宅地建物取引主任者証は、運転免許とほぼ同じサイズです。
だけど、郵便局で新口座を作ろうとしたとき、
本人証明書としては使えませんでした(^^;;
郵便局の人は、「写真も貼ってあるし、住所も書いてあるんですけどね~」
と申し訳なさそうにしていました。
宅地建物取引主任者証は、運転免許とほぼ同じサイズです。
だけど、郵便局で新口座を作ろうとしたとき、
本人証明書としては使えませんでした(^^;;
郵便局の人は、「写真も貼ってあるし、住所も書いてあるんですけどね~」
と申し訳なさそうにしていました。
うーむ、軽い気持ちで生きることに決めたのに、
やっぱり眠れない。。。
時々愚痴も書くけど許して下さい。
ぐっすり寝たつもりでも、夜中に目が覚めてしまいます。
気持ちばかり焦るけど、できることがない・・。
昨日もたっぷり悩んだはずなのに・・。
こんな出口のない日々がいつまで続くのかと思うと・・。
だけど、ブログを書くと少し気が楽になります。
気持ちをぶつける場があるのは、ありがたいものです。
宅建試験を頑張ったおかげで、こういうブログを書くことができます。
宅建資格は間違いなく、僕の人生の役に立っています。
宅建に受かれて本当によかったです。
宅建は仕事だけでなく、人生の役に立つのです。
「宅建は簡単」なんていわれて、世間では過小評価されていますが、
これも実は、敷居を低くして、より多くの国民が受験しやすくすることによって、
法律学習の道、自己研鑽の道へと導くという効果があるのかもしれません。
宅建試験はご存知のように、不合格率80パーセント以上、という
恐ろしい試験です。
合格点付近には人間の力ではどうすることもできない「運」という要素で
涙を飲む人がひしめいています。
そして「試験は水物」です。
試験場には魔物がいます。
僕は合格後も、宅建試験ウォッチャーとして、
宅建試験を見守ってきましたが、
相当な実力者でも、なにかわけのわからない力が働いて
考えられないケアレスミスや、マークミス、転記ミスによって
はい、もう一年~!状態に追い込まれてしまっています。
人間社会、人生における不条理、特に男の人生につきまとう不条理・・・
まさにそういう納得できない、宇宙の力による不条理で
結果が左右される面があります。
とにかく難関といわれる試験には、そういう不条理の要素が
つきまとうものです。
これは人間の力では、いたし方ありません。
もう仕方ない。割り切るしかありません。
ですから、か弱き人間としては、ベストを尽くす・・・、これしかない。
とにかくどんな結果が出ようと、悔いが残らないように、やり込むしかない。
ありきたりだけど、これしかない、そう思います。
やるしかないのです。
今日の勉強はベストを尽くしたか?
正当事由っぽい理由をつけてサボったり、
手抜きしてないか?
悔いは残らないか?
僕の場合、その年の試験は、
なぜか僕の得意分野から徹底的に出題されたのです。
全身、ある意味、戦慄が走りました。
こ、これは!?・・という総毛立つような高揚感を覚えています。
これは、僕がそれほど必死に取り組んでいたことを
択一の神様が認めてくださったのだ、と解釈していますが、
まったく不思議なことでした。
こういうこともあるので、とにかく全力で取り組むことです。
つべこべ言わずにやれ!ということです。
やればできる、必ずできる!
もういいから・・もういいから・・信じるんだ、
お前は天才だ!お前のやり方は正しい!
択一の神が必ず降りてくる!
・・・などと、僕はいつも自分に言い聞かせていました。
社会に参加できない疎外感、焦燥感、というものは、
つらいものです。かなり迫るものがあります。
僕は毎日、それと闘っています。
試験勉強には、合格というゴールがありますが、
僕にはゴールがありません。。
宅建で悩んでいたころが懐かしいです。
今にして思えば、すべてが楽しかった・・。
宅建試験の悩みには、希望がありました。
宅建試験に取り組めることは、幸せなことだったのです。
勉強法の悩みなど、ぜいたくな悩みです。
10人の恋人のうちの1人だけど結婚しなくちゃならない・・・悩むなぁ・・と
言ってるようなものですよ。
あきらめずに、何年かかっても、やり抜いてもらいたい。
僕も必ず復活して、あんな時代もあったなぁ・・と笑いたいです。
受験中はとにかく不安です。
方法論はあふれかえっていて、いったい何を信じればよいのかわからない、という
状態になると思います。
ネット時代となり、さらに情報があふれかえるようになりました。
僕のような合格者も、それぞれの立場から、好き勝手な必勝法を語っています。
僕も受験時代、独学は毒学、などという予備校の勧誘パンフレットを読んだりして
すごく不安になったこともあります。
だけど、やっぱりやり方は人それぞれなんだと思います。
予備校や、合格者が、こう言うから、この方法でなきゃダメ、というのは
ないと思います。
自分を信じて、やりぬく、ということが大事だと思います。
でも、自分にあったやり方で自分を信じてやればいい、などと言われても、
そんなのわかるもんか!という世界だと思います。
もうどうしたらいいのかわからない・・、と。
それが知りたくていろいろ調べてるんじゃないか・・・、と。
僕としても、こうすればいい!とか、これやっとけ!と
おすすめできないのは、なんだか申し訳ない気がしてきます。
まったく申し訳ありませんm(__)m
でも、やはり万人に共通する試験必勝法など、ないのだと思います。
そんなのがあれば、合格率13~15パーセント、
つまり不合格率80パーセント以上・・、
なんていう結果にはならないと思います。
あくまでも僕の場合は、何度か申し上げていますが、
とにかく過去問を読む!ということを繰り返していました。
そしてテキストを辞書的に使っていく。
これが僕のやり方でした。
過去問が最高のテキストだったわけです。
最初のころは、なんだかわからなかったけど、やってるうちに
じわじわわかってきて、最終的に加速度的に理解できるようになった、
ということです。
根気をつめて、勉強しまくっていたら、
煮詰まってしまい、どうにも進まなくなってしまい、何も手につかなくなってしまうときがあります。
まったく頭に入らなくなってしまうのです。
そんなとき、「もう今日はおしまい!」とさっさと切り上げて、
頭の中からきれいさっぱり法律のことは忘れてしまい、
しばらく遊びほうけていると、
突然、理解が深まっていることがあります。
みなさんも経験あるのではないでしょうか?
たとえば中高時代の定期試験。
テストが終わってホッとした後、その分野を見直してみると、
なぜかやたら不思議なほどスラスラわかる、という経験は
ありませんか?
思いっきり根をつめて勉強したあとに、ぽかーんと休むと、なぜか
理解が深まる、という脳のしくみが、どうやらあるらしいのです。
記憶の揺り戻し現象とでもいうのでしょうか。
古代の哲学者や、思想家、・・・そういった学者たちも、
そういったことを言っています。
徹底的に勉強した後、思いっきり休む、というのが大事らしいのです。
もちろん、休む前に徹底的に詰め込まなければなりませんが・・。
僕も約3ヶ月の勉強期間の中で、休む、というのを意識的に行っていました。
記憶のゆり戻し現象を引き出すために、思いっきり勉強した後で、
まったく勉強しない日をつくり、
えーと、あそこが難しいところだよな、あそこは簡単だよな・・などと
学習の内容を思い出すのではなく、今後の勉強プランなどを練ることだけに終始したり、
テキストの目次だけをぱらぱら眺めたり、していました。
テキストの目次を眺める、というのは、
知識を体系付けることに、結構効果的だったと思います。
初学者のころって、
問題文が頭に入らないんですよね。
問題を読んでも読んでも、何を言っているのか内容がわからない。
そういうときは、もう考えないに限る。
考えたってわからないんですから、慣れるまでは、何度でも読む、
ひたすら読む・・・ということに僕はしていました。
習うより慣れろ、の世界です。
不思議なことに、これを何度もやっていると、
わからない問題を勉強タイム以外の
なにかの拍子にふと思い出して、
ああ、そういうことかぁ・・・と突然わかる、という現象が起こってました。
そのときわからないけど、何度もやってるうちに、突然わかる・・という・・。
脳の不思議なメカニズムなのかもしれません。
だから精読よりも、薄く何度も何度も「音」を覚えていくほうが
いいのかもしれません。
だいたい、試験場では、考えている暇なんかないわけで、
ほとんど反射で答えを出さねばなりません。
内容を吟味している時間など、ないのです。
何を言っているかわからなかったら、さっさと次の問題からやる、
というくらいにポンポンとリズムよく解いていく、というふうに
していました。
別に1番の肢1から順番にやらなきゃならないわけではないのです。
いやー、ブログ運営会社の不手際で、サイトが重くなっていましたね。
おかげでなかなか更新できませんでした。
さて、受験時代にはたくさんの敵が現れます。
敵は試験問題だけではありません。
精神的に追い詰められているときや、弱り目のときほど、
なぜかおかしな敵や事件に遭遇するんですよね。
試験勉強で忙しく、精神的ストレスがたまっているときに限って
妙な嫌がらせをしてきたり、冷水を浴びせてくる輩が現れます。
必殺技の「宅建なんか簡単なんでしょ?」だけでなく、
「こんな試験、受かっても仕方ない」とか、「そう簡単に受かるか!」
「宅建なんか持ってても恥ずかしい」「役に立たないんでしょ?」
だとか、「俺は、私は、もっとすごい資格とろうと思ってるけどね!」
というようなことを、ガキの嫌がらせのように言ってきたりします。
さらに、妙に偉そうに言ってくるのです。
なんなんでしょうね。
嫉妬でしょうか??
とにかく、一生懸命やっている人や、まじめにやっている人を見ると、
嫌がらせをいいたくなるという、
そういう情けない、悲しい腐ったやつらが世の中には多数存在しているのです。
ほんとうっとおしいです。
が、とにかく、そういうバカは相手にしない!
まともに相手するだけエネルギーの無駄。
スルーですよ、スルー!
でも、どうしても我慢できなくなったら一言、クールに
「お前なんかに負けないからな、バーカ!」とでも言ってやればいいのではないでしょうか。
何か言い返してきたら
「ハイハイ、そうですか、バーカ!」とでも言っておけばいいのです。
まともに相手してはいけません。
僕にもいやがらせをしてくるやつがいました。
夜中に思い出して、さすがに眠れなくなってきました。
試験前で気が立っていることもありました。
僕は夜中に電話すると、
「あ、もしもし、あのさ・・・・・バーーーカ!!」といってやりました。
バーーカ以上の理屈などは、そんな奴には不要だったので、
バーーーカ!と言ってからすぐ切ってやりました。
宅建試験に早く受かったから偉いというわけではないと思います。
やはり自分だけでなく、人様の権利を守るための大事な知識なのですから、
あっさりうろ覚えのまま受かるよりも、しっかり理解したうえで
試験をパスしたほうがいいかもしれません。
短期合格したからといって、中途半端な知識のままだと、
後々困ることになるかもしれません。
だから、もし2回、3回・・とかかってしまっても、何ら恥じることはないのです。
その分、しっかり勉強できるわけだから。
僕も、合格したからといってそこで終わりではなく、
日々、法律の勉強をするようにこころがけています。
僕もまだまだ勉強不足だし、法律の勉強は奥深いものがあります。
勉強しないとどんどん忘れてしまいます。
いま、僕は半分寝たきりで、もう社会復帰は無理かもしれません・・。
色んな夢や希望も、捨てなければならないのに、
残りの寿命だけが、虚しく続いていくと思うと、
気が変になりそうになります。
でも、勉強だけは、やめないでおこうと思っています。
いつの日か、復活できると信じて・・。
年齢とともに、脳細胞が死滅して、記憶力が減退する、というのは、
迷信だそうです。
使えば使うほど、脳は活性化され、記憶力は年齢とともに
あがっていくそうです。
そういえば、20歳の大統領なんていないわけで、
若い方が頭がいい、というはずはないですよね。
だいたい、人間の脳は記憶する用には、元来できていないそうですね。
それに、年齢とともに、覚える量が増えて、内容も難しくなるし、
時間もなくなるのですから、そりゃ、覚えられなくなるはずです。
だから年齢のせいで記憶できない、と思って悩む必要はない、ということです。
それに、こんなに毎日勉強で苦しい・・
などと思いがちですが、
別にナチスに迫害されているわけではないのです。
そう思えば、
宅建試験なんて、苦難のうちに入らないのではないでしょうか。
僕も、今、毎日、長い一日をつらい思いで過ごしていますが、
そういえば、別にアウシュビッツに収容されているわけではないんだ・・、
と思うと、少し心が軽くなります。