少子化?中絶大国として 2006年02月24日
(妊娠する、しない。出産する、しない。は女性固有の権利であることが大前提です。)
日本が人工妊娠中絶(アウス)大国であることは国際的に有名である。表に出ている有意義なデータでも妊娠した人の1パーセントとなっている。
福島県がその一助として「里親案内制度」を始めるという。これは小さな援助システムをつくることにより大きな問題を隠すことにならないか危惧する。もっと基本的な問題解決の道を探るべきなのである。
「希望しない妊娠」以外で中絶する場合の理由は多岐にわたる。「家制度」「戸籍制度」「経済的問題」等である。「経済的問題」とは「間引き」に他ならない。あの農奴時代のシステムが改善していないというのだろうか?
「日本農村婦人問題」(丸岡秀子著1937年)には、「食い扶持」が増えることにより妊娠を恐怖する実態が報告されている。また、「避妊に協力しない夫」等性が解放されていないことを指摘している。その中で「家制度」「家父長制度」からの「嫁」へのイジメ構造にも言及している。
その「嫁イジメ」という排除の構造を「排除の構造」(今村仁司著1992年)の中の「第三項排除効果」が明解な説明となっている。
「何ものかを排除しながらも、その当のもの(これを第三項と呼ぶ)によって密かに組織体や秩序が維持される。このような排除過程は人間的主体の意識や心理能力を超えて進行する。排除過程は、人間の尺度から見れば暴力的に発現するが、同時に人間の尺度を越えた自然過程の運動法則でもある。そこに暴力あるいは排除の消去しがたい凶々しさがある。」
「嫁イジメ」は農業人口の減少に拍車をかけた。そこには、女性という「階層」が被抑圧階層であるという視点がないと説明ができない。農村地域で必要労働力としての女性の存在は、アイヌ民族や被差別地域の女性など「複合差別」(ルーテル大 長谷川有紀論文)問題と同一であるということである。中絶大国も同様の説明しかできない。
婚外子差別を無くす、出産単位を夫婦としない(フランスの婚外子は50パーセント近い)。養育を社会が担う(ドイツでは子どもポスト-養育できなくなった場合匿名ですぐに預けられるが-ある)という基本的な施策が必要なのである。
2014.7.1追伸
この時はまだあかちゃんポストはできていないかった
酒場 エピソード2 吉野屋からの帰還 2006年02月23日
「ほさか」でもこんなことがあった。
あきらかに「不似合いな青年」が入ってきた。茶髪でファッショナブルで、いわゆるホストみたいな雰囲気を持っている若者だった。常連客は会話を止め静かになった。
彼はぶっきらぼうな感じで「うなどん」と注文した。
身構えていた店側は予想していたようにすぐ反応した。
「夜はご飯ものはやってないのよ。」
その青年は「え!」という感じであきらかにとまどっていた。客達は完全に沈黙し、彼の事を心配した。すると店の人がこう言った。
「店を出で右に行くと吉野屋があるから、そこでご飯だけ買っといでよ。そしたらカバ焼きのっけてあげるから」
青年は出て行った。常連客達の会話は元には戻らなかった。今の最大の関心事は彼が帰ってくるかであったからだ。私は帰ってこないだろうと思っていた。
しばらくしたら彼は吉野屋の袋を持って帰ってきた。店はそのご飯の上にカバ焼を載せた。
常連客の会話は元に戻った。
追伸
「ほさか」の紹介
自由が丘に行った時、帰りに必ず寄る店が3軒ある。
その内のひとつが「ほさか」である。
ここは鰻を串で食べさせる。くりから、かしら、ひれ、きも、とあるのだが「レバー」があるのである。(これは一人一本限定)
鰻の串で呑ませると言えば田町駅横にあった「うな勇」が懐かしい。これは店頭で立ち飲みさせる店で、軒下で2重3重になって右手でコップを持ち左で串とコップの受け皿を持つというなんとも楽しい店だった。
駅前が再開発になり横丁が消え、第一京浜を越えた所に移転した。やはり立ち呑みでいい店だった。しばらくして建て替え、今度は座れる店になった。別の店になっていた。
「ほさか」でもこんなことがあった。
あきらかに「不似合いな青年」が入ってきた。茶髪でファッショナブルで、いわゆるホストみたいな雰囲気を持っている若者だった。常連客は会話を止め静かになった。
彼はぶっきらぼうな感じで「うなどん」と注文した。
身構えていた店側は予想していたようにすぐ反応した。
「夜はご飯ものはやってないのよ。」
その青年は「え!」という感じであきらかにとまどっていた。客達は完全に沈黙し、彼の事を心配した。すると店の人がこう言った。
「店を出で右に行くと吉野屋があるから、そこでご飯だけ買っといでよ。そしたらカバ焼きのっけてあげるから」
青年は出て行った。常連客達の会話は元には戻らなかった。今の最大の関心事は彼が帰ってくるかであったからだ。私は帰ってこないだろうと思っていた。
しばらくしたら彼は吉野屋の袋を持って帰ってきた。店はそのご飯の上にカバ焼を載せた。
常連客の会話は元に戻った。
追伸
「ほさか」の紹介
自由が丘に行った時、帰りに必ず寄る店が3軒ある。
その内のひとつが「ほさか」である。
ここは鰻を串で食べさせる。くりから、かしら、ひれ、きも、とあるのだが「レバー」があるのである。(これは一人一本限定)
鰻の串で呑ませると言えば田町駅横にあった「うな勇」が懐かしい。これは店頭で立ち飲みさせる店で、軒下で2重3重になって右手でコップを持ち左で串とコップの受け皿を持つというなんとも楽しい店だった。
駅前が再開発になり横丁が消え、第一京浜を越えた所に移転した。やはり立ち呑みでいい店だった。しばらくして建て替え、今度は座れる店になった。別の店になっていた。
酒場 エピソード1 福岡から 2006年02月23日
いい酒場はつけ台(カウンター)でわかる。塗りの無い、あるいは塗りが完全におちた使い込まれた木である場合が多い。岸田屋(月島)百尺(押上)大はし(北千住)がその典型だが、自由が丘の「ほさか」もそうである。
また「酒場」というタイトルをつけている所も多いような気がする。
そんな酒場の多くが「入りにくい」。なぜなら常連の溜まり場であるからだ。しかし新参者を排除する店は無い。逆に歓迎される場合が少なくない。ただ無作法な客と酔っ払いはいやがられる。これは酒場に限ったことではないが…
昨日立ち呑みの店で呑んでいたら、そこには不似合いな若い男女が入ってきた。
L型のつけ台だけの10人も立てない小さな店なのだ。
そんなとき、なぜだか店の常連達も、店側の人も、警戒してしまう。「勘違い」や「間違い」で入ってきたのではないのか?という疑心暗鬼である。もし「勘違い」や「間違い」で入ってきたなら、すぐ出て行ける環境を作ってやろうという老婆心でもある。
するとその二人はこう言った。
「福岡から来たんですけど、東京のこういうお店で呑んでみたかった」(実際には福岡の言葉)
すると常連客もお店側もうってかわって「大歓迎」。近くの八百屋のオジさんは店からフルーツを持ってきて彼らに持たせた。
いい酒場はつけ台(カウンター)でわかる。塗りの無い、あるいは塗りが完全におちた使い込まれた木である場合が多い。岸田屋(月島)百尺(押上)大はし(北千住)がその典型だが、自由が丘の「ほさか」もそうである。
また「酒場」というタイトルをつけている所も多いような気がする。
そんな酒場の多くが「入りにくい」。なぜなら常連の溜まり場であるからだ。しかし新参者を排除する店は無い。逆に歓迎される場合が少なくない。ただ無作法な客と酔っ払いはいやがられる。これは酒場に限ったことではないが…
昨日立ち呑みの店で呑んでいたら、そこには不似合いな若い男女が入ってきた。
L型のつけ台だけの10人も立てない小さな店なのだ。
そんなとき、なぜだか店の常連達も、店側の人も、警戒してしまう。「勘違い」や「間違い」で入ってきたのではないのか?という疑心暗鬼である。もし「勘違い」や「間違い」で入ってきたなら、すぐ出て行ける環境を作ってやろうという老婆心でもある。
するとその二人はこう言った。
「福岡から来たんですけど、東京のこういうお店で呑んでみたかった」(実際には福岡の言葉)
すると常連客もお店側もうってかわって「大歓迎」。近くの八百屋のオジさんは店からフルーツを持ってきて彼らに持たせた。