PCエンジンを愛す・その12 | ONCE IN A LIFETIME

ONCE IN A LIFETIME

フィリピン留学から人生が変わった一人の男のお話です。

また話が前後してしまうが、1991年11月、ファミコン通信の巻末ページにて突如としてコナミPCエンジン参入のニュースが告知された。さらに、その第1弾と2弾が、コナミの看板のひとつであるグラディウスと沙羅曼蛇であり、その後も「出たな‼︎ツインビー」や「パロディウスだ!」なども予定されていた。

 

今更語るまでもないが、コナミはファミコンでも最古のサードパーティの一つであり、他のハードには目もくれずひたすら任天堂一筋に忠誠を誓う、というイメージで完全に固定されていたので、当時の概念で言えば他機種に参入とかとても考えられなかったのだ。まさに青天の霹靂としか言いようがなく、これでまたPCEを所有する意義がまたひとつ増えたというものである。

 

因みに、私が初めて購入したソフトもコナミの「イーアルカンフー」だった。その後は特に思い入れもなく過ぎていくが、GB版のネメシスに感動して以来グラディウスシリーズに魅了されていき、SFC版グラIII購入後は、オリジナルを求めて今度はアーケード版のグラIIIをひたすらやり込んでいったものである。もちろん他のシリーズもゲーセンにあればプレイしていたので、そのファミ通に目を通した瞬間はそれは歓喜したものだった。

 

もちろん、PCE版グラディウスは発売と同時に購入した。しかし、その時点でかなりの移植がされていたというせいもあるのか、PCE版はアーケード版とは似ても似つかない代物であり、マニアからは不満の声が漏れ始めまくっていた。しかし、ゲーム雑誌は当然コナミはお得意様なので、今でいう忖度しまくりのレビューであり、本音が見え隠れていたレビューなどはほとんど皆無であったかのように思えた。

 

今ではYouTubeなどでアップしている人もいるかもしれないので、詳細はそちらを参照していただく方が早いと思うのだが、とにかく色合いからしておかしく、少しでもグラディウスへの愛があればとてもこんな出来でリリースするなんてありえない、とだけは言っておこう。これにより、第2弾となる沙羅曼蛇への期待も大きく削がれたが、こちらはさらに開き直ったかグラディウスの比ではないほどアーケード版とは異なっていた。

 

ほとんどオリジナルのファミコン版と比べればさすがにアーケードに近いものの、それでもアーケード版を知っていればほぼ別ゲームに等しい。多重スクロールを売りにしていたアーケード版である以上そこはもう再現が不可能であり、もう完全に割り切ったとしか思えないのであるが、ぶっちゃけこんなレベルしか出せないのであればリリースしない方がマシだった、と言いたくもなったものだ。

 

そして翌年2月には「出たな!!ツインビー」と「パロディウスだ!」が発売。前者は容量が全く足りず、ステージ6とボイスをほぼ丸々カット、当然横画面でアーケードの雰囲気とは程遠いものだった。パッケージ裏に「縦画面風モード搭載」とあったが、説明書にはやり方すら書いておらず、しかもマルチタップ必須という有様。

 

「パロディウスだ!」は、X68000に続くアーケード版準拠の出来であり、グラディウスで散々叩かれたせいもあったのか、こちらもかなりの差異があるとは言え一番良い出来だった。こちらも8MビットROM使用ながら、5面の戦艦と8面の北極面が丸々カット。まあ、本音を言えば全10面で元々長過ぎ、かつ8面はかなりの高難易度だったので逆に遊びやすいと思ったほどだが、さすがに目玉とも言える戦艦面カットのおかげで何か物足りなさが残ってしまった。