孤独感 | ONCE IN A LIFETIME

ONCE IN A LIFETIME

フィリピン留学から人生が変わった一人の男のお話です。

幼い頃から今に至るまで、集団行動というのがとにかく苦手である。特に常に協調性を求められる小学生時代の自分にとってこの性格は致命的であり、度々周りと容易に馴染めない事を自覚していた。もちろん、常に班行動となる遠足や修学旅行などもってのほかであったし、さらに先生らが決めた旅程に従うだけ、と言うのも苦痛でしかなかった。また、体育で行う球技と言えばこれもまた協調性が求められるサッカーやバスケットボールなどが主流であったが、言うまでもなく大の苦手であった。逆に、完全な個人競技である器械体操系の授業は得意であったし、通信簿の評価もその期間だけは高かった。

 

それでも、中学生までは小学生からの知り合いも多かったし、まだ生徒の完全な自由にならない事も多かったので、それほど孤立感を感じる事はなかった。それが一変したのが高校生になってからであり、特に一番しんどかったのが昼食の時間だ。中学までは席をグループごとに並び替えて食べていたので、ひとりになる事は決してなかった。しかし、高校になるとどこで食べようと自由であり、クラスのほとんどの連中は仲良い者同士で集まって食べていた。ほとんどの人にとっては楽しいおしゃべりの時間であったのだろうが、対照的に私にとっては苦痛以外の何物でもなかったのだ。

 

「ご飯なんて誰と食べようと味は一緒。なんでいちいち移動して集まって食べなきゃいけないのか」

 

16歳の時点でそのような考えを抱いていた私ではあったのだが、やはりまだその年代であると自身の考えより、周りからどう見られているか、思われているかを優先してしまう年頃だ。よって、本音としては馬鹿馬鹿しいとは思っていても、やはり周りの目を気にして別に集まりたくもないのに集まって食べていた。「したくないのに、自分に嘘をついてまでしたくないことをしている」こんなジレンマをずっと抱えていた私は、知らず知らずのうちに心を病んでしまっていた。

 

それが一変したのは、当時まだファミコン通信の名前だったファミ通のバックナンバーを読み返した時だ。ちょうどアーケード版のストリートファイターIIが発売された頃だったと思うが、まだファミ通は隔週であり、ゲーム以外の記事も多かった頃だ。そんな時、同年代の女子学生は一体どんな男がタイプなのか、と言う特集が突然と組まれていた。思春期の私にとってはかなりタメになる記事であったのだが、その時に最も印象に残ったのがこれだ。

 

・友達を大切にする

・徒党を組まない

 

”げ、これって矛盾してるじゃん、と思ったキミはまだ甘い。女の子は、ただ群れをなしているだけの男と、本当に友達を大切にする男っていうのはすぐに見分けがつくのだぞ。いつも群れているような男は、ひとりじゃなにも出来ないんだよー、って言っているようなものだ。”

 

この記事を読んだ瞬間、TV版新世紀エヴァンゲリオンの最終話の碇シンジではないが、「自分は間違っていなかった。自分は自分でいいんだ」とハッと思った。そこからもう完全に「俺は俺」という考えになり、周りの目のためにわざわざ好きでもない人たちに近付いて弁当を食べていた自分、そして周りが非常にカッコ悪い、と思い、それ以来ずっと自分の席で動かずに弁当を食べるようになっていったのだ。

 

そして、1990年代後半、ブルース・リーのリバイバルブームが再び巻き起こり、劇場公開当時削除されたシーンが復刻された「燃えよドラゴン・ディレクターズカット版」には特典として「ブルース・リーは語る(Bruce Lee in his own words)」も収録されたのであるが、その時も「成功した誰かを真似するな。自分は自分でいい」との言葉に再び感銘を受け、そこでさらに「自分は自分。他人は他人。自分は自分でいい」と言うアイデンティティがさらに確立されていった。

 

さらに、専門家の研究によると、「知性の高い人は孤独を好み、そうでない人は群れたがる」と言う傾向があるらしいが、確かにそれも思い当たる節があるし、自分が知性が高いかどうかは置いておいても、素直に知って嬉しい事実でもある。また、もし自身が群れたがる人間であれば、普通にツアーに申し込んで海外渡航を行っていたかも知れないが、そうであったらもちろん自身で全てを手配しなければならない一人旅をこなした時のような成長など望むべくもない。

 

正直、香港や台湾程度であれば、海外一人旅の難易度なんて別に大したことでもないとは思うのであるが、それでも海外旅行未経験、もしくはあってもツアーや複数人の経験しかない人にとっては、全てを一人でこなす一人旅、って言うのはかなり尊敬に値するらしい。そう考えると、子供の頃は苦痛でしかなかったものの、その後の人生を考えればそのような性格に生まれた運命、そして産んでくれた両親に改めて感謝せざるを得ないのである。