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石田マネジメント事務所

技術やものづくりに関する最近の話題と気づき、ちょっとした備忘録を書いています。

江戸時代は鎖国をしていたが限られたルート経由でも相当な海外情報を収集していた。明治時代になると、使節団を派遣するなどして積極的に情報収集、諜報活動を行っていた。

 

しかし、戦後の今日はどうか。きわめて内向きで、海外のことに興味がないのかわからないが、とにかく日本国内の理屈やら感覚で全てを考えてしまうという悪いところがあります。政治家も企業トップも海外の生活とか留学経験などで、外人の文化風土、考え方を肌感覚でわかる人が台頭しないと判断を誤ると思います。

 

さて、この本は歴代の中国大陸で王朝を開いた人たちのことが実に興味深く書かれています。

 

前漢の武帝は漢人の王朝でしたが、唐の太宗は鮮卑族の出身であり、元はチンギス・ハーンを祖とするモンゴル人、清朝をたてたヌルハチは女真族 というように、中華からみると東夷・北狄・西戎・南蛮などの”野蛮”人により侵略され、かわるがわる王朝が作られてきたことは知っていました。

 

でもそれぞれの人が本当はどんなだったのかはなかなか知ることもできなかったので、結構面白かったです。

 

毛沢東は大躍進とか文化大革命で8000万人とも言われている自国民を殺したが、これによく似ている人物が明の洪武帝朱元璋だったのは初めて知りました。

 

どちらも秘密結社の親分出身だが、自分が頂点に上り詰めると一緒に苦労し仲間だった兄貴分などを一族郎党片っ端から殺戮してゆく点もよく似ています。きっと現代においても本質的なところには変化はないだろうと思います。

 


 

徳川家康というと老獪な古狸として語られることが多く、愛嬌のある憎めない秀吉と対比されて描かれることが多い。

しかし、家康でなければ再び戦乱の時代を招いたと思います。

家康は信長に難癖をつけられ長男信康は切腹させられ、武田信玄にはあわや討ち取られる寸前までになった。

その後、小牧・長久手の戦いで秀吉としぶとく対峙しましたが、秀吉の懐柔策もあり臣従せざるをえなくなります。これで一応収まったように見えますが秀吉ももっと長生きして後継者もきちんとしていたら間違いなく家康は攻め滅ぼされていたと思います。

関ケ原の合戦、大阪冬の陣、夏の陣で難癖をつけて豊臣側を追い詰め、ずるいような言われ方をされますが、もし立場が逆だったら豊臣側も同じようにしたはずであり、当然といえば当然のことだったと思います。

豊家滅亡後、家康は江戸に幕府を開くにあたり再び各地の武士勢力が反旗を翻して天下取りを起こすことができないよう実に様々な手を打ちました。

 

公家や朝廷に対しても同様です。朝廷勢力が各地の武士たちと結託し動乱を起こさせないようにしたのですが、そのために家康は歴史に多く学びました。

鎌倉幕府が3代で滅亡し、その後北条が執権として勢力を握りましたが数代の後に足利尊氏によって滅亡させられる。その尊氏も天皇親政を目指す後醍醐天皇と結局相容れず容易に収束できませんでした。力を持った武士勢力の利害(主には土地の所有)を調停できるのは源氏嫡流の足利しかいないという御家人たちの合意があり、貴族には到底不可能だった。

しかしその足利氏の室町幕府も滅亡し戦国時代に突入しました。家康はこの無限サイクルを停止させるためには、非情に徹し反旗を翻しそうな武家勢力をことごとく潰し、同時に朝廷・貴族サイドがよこしまなことを考えたり、したりできなくした。

 

5男の忠輝も改易したり、その後の時代でも家光の弟忠長を改易するなど身内にも厳しく処したのですが、こうする以外に世情を安定させる方法はないと学んだのでしょう。

もし、家康ではなく秀吉があるいは他の大名が天下をとっていたら、どのような仕組みにすることができたかわかりません。なので家康の研究は尽きない興味があります。

コロナワクチンをめぐっていろいろなことが言われているのですが、その話題の1つのモデルナという会社は中国でCOVID-19の遺伝子情報を入手すると、いち早く創薬に成功しました。

この会社がやっていることは何だろうと調べてみると、有数のDX企業だということがわかりました。

検体入手してから2~3日で抗原となるスパイクタンパク質を作り、その抗体を作るためのmRNAを設計し臨床試験用のワクチンを製造するのにわずか42日間で行いました。従来のやり方だと20ケ月はかかる工程です。スパイクとはコロナの表面についている突起で、こんな構造をしています。

 



コロナを作り自作自演だったのだと詮索する向きもあったようですが、実態はそうではなく10年も前からmRNAを使って、感染病予防ワクチン、ガンワクチン、細胞内治療、再生治療、腫瘍免疫といったいくつかのカテゴリーに分け、それぞれの領域で使える薬、ワクチンを開発するタスクは30近くにもなっている。

元はフラッグシップ・バイオニアリングというベンチャーキャピタルの要請から生まれたバイオベンチャーで、CEOはステファン・バンセルという人物で彼は、疾患ごとに一つづつ薬物療法を考え創薬するのではなく、一度に複数の疾患に対応するような取組みを目指してきたという。

mRNAを設計図とみなし、これをデジタル情報ととらえ「細胞のソフトウェア」を設計するという発想です。

そのために、クラウド(AWS)上にデータを集約し、治験データの集積からワクチン製造工程などもできるところは自動化をはかっています。システムもmRNAの解析、設計などの根幹に関わる部分は自作していますが、それ以外の機能は可能な限りできあいのものをSaaSなどを使って構築しています。

COVID-19はこうした下地の上で行われたものであったからこそできたということが理解できました。

モデルナの計画では20年スパンで事業を一巡させるようなので、現状はちょうど半分の10年たったところですが、DXがまだ今日のように騒がれる以前からすでにDXに取り組んでいた会社といえます。