ある日、常日頃から親友だと思っていた人間に喧嘩もしないのに「お前が急に嫌いになった」と絶縁状を叩きつけられたらどうしますか?「俺に関わらないでくれ」と言われ「もし俺に構ってきたら俺はその度に自分の指を一本づつ切り落とす」なんて言葉まで吐きつけられたら...アイルランドの離れ小島で繰り広げられる「イニシェリン島の精霊」は二人の男の物語。一人の中年の牧童と一人は初老に差し掛かろうとしているバイオリン弾きの物語です。牧童をコリンファレル、バイオリン弾きを「ハリーポッター」シリーズで怪演を見せたブレンダングリーソンが演じてます。ブレンダングリーソンが突然、コリンファレルに絶縁状を叩きつけます。昨日まで親友だと思っていた男なのにコリンファレルは訳がわからない。この謎、もやもやは観ている自分も一緒。最後の最後まで明確な答えが得られないまま物語は終わります。しかしこのことが段々と周りの者も巻き込んでとんでもない展開になっていきます。
時は約100年前のアイルランド紛争真っ只中。対岸からほど近い本土の方では爆発音や閃光がしょっちゅう。それでもこの離れ小島は何事もないようにただ、ただのんびりと毎日が同じことの繰り返しのようで穏やかそのもの。それが二人のこの亀裂からこの退屈な町が俄かに騒がしくなっていく姿を時にはユーモラスに、時にはもどかしく、時には残酷に描かれています。
本作は本年度アカデミー賞の作品賞、監督賞にノミネート。コリンファレルが主演男優賞の本命。ブレンダングリーソンが助演男優賞にノミネート。その他、コリンファレルの妹を演じたケリーコンドンと言う女優さんが助演女優賞に、島の若者を演じたハリーコーガンと言う男優さんも助演男優賞にノミネートされています。
1923年アイルランドの内戦の最中、本土からほど近い離れ小島、イニシェリン島に2人の男がいた。一人は妹と二人暮らしで牛飼いをしているパードリック。気のいい、お人好しの男だ。もう一人はフィドルと言うバイオリンを弾く一人暮らしの音楽家コルム。二人はいつも島のパブで話を交わす親友だと思っていたのだが...
ある日の午後、パードリックがコルムを誘っていつものパブへ行こうとしたのだがどういう訳か拒絶された。
「お前が嫌いになった」
「どうしてだ?俺が何か気に障ることをしたなら言ってくれ」
「いや、別に何もしていない。残りの余勢を作曲に費やしたい。だから毎日、お前のバカ話に時間を取られたくないんだ」
パードリックは訳が分からない。それ以来、コルムはパブへ来ても他の島民と話はするがそれ以外は本土から来た音大生たちと楽しく楽器の演奏をしているだけた。パードリックとは一切口を聞かない。席も別々。パードリックはなんとか元の仲に戻りたいと妹のシボーンや島の若者ドミニク、そして教会の司祭の手まで借りて仲立ちして貰おうとするが、コルムにはそれが煩わしい。そしてとうとう...
「これ以上、お前が俺を煩わせたら、その度に俺の指を一本づつ切り落としてお前に届けてやる」
などと、嘘とも本気ともわからないことを言い出す始末。この小さな島では島民全員が顔見知り。二人の噂はたちまち島中に広がる。それでもパードリックは我慢が出来ない。そしてとうとうある日、切り取られた一本の指がパードリックの家のドアに叩きつけられた。コルムの去っていく姿が見えた。
パードリックの妹、シボーンは二人の行く末と段々と壊れていく兄に不安を覚える。そして長年イニシェリン島に住む老婆が「イニシェリン島に二つの死が訪れる」と言う予言を語る中、パードリックとコルムの仲は抜き差しならぬものになっていく...。
この作品を作ったマーティンマクドナー監督は数年前にアカデミー賞候補になり、フランシスマクドーマンドが主演女優賞を取った「スリービルボード」の監督さん。この映画はよかったぁ。娘を殺され警察に不信感を持つ母親とレイシストの警察官、相容れない二人が最後は手を取り合って犯人逮捕に向かうと言う紆余曲折のストーリーは見ごたえありの作品でした。この監督さんの力量は相当なもんだと思います。この作品、最後までもやもや感は晴れなかったけど観終わってしばらくしたらこのもやもや感ってこの作品に必要なもんであり、どんより曇って寒々としたアイルランドの離れ小島の雰囲気を表しているのかなと思いました。「お前が嫌いになった」と言いながら、警官に殴り倒されたパードリックを開放してやるコルムの姿に「本当に嫌いになったのか? 」「真意がどこにあるのか?」と言う疑問符がどうしても付きます。パードリックの心情はよく理解できながらコルムの心情は理解できない自分がいます。「これからの余生を自分の好きなことのために使いたい」その理由だけで長年の友人を全く遮断できるのか? 何とか納得しようとする自分がいるんやけどもやもや感が晴れない。よくよく考えればこの監督が描きたかったんは他にあるんかなと思うし。うーんどうもわからん。観る人の性格によるんかな?なんかいつも会えばバカっ話ばかりしているツレたちのことが気になりました。