その有名な前奏を始めて使用した天龍源一郎との大一番であったが、正直内容はあまり覚えていない。G1クライマックスのシリーズ中である以上、やはり主役はG1であり、そして優勝した藤波辰爾と言うのがファンの中にはあるので、藤波が最後サソリ固めで決めたシーンは良く覚えていても、唐突に行われた天龍戦などは正直記憶が薄いのだ。そして、この時点では天龍と三銃士の間にはまだ明確な格が存在していたので、橋本が勝つわけないだろう、と言う思いが強かったのもある。
そして、この史上初そして現時点で最後でもある両国7連戦は失敗との声が強かったので、翌月に行われたG1スペシャルではそんな声を払拭するかのような超豪華カードが組まれた。そして、その最中の名古屋大会において、遂に橋本がムタからIWGPを奪取した。ムタは異分子なので、事実上三銃士としては初めての戴冠であったと言える。
しかし、長州や藤波からではなく、あくまで異分子であるムタからの奪取であったので、この時点のファンの認識ではまだ世代超えを果たしたとは思っていなかった。その辺りも長州や永島ラインの狙いであったかと言える。しかも、いやらしい事にこの大会はノーテレビであった。つまり、テレビのみのファンにとってはいつの間にか王座が入れ替わっていた訳であり、橋本がその栄光に輝いた瞬間を全国に誇る事が出来なかったという訳だ。
これは長州ムタも同様であったので、これだけでもテレビマッチで王座の入れ替えは許さなかった、つまり暗黙的にはまだまだ長州や藤波の方が格上であるという思惑が伺えた。そして、唯一のテレビマッチであった横浜アリーナ大会では、DDTの元祖であるジェイク・ザ・スネーク・ロバーツとのシングルマッチが組まれた。
当時、よくWWEのビデオを借りていたが、ジェイクのDDTは他のレスラーとは切れ味が全く違い、唯一無二の必殺技と言えた。ここで橋本に決めたDDTも完璧な形で決まり、橋本がガチでグロッキーな感じにまでなったが、当然結果は橋本が勝利した。しかし、ジェイクに敬意を表してか、最後はニールキックで唐突に決まり特に盛り上がりもなく終わった。
この大会の目玉はホーガンとムタが組み、ホークと健介のヘルレイザーズと言う超豪華タッグマッチであり、メインが天龍と馳浩のシングルだった。つまり、王座でありながら橋本としては目立つようなマッチメイクではなかったのである。