文楽『不破留寿之太夫』 反戦文楽?
シェークスピアに題材をとった文楽の『不破留寿之太夫』(ふあるすのたいふ)には批判も多かった。
それは公演が(東京では)2ヶ月に1回しかなく、チケットも取りにくいんだから、ちゃんと古典をやってほしいというもっともな批判だった。
また、9月18日朝日新聞夕刊の劇評にも「フォルスタッフ劇を、文楽で演じる演じる意味がよく分からない」(内山美樹子)と書かれていた。
私の関心はふたつあり、ひとつは近松門左衛門を見れば分かるように新作(シェークスピアが新作かどうかは疑問だが)があっていいと思うし、もうひとつは文楽において極めて珍しい喜劇だからだ。
それに鶴澤清治が作曲で、桐竹勘十郎の人形ということもあったと思う。
私は9月18日に開場の20分前に行ったのだが、当日券は完売で、満席だった。
劇場に入って通常の文楽とは違う点がいくつかあった。
文楽回しが回らない。
それは多くの人がそこにいるからで、三味線5人浄瑠璃4人。また文楽回し全体が背景画の一部になっている。
黒子の演目紹介もないし、文楽回しが回らないから太夫も三味線もぞろぞろと出て来る。なんとなく元気のない出方なので拍手のしどころが分からないし、笑いを誘ってしまう。
太棹以外に大小の琴と胡弓があり、下座も加わるので音楽劇の様相を呈していた。また人形を操る三人が三人とも黒子だ。この効果は何を狙ったものなのだろう?
舞台はホリゾントの効果もあるし、照明もあるし、スモークも出る。
美術は幻想的で美しい。(石井みつる)
胡弓と琴による哀愁深いグリーンリーブスの演奏から舞台は始まる。
シェークスピアの「ヘンリー四世」「ウィンザーの陽気な女たち」のエピソードが展開し、二通の同一のラブレターと、居酒屋でのほら吹き武勇伝が演じられる。
セリフや仕種で客の笑いをとる。また字幕は無い。
不破留寿之太夫のエピキュリアン的人間像が描かれるのだが、そして例の「フォルスタッフ追放」でエピローグとなる。最後に不破留寿之太夫はこういうのだ。
「やがて時が来れば、戦など愚かしいとわかる時代もやって来よう。国と国の争わぬ時代もやって来よう。虚しい名誉のためにあくせく生きるなどまっぴら御免ぢゃ」
これはプロローグの浄瑠璃で示される「真の武勇は分別にあり、戦をせぬこそ分別なり」に対応したエピローグだと思う。
不破留寿之太夫は最後のセリフを言うと、文楽では全く異例に舞台から客席の通路を通って後扉からハケるのである。
私は16列12番で下手通路の真横の席だったから、私と触れ合うほどの距離だった。
そのときの大拍手と掛け声は反戦思想に共鳴するものも少しはあったのではないかと思えた。
掛け声のなかで「勘十郎さん大当たり」というものがあった。
2014年9月6日から22日
不破留寿之太夫 豊竹英太夫、桐竹勘十郎
