久々にナムコのビッグタイトルである、ドラゴンスピリットが遂にアケアカでリリースされた。家庭用では最初にPCエンジン、そしてその後はファミコンでも移植された事もあって、家庭用ユーザーにもその知名度は高い。とは言うものの、私自身はアーケード版はリアルタイムではプレイはしていないし、PCE版をプレイしたのは発売からしばらくしての事なので、リアルでの評判は知らないのである。
そんな私にドラスピを印象付けたのは、やはり1991年6月に発売されたゲーメスト増刊「ザ・ベストゲーム」である。巻頭企画であったベストゲーム30において、ドラスピはなんと6位を記録したのだ。アーケードゲームはほとんどの人が引退していくため、アンケート時点で新しめのゲームが有利になるのはやむを得ないのであるが、それでも当時で20年以上に渡るアーケードゲームの歴史において、6位に選ばれたというのは大変な快挙である。その上に居るのがグラディウスやダライアスである事を考えたら、その凄さが分かるだろう。
まあ、前述の理由もあるし、また当時は1980年代のナムコ黄金時代のファンがまだ現役であったため、そういう部分でも有利に働いたのは間違いない。やはり、ゲーメスト大賞を受賞した、グラディウスIIやテトリスより上、と言うのはやはり高すぎではないか、と言う声もあったのは事実である。しかし、それを抜きにしても、ドラスピが名作である事に異論を挟む人は多くはないだろう。
そういう訳で話を戻すと、私がその存在を知ったのはファミコン版発売時であり、初めてプレイしたのはPCEであった。このPCE版は当時としてはそこそこ評価が高かったのであるが、ドラスピ特有の当たり判定の大きさもあって、当時の私にとってはなかなか難しく、最後までクリアする事は出来なかった。BGMの評価が高い事で有名であるが、確かにそれは納得はしたものの、PCEの音源ではそれを十分堪能する事は出来なかった。なので、そこまで名作とは思えなかったのも確かである。
それからしばらく、当時行きつけにしていた小田急相模原駅近くのゲーセンで、ようやくアーケード版をプレイする機会に恵まれた。このゲーセンは縦画面、横画面の筐体が一台ずつレトロゲームに割り当てられており、ゲーム切り替えスイッチによって好きなゲームをプレイ出来るという、今でも秋葉原HEYや高田馬場ミカドにて見られるシステムを当時すでに導入していた。
そして、さすがにオリジナルだけあって、家庭用とはレベルが違うと思ったものだ。PCE版は当時としては評価が高かったのだが、実際にアーケード版を触ってみると、それがいかにショボいか理解出来たし、またPCE版だけではドラスピの魅力を理解出来るはずもない、と改めて思ったものだ。しかし、さすがにアーケード版は難しく、3面ボスぐらいまでしかプレイした記憶がない。3面からいきなり難易度が高くなるのだが、この面は処理落ちが酷く、それも嫌気がさしたきっかけだったかも知れない。
その後もプレイする機会に恵まれた事はあったものの、設定やVGMはドラマチックだったとは言え、内容的にはオーソドックスな印象は否めず、それ以上やり込む事はなかったのだ。