剥がす権利があるか? 2009.9.19-22
阿呆船
寺山作品はコラージュである。
それも何層にも重ねられたコラージュである。見えているものを剥がすと、下に別の世界が広がる。それを剥がすかどうかは誰によるのだろうか?
エピローグ近くでバックステージを見せるシチュエーションは映画『田園に死す』のそれに酷似している。(演劇『阿呆船』1976年、映画『田園に死す』1974年)それは舞台と世間の関係を表現している。しかし、それがどちらなのか、舞台がどこからどこまでなのか?誰にも分からない。演者はその中で役探しを強いられる。映画『書を捨てよ町へ出よう』(1971年)では、その冒頭で映画館の観客も役探しを強いられる。
「個」を確立した人間が、まるで輪番制のように「個」を喪失してゆく。それは言葉を伴った「自分」と思っていたものの喪失でもある。
その中でドッペルゲンガーの存在を認識している眠り男は、アイデンティティーに悩む故に最も安楽な生存圏を持っている。その分身(どちらが分身かわからないが)が自分を裏切らない間は、アイデンティティーに悩むという人間らしい生活が保障されている。
溢れる言葉、そのほとんどが悪口雑言である。
その言葉群は、学生運動が激しかった時の街衢を想起させる。壊された舗道石を、煙と炎を連想させる。しかし、溢れるが故に無になっていく言葉群。それは言葉を発するヒトが無になっていくようにも思える。
溢れれば、溢れるほど意味を失ってゆく言葉。
ドッペルゲンガー、上下二対の人間、四匹の蝸牛、これらが羅針盤となって船は迷走してゆく。誰を乗せているのか? 阿呆か?ならば阿呆とは何者か?
阿呆を剥がすと何が在るのか…
劇団5本指ソックス公演 寺山修司作 阿呆船
演出:元田暁子
2009.9.19-22







3回の星陵祭を終えて 2007年11月私が強く星陵祭を意識するようになったのは、2005年の準備段階からだった。準備の様子を知るとそれが演劇祭だということが分ったからだ。演劇は紛れもなく、私のしたかったことであった。
小学校の5年生くらいからオリジナル台本を書き始め、中学に入った時には映画を撮り始めたが、結局は全く「周囲」に恵まれなかった。背伸びしてブレヒトやサミュエル・ベケットの不条理劇やハプニング(今で言うパフォーマンス。全くなにも準備しない即興劇)に憧れて、既成の演劇部などを強く批判していたという「ひとりよがりの不遇」もあったからだ。「周囲」に恵まれなかったのではなく、自分に恵まれなかったのだと今では思う。
あの当時の学生演劇は既成の台本を前提としていて、その保守性と非現代性を批判していたが、今になって思うとそういう芝居を為し遂げることの重要性に気づいていなかったと思う。演劇という代替行為とシュプレヒコールという直接行為の差が見えなかったのだ。
A君達の2005年の演目は「アニー」だった。私の頭にはミュージカルという発想は全くなかったので、はじめは戸惑った。しかし考えてみると彼らは「演劇部」ではなく、クラス演劇であるのだから、本人たちが一番楽しめるものを選択するのは当然である。そう思った時から私の「個人参加」が始まったと思う。そしてアニーのカラオケ版CDをアメリカから購入したのが、私の第一歩だった。
2005年や2006年は演目で観劇した。それはそれで収穫があった。アマチュア演劇、クラス演劇の面白さを知った時でもあった。 そしておそらく積極的に関われるだろう最後の年になる2007年は、最終学年の演劇を全て観ようと決めた。ある階層(?)の全時代性に触れてみたいと思ったのだ。必ずメタの部分に触れられるという確信があった。
さらに、学校という教育を共通項とする擬似連帯の場で、クラス演劇をするということがどんなことか分ってきていた。構成員が色々なタレント(才能)を持ち寄りひとつのものをつくることであり、自分のタレントに気づくことであり、自分のタレントを探すことであり、自分のタレントを作ることだったのだ。人生でこのような行為ができる瞬間はほとんどない。「演劇部」の場合は、自分のタレントの主張の場だからだ。
そしてそのタレントの集積によって劇ができるありさまはそれだけで感動的である。だからだと思うが、私はどの芝居を見てもひとつもつまらないものはなかった。「つまらないものはない」という言い方ではなく、全てが素晴らしかった。色々な大きなものを与えてくれた。
その記憶を自分のためにとどめる目的で今年の印象を記しておきたいと思った。
31R 銀河鉄道の夜
台詞のひとつひとつに存在感があったのは原作に負うところが大きいのかもしれないが、その台詞をいかに自分の心情にシンクロさせるか、という演者の努力を感じた。抑制したコーラスも芝居が持つだろう「目的」を押し出すことに成功していた。
幕開けの仄かな灯りを持った演者が出てくるところはそれだけでぞくぞくした。簡素なセットと場面転換が緊張を中断させることがなかった。そのセットが劇中者の心情を表出させるのにも大きな効果を発揮していた。
さらに、現在の学校というあたかも共通の価値観を押し付けられているような閉鎖空間で、この劇のスタッフを含めた構成員達が「本当の価値」を探っていく行為のように見え、その協働行為がもうひとつの劇を為していたように思った。
32R ユタと不思議な仲間たち
座敷わらし達は間引きされた子どもたちだと言う。その彼女彼らが自らの「出自」を観客に述べていく。その段階から完全に劇に飲み込まれる。座敷わらし達の動きと言葉が生き生きとしているため、なおさらその「無念さ」が伝わってくる。またその背後にある産み親の慟哭ですら感じさせる。
少年は彼女彼らに「生きる意味」を知らされる。そして観客も知らされる。少年は自らの存在の仮託先を探していたのかもしれない。ラストの甘さは許される甘さであろう。
衣装とメイクと音響の効果も大きくスタッフの充実が感じられた舞台であった。
33R リング
客席を中央にし、側面と背面に回廊のような小さな舞台を設けたアイデアがストーリーにたいへんよくマッチしていた。つまり、恐怖の対象がどこから出てくるか分らないからだ。映画やテレビのホラーものは「映像」で訴えることができる。舞台のホラーものは難しい。それをテレビ映像や、側面と背面の照明や音という効果で実にうまく表現していたし、井戸のシーンなど大道具の苦労とアイデアが実によく伝わってきた。
ストーリーのラストも実に「現代的」で、本当に巨きなる恐怖があってその寓話ではないのか、という錯覚を感じさせた。脚本の力だったのかもしれない。その寓話は、実は現代の学生が共通意識として持っている「ある恐怖」だとするのは深読みしすぎか…
34R 新版歌祭文~野崎村早咲梅恋~
昨年の「冥途の飛脚」に続く歌舞伎である。連続というプレッシャーにもかかわらず実に完成度の高い「歌舞伎」になっていた。役者はもとより、大道具、小道具、舞台設定、音響、客席設定に感心した。あたかも江戸時代の芝居小屋のように舞台のまん前の畳に座って役者の息吹に接することができたのだ。またツケが実に舞台をキリッと締めた。
駕籠と舟の別れは正に大道具、小道具の舞台芸術。その中で役者が吐く「さらば」「さらば」「必ず」「必ず」、そして久松の駕籠に顔を埋める哀切はこの芝居の記憶を永遠に残すことだろう。
35R 壁抜け男
準備期間が短かったというが、完成度は実に高かった。歌のタイミングや、動きもそうだったが、最も印象に残ったのはステージ上の演者達の楽しさが伝わってきたことだった。この舞台設定もダイナミックで、2階部分を設け上下にも効果を出していた。その舞台設定が演者の動きにスケールを与えたと思う。壁抜けの工夫など観客への「サービス」も実に嬉しかった。観劇後に爽快感が残った。
また、個人と集団がうまくマッチした舞台だった。
36R アイーダ
この演劇を見ている途中から、なんて難しい芝居を選んだんだろうと思った。その難しさが王女のプレッシャーに他ならないと気づいた時から、女優としての王女に対するシンパティーが充満していまい極度の緊張感に苛まれた。あの長くも複雑なストーリーをよくコンパクトにまとめたと思う。衣装の努力も劇を上質のものにしていたと思う。
ネヘブカかアイーダの身代わりとなって命を捧げるシーンでは胸が痛くなってしまった。
バックのダンスパフォーマンスが舞台を奥行きのあるものにしていたのだが、それはあたかも無言群集劇にように見えた。それが照明と背景の計算された結果だと気づいたのは観劇後であった。多くの真意が衝突する緊張した舞台であった。
37R CATS
この演目を選択することは多くのプレッシャーを選択することでもある。良くて当たり前、と思われるのだ。そしてここでの観客にとって知名度の高い作品でもあるため批判もされやすい。
ほとんど1幕もので、ダンスと歌のパフォーマンスが中心となった。ある種の舞台芸術を確認するような舞台だった。衣装、メイク、照明、音響、群集、ソロ、明と暗、静と動、といった要素が実に違和感なく舞台を作り上げていた。練習のたまものである。
ストーリーで訴えるものではないだけに、実に動きが重要であり、それを支えるのが他(ワキ)である。つまり他は他のためにあり、またそれは舞台のためにあるという基本の実践に他ならない。
熱演に好感を持った。
38R スウィングガールズあんどボーイズ
芝居が始まってから少々不安になった。場が多すぎ、台本が整理されていないことが分ったからだ。しかし演者たちはその中で無邪気に芝居をする。それが逆にと言ったら変かもしれないが好感を与えるのだ。学生演劇の特権か…。
圧巻はビックバンドジャズの生演奏である。アルト、テナー、バリトン、トランペット、トロンボーンというブラスセクションに、ベース、ドラムスのリズムセクション、それにキーボード、ギターという本格派で、スタンドプレイもあった。曲目もムーンライトセレナーデとテイクジAトレイン。結構スイングしていて楽しめる演奏で、観客からも自然に手拍子が出る。
上演後のキャスト紹介で、半分以上の人が楽器未経験で、1年にわたって練習してきたとのこと。彼女彼らが実生活で「スウィングガールズあんどボーイズ」を演じていたのだ。勝利者は彼女彼ら自身である。
川柳には末広亭がよくにあう 2003.8.12
川柳川柳がけして上手な落語家ではないことは誰もが知っている。人の名前を忘れて観客に尋ねるのは日常茶飯事だし、かぜ(扇子)を落語らしく使う事は全くなくいつも小刻みにもてあそ弄んでいて、それは少々見苦しい。
先日も自分がかつて演じた落語の話で、「百年目という怪談話をやったとき…」と言っていた。「百年目」は桂米朝が極めた長大な人情話である。それが怪談になってしまった。本人も途中で気付き「おっと、三年目でした。」と訂正し間違えた事で「三年目」の逸話は聞けなかった。
その夜は怪談話特集のトリで出てきて、川柳師がどんな怪談話をやるのか?という別の意味での関心を集めた夜でもあったが、大方の予想どおり堂々と「怪談」はやらなかった。(演じたのは「映画やぶニラミ」)
また、師は差別的な言辞やワイセツな表現も多くけして人に勧められる「芸術家」ではない。
ならば師の魅力とはなんなのだろう?
それは「哀愁」である。
地方の軍国少年であり、戦後は都会に憧れその象徴が「映画」であり「歌謡曲」であり「スター」であるのだ。北千住の酒屋で奉公(師の表現では「小僧」)していた兄が帰ってきて「映画」に連れて行ってもらって見た映画の描写は実に微細である。
師本人もその酒屋に「小僧」として勤めることになるのだが、その青春期を当時の流行歌や映画や映画スターによってとりとめもなく綴っていく「話」はなかなか飽きさせない。鞍馬天狗で美空ひばりが演じた杉作少年の話しで、杉作が越後獅子で売られた子供でありその哀切に対して鐘淵紡績(現カネボウ)の女工さん達が涙を流すのを見て「本当にかわいそうなのは女工の方で」と言う。その視点には映画やスターに憧れる自分の姿をダブらせているように思える。
また、「ジャズ息子」の中で頑迷な父親とアメリカかぶれの息子が出てきてジャズに関して論争する。父親は差別者を発揮し「くろんぼ(アフリカンアメリカンに対する侮蔑語)の音楽のどこがいい」といい、アメリカかぶれの息子は「奴隷だった黒人の悲しさや苦しさがわからないからだ」と反論する。
師の視点はどちらにもない。頑迷な父親はある種の「権威」であるので、師の「外」にある。そして息子もまたインテリという「権威」なので「外」にある。つまり師の立場はどちらにも立てない。その両極の権威に対し立つ場を持てないのである。しかしアメリカの音楽への憧れが師の眼差しの中にあり、それがこの対立を外から見る「哀しさ」として表現される。
島崎藤村が「破戒」の中で被差別者を外から見ているのに対し、川端康成は「伊豆の踊子」の中で被差別者(旅芸人)を内から見ている。師の立場は川端康成に似ている。内からは「主張」は出てこない。
敗戦後徐々に経済回復していく中での若年労働者の「都会への憧れ」「性への思い」や「悲哀」が師の歌の中に描かれる。しかしそれは聴く者のとり方になる。師はけして「悲哀」を語らないからだ。
「ジャズ息子」の中にある立場を持てない悲哀、「がーこん」のさげでたった一人畑で脱穀機を踏む「取り残された世代」の悲哀、「映画やぶにらみ」の背景で語られる「都会への憧憬と反発」の悲哀。師の話しは悲哀に満ち満ちている。
師の話しは「鈴本」ではにあわない。木馬亭が最もにあうが諸般の事情でそこには出られない。よって末広亭が良くにあうのだ。
だから
「がーこん、がーこん、がーこんがーこんがーこんがーこん」が哀切に満ち満ちて響くのである。
2003.8.12
川柳川柳がけして上手な落語家ではないことは誰もが知っている。人の名前を忘れて観客に尋ねるのは日常茶飯事だし、かぜ(扇子)を落語らしく使う事は全くなくいつも小刻みにもてあそ弄んでいて、それは少々見苦しい。
先日も自分がかつて演じた落語の話で、「百年目という怪談話をやったとき…」と言っていた。「百年目」は桂米朝が極めた長大な人情話である。それが怪談になってしまった。本人も途中で気付き「おっと、三年目でした。」と訂正し間違えた事で「三年目」の逸話は聞けなかった。
その夜は怪談話特集のトリで出てきて、川柳師がどんな怪談話をやるのか?という別の意味での関心を集めた夜でもあったが、大方の予想どおり堂々と「怪談」はやらなかった。(演じたのは「映画やぶニラミ」)
また、師は差別的な言辞やワイセツな表現も多くけして人に勧められる「芸術家」ではない。
ならば師の魅力とはなんなのだろう?
それは「哀愁」である。
地方の軍国少年であり、戦後は都会に憧れその象徴が「映画」であり「歌謡曲」であり「スター」であるのだ。北千住の酒屋で奉公(師の表現では「小僧」)していた兄が帰ってきて「映画」に連れて行ってもらって見た映画の描写は実に微細である。
師本人もその酒屋に「小僧」として勤めることになるのだが、その青春期を当時の流行歌や映画や映画スターによってとりとめもなく綴っていく「話」はなかなか飽きさせない。鞍馬天狗で美空ひばりが演じた杉作少年の話しで、杉作が越後獅子で売られた子供でありその哀切に対して鐘淵紡績(現カネボウ)の女工さん達が涙を流すのを見て「本当にかわいそうなのは女工の方で」と言う。その視点には映画やスターに憧れる自分の姿をダブらせているように思える。
また、「ジャズ息子」の中で頑迷な父親とアメリカかぶれの息子が出てきてジャズに関して論争する。父親は差別者を発揮し「くろんぼ(アフリカンアメリカンに対する侮蔑語)の音楽のどこがいい」といい、アメリカかぶれの息子は「奴隷だった黒人の悲しさや苦しさがわからないからだ」と反論する。
師の視点はどちらにもない。頑迷な父親はある種の「権威」であるので、師の「外」にある。そして息子もまたインテリという「権威」なので「外」にある。つまり師の立場はどちらにも立てない。その両極の権威に対し立つ場を持てないのである。しかしアメリカの音楽への憧れが師の眼差しの中にあり、それがこの対立を外から見る「哀しさ」として表現される。
島崎藤村が「破戒」の中で被差別者を外から見ているのに対し、川端康成は「伊豆の踊子」の中で被差別者(旅芸人)を内から見ている。師の立場は川端康成に似ている。内からは「主張」は出てこない。
敗戦後徐々に経済回復していく中での若年労働者の「都会への憧れ」「性への思い」や「悲哀」が師の歌の中に描かれる。しかしそれは聴く者のとり方になる。師はけして「悲哀」を語らないからだ。
「ジャズ息子」の中にある立場を持てない悲哀、「がーこん」のさげでたった一人畑で脱穀機を踏む「取り残された世代」の悲哀、「映画やぶにらみ」の背景で語られる「都会への憧憬と反発」の悲哀。師の話しは悲哀に満ち満ちている。
師の話しは「鈴本」ではにあわない。木馬亭が最もにあうが諸般の事情でそこには出られない。よって末広亭が良くにあうのだ。
だから
「がーこん、がーこん、がーこんがーこんがーこんがーこん」が哀切に満ち満ちて響くのである。
2003.8.12
