香港映画における言語バージョンについて語る。 | ONCE IN A LIFETIME

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フィリピン留学から人生が変わった一人の男のお話です。

香港における公用語は、返還後の今なお中国語(単にChineseとされる)と英語であるが、事実上の公用語、第一言語は広東語である。しかし、英国植民地時代が156年続き、今なお英語を公用語としアジアの世界都市を名乗る香港の事、当地を代表する産業である映画において、オリジナルの広東語版だけではなく、英語圏に在住する華人向けの英語版も同時に作成されるのが常であった。

 

あまりに昔の事は不明であるが、香港映画が世界市場にて初めて紹介されたのは、言うまでもなくブルース・リーの「燃えよドラゴン」がきっかけである。その公開直後から、世界中で爆発的なブルース・リーブームが巻き起こり、そこから中華圏以外の国々において、改めてそれ以前の香港制作である「ドラゴン危機一発」「ドラゴン怒りの鉄拳」そして「ドラゴンへの道」が順に公開されていったのであるが、もちろんこの日本も例外ではなかった。

 

この時に輸入されたバージョンが、何を隠そう国際英語版であった。理由は単純、オリジナルの中国語版は、当時の日本人観客にとって中国語版と言うのは抵抗があるのではないか、と懸念されたのと、英語を話さない洋画などは洋画ではない、と言う拘りがあったからだと言う。香港映画と言う時点で「洋画」ではないので、その辺りの解釈は無理があるのであるが、要はとにかく1970年代の日本人にとって、「外国映画=英語」と言う認識だったからであろう。

 

ここでもうひとつ、何故広東語版ではなく中国語版としているのか不思議に思う人も居るだろう。広東語も中国語方言のひとつなのであるが、香港の国際的地位の上昇、それにつられて世界中のチャイナタウンにおいては広東語話者が中心となった事からも、現在においては標準中国語、いわゆる普通話と広東語は分けて考えられる事が普通である。なので、この書き方については矛盾するのではないか、と指摘してくる人も多いのではないかと思われるが、答えは簡単、まだ英国領で普通話の勉強が必須でなかったにも関わらず、香港におけるブルース・リー映画は全て普通話がオリジナルとして制作されてきたからだ。

 

以上のような理由から、日本では全て英語版が公開された。しかし、そのままではあまりにも映えなかった、と言う事で、マニアならご存じのように日本版独自の音源などが追加もされたりしている。そして、抱き合わせ販売的な感じで、他の香港映画も色々公開されたらしいのだが、英語版がない映画などはわざわざ日本語吹き替えまでして公開されたそうだ。どんだけ中国語アレルギーが強かったんだよ、と思わずには居られないエピソードであるが、そんな時代を経てようやく広東語オリジナルのまま初めて公開された映画が、かのマイケル・ホイ主演のMr.Boo!(原題・The Private Eyes)だそうである。

 

私などはもちろん後追い世代なので、当時はポニーキャニオンの広東語バージョンでしか見ることができなかった。もちろん、それでもブルース・リーの魅力は全く褪せる事はないのであるが、やはり「ブルース・リーの神話」で使われた英語バージョンは格好よく、ずっと英語バージョンで見る事を憧れとしていたものだった。DVD時代に突入した21世紀になり、ようやくそれは叶ったのであるが、当時はまだ字幕なしでは意味が分からずとも、これだけでも随分と違うなあ、と思ったものである。

 

ここがまた英語の持つ不思議な魅力のひとつであり、同じ映画であっても英語だと耳障りも含め、内容が引き締まり一段と格好よく映るものだ。「英語=かっこいい」と言うのは日本に限った事ではなく、非英語圏の国々であれば多くの場所において共通の認識であり、その辺りも英語が国際言語として確固たる地位を築いた理由なのかも知れない。

 

話を戻すと、以上のような理由でブルース・リーの映画は国際版が公開され、それが今でも日本人にとっては標準なバージョンとなっている。20年近く前は輸入に頼るしかなかったのだが、2012年に遂にパラマウントが完全に近いブルーレイを発売、今では容易に日本劇場公開版、もしくはその復刻音声で見ることが可能となっており、当時を考えたら本当に良い時代がやってきたものだな、と思う。

 

しかし、前述のようにMr.Boo以降は広東語も受け入れられ、ブルース・リー亡き後の香港映画の第一人者であるジャッキー・チェンの映画に関しては、「酔拳」を始めとして、そのほとんどが広東語オリジナルで公開された。しかし、その中でも一部は英語版が公開され、それらに関しては英語版でなければダメ、と言う人たちも未だに多い。

 

私の知る限り、香港で撮影された「オリジナルが広東語の」映画が国際版で公開されたのは、「ヤングマスター」、「スパルタンX」、そして「サンダーアーム」ぐらいであろうか。英語版が選択された理由としては、舞台が外国であり、欧米人が広東語吹き替えと言うのはいかがなものか、と言う理由からだろうが、「ヤングマスター」は舞台が中国であるにも関わらず英語版であったので、それだけは謎である。

 

「スパルタンX」と「サンダーアーム」は、ビデオやLDにおいては日本劇場公開版がそのまま収録されていたので、見るのは比較的容易であったのだが、DVD時代になってからは広東語版が輸入されるばかりで、なかなかフラストレーションが溜まる一方だった。しかし、2011年になってようやく英語版ブルーレイが発売、さらに前者においては数年後に日本劇場プリントまでもが新たに収録された製品まで発売された。

 

この「スパルタンX」の英語吹き替えは非常に出来が良く、ジャッキーの声も違和感なくマッチしていたのだが、これと双璧なのが「プロジェクトA」の英語版だ。こちらは広東語で公開されたので、多くの人には馴染みがなく、今でもUK盤のDVDと、アジア盤のビデオCDでしか見ることが出来ないのだが、ジャッキーとサモの声優がスパルタンXと同じであり、こちらも非常に出来が良いとして評判なのだ。

 

今の香港映画は、日本のアニメなどと同じように欧米向けに作られている英語バージョンのような気がするので、当時とはまた意味合いが異なってくる感じはするのであるが、それでも今なお個人的にはわざわざ欧米盤を購入してまで英語音声で見る事を好んでいる。字幕をみないと全く意味不明な広東語に比べれば楽、と言う意味合いもあるのであるが、やはり既出のように英語版の方が全体的に「締まり」が出るのだ。そういう訳で、アメリカ映画自体は多く見ることはなくとも、映画と言えばやはり英語で見るのが基本なのである。