実に22年ぶり、あの武藤VS高田以来となる新日本プロレスの東京ドーム1.4に参戦してきました。
2000年代前半の格闘技ブームのおかげで、一時は瀕死に追い込まれたプロレス業界ですが、高橋本のカミングアウトによる開き直り、世界を制したWWEの日本人への浸透、そして何より猪木が完全に新日本を離れ、ユークスやブシロードの買収による「普通の企業と化した事」などが功を奏し、今や奇跡的な復活を遂げた新日本ではありますが、私自身PRIDE以降かなり距離を置いた事により、好調ぶりこそ耳にしても、実際に現在の流れを追うような事はなく、たまにYouTubeでオカダや、私的には初代タイガーマスク以来の天才とも言える、飯伏幸太のムーブを見る程度のものでありました。
なので、昨年ナンバーで行われた人気投票で内藤哲也が1位に輝いた時も、正直「えっ?」と思ったほどだったので、まあその程度の知識しかなかった訳です。それが、何故今回に限りいきなりドームに行きたいと思ったのかは、まあやはり当然ですがまさかのクリス・ジェリコの参戦。WWEもめちゃハマった訳ではないものの、それでも2002年、あのロックVSホーガン以降のレッスルマニアの試合は、輸入盤ディスクまで買ったりしてずっと見ていたし、近年ではWWEネットワークにまで加入したりしていたので、無論ジェリコの偉大さは十分すぎるほど熟知していたし、そういう意味ではアイコンみたいな存在でもありましたから、私自身も参戦のVTRを見た時には本当に驚いたものです。しかも、いきなり相手が外国人ナンバーワンのケニー・オメガとのいきなりのシングル、となれば、多少プロレスをかじった人間ですら興味が沸かない訳がありません。
別に元WWEスーパースターの新日本参戦はジェリコが初めてな訳はなく、過去にはチャイナことジョウニー・ロウラーや、ブロック・レスナーやカート・アングルなどのWWE王者も参戦した事は覚えてはいますが、正直私も元新日本社長の草間氏同様、彼らは「WWEと言うパッケージの中でこそ」価値があり、輝けるのであって、暗黒時代であり彼らに相応しい相手もいなかった、と言う事もありましたけども、正直彼らを見たさにチケットを買う、と言う人は多くはなかったと思います。実際に、それで実券が大きく動いた、なんて話もありませんでしたしね。
しかし、クリス・ジェリコとなれば、前述したようにそれはもう掛け値なしの超大物。ロックやストーンコールドを差し置いて、初のWWEとWCWベルトの統一王者、レッスルマニアでもメインを張った事もあり、そして1999年のアティテュード路線以来WWE一筋、もちろん日本公演がある度に来日もしてくれていましたから、これほどのレジェンドがWWE以外のリングに上がる事などとても想定しえなかった。それだけに世界中のファンに与えた衝撃たるや半端なかったものでした。
さすがの私も、すぐにチケットをチェックしたりしたのですが、正直近年苦戦を強いられているドーム大会、チケットが完売などあり得ないと思っていたので、「まああせらなくても欲しい時にいつでも手に入るだろう」とタカをくくっていたら、なんとその時点でアリーナ席は完売、スタンドも残りわずかと、最近を思えばこれも信じられないペースでチケットが捌けていたのです。
しかし、それでもすぐにチケットを買う事はありませんでした。1月4日に日程を合わせるのは簡単なのですが、一番の問題は、プロレスを離れてすでに仕組みまで知っている自分が、生まれ変わったとは言え果たして現在の新日本プロレスを楽しめるだろうか?と言う懸念です。4日を休みにしながらも、長い事迷っていた自分ですが、年末にスポーツ報知で「チケット完売間近?」のような記事を目にした際、急いで各チケットサイトをチェックすると確かに残っているのは一番安いスタンド席だけ、あとは何と高い順から全て完売と、もはやこれは行かないほうが確実に後悔するな、と言う事で、開催の10日前ほどに慌ててチケットを確保に至った訳でありました。
実は、会場に着いてからも「果たして楽しめるか?」と言う懸念はあったのですが、まあいきなり結論を言ってしまうと、終わってから数日たってもまだ余韻が残っていったぐらいに最高に満足、やっぱり格闘技ではなくプロレスこそ最高、とうならざるを得ないものでした。
何故ここまで新日本プロレスが生まれ変わり、そして復活したか個人的な感想ですが、団体として公式には明言していないとは言え、「プロレス」がどういうものかである事はファンはすでに周知していて見ている事、そしてそれを選手や団体も認識しているであろう、と言う事で、選手側も開き直り、つまり「あからさまに相手の協力が必要な技」が披露され続けている事がまず挙げられると思う。
もちろん、古典的なコブラツイストや足4の字固めなど、大半のプロレス技は相手の協力がないと出来ないものなので、今に始まった話ではないのだけれども、一応「暗黙の了解」としてそこには触れないようになっていたので、さすがに「あからさまなまでに」わざとらしい技は敬遠される傾向だった。そういう面からも、かの有名な十六文キックや、佐々木健介が対角線に振った時に限って相手が前に歩いて、健介が後ろからフェイスクラッシャーなど、あきらかに「怪しい」技に関しては、見ているこちらが目をそむけたくなるほど恥ずかしい思いで見ていたものだった。
しかし、近年ではその比ではなく、明らかに打ち合わて練習しないと出来ないだろう、的なムーブも平然と行われているが、ファンが「プロレスとはこういうもの」と言う認識で見ている今では全く問題ない。試合が盛り上がってファンが酔いしれればそれが正しいのだ。
そして、メインイベンターとそれ以外の振り分けがはっきりされている事。世界のプロレス、と言うよりもエンターテイメントとしての興業と言う観点からすれば極々当たり前の事に過ぎない訳なのだけれども、何と大昔の新日本プロレスはそうではなかった。人気面では武藤敬司が圧倒的だったにも関わらず、何故かIWGP王者でメインにプッシュされているのは、華もなければ集客力もない、とどめに試合も面白くない佐々木健介であったのは当時の自分からしても誠に不可解であったものの、実情は何てことない、たんなる長州力のお気に入りで子飼いだっただけ。そんな個人的な好みで、ファンにとっては好きでもない人気がある訳でもない選手がプッシュされてしまったら、そりゃ人気に陰りが現れるのも当たり前。
草間社長時代になって、ようやくまともなマーケティングを始めた時も、まるで自身の商品価値を分かっていない選手から反発が起こり、相変わらず強引にメインに居座り続けた、なんて話もあったが、ようやく「まともな企業」と化した現在の新日本プロレスにおいてはそんな勘違いは通用しなくなり、会場やパンフレットの扱いを見てもようやく納得したかのようだ。
そしてもちろん、レスラー自身もイメージアップに努めているし、とにかく昔の全日本プロレスのレスラーみたいに、だらしない身体つきのレスラーは皆無になった。人気商売なんだから当たり前だが、やはりレスラーはカッコよくなくてはダメだ。かのウルティモ・ドラゴンは、新弟子に「お前はトップには立てないよ」とはっきり告げていたそうだけども、まさにその通りで、ガチンコで強いとかそんなのはどうでも良く、レスラーにとってはとにかくかっこよくて華があって、そして客を呼べて満足させて会場を後にしてもらう事が出来る、それらが全てだ。その認識を、業界もファンも共通して抱くようになった事は本当に素晴らしい事だと思う。
そして、久々の新日本プロレス観戦を終えて最後に思った事。一昨年にもWWEの日本公演に足を運んだ時も同じような事を思ったのだけれども、プロレスは野球みたいに協会がある訳ではないので、いわゆる誰もが立ち上げる事の出来る興行会社に過ぎない訳だし、もちろん業績が悪ければ倒産する事も十分あり得るし、もし仮に全団体が倒産しても地球は回るし世の中も動く、話題にはなるだろうけど世間一般の人たちの生活が変わる事はないでしょう。
しかし、それでも日本では1954年の力道山時代以来、プロレスが行われなかった年はないし、今では年どころか日、全国どこかで毎日プロレスの興業が行われている、つまり興業が行われているイコールまだまだプロレスを必要としている人たちが居る事の証明でもある訳だ。今回、私も終わってからすぐに新日本ワールドに入って見直したり、内藤のテーマをずっと聞いていたりするほど再びハマってしまっているのだけれども、正直それだけでも人生が楽しく思えるようになってきたし、またプロレスを見るためにお金を貯めてそれまで生きて行こう、と言う希望を見いだせるようにもなった。つまり、プロレスと言うのはこれだけ人の生活を明るくさせる事の出来るパワーがあると言う事であり、同時に長年プロレスを見てきたひとりでありながら、改めて世界中の多くの人たちが何故プロレスに魅了されるか身をもって理解出来たと思う。