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自らの文章のアーカイブと考えている

シリア領内空爆の有志連合

 米国がシリア領内のイスラム国の拠点を空爆する論理は集団的自衛権の行使だ。

 直接的な脅威があるイラクからの要請による「集団的自衛権の行使」ということになる。さらに米国人ジャーナリストの公開処刑による個別的自衛権の行使にも言及している。
国連決議を伴わない戦闘行為は自衛権によるものしか認められていないのでそうしたのかどうかは知らない。

そういった自衛権の行使がシリア領内の空爆に結びつくという考えがなかなか複雑である。後にシリアは容認声明を出しているが、これが要請かどうかは明確ではない。
もし、シリアの声明が要請だとして、集団的自衛権を行使したとするのであれば、米国はシリアと同盟国だったということになる。

 これについて志方俊方氏(帝京大教授)がこう言っている。
「国際社会は無言の納得をした」
 彼が言う国際社会の範囲が不明確だが、それにしても仲がいいものだ。無言の納得とは。

 孫崎享氏(元外務省国際情報局長)は、はっきりと法律的に問題があると指摘する。
「イラク政府からの空爆要請があるという理由で、シリア領内の攻撃を正当化することはできない」「テロの危険が欧米に迫っているというが、欧米が中東諸国に軍事的な関与を続けてきたことにそもそもの原因がある」と言っている。

「イラク政府からの空爆要請があるという理由で、シリア領内攻撃を正当化」というのはかなり怖い論理だ。
 例えば千葉県の要請で東京都が集団的自衛権を行使し埼玉県内の埼玉県とは無関係の組織を攻撃するようなものだからだ。

 米国は先例の如く有志連合を募った。
 その有志連合に名をつらね、しかも空爆に参加した中東諸国のバーレーン、カタール、サウジアラビア、アラブ首長国連邦、ヨルダンは王家、首長家支配の「王国」である。しかもヨルダン以外は石油利権がある。

 イスラム国は、イスラム教の絶対平等の前でカリフを頂点とした国家建設を標榜し王制や首長制を否定しているため、「王国」とは相容れない関係だ。
 これはオサマビンラディンがサウジアラビアを批判し活動に入ったことと似ている。
 そして、石油利権が関わると王国は民主化を望まないのだ。

 米国は時として独裁国家を支援してきた。
 パーレビやマルコスなど、そしてフセインですら支援した時期があった。
 これは石油利権をめぐっての資本主義国と独裁国家の防衛戦争ではないのか?
第68回東京都高等学校演劇コンクール地区発表会・中央地区

中央地区A日程二日目(2014.9.23)が観劇できた。以下寸評と講評(上演順)。
講評は、林成彦氏(演出家、PAVLIC所属)、モラル氏(演出家・脚本家、犬と串主宰、ドリームプラス所属)。尚( )は筆者が勝手に解説したもの。

 今年の特徴は「戦争」に触れたものが三校あり多いと思った。これはウクライナや中東など紛争や暴力が吹き荒れる地域が多くあることと、集団的自衛権解釈などから嗅覚的に感じた危機感の反映かもしれない。但し三作とも部員作オリジナルではない。

都立新宿山吹高校
『ファーストキスはネコの味』 作:與口奈津江部員
小学校四年生がネコにメタモルフォーゼ。ネコ社会を知ることによる成長譚。ネコ社会に入ってからのエピソードがやや冗長で整理できる。そしてもっと冒険してもいいと思う。成長譚に関してもサプライズがあるといい。
 ストップモーションのエピローグに「さげ」が欲しい。
 最初リョータ(小学校四年生)の役者が拙い感じだったのだが、それがだんだんストーリーにあってきたところが面白かった。

講評
 穏やかな日常から長いキスがあり、それが期待感を持たせ、心をつかまれた。世界観がネコのモチーフにあっていてネコの衣装もよかった。リョータが振り回され成長するのにピタリと合った。ただ事件性が少ない。ストップモーションよかった。
 キスシーンがすごい。高校演劇では見たことが無い。白いネコがエロティック。キスに唐突感がない。キスまでの動線が長く出会いの時間をとっていていい。昼夜に関心がないネコ社会の感覚おもしろい。リョータの性別は、ファーストキスを奪われるということを重大事にするのなら、女性の方がいいのでは?するとルーシー(奪うネコ)は男になり、追う二人(アケチとコバヤシ、少年探偵団のイメージ)もしっくりするのでは?魔法のシーン(人形をステージに置いた)は見えにくかった。

都立向丘高校
 『父と暮らせば』 作:井上ひさし
 セリフはコトバとなって自分の体内に入り、コトバ(意思)となって吐かれる。そんなことを思ったのは、二人芝居というセリフのウェイトが重いにも関わらず、女優林美月がたいへん巧みだったからだ。セリフが体から出ていて自分のものになっていた。セリフばかりではなく、体の動き、視線、表情、本当に上手で感心した。広島弁を知らないが自然に聞こえた。この戯曲のテーマは「生き残ったやましさ」と「生きているから望むこと」の狭間で揺れ動く心理である。それがよく表現できていたと思う。

講評
 父親は難役を真正面から演じていた。女優は動きが意図ある動きで、さらにきれいで無駄がない。装置も二人の少なさを感じさせない。SEと声量に問題があった。幸せになってはいけない、とするところから欲(願望)が見えてきたら感情移入ができた。父の骨の入った箱がヘン。
 二人芝居は逃げ場がないので、チャレンジを評価。役者同士がよく見るのがいい。時間と空間を超え原爆が運だと感じ胸に迫り、説得力あり見応えがあった。広島弁が足かせになっていて情報のニュアンスが消える場合がある。方言を使わない選択もあったのでは?父親の顔と地蔵の顔の対比インパクトが弱い。父親の髪型も考えたい。

京華学園
 『いのち~ヌチドゥティーチー』 作:伊藤弘成顧問
別掲

区立九段中等教育学校
 『鏡を前に依りの箱』 作:仲程早貴部員
 カインコンプレックスがテーマかと思った。次々に届け物のダンボール箱が届けられるのだが、それかすべて同じ大きさでしかも新品。ここに引っ掛かってしまったため意識が無用な浮遊をしてしまった。同型新品に意味はなかったようだ。こういった非日常を舞台であらわすと観客はそちらに意識が行くので、演出意図やストーリーに無関係なら気をつけたい。
 テーマとしては個性との関わり。個性が人生を決定したり、理想の個性を考えたり、それは存在の意味に繋がる。脚本を読みたくなった。

講評
 物を捨てられない内面を視覚的なポップさで表現していて音楽もよい。ミステリー性あったし、キャストが個性があった。家庭教師に魅力を感じた。違いこそが個性はタテマエと踏み込んだところがいい。一人で悩んで一人で答えを出すという感じだった。
 役者力の高さに魅了された。家庭教師はセリフに重みがあった。ヒナコとユキの土産をめぐっての会話が魅力的。人のため、他者のため、伝わらないものを伝えるのがコミュニケーション。伝わらないもどかしさがセリフを言うとき素直に体に乗っている。わざとずらし(スムーズなキャッチボールではなく)を入れるともっといい。役者が曲に合わせる、他の人と合わせるために曲から遅れたりしたところと、ダンボール箱が全部テーブルの奥に置かれたのが残念。テーブル前にも置かれ、役者が邪魔で移動させるという工夫もあっていい。ホラーテイストがいい。

村田女子高等学校
 『月並みの女子高生の欲には限界がある~乏しい想像力と貧しい非日常~』
 くすぐりの効いたコントシーンの多いコメディ。現在の女子高校の生徒を等身大に表現し巧み。また、男女均等雇用法の欺瞞性をついたり、政治家のセクハラ発言を揶揄したり、辛味の現代批判が刺激的。それは結婚や家庭に入るという抑圧が未だにあることへの批判にも思えた。それらは与えられた自由の悲しさに繋がる。そこのところで単なるコメディではない姿を見せ観客を魅了したと思う。さらに良くなる本だと思う。

講評
 華やいだ舞台。(一見)「今どき」だがそれをつき放した普遍的なテーマ。技術が高くそれでいて親しみやすい。稽古量を感じさせないウマサ。その後を見てみたかった。ドラマ的に特別なことが起きない。よって演劇的な大技が欲しい。
 オープニングのおしゃべりは、役割をこなしていてリアルでうまい。フォーカス(観客の視点)を衣装(同じ制服でもコロスはダーク色)で分けている。早実(文化祭)に行ったふたりがうまい。二人しかいないのに文化祭が見えるよう。「公園で写真を撮ってそう」などはっとさせるセリフがあり、女子の「舞台裏」を垣間見るようだった。五人の個性や人柄がだんだん出てくる。題名の「月並み」が欲にかかると思った。タイトルの意味が(観劇)途中が変わったのがよかった。風早とキラのふたつの対比がよかった。キラとコー君の関係は当事者間で語られるが、演劇の場合はここに第三者をからめると、葛藤をつくることになりさらに台本が広がる。第三者とは、他にコー君を知る者がいるとか、コー君と他の女子が歩いているところを誰かが見たとか。

都立文京高校
 『就学旅行』 作:畑澤聖悟
 この本はたいへん巧みでメタファーの膾炙という印象がある。故に演じることは難しいし、キャストの力量も問われる。外観と違ってかなり難しい。さらに、ひとことのセリフに意味を持たせたりしているので、セリフがそれのためにわざとらしくなっては臭くなるし、それでいてちゃんと伝えなければならないから大変なのだ。
 総じてよく構成されていた。男子生徒の存在感が希薄だった。また、サダコのシーンはいらないのでは?

講評
 本の力に負けない作品。さりげない伏線が多々ある本。それを読み解く時間を感じた。女性が個性的で飽きない。空間の寂しさがない。男子の笑いの取り方のベクトルが似ていて差別化できるとよかった。
 環境に恵まれラッキーだった。観客は京華のひめゆりを先に見ているし、村田女子の男子話もあったのでストレートに伝わった。また、演劇も6本目だったので開場もやや疲れてまったりしていたので修学旅行の大部屋の雰囲気があった。柿崎の軍隊性や、先生の迫力がいい。白鳥先生のフェロモン的魅力は隠しておくほうがいい。布団の並びは柿崎の隣に野宮の方が対比が際立つ。また柿崎が上手の方がメンバーの見える位置で素振りができる。

立教池袋
 『PE! PE! PE! PENGUINS!!』 作:西川大貴
 ショーやパフォーマンスのグランドフィナーレがあると、そのためのストーリー運びになる。無論それはそれでいいのだが、それには完成度の高いフィナーレが必要になるので、ある意味危険でもある。
 人気を失いつつあるペンギンたちが自己の存在証明を求め、それが空を飛ぶことだったり、ショーによって人気回復を企図することだったりした場合、そこにあるルサンチマンを表現できるとストーリーは奥深くなると思う。

講評
 ツカミに成功したエンターティメント。オシャレだけどベタといった一歩超えた濃い、どろくさいカッコよさがいい。パフォーマーとしての意識が高い。ストーリーの軸の見せ方、ひとつひとつの理由が見えにくい。空を飛びたいココの孤立がソデで行われるので舞台で演技で見せたい。ショーをやろうと提案し(反発があり)和解までの時間が長い。途中の(タップ)ダンスは軽く見せ、ラストでちゃんとしたものを見せた方がシーンが立つ。
 カッコいい。演劇部っぽくなく、イメージが違うし、衣装で勝っている。タップもいいしもっと使ってもいい。但し一回目のタップは客がどう受け止めていいか分らない。キキにとっての意味が不明。空飛ぶ仕種もタップでいいのでは?大事なのは客の持つイメージ。客にどんな像を結ばせるか。

都大会推薦2校
 暁星『アブラカタブラ ビリケンケンチャン ラミパスラミパスルルルルルー』(1日目)
 京華学園『いのち~ヌチドゥティーチー』

奨励賞5校
 共立女子『オチブレニンギョ』(1日目)
 都立新宿『人一人』(1日目)
 区立九段『鏡を前に依りの箱』
 村田女子『月並みの女子高生の欲には限界がある~乏しい想像力と貧しい非日常~』
 都立文京『就学旅行』

 尚、都大会は11月8日9日、東京芸術劇場シアターウエストにて

第37回東京都高等学校文化祭演劇部門地区大会
主催:東京都教育委員会/東京都高等学校文化連盟
東京都高等学校演劇研究会
文楽『不破留寿之太夫』 反戦文楽?

 シェークスピアに題材をとった文楽の『不破留寿之太夫』(ふあるすのたいふ)には批判も多かった。
 それは公演が(東京では)2ヶ月に1回しかなく、チケットも取りにくいんだから、ちゃんと古典をやってほしいというもっともな批判だった。
 また、9月18日朝日新聞夕刊の劇評にも「フォルスタッフ劇を、文楽で演じる演じる意味がよく分からない」(内山美樹子)と書かれていた。

 私の関心はふたつあり、ひとつは近松門左衛門を見れば分かるように新作(シェークスピアが新作かどうかは疑問だが)があっていいと思うし、もうひとつは文楽において極めて珍しい喜劇だからだ。
 それに鶴澤清治が作曲で、桐竹勘十郎の人形ということもあったと思う。

 私は9月18日に開場の20分前に行ったのだが、当日券は完売で、満席だった。

 劇場に入って通常の文楽とは違う点がいくつかあった。
 文楽回しが回らない。
それは多くの人がそこにいるからで、三味線5人浄瑠璃4人。また文楽回し全体が背景画の一部になっている。
 黒子の演目紹介もないし、文楽回しが回らないから太夫も三味線もぞろぞろと出て来る。なんとなく元気のない出方なので拍手のしどころが分からないし、笑いを誘ってしまう。
 太棹以外に大小の琴と胡弓があり、下座も加わるので音楽劇の様相を呈していた。また人形を操る三人が三人とも黒子だ。この効果は何を狙ったものなのだろう?

 舞台はホリゾントの効果もあるし、照明もあるし、スモークも出る。
 美術は幻想的で美しい。(石井みつる)
 胡弓と琴による哀愁深いグリーンリーブスの演奏から舞台は始まる。

 シェークスピアの「ヘンリー四世」「ウィンザーの陽気な女たち」のエピソードが展開し、二通の同一のラブレターと、居酒屋でのほら吹き武勇伝が演じられる。
 セリフや仕種で客の笑いをとる。また字幕は無い。

 不破留寿之太夫のエピキュリアン的人間像が描かれるのだが、そして例の「フォルスタッフ追放」でエピローグとなる。最後に不破留寿之太夫はこういうのだ。
「やがて時が来れば、戦など愚かしいとわかる時代もやって来よう。国と国の争わぬ時代もやって来よう。虚しい名誉のためにあくせく生きるなどまっぴら御免ぢゃ」
 これはプロローグの浄瑠璃で示される「真の武勇は分別にあり、戦をせぬこそ分別なり」に対応したエピローグだと思う。

 不破留寿之太夫は最後のセリフを言うと、文楽では全く異例に舞台から客席の通路を通って後扉からハケるのである。
 私は16列12番で下手通路の真横の席だったから、私と触れ合うほどの距離だった。
 そのときの大拍手と掛け声は反戦思想に共鳴するものも少しはあったのではないかと思えた。
 掛け声のなかで「勘十郎さん大当たり」というものがあった。

2014年9月6日から22日
不破留寿之太夫 豊竹英太夫、桐竹勘十郎