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自らの文章のアーカイブと考えている

手ぬぐい趣味 山東京傳 2008年08月02日



手ぬぐいの展覧会は山東京傳が「たなくひあわせ」としてやっていたと言う。

 手ぬぐいの意匠は、粋、洒脱、諷刺、哀切、渋…あらゆる表現が使える「きりとり表現芸術」である。 

 私は「手ぬぐい趣味」である。
 ところがこれがなかなか面倒な趣味なのである。

 まず、持つなら季を合わせたい。
 それが四季から二十四節季へとなる。また僅かはであるが服の色との関係があるし、夏だと扇子や帽子との色の関係はけっこう目立つ。また人と会う時前と同じものを持ちたくない。(その人は全く覚えていないのだが…)

 ほらね。たいへん。

 はじめの内は1000円以下のもので「実用」しているが、だんだん凝ったものが欲しくなる。色が増えるとそれなりに価格も上がり、5000円のものでも高いと感じない自分がいて怖くなる。

 素材も同じ木綿でも浴衣地の方がいい。折ってスボンのお尻のポケットに入れた時、折り目の鋭角さが浴衣地の方がぜんぜんいい。さらに断ち面の糸のほぐれも浴衣地の方がきれい。

 ね、ほらね。たいへん。

 いつしか自分で作ることになる。最低100本で総額5万円はかかる。ところがかなりラフな下図でも職人さんが見事に作ってくれる。それが嬉しい。
 つくった手ぬぐいは「便所にでもぶらさげといてください」などと言って配る。それが快感。

 ところが買わなくても、作らなくても増える。
 神社や町会から貰う。
 芸をやっている人やお師匠さんから貰う。
 店からも貰う。
 手ぬぐいを作ると、同じ職人さんのところで作った人のものを貰う。(これは同好の士ということで自慢しあう。毎年作る人が多いのでどんどん増える)

 最も優れた「手ぬぐい趣味」は、買わないこと。
 だから見に行く。

 京王プラザホテルのロビーギャラリー(3F)で
「川上桂司・千尋・正洋 親子三代展」をやっている。9日まで。(午後7時まで。最終日のみ4時

まで)

 私は初日に行ってきた。川上さんは浅草観音通りの「ふじ屋」さん。
 文楽ものなんか本当に欲しいと思った。
海野普吉弁護士(静岡)の足跡 2008年08月01日

海野弁護士の没後40年の記念集会が7月6日に行われた。私は行けなかったのだが、墓前祭から始まり記念集会、レセプションと盛大だったと言う。その時に配布された資料が届いたが、多くの人の熱い論考に感慨を新たにした。

 集会に参加したものから聞いたところによると、なんといっても砂川闘争、小島事件、そして横浜事件などの話が多かったと言う。

 なかでも横浜事件については難しい話だったと言う。
 つまり、被告たちに執行猶予つき有罪が下ったとき、獄に残り戦うと主張した被告たちの声に耳を貸さなかったというものである。

 これに関して私には意見がある。
 まず、海野弁護士が釈放を優先したこと。これは三木清など多くの獄死者を出している当時としては当然の判断だったと思う。また、執行猶予なのだから次の戦いは控訴となり、これはこれでまた別の闘争になると思う。

 さらに、横浜事件の反省が後の人権運動の原動力になっのでは、と指摘する声もあったと言う。

 いろいろな解釈や、いろいろな感じ方があろうと思うが、海野弁護士が巨星であることには違いがない。静岡が生んだ法曹界の巨星である。

備考
 海野普吉は本来「晋吉(しんきち)」であったが役場で「普吉」と登録されてしまったと言う。長年の謎が解けた。
  
坂東三津五郎の立場 2008年07月31日


坂東三津五郎が舞踊についてNHKでこう語っていた。

「踊る方は内容の意味するところを分からせようとは思っていない、お客は内容を理解しようとする、そこにギャップがある」

 けっこう驚ろいた。常に意味を求めて結局「不得手」になっていたからだ。しかし、意味を求めずに鑑賞できるのだろうか?その方がはるかに高度ではないだろうか?

 今月の歌舞伎座は市川海老蔵で大賑わいである。

 海老蔵が舞った時、扇を開くところで扇が手に付かず大きく後ろに投げ捨てた格好になってしまった。
 すると後見がそれを拾い上げ、「決められた」だろうタイミングで海老蔵に手渡した。

 その様子が実にスリルとダイナミックスと美があり、舞踊に毎回欲しいとパフォーマンスだと思った。