ネオジオを愛す・その5 | ONCE IN A LIFETIME

ONCE IN A LIFETIME

フィリピン留学から人生が変わった一人の男のお話です。

初代の餓狼と2をクリアしたのに続き、ようやくサムスピにも手を出すようになった。これは友人がかなり早くからハマっており、さらには持ちキャラが服部半蔵でもあったのだが、私は無難に主人公である覇王丸にした。御多分に洩れず、このサムスピのCPUもかなり強かったため、中盤以降ははめ技を使わないとほとんど勝利出来なかった。

 

まあ、それでもおそらく格ゲー初のチャンバラアクションと言う事もあって、サムスピならではの面白さがあったものだ。さらに、弱中ボタンの同時押しで強攻撃が出るいわゆる疑似6ボタン仕様となっているのも、ストIIライクでプレイしやすかったものである。また、BGMの評価も高く、リアルな三味線のサンプリングで構成されたBGMは非常に聴きごたえがあり、当然サントラも大ヒットしたものだ。

 

その結果、スーパーストIIと餓狼伝説SPECIALと言う超目玉タイトルを退け、このサムスピは見事に1993年度のゲーメスト大賞を受賞する。この年も相変わらずストIIダッシュターボの対戦が強く、そしてサムスピが流行っていた当時は私はまだ見向きもしていなかったので、正直どのゲームが受賞するか全く想像つかなかったものだった。前者2つは投票までの期間が短すぎたため、それも不利に働いたと思うし、特に餓狼伝説SPCIALはもったいなかったと思う。

 

また、サムスピは2年前のストII並に賞を独占した。突出したゲームに票が集まりがちになるのはありがちだし、また当時物議をかもした「スコアネームの存在すら知らない」新規ユーザーが増えていった事もプラスに働いたかと思う。ただ、当然古参のゲーマーなどは反発も覚え、次第に格ゲーアンチ的な存在が増えてきたのも間違いなかったと思う。しかし、まだ当時はそれを崩せるような対抗馬もなく、シューティングもせいぜい戦国エースなどが頑張っている程度だったので、まだまだ格ゲーの天下が続いていった。

 

そして、1994年の初冬には今度は格ゲーに特化させた「龍虎の拳2」が発売される。しかし、これは当時のネオジオの中でも突出して難易度が高く、パターンを構築しないととてもではないが先に進める事は出来なかった。なので、初動人気こそ高かったものの、その難易度がネックとなり多くのゲーマーが離れてしまい、ゲーム寿命は短命に終わってしまった。私もそれなりにプレイしたものの、まともにプレイしたら一人目すら勝てないし、かといって勝ちにこだわると完全パターンと化してしまうつまらなさもあって、すぐに止めてしまったものである。

 

この頃になると、私も格ゲーに飽きはじめ、また「バーチャファイター」や「極上パロディウス」と言った大作が出た事もあって、そちらに注力していった。9月には、これまでのSNK格ゲーの集大成とも言えた「ザ・キングオブファイターズ94」が発売。グラフィックが一気に向上し、またこの頃になると必殺技も非常に出やすくなっていた事もあって、非常に見栄えも操作性も良い良作であったのだが、必ず3キャラは使いこなす必要がある事、そして相変わらずのCPUの強さもあって、私はそこまでやり込む事もなかった。

その後、ゲーメストを買うのも止めてしまい、ゲーセンに行くのも止めてしまったので、一旦ここで私のネオジオ歴は潰える事となる。