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自らの文章のアーカイブと考えている

1990年代サラエボで… 2007年11月28日


ヨーロッパは数々の戦禍を体験してきた。その悲惨さは未だに多くを語られる。プリモ・レーヴィやケーテ・コルディッツが現在においても尚大きな存在を示すのはその好例である。

 その結果として、EUができ、ユーロが登場し、人権裁判所や国際刑事裁判所ができたのだと思っている。

 しかし喉にひっかかっている骨のようなものがある。
 1990年代のユーゴスラヴィア解体である。ボスニア、コソヴォ、サラエボなどの「名詞」が浮遊する。

 映画も作られた。
 そのなかの一作「サラエボの花」が12月1日から岩波ホールで公開される。喉に刺さっている骨に触れてみたいと思う。

 原題:GRBAVICA 2006年度作品。ボスニア・ヘルツェゴビナ、オーストリア、ドイツ、クロアチア映画。監督・脚本ヤスミラ・ジュバニッチ。

関連図書
ユーゴ紛争 千田善著 講談社現代新書1168
ユーゴ内戦 政治リーダーと民族主義 月村太郎著 東京大学出版会
慰安婦問題の残渣

 慰安婦は映画にも登場する。
 『人間の條件』や『血と砂』などであり、それは慰安婦問題が政治問題化するずっと前のことだ。つまり誰もが知っていたことなのだ。
 『人間の條件』は慰安婦の他に多くの戦時性暴力が出てくる。それらが批判されたという話は聞かない。

 映画人の中でも証言がある。
http://ameblo.jp/stone2/entry-11553948730.html

 そこで強制性を問題にする傾向がある。
 安倍晋三曰く「強制を示す資料は無い」
 加害証言にもあるが、戦後戦犯の訴追を恐れて多くの「証拠」が焼却され、それは慰安婦問題でも同様だ。
 焼却をした側が資料がないことを理由にして否定するのは詭弁である。

 かつて横浜事件の再審請求は裁判資料がないことを理由に棄却された。
 判決文を含んだ裁判資料が無かったのは、同じ理由で裁判所職員が焼却したからだ。それは戦後の司法関係者の座談会であきらかになっている。
 裁判所が焼却したのに、その資料がないことを理由にその裁判所が請求を棄却するのは詭弁である。

 また、法治国家を否定するのなら対応のしようがないが、もし法治国家であるとするならいくつかの裁判で強制が認定されている。
 もし強制を否定するならその裁判の判決文から批判しなくてはならない。

 さて、残渣とは何か?
 女性戦犯法廷のテレビ番組の「改変」を強く要請した人々のことだ。
 現代社会でこれほど無残なことはない。

 戦争にはふたつの階層がある。
 戦争で利益を得る層と、戦争で被害を被る層である。
 戦争で利益を得る層とは、兵器を売って利潤を得、戦後復興で利益を得、復興後資本投下して利益を得る層のことである。
 戦争で被害を被る層とは一般市民のことだ。
 戦争を防ぐ手段はひとつしかない、市民の連帯だ。
映画『ガイサンシーとその姉妹たち』…慰安婦?

 日中戦争の特色は勢力の多岐にある。
 八路軍、国民党軍、日本軍に協力した清郷隊、そして日本軍。
 これらが入乱れて覇権や橋頭堡を奪い合った。
 結果として市民を守るものがなかった。
 これが悲劇である。
 元々軍隊という暴力装置が市民を守ったことなど歴史上ないかもしれないが…

 これらの現象はベトナム戦争でも見られた。
 ベトナム解放戦線、北正規軍、南ベトナム政府軍、アメリカ軍、そしてカオダイ教私兵集団…拠点としての村は昼はアメリカ勢力下に入り、夜は北ベトナム勢力下に入った。よって住民虐殺が起こる。

 中国における日本軍も拠点村の住民に敵対勢力の浸透の報告を義務づけ、それが実行されないと住民を虐殺し女性を連れ去ったケースがあった。
 平頂山事件は有名である。

 従軍慰安婦という言葉がある。
 イメージとしては慰安所という施設があり、「業者」けがいて、そこで性的な暴行を受けたというものだが、中国山西省の進圭社の場合は違う。
 軍の拠点に監禁した。
 あるいは、百団大戦で打撃を受けた日本軍は山の頂上にトーチカを設け、そのトーチカに女性を監禁し、性的な暴行を繰り返した。
 または、河東村のように日本軍兵士が定期的に家にやってきて暴行した。(進圭社トーチカと河東村のトーチカは40キロ離れていたが一本道で繋がっていた)

 蓋山西(ガイサンシー)とは「山西省一の美人」のことで、侯冬娥(コウトウガ)のことだった。日本軍はその評判を聞き、彼女を探し監禁し暴行した。
 侯冬娥は他に監禁された少女たち(13歳から15歳)をいたわり、時には自らの身を挺して救ったため、彼女たちから尊敬をこめて「ガイサンシー」と呼ばれ、少女たちは「ガイサンシーの姉妹」と自認している。

 そこに駐屯していた日本軍は後に沖縄に派遣されたので生存者は少ないが、数少ない生存者の加害発言は衝撃的である。
・ 中隊には慰安所があったので、そういう(誘拐して監禁して強かんする)被害はなかった。
・ 炊事場の隣に居所(監禁場所)を与え、日本兵と同じものを食べさせてやった。金を払ったかはわからない。
・ 戦後自分が家族を持って痛みがわかった。強かんしている光景をみて笑える人間になっていた。
・ 女は真っ裸で寝ていて全く動かず、目はぼんやりと上を見ていた。

その被害の深刻さは、女性に甘言を用いて連れ出すのが中国人の清郷隊であることが少なくなかった。
構造的な、あるいは歴史的な女性搾取のシステムかもしれない。

中国における日本軍による戦時性暴力被害の問題は、中国国内でも日本のメディアでも取り上げられないので封じられた問題だと言う。
中国国内で問題にならないのは、男からの封建的被害(女性蔑視)、貧しさ、があると言う。
さらに戦後対日協力者とみなされ階級闘争で虐げられ口が重くなったと言う。
そして生活は全く補償されずほぼ全員が貧困の中にある。

 監督の班忠義監督はこう言う。
「韓国は民主化で慰安婦問題があきらかになった。これは市民の力。中国の本質は100年変わっていない。戦争世代がいなくなり、証言が消えていく。中国政府は調べようともしない。殺人や強かんをたちきることが文明」

 また、ドイツとの違いの中で、ドイツはキリスト教の中で告白することで救われるという思想があり、日本は恥の文化でそれが逆作用し隠す動機になってしまうのではないかと指摘していた。

 また、現在製作中の作品『太陽がほしい』で、雲南省の被害についても触れている。

 映画上映の後、明治大学の生方卓先生の話しがあり「戦時性加害について嬉々として語る日本の男」の実体験について話した。
 これは私にも経験がある。

2007年シグロ作
監督:班忠義 Ban Zhongyi

 参考
 東京における会議で万愛化証言の映像が資料映像として挿入されていたのだが、横浜事件の被害者である木村亨が会場にいるのが写っていた。彼は常に中国への謝罪ということを言っていた。