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自らの文章のアーカイブと考えている

週刊現代に「おかしな判決」

週刊現代(2014.6.7)に「おかしな判決」を書いた裁判官たちという特集で、裁判官が写真入りで出ている。

恵庭OL事件に関しては冤罪と言う観点から裁判官批判している。
あの判決は可能性だけで有罪にしたとんでもないもの。さらに、殺害方法も、犯行現場も、動機も明確にしていない。異常な有罪判決。

ゴビンダ事件の裁判官たちが勲章をもらっているのも驚き。
一審が無罪判決だったにもかかわらずゴビンダの勾留を認めた高橋省吾は2013年に端宝重光章受賞とのこと。
 控訴審で逆転有罪を出した高木俊夫も端宝重光章受賞。
 上告棄却した藤田宙晴にいたっては旭日大綬章受賞。

名張も足利も出ている。


沖田光男氏の痴漢冤罪のことも取り上げている。
これもとんでもない冤罪。不起訴処分になったのに国賠訴訟で痴漢認定したという信じられない裁判。

残念ながら御殿場事件で訴因変更した高橋祥子が出ていないのが残念。
被害者女性の証言が虚偽で、犯人と言われた少年たちのアリバイが証明されそうになったら、裁判途中で犯行日を変えるという訴因変更を認めたとんでも裁判官。

裁判に多く携わったひとなら分かるが、裁判は「運」の世界。
いい裁判官だったらアタリ。
ただし転勤しなければの話。

また刑事裁判に関しては無罪判決を書くと出世できない。
どこかの裁判所長になったり、最高裁の調査官になったりできない。
家裁まわりがいいところ。

裁判官はとんでもなく大きな権力を持っている。
人を死刑にできれば、何十年と拘禁することができる。
しかも独断でそれができる場合がある。
市民の正常な批判だけがそれにストップをかけられる。
再び、英語教育の蹉跌と目的

厚生労働医系技官の木村盛世氏が雑誌『Voice』の2014年5月号に英語教育についてかなり核心的なことを語っている。
というより、英語教育の目的について疑義を呈しているように思える。

・「インターナショナルスクールに通ったから英語ができる」必ずしもそうではない
・語学の習得=日常会話ができることではない
・日本語でも、国語が不得手な人がいるように、その他の言語においても、その国の「国語」が芳しくない人はいる

 これは英文読解の解答例(日本語)を理解できない場合と似ている。

・(日本語話者の場合)きちんとした日本語を話せることと、意味が通じることとはまったく別
・2カ国語になれば、両方を完璧に取得するのは、1カ国語に比べて難しいのはあたりまえ
・日本語と英語をちゃんぽんに使うのは、どちらの言語もまともに使えない、言い換えれば一つの言語で会話のエピソードを終了させられない

・日本語にため口が存在するのと同様、英語にもスラングがあり、国際会議でため口で話し続けたら品性を疑われる
・それゆえ、豊富な語彙と表現力、正しい文法を使える力こそが、国際社会では求められる

また、母国語の確立が絶対条件として
・異なる言語を話すためには、母国語の確立が絶対条件
・英語には、正確な日本語能力がその背景にあることが必要

 私は日本語(国語という言い方には反発を感じる)における教育にも疑義を持っていて、それが英語教育にも当てはまるのだ。
 つまり基本的な「聞く」「話す」「読む」「書く」の内「聞く」「話す」の訓練(「教育」ではなく生きていく上で必要な「訓練」)がされていないように思える。これは教師も同様で、論理だった話しができない教師は珍しくない。

「論理だった話」というのは木村氏の言う「会話のエピソードを終了させる」に似ている。

 教養英語の重要性も感じるし、日本語教育のあり方の問題も感じる。

 しかしもっと大きな問題が横たわっている。
 英語が主要な受験科目だということだ。
 受験科目になってしまうと目的を失う。
 目的が受験になってしまうからだ。

 受験を無くせば学問はその人の特性を生かしたもっと有意義なものになる。
 学問が人生の糧になっていくのにと思うと寂しい…
STDの深刻さ

 OECD加盟国でHIV感染者が増加しているのは日本だけである。とうとう2013年は過去最大の感染者を記録した。

 しかも驚く事に梅毒の感染も増大している。

 クラミジアやヘルペス感染はもう話題にもならない。

 この国はどうなっているのか?

 原因はなんなのか?

 妊娠人口中絶大国であることからも、コンドーム使用率は低いと思われる。

 ある映画人の集まりで、ベッドシーンには必ずコンドームを装着するシーンの挿入を義務付けたらどうか?と提案したら一笑にふされた。

 コンドームを装着するシーンはロマンティックではないということらしい。
 もともと人の性行為は滑稽でロマンティックなものではないだろう。
 ラブストーリーはベッドに行く直前で終わるのだ。

 ただ女性専用のアダルト映像にはコンドームを装着するシーンがあり、けして非ロマンティックではないとの指摘があった。
 話は変わるが演出、監督の能力だろう。