人生も一巡しそろそろ終盤が見えてくると、いろいろなことがわかるようになってくる。
どの時代を生きた一般人も、偉かった人もみな自分とおなじく数十年の一生がどんなものだったか、何のための人生であったかを感じたことでしょう。
かねてから「日本書記」が書かれた目的などに思いを馳せて書物だとかを読んだりしてきたのですが、さすがにこの年齢になるとよくわかる。
天武天皇が書かせたと言われてますが、その奥さんの持統天皇が藤原不比等に依頼して作らせたのだろうと思っています。
歴代のアメリカ大統領も引退すると回顧録を執筆しますが、これは自らの実績とか活動を記録として残したいという衝動が書かせるのでしょうが、日本書記では単に記録を残す以上の目的があったはず。
次の皇位を継承するのはだれか、自分の子孫に継承させたいと願うのはいつの世も変わらない。
ましてや、この当時は安定を根底からくつがえすような動乱が国内外に次から次に起こった時代であり、それらが一段落した後に日本書記が編纂されたのは、現代を生きている人間と同じく一生の間に起きたことを振り返り子孫繁栄を願うということがあったのも当然だと思います。
そしてその原動力はいつも男よりも、女子パワーだったと思います。
持統天皇の父は天智天皇(中大兄皇子)でその母である皇極天皇(斉明天皇)といった女性の皇統維持に向けられた執念ともいえるパワーがあったわけですが、その歴史と正当性をなんとしても記録する必要があったのだろうと思います。