アーケードゲームを愛す・その37 | ONCE IN A LIFETIME

ONCE IN A LIFETIME

フィリピン留学から人生が変わった一人の男のお話です。

格ゲーブームの煽りを最も喰らったのは、長らくゲーセンの花形であったシューティングゲームであり、そしてそれを得意としていたゲームメーカーたちである。そうとなると、やはり「グラディウス」を代表とし、シューティングゲームの王者とまで言われたコナミであったが、それでもまだ家庭用などでは幅広いジャンルをカバーしていたのでそこまででもなかったとは思う。なので、最も影響を受けたと言えばやはり「東亜プラン」であろう。

 

そんな格ゲー、というか当時はまだストIIブームであったが、その最中にリリースされたのが「達人」の続編となる「達人王」である。こちらは東亜プランのゲームとしては、おそらく初となるオート連射を採用し、多少なりとも間口を広げようとしていた事が分かる。しかしながら、連射が楽になった分なのか、難易度が異様なまでに高く、初心者にとっては1面クリアするのもままならぬほどのものだったのだ。

 

前作「達人」が、「ヴィマナ」と並んで初めてゲーセンでプレイした東亜プランのゲームであったのだが、とにかく当時の私にとっては難しすぎ、縦スクロールへの苦手意識を植え付けたゲームとなってしまった。その頃に比べれば多少はまともにプレイは出来てはいたものの、ゲームそのものがあまりにも難しすぎたおかげで、完全にマニア向けの長物となってしまったのだ。

 

しかし、「ソニックウイングス」のヒットをみれば分かるように、完全にシューティングゲームが死んだ訳でもなかったので、東亜プランとしてもまだ巻き返すチャンスはあったはずなのであるが、その後にリリースされた「ドギューン‼︎」や、「ヴイ・ファイブ」などもマニア以外にはそっぽを向かれ、全く一般受けはする事はなかった。この2作は、「達人王」までのテイストとはかなり異なっており、その後の「怒首領蜂」などに繋がるテイストを持ち合わせたゲームでもあったのだが、「ソニックウイングス」ほど一般層を惹きつけるものはなかったのだ。

 

その2作に関しては、私は本厚木でプレイした記憶があるのだが、速攻で消え去ってしまったため正直プレイしたのは数えるほどである。という訳で、おおよそこのストIIダッシュからターボの時代にかけて、まともにヒットしたシューティングと言えば「ソニックウイングス」と「戦国エース」ぐらいしかなかったかと思う。

 

なので、戦国エースも大体1周出来るようになってからは、あまりゲームをやり込んだ記憶がない。それより、この頃はメガCDで「ファイナルファイトCD」や、「ニンジャウォーリアーズ」、そして「ナイトストライカー」までもがリリースされたり、そして当時の3機種全てにおいてストIIダッシュとターボの移植が発表されたりするなど、家庭用にもフォーカスしていた頃である。

 

という訳で、初夏から夏にかけては、もっぱら家庭用を中心にプレイしていたものである。特に、SFCのストIIターボは前作よりもモーションがアーケードに近くなっており、同時押しが出来ない事と、ボーナスステージを除けばアーケードそのままのゲーム性と言えた。

 

そして、そんな熱い真夏に放映されたのが、かの「餓狼伝説2」の特番である。