大方の日本人にとって、自転車とはイコールママチャリのイメージしかないのであろうか。かくいう私もそうであったのだが、「そういうもの」以外にも種類が存在するんだな、と言う事を初めてまともに認識したのは、1999年8月に劇場公開された映画「メッセンジャー」である。
詳細はググっていただくとして、主演の飯島直子さんや草彅剛さんらが使用してたのがマウンテンバイク(MTB)だった。舗装路を走る以上、普通に考えればロードバイクの方が圧倒的に有利であり、実際今現在都心で見かける事の出来るメッセンジャーたちは99パーセントはそうである。しかし、理由は謎だがこの映画に出てくるメッセンジャーたちは全員MTBであり、それにスリックタイヤをアッセンブルしたものとなっている。
キャストによってMTBのグレードがえらく異なっているのには大人の事情が伺えるが、この時に主役の二人が乗っていたのが、それぞれスペシャライズドとトレックのアメリカを代表するバイクメーカーであった。価格的には断然前者の方が高かったのであるが、個人的には草彅氏が乗っていたTREK8000に目が奪われた。もちろん、当時はMTBの事など何も知らなかったので、本当に見た目だけでそう思っただけなのであるが、当時まだ免許がなく、徒歩以外ではママチャリに乗るしかなかった私にとっては、こんなにカッコよくてなおかつ速い自転車があるのであれば、すぐにでも乗ってみたいと思っていった。
もちろん、当時はまだスマホなどと言うものもなく、PCによるインターネットもまだまだ普及途中の頃であったので、タウンページを頼りにスポーツ自転車屋を探すところから始まった。最初は厚木市にあるお店に行ってみたのだが、あいにくTREKは扱っていなかった。後日、セオサイクルと言うチェーン店がTREKを扱っている事を知ると早速赴いた。この時にすぐに予約したのかどうかは覚えてはいないが、とりあえず1999年版のパンフレットだけはもらって帰った。
そこで、初めて草彅氏が使用していた前述のTREK8000の詳細を知ったのであるが、なんと定価で190000円ほどの代物だった。もちろん、さすがに2万、3万で買える代物とは思わなかったが、さすがに20万近くするとは予想だにしなかっただけに、これを購入するのは早々と諦める事にした。
後日、アメリカ版ながら2000年版のパンフレットが入荷したとの事なので、それから物色させていただいた結果、下位グレードのTREK6000が95000円、かつ色合いが気に入った事からもそれに決定した。同年9月の台湾大地震により納期が遅れる、との事であったが、無事に1月初旬に入荷してくれた。アメリカ仕様とは異なり、フォークの色が赤ではなく黒であったのが若干残念ではあったものの、その代わりシフターがデオーレの9速、リアディレイラーもLXグレードと、最もパーツ交換が困難である駆動系のグレードは上だったのでそれはありがたかった。
もちろんデフォルトのタイヤは26×1.95と、MTBとしては標準サイズであったので、まもなく劇中で実際に使用されていたスペシャライズドのスリックタイヤに変更した。劇中では最高で55キロも出たそうであるが、私の最高は51キロ程度であったかと思う。それでも、重量とフォームで大きなハンデのあるMTBでありながら、ロードバイクでも出すのが容易ではない50キロ以上も出せたと言うのは今思えば驚きだ。
当時は同じようなコンセプトのバイクはあったかとは思うが、クロスバイクと言う言葉はまだ存在せず、街乗りのスポーツバイクと言えば上記のようにMTBにスリック系タイヤをはかせる、と言うのが一般的だったのだ。もちろん、サスペンションなどの関係上、現行のクロスバイクの快適さには及ぶべくもないが、それでもママチャリよりかは遥かに快適であり、購入してしばらくはもう乗っている事だけでも楽しく、それこそ伊勢原辺りまで乗っていったものである。ロードバイクでもそれなりの距離なのに、MTBでそこまで乗るとは、今思えば驚きだ。
そして、映画の影響により、ハンドルバーの交換や、サイクルコンピューターの装着などのカスタマイズも自分で行っていった。さすがにコンポの交換などまではやっていなかったが、走行して1年後ぐらいの時に、シフトワイヤーと、そしてチェーンが切れてしまった事をきっかけとして、メンテナンス本を購入、それらの修理なども自分で行うようになっていった。一応、購入してしばらくは月一で無料メンテを行ってくれるとの事であったのだが、さすがにそのレベルまで行くと無料とはいかないために、少しでも節約するために自分で行うようになっていったのだ。大体、スポーツバイク乗りがメンテを覚える理由はほぼこれであろう。
そんな感じで数年間私の愛車として活躍してくれたTREK6000であったのだが、さすがに加齢とともにもう少し軽い自転車が欲しい、と思うようになっていった。世の中の流れ的にも、ちょうどランス・アームストロングがツールを連覇中だった事もあって、毎年もらっていたTREKのカタログもいつの間にかロードバイクが先頭に来るようになっていった。その影響から、2005年頃に、遂にロードバイクを購入する欲望にかられる事になったのだ。