メキシコの治安の悪さが描かれた作品をたまに観ます。アカデミー賞候補にもなったマイケルダグラス主演の「トラフィック」、エミリーブラント主演の「ボーダーライン」、そしてランボー・シリーズの最終作「ランボー/ラストブラッド」もそう。メキシコの方々には大変申し訳ないが描かれているのはほぼ無法地帯。警察は汚職と怠慢でほぼ機能せず、頼れるものは自分だけ...。そんな中で子供や若者たちを狙った「誘拐ビジネス」なる俄かには信じがたい仕事が存在します。麻薬マフィアが横行する国、その資金源を稼ぐために行われるのが「誘拐ビジネス」。だから麻薬マフィアの幹部たちに取り入ろうとするチンピラのしかもまだ年端も行かないような若者たちがこれに手を染める。その衝撃をもろに描いたのがこの作品「母の聖戦」。貧困にあえぐシングルマザーが一人娘を誘拐されます。母の心からの願いと裏腹にあまりにも無慈悲な現実、メキシコと言う国の現実が突きつけられます。それでも尚、娘の捜索を続ける姿には感動ではなく「神はいない」と言う悲惨、哀れ、悲しみ、怒り...。日本と言う安全である種、ぬるま湯に浸かった我々が直面するメキシコと言う国は受け入れられない人も多いと思います。
シエロは年頃の娘を持つ母親。夫は若い愛人を作り別居中。娘のラウラだけが生きがいのようなシエロにとってあっけらかんとしてどんなことにも全く危機感を持たないラウラは心配の種だった。ある日、ボーイフレンドと出かけると言ってラウラが出かけた後、シエロは外出先で突然二人の若いチンピラから「娘を預かっている。返してほしければ15万ペソ(約105万円)を持って来い」と脅迫された。たまらずシエロは夫グスタボの元へ行き用立てさせるが、自らのなけなしの金を合わせても要求金額には満たなかった。仕方なく交渉するつもりでグスタボと共に引き渡しの場所へ行ったが犯人たちは金も確認せず、15分後に引き渡すと言ったまま立ち去ってしまった。だがラウラは帰って来なかった...。
そして数日後、またもや犯人から要求がある。だがもはや金がない。そんな二人にグスタボの友人ドンキケが用立ててくれた。だがまたもや犯人たちは金だけとって姿を消す。ラウラの身を案じて犯人の言いなりになっていたシエロだったがここに至ってようやく警察へ行くが行方不明者の写真が綺羅星の如く張られている警察では相手にしてもらえなかった。そんな時テレビのニュースで若い女性の首を切り落とされた遺体が発見されたという報道を聞いて遺体が安置されていると言う葬儀屋へ
行った。遺体は違っていたがここでシエロはこの葬儀社に誘拐犯たちの関係者が出入していると言う情報を得た。もはや頼るものがいないシエロは独自で情報を収集し始める。だが彼女の動きを察知した犯人たちは自宅を襲撃し脅しをかけてくる。途方に暮れる彼女にこの町に着任したばかりの軍のパトロール隊の隊長ラマルケ中尉が協力を申し出る...。
観終わった後、近くに座っていた年配の夫婦らしきお二人が呟きました。「ふぅーっ、重いわ」
全くその通り、平和ボケの日本では考えられません。2015年から2017年の3年間は届け出されているだけで1300件以上。2019年以降は減少傾向にあるものの当然、報復をおそれて届け出をしない被害者家族もいるのでその実態はわかりません。計算すれば1日3人以上の人間が誘拐されている計算になります。当然目当ては身代金。その身代金は麻薬カルテルの資金源となります。
冒頭でも書きましたがエミリーブラント主演の「ボーダーライン」ではブラント扮するFBI捜査官が麻薬カルテルの本拠地メキシコのシウダーフアレスへ潜入する際、街の入り口に無数の損壊された遺体が吊るされてると言う衝撃的なシーンが今も鮮明に脳裏に残っています。本作でも切り落とされた生首が葬儀社で容器に入れられているシーンがありました。損壊の状況が酷ければ酷いほど相手に恐怖心を与え、ことがスムーズに運ぶと言う訳です。ひどいね。ホンマにひどいわ。日本でも全くないと言う訳ではありません。身代金目当ての誘拐事件は昔から何度かありました。でもその度に新聞の一面や三面記事に載るくらいやから、わずかって言い方はよくないけどまあメキシコの比じゃない。
その昔、まだ20代の頃やったかなあ、一度だけ添乗でメキシコに入国したことがあります。ロサンゼルスからの日帰りツアーでティファナへね。こう言っちゃなんやけど目つきがちゃいます。露天商をしているじいちゃん、ばあちゃんから物売りをしている年端も行かない子供までね。相手がコヨーテか野犬のような目ならうちのツアーの観光客は羊か山羊ですわ。店の兄ちゃんが日本の歴代首相の名を連呼しながら話しかけてくる。
「タナカサン、ナカソネサン、フクダサン(俺やがな)、チョットミテ、コレミテ」
と言いながら革のベルトを差し出してくる。なかなかええベルト、買おうかな?
「100ドルをハラキリプライス!(なんのこっちゃ)、85ドルよ!」
「高いわ」
と言いながら立ち去ろうとするとその度に値を下げてくる。で、結局、買いました。25ドルで。これはさすが添乗員!よく値切った。と自画自賛やったんやけど。若かったんやね。ウラの裏を知りません。後で現地のガイドさんに「いくらで買ったんですか?」って聞かれたんで「85ドルって言われたけど25ドルまで値切ったで」って言ったら笑われました。
「それは損ですよ」
「ええ、なんで?仕入れっていくらぐらいなんですか? 」
「そんなもんタダですよ、タダ」
「えっ?」
「この辺に売ってる高級そうなもんは全部盗品ですっ」
はあーっ恐れ入りました。まあ昔からこういうことには引っ掛かりやすかったんやね。それは現在でも引っ張ってます。
この作品に登場するパトロール隊の隊長が生まれ故郷の話をするシーンがあります。
「うちの田舎で子供の頃、大量のブロッコリーを積んだトラックが転倒したことがあった。次の日から町のレストランじゃどんなメニューにもブロッコリーが付いてた。後でわかったけど道路にはくぎがばら撒かれていたよ」
こう言うところはメキシコだけじゃありません。東南アジアやヨーロッパ、中東でのいわゆる発展途上国と呼ばれる国では珍しいことじゃありません。しかし、メキシコは荒っぽい。常に死が付きまといます。バカな野党議員がよく日本は奴隷国家だの、貧困国だのと街頭演説なんかで政府を罵ってますがアホかと言いたい。こんな国もあるんだと。その代わり他国からの誘拐犯罪には無防備。他国とは勿論、朝鮮民主主義人民共和国。北朝鮮です。こちらは誘拐ビジネスではなく国家戦略です。この拉致被害に対しての日本の無策、無能ぶりは如何ともしがたく、このテロ国家、犯罪国家には究極の怒りを覚えます。
話しはそれてしまいましたがいずれにしても「誘拐」は犯罪でありその上にビジネスは成り立ちません。犯罪は犯罪であります。しかもその「誘拐」「身代金」「汚職」「腐敗」のシンジケートの頂点には「麻薬」もしくは「麻薬王」と言う文字が君臨します。民主主義である限りどうしても貧困層、富裕層の格差は生じます。その間に犯罪は生じます。メキシコは悪循環に陥っています。「重いわ」と言う通り観る側はこの「重さ」を受け止めなければならないと思います。ネットでメキシコ治安と検索すれば強盗、殺人、凶悪犯罪、世界一危険などと出てきます。他国のことながら、だれかがこの負のスパイラルを何とかしないと...。メキシコ国民に一刻も早く安心して生活できる治安、情勢が訪れることをお祈りいたします。