川柳には末広亭がよくにあう 過去ログ転載 | leraのブログ

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川柳には末広亭がよくにあう 2003.8.12

 川柳川柳がけして上手な落語家ではないことは誰もが知っている。人の名前を忘れて観客に尋ねるのは日常茶飯事だし、かぜ(扇子)を落語らしく使う事は全くなくいつも小刻みにもてあそ弄んでいて、それは少々見苦しい。

 先日も自分がかつて演じた落語の話で、「百年目という怪談話をやったとき…」と言っていた。「百年目」は桂米朝が極めた長大な人情話である。それが怪談になってしまった。本人も途中で気付き「おっと、三年目でした。」と訂正し間違えた事で「三年目」の逸話は聞けなかった。

 その夜は怪談話特集のトリで出てきて、川柳師がどんな怪談話をやるのか?という別の意味での関心を集めた夜でもあったが、大方の予想どおり堂々と「怪談」はやらなかった。(演じたのは「映画やぶニラミ」)

 また、師は差別的な言辞やワイセツな表現も多くけして人に勧められる「芸術家」ではない。

 ならば師の魅力とはなんなのだろう?

 それは「哀愁」である。

 地方の軍国少年であり、戦後は都会に憧れその象徴が「映画」であり「歌謡曲」であり「スター」であるのだ。北千住の酒屋で奉公(師の表現では「小僧」)していた兄が帰ってきて「映画」に連れて行ってもらって見た映画の描写は実に微細である。

 師本人もその酒屋に「小僧」として勤めることになるのだが、その青春期を当時の流行歌や映画や映画スターによってとりとめもなく綴っていく「話」はなかなか飽きさせない。鞍馬天狗で美空ひばりが演じた杉作少年の話しで、杉作が越後獅子で売られた子供でありその哀切に対して鐘淵紡績(現カネボウ)の女工さん達が涙を流すのを見て「本当にかわいそうなのは女工の方で」と言う。その視点には映画やスターに憧れる自分の姿をダブらせているように思える。

 また、「ジャズ息子」の中で頑迷な父親とアメリカかぶれの息子が出てきてジャズに関して論争する。父親は差別者を発揮し「くろんぼ(アフリカンアメリカンに対する侮蔑語)の音楽のどこがいい」といい、アメリカかぶれの息子は「奴隷だった黒人の悲しさや苦しさがわからないからだ」と反論する。

 師の視点はどちらにもない。頑迷な父親はある種の「権威」であるので、師の「外」にある。そして息子もまたインテリという「権威」なので「外」にある。つまり師の立場はどちらにも立てない。その両極の権威に対し立つ場を持てないのである。しかしアメリカの音楽への憧れが師の眼差しの中にあり、それがこの対立を外から見る「哀しさ」として表現される。

 島崎藤村が「破戒」の中で被差別者を外から見ているのに対し、川端康成は「伊豆の踊子」の中で被差別者(旅芸人)を内から見ている。師の立場は川端康成に似ている。内からは「主張」は出てこない。

 敗戦後徐々に経済回復していく中での若年労働者の「都会への憧れ」「性への思い」や「悲哀」が師の歌の中に描かれる。しかしそれは聴く者のとり方になる。師はけして「悲哀」を語らないからだ。

 「ジャズ息子」の中にある立場を持てない悲哀、「がーこん」のさげでたった一人畑で脱穀機を踏む「取り残された世代」の悲哀、「映画やぶにらみ」の背景で語られる「都会への憧憬と反発」の悲哀。師の話しは悲哀に満ち満ちている。

 師の話しは「鈴本」ではにあわない。木馬亭が最もにあうが諸般の事情でそこには出られない。よって末広亭が良くにあうのだ。

 だから

「がーこん、がーこん、がーこんがーこんがーこんがーこん」が哀切に満ち満ちて響くのである。

2003.8.12