要するに二人は調理指導をしながら
カツどんを食べたということですな。やがて
二人は食べ終えるとお金を払い、夫婦に見送られて
店を出た。
「わたしらもあとで、作って食べてみるきに。」
「おまんらに教えてもろて、メニューが増えたきに」

「あのな。ほんまは自分で作ったほうが早いし
美味しいとは思ってん。離婚してだいぶになるし
料理の腕も上がったしな」
「でもな。食堂で自分で料理して自分で金払う
いうのはなんか腹たつやろ。思えへん?」

はははは。それはそうや。

僕はカレーライスが好きだ。カレーなら3度や
4度続いても平気だし、もし死刑になって、最後に
好きなものをと言われたら、カツカレーの大盛りと
アイスクリーム、アイスコーヒーを頼みたいと思う。
まあそれだけの食欲が出るかどうかだが。

しかし、お腹が減っているときに、「ああ、今なら
何が何でもカレーだ。カレーを食べなければ気が
変になる」というような、心の底からの、地響きのような
渇望をカレーに持つかというとそうでもないんだな。これが。
僕の場合、何が何でも、の食べ物は「カツどん」に
「チャーシュー麺」です。この二つは普段は特に
食べたくもない。ただ、ときどき、夜中でも家を
飛び出してそのへんを探し回りたいくらいに食べたい
気持ちになるのが不思議だ。

旅館で、相部屋になって、下らない話を次々に
繰り出すほど楽しいことはこの世にそんなには
ないだろう。エロ話が出るのはもちろんだが、抱腹絶倒
の話も出れば、しんみりとなるような話も出る。
特に、僕が好きなのは、みんな布団に入って
電気も消して、さあ寝ようかというときに、ダメ押し
のように誰かが話す馬鹿話だ。そんな話の中のひとつ。

二人連れで、営業をしていて、二人とも何が
なんでも「カツどん」という雰囲気になったことが
あったらしい。その県自体田舎なのだが、その中でも
風光明媚は明媚だけど何もないという町での出来事。
食堂と書いた暖簾を見つけて二人は飛び込んだ。

「おばさん。カツどん。二つね。急いで」
その食堂で二人を迎えてくれたのは、40がらみの
その店のおかみさん。
「はあ?!」
「カツどん。カツどん。」
「カツどん、って」と言うと、おかみさんは口を手で
押さえて笑い出した。
「そんなもの、ありません」